Carter Leffen氏が、OpenAIのGPT-6 Astraを使い、1941年のドイツ軍無線電文「MVUEH」を復元したと公表した。電気機械式暗号機エニグマで暗号化された本文は82文字で、史料を公開するCryptoCellarにも、同氏による解読済みの記録が加わっている。人間が調査を主導し、AIエージェントが史料の照合や探索プログラムの作成を担った成果だ。公開された鍵は本誌の別実装でも計算が一致したが、その意味を判断するには、探索の手掛かりにした情報と、答えを確かめるために使った情報を分ける必要がある。

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史料に残る短い依頼を復元

MVUEHは1941年7月10日付の電文で、発信側の写しと受信側の記録が残る。Leffen氏の公開研究ページによると、復元された内容は「行軍経路を指示してほしい。ローゼノウにいる。無線ですぐに返答を」という依頼だった。地名は続けて繰り返され、末尾には人名らしい文字列がある。ただし、どのローゼノウを指すかは確定していない。

解読結果は、読みやすく修正したドイツ語と区別されている。たとえば「お願いします」に当たるBitteは、計算上の出力では「BTTE」となり、署名らしい部分も「WASCHBBSCH」のままだ。後者をWaschbuschと読むのは暫定的な解釈である。また、電文中のQはCHを表し、Xは文句の区切りに使われる。整った文章へ直してしまうと、元の暗号文と照合できなくなる。

CryptoCellarの現行リストでは、MVUEHの発信側「88 NF/61」と受信側「172」の両方に、Leffen氏が2026年9月14日に解読したと記載されている。本人もLinkedInの投稿で、同サイトを運営するFrode Weierud氏による結果のレビューと助言に謝意を示した。発表者のサイトだけで完結した話ではなく、史料の公開元にも成果が記録された形だ。

所要時間について、Leffen氏はGPT-6 Astraを「Extra High」設定で使い、約10時間で解いたと説明する。一方、公開研究が示す調査期間は9月14〜15日の2日間で、史料確認から検証までの作業が重なって進んだという。人間やモデルの推論時間を合計できる完全なログはないとも明記されている。約10時間という本人の説明を、調査全体の総作業時間や計算資源の消費量と同一視はできない。

電文の日付から今回の調査までは85年になる。ただし、研究ページは世界初の解読を主張しておらず、その間ずっと誰も読めなかったと証明したわけでもない。

地名の繰り返しが探索を絞った

探索の出発点には、暗号計算以前の難しさがあった。薄い手書きの発信原稿と、公開されていた受信側の転記で、一部の文字が一致しなかったのだ。誤った文字を確定値として入力すれば、正しい鍵を試しても期待した文章は出てこない。

研究チームは、判読が不確かな12か所について、探索前に有限個の候補を記録した。組み合わせは13,824通りだったという。後から文章の辻褄を合わせるために文字を自由に足すのではなく、この候補の中で探す。最終的な復元は、初期の独自転記と3文字、別に公開された受信側の転記とは8文字異なる。この二つの差は比較相手が違うため、混同できない。

突破口は、同じ日付の解読済み電文「SIPVX」にあった。「ROSENOWROSENOW」という地名の繰り返しを、MVUEHにも含まれるかもしれないと仮定したのである。暗号解読では、このように元の文章の一部を見当づけた語句を推定平文という。今回は14文字を手掛かりに、入る位置と機械の設定を探した。

エニグマは、打鍵のたびに回転子が動き、文字の置き換え方が変化する。さらに、文字対を入れ替えるプラグボードや、回転子の内部配線と文字表示の相対位置を変えるリング設定も結果に影響する。一文字の対応が合うだけでは足りず、同じ設定で電文全体を説明できなければならない。

ただ、エニグマには同じ文字をそれ自身へ暗号化しない性質がある。推定平文のRと、その位置の暗号文字Rが重なるなら、その配置は除外できる。こうした制約を使って探索した結果、40〜53文字目に地名の繰り返しが入り、周囲にも行軍経路や即時返答を求める文章が現れた。仮定した14文字を除く68文字は、探索条件として与えた文章ではなかった。

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解読を支える証拠は、四つに分けて読む

本文に対する探索では、別に記録されたヘッダーを使わずに候補を見つけたという。その後でヘッダーと照合できるため、地名がうまく収まったという理由だけに頼らずに結果を検査できる。

MVUEHの検証では、仮定した14文字、残り68文字の文意、別記録のヘッダーを分けて評価する必要がある。

検証の段階 今回使った情報・得られた結果 確かめられることと限界
探索への入力 別電文にあった地名14文字と、探索前に固定した文字候補 探す範囲を制限する。地名が出力に現れたこと自体は、独立した裏付けにはならない
入力外の文章 残り68文字が、行軍経路の指示と無線での即答を求める文意になる 仮定した語句の外でも文章がつながる。ただし言語としての自然さだけでは断定できない
別記録との照合 ヘッダーGTA/KCIが、本文の開始位置RWDと一致する 本文で同等の動きをする設定を絞れる。全探索範囲での唯一の鍵という意味ではない
計算の再現 公表された鍵で82文字の復号・再暗号化とヘッダーを再計算する 計算の整合性を確認する。筆跡の確定や、歴史的に唯一の解答であることまでは証明しない

表は、2026年9月18日に確認した公開研究の探索・検証説明を、入力、入力外の文章、別記録、計算再現という役割で分類したものだ。68文字は本文82文字から仮定した14文字を引いた数である。複数のAIが同意したかよりも、同じ仮説から独立した情報で検査できるかが、結果の評価を左右する。

ヘッダーの役割にも注意が要る。研究チームによると、復元本文と同等の動作を示すリング設定と開始位置の組み合わせは26通りあり、その中でヘッダーにも整合したのがHMF/RWDだった。一方、研究が宣言した探索範囲全体では、ヘッダーに一致する物理的な鍵が923個残ったという。「26通りから一つを選べた」ことを、「ヘッダーだけで全候補から唯一の解を証明した」と読み替えることはできない。

公表された鍵は、反射器B、左からII・V・IIIの回転子、リング設定HMF、本文の開始位置RWDである。プラグボードはAC、BE、DGなどを含む10組で、全設定は研究ページに掲載されている。ヘッダーを読む際は開始位置をGTAにしてKCIを入力し、得られたRWDへ設定し直して本文を処理する。

本誌でも、Crypto Museumの配線表に基づく別の実装で、公開された復元暗号文と鍵を再計算した。82文字の復号は公表された逐語平文と一致し、逆向きの再暗号化と、ヘッダーからのRWDの復元も一致した。これは公開された答えの計算を確かめたもので、鍵を発見する全探索や史料の筆跡を追試したものではない。

そもそも、どの鍵でも暗号文を何らかの文字列へ変換し、同じ設定で元へ戻すことはできる。再暗号化の一致が有力になるのは、仮定していなかった文章の意味や別記録との一致も伴うからだ。

AIが担ったのは、史料と計算を往復する仕事

短い電文の解読が難しい事情は、AI以前から研究されてきた。Olaf Ostwald氏とWeierud氏が2017年にCryptologiaで発表した論文は、短文や誤記の多い電文では、文字の出現頻度などによる評価が不安定になると説明している。正しい平文より、誤った候補の方が統計上は高く評価されることさえある。

長い文章なら、言葉の偏りや組み合わせが多数現れ、正解に近づいたかを判断しやすい。短文ではその手掛かりが少ないうえ、軍独自の略記や誤字が混じる。だから、AIがもっともらしいドイツ語を提示したというだけでは、解読の証明にならない。

今回、人間は目標と調査の進め方を定め、エージェントが史料を比べ、探索プログラムを組み、並列に実験した。うまくいかなかった探索も記録し、別の実装で結果を点検している。既知の語句を使う解読法そのものは以前からあるが、史料を読む作業と、その仮説を計算で試す作業を往復できる点に、AIエージェントの実用的な役割が見える。

もっとも、今回の公開物は個人によるケーススタディであり、この成果について学術誌での査読を経たことは確認できていない。CryptoCellarへの登録やWeierud氏への謝辞は成果を評価する材料になるが、査読手続きとは区別する必要がある。署名の読みや地名の同定、別電文との再送関係にも未確定な点が残る。

暗号の計算が再現できたことで、残る疑問を史料や歴史の側から調べる足場ができた。公開された入力と検査方法を他の研究者が追い、判読の曖昧さまで検討できれば、AIが復元した文字列を歴史資料としてどこまで信頼できるか、判断をさらに進められる。