AWS(Amazon Web Services)は2025年12月に開催された年次カンファレンス「re:Invent 2025」において、同社史上最も強力かつ効率的なカスタムプロセッサ「AWS Graviton5」を発表した。
これはクラウドインフラのコスト構造とパフォーマンスの基準を根本から書き換える、極めて戦略的な一手と言えるだろう。TSMCの3nmプロセスを採用し、1ソケットあたり驚異の192コアを搭載したこのチップは、IntelやAMDといったx86の巨人たち、そしてGoogleやMicrosoftといった競合クラウドベンダーに対し、AWSが突きつけた「シリコンレベルでの優位性」の証明に外ならない。
3nmプロセスと192コア:Arm Neoverse V3がもたらす「密度の革命」
Graviton5の核心は、その圧倒的な集積密度にある。AWSは今回、半導体製造の最先端であるTSMCの3nmプロセスを採用した。これにより、前世代のGraviton4と比較してトランジスタ密度を飛躍的に高め、エネルギー効率を維持しながら驚異的な演算能力を1つのパッケージに封じ込めることに成功している。
シングルソケットへの回帰とレイテンシの解消
特筆すべきは、Graviton5が192個の「Arm Neoverse V3」コアを単一のソケット(パッケージ)に統合している点だ。
前世代のGraviton4を搭載したインスタンス(M8g)では、96コアのCPUを2基搭載することで合計192コアを実現していた。しかし、Graviton5ではこれを1つのCPUで実現している。これは単なる物理的な統合ではない。複数のCPUを連結する場合、CPU間の通信(インターコネクト)において避けられないレイテンシ(遅延)やプロトコルのオーバーヘッドが発生する。
AWSのコンピュートおよび機械学習サービス担当副社長Dave Brown氏が指摘するように、CPU間のデータ移動は、コア内部での処理に比べて最大3倍の時間を要する場合がある。Graviton5は192コアすべてを1パッケージに収めることで、このCPU間通信のボトルネックを物理的に排除した。
その結果、コア間の通信レイテンシは約3分の1に短縮されている。これは、コア間で頻繁にデータをやり取りする高性能データベースや、リアルタイム性が求められるオンラインゲーム、大規模な分散アプリケーションにおいて、劇的な性能向上をもたらす構造的な強みとなる。
キャッシュとメモリの進化:データ飢餓を防ぐ「5倍」の衝撃
CPUのコア数が増えても、データを供給するメモリ周りが追いつかなければ、プロセッサは「データ待ち」の状態(ストール)に陥る。Graviton5はこの課題に対し、キャッシュ階層の強化で回答を示した。
L3キャッシュの肥大化とPCIe 6.0への対応
- L3キャッシュの増量: Graviton5は、前世代比で5倍となる192MBのL3キャッシュを搭載している。コアあたりで見ても2.6倍の容量増となり、頻繁にアクセスされるデータをプロセッサの至近距離に保持できる確率が飛躍的に高まった。
- メモリ速度の向上: DDR5メモリサブシステムは現在7200 MT/sで動作しており、将来的には8800 MT/sのDIMMサポートも計画されている。
- 次世代I/O: サーバーCPUとしてはいち早くPCIe 6.0をサポートし、将来的な周辺機器との高速通信を担保している。
これにより、メモリ帯域幅に依存するビッグデータ分析やHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)ワークロードにおいて、Graviton5は前世代(M8g)と比較して最大25%の演算性能向上を実現した。
AWS Nitro Systemとの融合:ハードウェアによる「完全分離」
Gravitonプロセッサの真価は、CPU単体ではなく、AWS独自のオフロード技術「AWS Nitro System」との組み合わせによって発揮される。Graviton5インスタンス(M9g)には、最新のNitro 6チップが搭載されている。
セキュリティの数学的証明:Nitro Isolation Engine
今回、AWSはセキュリティ面でも新たなパラダイムを提示した。「Nitro Isolation Engine」の導入である。これは、形式検証(Formal Verification)と呼ばれる数学的な手法を用い、顧客のワークロードが互いに、そしてAWSのオペレーターからも完全に隔離されていることを「数学的に証明」する技術だ。
従来のハイパーバイザー型のセキュリティに加え、コードレベルでの数学的証明を導入することで、政府機関やヘルスケア、金融といった機密性の高いデータを扱う業界に対し、これまでにないレベルの信頼性を提供する。
I/O性能のブースト
Nitroカードがストレージ、ネットワーク、仮想化の処理をCPUから肩代わりすることで、Graviton5の192コアは純粋にユーザーのアプリケーション処理のみに集中できる。
- ネットワーク帯域: 最大15%向上(最大インスタンスでは2倍)。
- EBS帯域: 平均20%向上。
これにより、分散アプリケーションのバックアップ高速化やデータ転送時間の短縮が実現される。
Intel、AMD、そして他のクラウド巨人との比較
Graviton5の登場は、データセンター市場における勢力図をどのように変えるのか。筆者は以下のような構造的変化が起きていると分析する。
1. 対 x86(Intel/AMD)包囲網の完成
現在、市場で競合する高コア数CPUと比較してみよう。
- AMD EPYC (Turin): 最大192コア
- Intel Xeon 6: 最大144コア
- AWS Graviton5: 192コア
AWSはついに、コア数という「物理的な数字」において、x86陣営のトップエンドと同等のラインに立った。しかも、自社開発であるため中間マージンが存在せず、圧倒的なコストパフォーマンス(価格性能比)を提示できる。AWSによると、過去3年間に追加されたAWSの全CPU容量の半分以上をGravitonが占めているという事実は、市場がすでに「x86以外」の選択肢を標準として受け入れていることを示唆している。
2. Google/Microsoftとの戦略的相違
Microsoft(Cobalt 200)やGoogle(Axion)もArmベースのカスタムチップを投入しているが、AWSの戦略には明確な違いがある。それは「汎用性への執着」だ。
AWSのAnnapurna Labs部門の共同創設者Nafea Bshara氏が語るように、AWSは「朝はHPC、夜はFortnite」というように、あらゆるワークロードに対応できる汎用的な高性能チップを志向している。Googleなどが特定のワークロード向けに特化したチップを使い分ける傾向があるのに対し、AWSはGraviton5という「一つの強力な解」であらゆるニーズ(M、C、Rインスタンス)をカバーし、スケールメリットによるコスト削減を最大化しようとしている。
実際のビジネスインパクト:顧客事例が語る「性能差」
机上のスペック以上に重要なのは、実環境でのパフォーマンスだ。先行導入した企業のデータは、Graviton5の威力を如実に物語っている。
- SAP: SAP HANA CloudのOLTPクエリパフォーマンスが、前世代比で35%〜60%向上。データベースのようなレイテンシに敏感な処理において、シングルソケット化とキャッシュ増量の恩恵が最大化されている。
- Airbnb: 本番の検索ワークロードにおいて、同世代の他アーキテクチャと比較して25%、Graviton4と比較して20%の性能向上を確認。
- Atlassian: Jiraのテストにおいて、前世代比で30%の性能向上と20%のレイテンシ低下を観測。
- Synopsys/Siemens: 半導体設計(EDA)ツールにおいても、30〜40%の処理時間短縮を実現し、開発サイクルの高速化に寄与している。
クラウドコンピュートの「脱・汎用化」時代の終焉
AWS Graviton5は、単なるプロセッサのアップデートではない。それは、クラウド事業者がシリコン(半導体)の設計からサーバー、ソフトウェアスタックまでを垂直統合することで、汎用チップベンダー(Intel/AMD)では到達不可能な効率性を実現できることを証明したマイルストーンである。
3nmプロセス、192コア、Nitroシステムによる完全なオフロード。これらの要素が組み合わさることで、ユーザーは「性能かコストか」というトレードオフから解放される。M9gインスタンス(汎用)は現在プレビュー中であり、2026年にはC9g(コンピュート最適化)およびR9g(メモリ最適化)が登場する予定だ。
企業がクラウドコストの最適化とサステナビリティ(消費電力削減)を経営課題として掲げる中、Graviton5への移行は、もはや「選択肢の一つ」ではなく、競争力を維持するための「必須条件」になりつつあると言えるだろう。
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