米国の医療保険会社でつくるBlue Cross Blue Shield Association(BCBSA)は2026年9月、病院の入院請求のうち、より重い症例として分類される割合が2023年初めの約37%から2025年末には約40%へ上昇し、2023年を基準にすると2年間で約9億4,200万ドルの追加支出が生じたとする白書を公表した。

白書が例として取り上げた主要腸手術では、請求上の重症度が大きく上昇した病院でも、ICUの利用率や輸血率は他の病院より高くなかった。BCBSAはこの食い違いについて、診療記録から請求用の診断コードを抽出するAIツールが関係している可能性を指摘している。

一方、米国病院協会(AHA)は、患者の高齢化や慢性疾患の増加、軽症患者の外来診療への移行など、複数の要因があると反論する。白書が示した数字と、BCBSAがAI普及の根拠として挙げた導入率の出典を順にたどると、実際の請求データから確認できることと、そこから推測されていることの境界が見えてくる。

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「重い症例」として扱われる入院請求が37%から40%へ増加

米国の入院医療では、DRG(診断群分類)ごとに一定額を支払う方式が広く使われている。同じ手術でも、主な病名に加えて合併症・併存症(CC)や、さらに重い合併症・併存症(MCC)に該当する副次診断が記録されると、より高額なDRGへ分類され、支払額が増える。

患者の状態そのものが変わらなくても、これまで記録されていなかった病名が追加されれば、請求上の分類が変わる場合がある。白書が「コーディング強度」と呼んで分析しているのは、こうした請求上の重症度の上昇だ。

白書の正式名称は「Hospital Coding Intensity Analysis: Major Bowel Procedures」。Chris Birkmeyer、David Wennberg、Keith Kamons、Luke Chalkerの4氏が執筆し、2023年第1四半期から2025年第4四半期までの請求データを分析した。BCBSAは、傘下のBCBS各社が米国人のおよそ3人に1人をカバーしていると説明している。

白書の中心となる主要腸手術(DRG 329〜331)では、最も重いMCC付きの請求が20.2%から22.7%へ増えた一方、CCもMCCも付かない請求は36.6%から32.8%へ減少した。白書は、この分類の変化だけで6,080万ドルの追加コストが生じたと推計している。

増加した副次診断の種類も示されている。特に伸びが大きかったのは、詳細不明のアシドーシス(E87.20)、低ナトリウム血症(E87.1)、急性出血後貧血(D62)など、検査値から判断しやすい診断だった。

白書は、診察時の会話から診療記録を作成するアンビエントリスニングや、検査データから診断候補を抽出する仕組みが影響している可能性を指摘する。病院では、AbridgeやMicrosoftのNuance DAX Copilotのような記録支援AIに加え、CodaMetrix、SmarterDx、Fathomなど、医療コーディングを支援するAIの導入も進んでいる。

ただし、この白書は査読を経た学術論文ではない。医療費を支払う側である保険会社の団体が、自ら保有する請求データを基に作成した資料である。

9億4,200万ドルのうち、内訳が示されたのは6億5,300万ドル

白書の計算では、2023年の水準を基準にすると、病院は5万5,158件の入院を追加で、より重い症例として分類した。その結果、1件当たり平均1万1,800ドル、合計6億5,300万ドルの追加支払いが発生したとしている。

白書とプレスリリースでは、これを追加コスト全体の約70%と説明している。

BCBSAが推計した9億4,200万ドルのうち、副次診断によって請求区分が上がった分として具体的な内訳が示されているのは6億5,300万ドル、約69%だ。残る約2億8,900万ドルについては、白書に詳しい内訳が記されていない。

計算すると、6億5,300万ドルを9億4,200万ドルで割った割合は約69.3%で、差額は約2億8,900万ドルになる。いずれも同じ白書、同じ期間、同じ対象について示された推計である。

この残り約2億8,900万ドルについて、白書はAIとの関係を判断できる具体的な材料を示していない。AIと関係しているとも、関係していないとも断定できない部分だ。

Becker's Hospital Reviewによると、Chalker氏は9月の記者説明会で、9億4,200万ドルという数字は、請求上の重症度と実際の治療内容との食い違いに関連すると推計できた部分であり、重症度分類の上昇によって生じた支出全体ではないと説明した。

つまり、より大きな支出増加の一部を9億4,200万ドルとして推計し、そのうち具体的な内訳が示されているのが約7割という構造になっている。

BCBSAが同様の推計を示したのは今回が初めてではない。

2026年3月にはBlue Health Intelligenceと共同で、全米で入院約6億6,300万ドル、外来少なくとも16億7,000万ドル、合計約23億ドルの支出がAIを使ったコーディングに関連する可能性があると発表していた。

ただし、3月の研究本文で具体的に示されているのは、産科に関する2,200万ドルと、加入者1人当たりの入院費増加の約20%までだ。全米23億ドルという数字の算出方法は説明されておらず、年間の金額なのかどうかも明記されていない。

3月の6億6,300万ドルと9月の6億5,300万ドルは近いが、分析対象も計算方法も異なる。似た金額だからといって、同じものを測った数字として比較することはできない。

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なぜ白書は「AIが原因」と断定していないのか

白書の中でAIとの関係を示す比較的強い材料となっているのが、2025年の主要腸手術について病院を2つのグループに分けた分析だ。

請求上の重症度が特に大きく上昇した上位25%の病院と、それ以外の病院を比較すると、次のようになる。

指標(2025年、主要腸手術) 重症度分類の上昇が大きい上位25% それ以外の病院
より重い区分に分類された割合 75.6% 65.0%
ICU利用率 11.5% 13.2%
輸血率 3.6% 3.9%
再手術率 1.7% 1.5%
在院日数(中央値) 4.0日 4.0日
貧血の診断率 13.7% 9.9%
貧血と診断された患者の輸血率 16.9% 19.3%

上位25%の病院では、より重い区分に分類された割合が10ポイント以上高い。それにもかかわらず、ICU利用率と輸血率はむしろ低く、在院日数も同じだった。治療に関する指標で上回っていたのは、再手術率の0.2ポイントだけだ。

貧血と診断された割合は高い一方、貧血と診断された患者が実際に輸血を受けた割合は低かった。

BCBSAのChalker上級副社長はプレスリリースで、患者が実際に重症化しているのであれば治療も増えるはずだと指摘し、この食い違いは「AIが検出しているのは請求に反映できる診断であって、患者そのものがより重症になったわけではない」可能性を示していると述べた。

それでも白書は、AIとの関係について「関係している可能性がある(may be linked)」「時期が重なる(coincides)」「痕跡(fingerprints)」といった慎重な表現を使っている。

その理由は、各病院が実際にAIツールを導入していたかどうかを示すデータが本文にないためだ。

AIとの関係を推測する根拠は主に4つある。請求上の重症度が上昇し始めた時期、変化が一部の病院に集中していること、検査値から判断しやすい診断が増えていること、そして診断の増加に対して治療内容が増えていないことだ。

しかし、これらからAIがどの程度の金額に影響したのかを直接算出したわけではない。

表の比較にも限界がある。2025年時点で異なる病院群を比較したものであり、同じ病院についてAI導入前後で治療や請求がどう変化したかを追跡した分析ではない。

3月の研究では、一部について診療録まで確認した結果も示されていた。

約6,200万人の加入者を持つ一部プランの商業保険の入院請求を使い、2022年4月から2025年3月までを分析したところ、産科入院で急性出血後貧血のコードが急増した病院群では、その診断率が4.0%から12.3%へ上昇した。一方、輸血率は0.8%から1.2%への増加にとどまった。

あるプランが実施した診療録監査では、臨床上の基準を満たしていた症例は20%未満だったという。ただし、診療録まで確認した検証として紹介されているのは、この1件に限られる。

AHAは9月の白書に先立つ2026年7月31日のファクトシートで、AIがコーディング強度を上昇させたという主張には「根拠がない」と反論した。

その背景として、高齢化、慢性疾患の増加、比較的軽症な患者が入院ではなく外来で治療されるようになったことなど、複数の要因を挙げている。

AHAの分析では、2019〜2024年の病院費用増加のうち19%が、より重症で複雑な患者の治療によるものだという。また、AHAとVizientによる別の分析では、患者の重症度を示すケースミックス指数が同じ期間に約5%上昇したとしている。

ただし、AHAの数字は2019〜2024年を対象としているのに対し、BCBSA白書の追加支出は主に2024〜2025年についてのものだ。対象期間が重なるのは2024年だけであり、どちらの資料も相手の主張を直接否定できる同じ条件のデータを示しているわけではない。

「病院システムの60%超が導入」の根拠をたどると

BCBSAの9月のプレスリリースには、病院システムの60%超がAIコーディングツールを使い始めているとの記述があり、AIとの関連を考える前提の一つとして使われている。

この数字にはリンクが付いており、たどるとAIベンダーbam.aiのブログに行き着く。

そのブログではOliver Wymanの調査ページを引用し、医療機関の63%がRCM(収益サイクル管理。患者の受付から診療報酬の請求、入金までを管理する業務)にAIによる自動化を取り入れていると紹介している。

しかし、BCBSAの「病院システムの60%超がAIコーディングツールを使い始めた」という表現と、リンク先で紹介されている数字は同じものではない。

さらにOliver Wymanの公開ページを確認すると、この63%はOliver Wyman自身の調査結果ではなく、同ページが引用しているHFMA(医療財務管理協会)の調査による数字だ。

一方、Oliver Wyman自身が、外来施設を含む米国の医療提供組織の意思決定者200人超と実務担当者90人を対象に行った調査では、RCMの各業務でAIを組織全体に導入している割合は20〜40%となっている。

つまり、3つの数字では、調査対象も、AIを利用している業務の範囲も、導入の定義も異なる。

BCBSAの表現は、「病院システム」が「AIコーディングツール」を「使い始めた」割合だ。

bam.aiが紹介する63%は、外来施設なども含む「医療機関」が、コーディングに限定されない「RCM業務全体」でAIによる自動化を「取り入れた」割合で、元の調査主体はHFMAである。

Oliver Wyman自身の20〜40%は、RCMの各業務でAIを「組織全体に導入している」医療機関の割合を示している。

これらの数字だけから、どの導入率が最も実態に近いかを判断することはできない。ただ少なくとも、「米国の病院の60%以上がAIを使って診断コードを付けている」という意味には読めない。

3月の研究では、さらに別の調査も引用されていた。

ONC(米保健福祉省の医療IT調整室)の2024年調査では、米国の病院の約33%が生成AIを利用していた。また、JAMIA(米国医療情報学会誌)に掲載された2024年秋の調査では、非営利病院43施設のうち60%がアンビエントリスニングを、45%が自律型コーディングを試験中、または導入済みだった。

いずれもBCBSAの資料が引用している数字だが、調査対象や規模、AIの用途は9月のプレスリリースにある「60%超」という表現とは異なる。

3月の研究ではこのほか、SmarterDxを導入したMcLarenで年間1,130万ドル、Arintraを導入したMercyhealthで収益が5.1%増えたとする、AIベンダー側の導入事例も紹介されていた。

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保険会社側にもコーディングとAI審査をめぐる問題がある

診断コードの付け方によって支払額が変わる問題は、病院側だけでなく保険会社側でも長く争われてきた。

米議会の諮問機関MedPACは2025年1月の資料で、メディケア・アドバンテージ(MA。民間保険会社が運営する高齢者向け公的医療保険)におけるコーディング強度の違いによって、2025年のプランへの支払いが400億ドル増えると暫定的に推計した。

MAでは、加入者に記録された診断内容に応じて政府から保険会社への支払額が調整されるため、診断コードが増えると保険会社の収入が増える場合がある。

MedPACは原因を限定せずに支払額の差を推計しているが、AHAはこの数字を「アップコーディングによる過払い」と表現して引用している。

米司法省は2026年3月11日、AetnaがMA加入者について不正確な診断コードを提出したとされる虚偽請求法違反の疑いをめぐり、同社が1億1,770万ドルを支払って和解したと発表した。

対象となったのは、2015年支払年度のチャートレビュー(診療録の見直し)と、2018〜2023年支払年度の病的肥満に関する診断コードをめぐる疑いだった。

一方、保険金支払いを審査する側で使われるAIも法廷で争われている。

UnitedHealthがMA加入者の退院後ケアに関する支払い判断でAIツール「nH Predict」を使用したとする集団訴訟では、ミネソタ州の連邦地裁が2026年3月9日に広範な証拠開示を命じた。Optum側は、nH Predictは支払いの可否を決めるツールではないと反論している。

CMS(米メディケア・メディケイドサービスセンター)も2026年1月から6州で、従来型メディケアの一部についてAIを活用した事前承認を行うモデル事業「WISeR」を始めた。

AHAは、保険会社が医療記録を十分に確認せず、請求額を自動的に引き下げる「ダウンコーディング」を行っているとも批判している。

2026年3月から9月にかけては、保険会社団体によるAIコーディングの分析、病院団体による反論、さらに保険会社自身の診断コーディングやAI審査をめぐる司法手続きが相次いだ。

日付 出来事
2026年3月 BCBSAとBlue Health Intelligenceが、産科の貧血を対象にしたコーディング強度の研究を公表
2026年3月9日 UnitedHealthのnH Predict訴訟で、ミネソタ州の連邦地裁が広範な証拠開示を命令
2026年3月11日 米司法省がAetnaのMA診断コード問題をめぐる1億1,770万ドルの和解を発表
2026年7月31日 AHAがAIとコーディング強度に関するファクトシートを公開
2026年9月15日 HCA HealthcareのCFOが投資家会議で、請求処理へのAI導入で病院は保険会社に遅れていると発言
2026年9月 BCBSAが主要腸手術を対象にした白書で9億4,200万ドルを推計。プレスリリースは9月24日

HCA HealthcareのMike Marks CFOの発言は、Becker's Hospital Reviewが伝えた。Marks氏は、病院と保険会社の双方で請求や審査にかかる事務コストが「莫大(enormous)」だとも述べている。

同誌によれば、保険会社側の幹部も同じ問題を指摘している。UnitedHealthcareのTim Noel CEOは6月、AIを使った収益サイクル管理ツールを医療費上昇の「要因」の一つと表現し、AetnaのBen Kornitzer最高医療責任者は、その影響を「おおむねインフレ的」と述べた。

病院は請求を作る側でAIを使い、保険会社はその請求を審査する側でAIを使い始めている。BCBSAの白書は、このうち病院側の変化を保険会社が持つ請求データから分析した資料と位置づけられる。

日本のDPCでは、副傷病で分類が変わるコードは3,248件中255件

日本の急性期病院で入院医療費の算定に使われるDPC/PDPSでも、副傷病名は診断群分類を分ける要素の一つになっている。

医療経営向けメディアLeap Journalの解説によると、2024年度の3,248分類コードのうち、副傷病によって分類が分かれるコードは255だった。2022年度の1,381から大きく減っている。

つまり、副傷病名が追加されることで分類が変わる箇所は、2年間で5分の1以下になったことになる。

AIによる診療記録支援が病名の見落としを減らしたとしても、それが請求額へどの程度影響するかは、副傷病の追加によって支払い区分が変わる仕組みがどれだけ残っているかによって異なる。

米国で起きている論争は、日本でもAIによる記録支援やコーディング支援が広がった際、どの診断の追加が実際に支払額へ影響するのかを事前に確認する必要性を示している。

米国では、この問題は家計の医療費負担とも関連付けて議論されている。

KFFの2025年雇用主医療給付調査によると、雇用主が提供する家族向け医療保険の年間保険料は平均2万6,993ドルで、前年比6%増加した。このうち労働者自身が負担した額は6,850ドルだった。

ただし、この保険料上昇のうち、診断コーディングの変化によるものがどの程度なのかは、BCBSAの白書もAHAのファクトシートも示していない。

BCBSAの推計を、AIと医療費の関係を判断するより強い根拠にするには、少なくとも三つの追加情報が必要になる。

一つは、9億4,200万ドルのうち内訳が示されていない約2億8,900万ドルが何によって生じたのか。二つ目は、3月に示された一つの保険プランだけでなく、より広い範囲で診療録を確認した監査結果。三つ目は、各病院でAIを導入した時期や用途と、実際の請求データを結び付けた分析だ。

AIを導入した病院と導入していない病院について、同じ期間の変化を比較できれば、診療記録が詳しくなったことで増えた診断と、患者が実際に重症化したことによる変化を、より明確に分けて分析できる。

そこまでデータがそろって初めて、保険会社と病院の双方が、AIによって増えた診断のうち、どこまでが適切な請求で、どこからが過剰な請求なのかを同じ基準で議論できるようになる。