中国が米国による追加関税への報復措置として、半導体や電気自動車(EV)などに不可欠なレアアース(希土類)の輸出規制に踏み切った。4月4日から発効したこの措置は、スマートフォンから電気自動車、半導体、国防技術まで幅広い産業に波及する見通しだ。そして、米中間の貿易摩擦は新たな、そしてより深刻な局面を迎えたと言えるだろう。
中国、対米報復で「レアアース」を武器化 – 輸出規制の詳細
米中貿易戦争の火種は、これまでもくすぶり続けていた。だが、Trump政権が全世界に対して“相互”関税を課すことを発表し、中国製品に対する関税を54%まで引き上げたことに対し、中国はかねてから示唆していた「切り札」を切った。中国商務省は4月4日、特定のレアアース関連品目の輸出に新たな規制を導入すると発表したのである。
対象となるのは、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムに関連する7カテゴリーの品目だ 。これは完全な輸出禁止(禁輸)ではない。しかし、輸出業者は今後、これらの品目を輸出する際に中国商務省からライセンスを取得する必要があり、申請時には最終的な用途や使用者を詳細に報告することが義務付けられた。事実上、中国政府がどの国に、どの企業に、どれだけの量を輸出させるかをコントロールできる体制を敷いたことになる。アナリストらは、中国がライセンスの発行数を制限することで、意図的に供給を絞る可能性が高いと見ている。
中国側の公式な声明は「国家安全保障の保護」などを理由に挙げているが、多くの専門家は、これが米国の関税に対する直接的な報復措置であると分析している。中国国内では、「米国が仕掛けた貿易戦争に対し、我々は発展を続けてきた」「圧力が増すほど強くなる」といった論調の報道がなされ、米国の圧力には屈しない姿勢を強調しているようだ。今回の措置は、レアアースという戦略物資の供給における中国の圧倒的な支配力を背景にした、地政学的な駆け引きの一環と見るのが自然だろう。
スカンジウム、ジスプロシウム… ハイテク産業の「ビタミン」が標的に
今回、輸出規制の対象となったレアアースは、なぜこれほどまでに重要視されるのだろうか。それは、これらの元素が持つユニークな物理的・化学的特性により、現代の先端技術に不可欠な役割を果たしているからだ。まさに、「産業のビタミン」とも呼ばれるゆえんである。
特に注目されるのが、スカンジウム (Sc) とジスプロシウム (Dy) である。
- スカンジウム (Sc): 主に、スマートフォンの5G通信や最新のWi-Fi規格(Wi-Fi 6/7)で使われるRF(高周波)フロントエンドモジュールに用いられる 。具体的には、窒化アルミニウム (AlN) にスカンジウムを添加した窒化スカンジウムアルミニウム (ScAlN) という材料が、高性能な音響波フィルター(BAW/SAWフィルター)の性能を飛躍的に向上させる。これにより、信号強度、帯域幅、電力効率が改善されるのだ。また、半導体ウェハー1枚あたりに必要なスカンジウムの量はわずか数グラムだが、これがなければ通信機器の性能は大きく損なわれる。
- ジスプロシウム (Dy): こちらも用途は広い。ハードディスクドライブ (HDD) のヘッドを動かすボイスコイルモーターや、電気自動車 (EV) の駆動モーターに使われる強力な永久磁石(ネオジム-鉄-ホウ素磁石、NdFeB)に添加される。これにより、高温環境下でも磁石の性能(保磁力)が維持される。また、次世代メモリとして期待されるMRAM(磁気抵抗メモリ)の磁性層の安定性を高めるためにも使われるほか、原子炉や人工衛星などの放射線遮蔽材としても利用されている。
規制対象となった他の5元素(ガドリニウム、テルビウム、イットリウム、ルテチウム、サマリウム)も、それぞれレーザー材料、蛍光体、触媒、特殊合金など、代替が難しい重要な用途を持つ 。これらを他の材料で置き換えるには、多くの場合、コスト増や性能低下、あるいは製造プロセスの大幅な変更といったトレードオフが避けられない。
影響は特定の産業にとどまらない。半導体メーカー (Broadcom, GlobalFoundries, Qualcomm, TSMC, Samsung)、ストレージメーカー (Seagate, Western Digital)、EVメーカー (Tesla)、コンシューマーエレクトロニクス企業 (Apple)、そして防衛産業 (Lockheed Martin, RTX, Boeing, GE) など、現代経済の中核をなす多くのプレーヤーが、中国産のレアアースに直接的・間接的に依存しているのが実情だ。
価格高騰、サプライチェーン寸断… 経済への打撃は必至か

今回の輸出規制は、すでに米中貿易戦争によって不安定化していた世界のサプライチェーンに、さらなる混乱をもたらす可能性が高い。
まず懸念されるのは、製品価格の高騰である。米国の消費者技術協会 (CTA) は、Trump政権の関税政策全体の影響として、ラップトップPCの価格がほぼ倍増、ゲーム機の価格が40%上昇、スマートフォンの価格が26%上昇する可能性があると警告していた。今回のレアアース規制は、これらの製品に使われる重要部品のコストを押し上げ、価格上昇圧力をさらに強めるだろう。一部エコノミストは、PC価格が翌年までに45%上昇する可能性を指摘し、金融アナリストはiPhoneやiPadなどのApple製品が40%値上がりする可能性に言及している。
企業にとっては、原材料コストの上昇に加え、サプライチェーンの寸断という深刻なリスクに直面することになる。特に、特定のレアアースを中国からの供給に完全に依存している場合、代替調達先を迅速に見つけなければ生産ラインが止まりかねない。すでに一部の米国航空宇宙メーカーでは、中国からしか調達できないレアアースがあり、懸念が広がっているという。この混乱は、代替供給源として名前が挙がる日本や韓国の企業にとってはビジネスチャンスとなる可能性があるものの 、世界全体の供給量が逼迫すれば、価格上昇は避けられないだろう。
CTAのCEOであるGary Shapiro氏は、「これらの関税(および報復措置)は消費者物価を引き上げ、貿易相手国に報復を強いるだろう」「アメリカ人はこれらの関税によってより貧しくなる」と述べ、景気後退を引き起こす可能性にまで言及している。
消費者の間では、価格上昇を見越して高額なハイテク製品の購入を急ぐ動きも見られるという 。これは一時的な需要増をもたらすかもしれないが、長期的には将来の需要を先食いし、企業の業績を圧迫する可能性もある。
中国の狙いと地政学 – レアアース支配をテコに世界秩序を揺さぶる
中国はなぜ、これほど強力な「レアアースカード」を持つに至ったのだろうか。レアアースは、その名の印象とは裏腹に、地殻中に特別に希少な元素というわけではない。しかし、採掘・分離・精製プロセスが複雑で、環境負荷が大きいという特徴がある。中国は長年にわたり、国内の豊富な資源と、ある種の専門家が指摘するように国家的な補助金も背景に、この分野に大規模な投資を行い、採掘から精製、加工に至るまでの効率的なエコシステムを構築してきた。
その結果、現在、中国は世界のレアアース採掘量の約7割、そして精製済みレアアースの生産に至っては85%以上あるいは約90%という圧倒的なシェアを握るに至った。特に、ジスプロシウムなどの重レアアース(HREE)については、中国国外での商業生産拠点はブラジルの1箇所のみで、それも精製は中国で行われているという状況だ。この支配的な地位が、今回の輸出規制を可能にする戦略的な武器となっている。
今回の措置は、孤立した動きではない。中国はこれ以前にも、半導体材料として重要なガリウム (Ga) とゲルマニウム (Ge) の輸出規制(第1弾)、さらにタングステン (W)、インジウム (In)、モリブデン (Mo) など製造プロセスに不可欠な金属の規制(第2弾)を発動している。基礎材料から製造プロセス、そして最終製品に使われる重要部品へと、段階的に圧力を強める戦略が見て取れる。専門家は、「中国は戦略的に(規制)リストを作成した」「米経済にとって極めて重要なものを選んだ」「(米国との)交渉における反復ゲームの始まりだろう」「中国はエスカレーションを厭わない」と指摘している。
この状況は、米国の脆弱性を浮き彫りにする。米国には現在、商業規模で稼働しているレアアース鉱山はMP Materialsが所有する1箇所のみであり、精製能力も限られているため、多くを中国からの輸入に頼らざるを得ない 。国防総省は一部レアアースを備蓄しているものの、恒久的に供給を賄える量ではないとされる。国家安全保障上、極めて重要な物資の供給を、潜在的な敵対国に握られているという構図だ。
地政学的な影響も大きい。米国の同盟国であるオーストラリア、日本、韓国、インドなども、米中貿易戦争の余波を受けている。中国は、米国による関税で打撃を受けた国々が、逆に中国との経済的な結びつきを深めることを期待している可能性がある。長期的には、米国主導の国際秩序に挑戦し、中国を中心とした新たな貿易システムの構築を目指す動きとも連動しているのかもしれない。
脱・中国依存は可能か? 西側諸国のサプライチェーン再構築の動きと課題
中国によるレアアースの「武器化」を受け、西側諸国では供給網の脱・中国依存に向けた動きが加速している。これは、単なる経済合理性の問題ではなく、経済安全保障上の喫緊の課題として認識されているからだ。
米国では、既存のMP Materialsに加え、ワイオミング州で鉱山開発を進めるAmerican Rare Earthsや、ネブラスカ州で計画を持つNioCorp Developments、オクラホマ州で磁石工場を建設中のUSA Rare Earthsなど、国内での採掘・精製能力を高めようとする動きがある。また、電子廃棄物などからレアアースをリサイクルする技術を持つPhoenix Tailingsのようなスタートアップも登場し、生産拡大を目指している。
オーストラリアのLynas Rare Earthsは、中国以外では世界最大のレアアース生産企業であり、重要な代替供給源となっている。ベトナムなども潜在的な生産国として注目されている。
日本は、かつてレアアース輸入の9割を中国に依存していたが、2010年の中国による対日輸出制限(尖閣諸島沖漁船衝突事件後)を教訓に、調達先の多様化を進めてきた。国内での海底資源探査やリサイクル技術開発に加え、オーストラリアのLynasへの出資などを通じて、対中依存度を60%程度まで引き下げることに成功している。
しかし、中国の長年にわたる支配を覆し、完全に独立したサプライチェーンを構築する道のりは平坦ではない。レアアースの採掘・精製プロジェクトは、莫大な初期投資と長いリードタイムを必要とする。環境規制への対応も課題となる。また、中国企業が築き上げてきたコスト競争力に対抗するのは容易ではない。中国が意図的に価格を低く抑えることで、他国の新規参入を妨げてきた可能性も指摘されている。
経済学者のMary Lovely氏は、たとえ米国企業が製造拠点を国内に移したとしても、ベトナムやメキシコなど第三国から輸入する部品に中国製のレアアースや中間材が組み込まれている可能性は高く、サプライチェーンから中国の影響力を完全に排除することは極めて困難であると指摘する。真の脱・中国依存には、複数の政権にまたがる長期的な国家戦略と、同盟国との緊密な連携が不可欠となるだろう。
今後の展望 – 貿易戦争は泥沼化へ?
現時点で、米中間の緊張緩和の兆しは見えない。Trump政権は関税を撤回する意向はなく、むしろ対象国を拡大する姿勢すら見せていた。中国側も、さらなる報復措置を繰り出す可能性は否定できない。CTAの専門家は、中国が経済的な報復手段を使い果たした場合、経済以外の領域での報復に出る可能性すら示唆している。
米国議会の一部には、大統領が持つ関税賦課の権限を制限しようとする動きもあるが、法案成立の見込みは低いと報じられている。
この不確実な状況は、企業の長期的な投資判断を困難にする。貿易政策がいつ、どのように変わるか分からない状況では、大規模な設備投資やサプライチェーンの再編に踏み切るのはリスクが高い。ラブリー氏は、不安定さが過度になれば、かえって米国への投資が魅力を失い、企業が他の安定した国(場合によっては中国)との関係を深める可能性すらあると警告している。
今回のレアアース輸出規制は、米中貿易戦争が新たな段階に入ったことを示す象徴的な出来事である。これが一時的な揺さぶりなのか、それとも長期的な供給構造の変化の始まりなのか、現時点で見極めるのは難しい。しかし、確かなことは、世界のハイテク産業と安全保障環境が、レアアースという目に見えにくい鉱物資源の供給動向に大きく左右される時代が続くということだ。関係各国、そして関連企業は、この地政学的リスクといかに向き合っていくか、難しい舵取りを迫られている。今後の動向を注意深く見守る必要があるだろう。
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