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AIの“無料搾取”に終止符?CloudflareがAIクローラーに「課金」させる新機能「Pay per crawl」を発表

Y Kobayashi

2025年7月2日

Webインフラを支えるCloudflareが、人工知能(AI)クローラーによるWebコンテンツの利用に対し、1リクエスト単位で料金を請求できるプライベートベータ機能「Pay per crawl」を発表した。これは、。AIによる「ただ乗り」が常態化したWebの世界に、コンテンツ提供者側が「対価」を求めることを可能にすることで新たな経済秩序を築こうとする野心的な試みであり、その影響は計り知れない。AI時代におけるインターネットの経済モデル、コンテンツの価値、そしてクリエイターの役割を根本から再定義しようとする壮大な挑戦と言えるだろう。

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AI時代の「ただ乗り」に終止符?壊れた暗黙の契約

この動きの背景には、コンテンツ制作者(パブリッシャー)とプラットフォーマーの間で長年維持されてきた「暗黙の契約」の崩壊がある。かつて、Googleのような検索エンジンは、Webサイトのコンテンツをクロール(収集・解析)する見返りとして、検索結果を通じて大量のトラフィックをパブリッシャーのサイトへ送客してきた。このギブアンドテイクの関係が、オンライン広告やサブスクリプションといったパブリッシャーのビジネスモデルを支えてきたのだ。

しかし、生成AIの台頭がこの均衡を破壊した。AIチャットボットやAI検索は、Webから収集した情報を基に独自の回答を生成し、ユーザーに直接提供する。結果として、ユーザーが元情報の掲載サイトを訪れる機会は激減。パブリッシャーは、AIモデルの学習という形で一方的にコンテンツを「乱掘」されながら、見返りであるトラフィックを得られないという、極めて不公平な状況に置かれている。

この現実を、Cloudflareが公開した衝撃的なデータが裏付けている。各サービスがWebサイトをクロールした回数と、そこからサイトへユーザーを送客した回数の比率(クロール/リファラル比率)を見ると、その不均衡は明らかだ。Cloudflareによれば、Googleの比率が9.4対1であるのに対し、OpenAIは約1,600対1、そしてAnthropicのClaudeに至っては約71,000対1という驚愕の数字が示されている。これは、AI企業が膨大なコンテンツを消費しながら、制作者にはほとんど何も還元していないという現実を冷徹に突きつけている。

CloudflareのCEOであるMatthew Prince氏は、「Googleがコンテンツを取得する代わりにトラフィックを送るという取引は、もはや意味をなさない」と断言しており、まさにこの壊れた契約を再定義しようというのが、今回の発表の核心である。

「Pay per Crawl」の仕組み:HTTP 402が拓く新たなウェブ経済圏

では、Cloudflareが提案する新たな経済圏は、具体的にどのように機能するのか。その鍵を握るのが、新機能「Pay per Crawl」と、長らく忘れ去られていたHTTPステータスコード「402 Payment Required(支払い要求)」の活用だ。

この仕組みは、技術的には極めて洗練されている。

新たにCloudflareのダッシュボードに設けられた「AI監査(AI Audit)」メニューにアクセスしてみると、以下の様にどのようなボットがアクセスしているかが確認出来る。

パブリッシャー側はそれぞれに対して以下の設定が可能だ。

パブリッシャー側の設定:
Webサイト運営者は、Cloudflareのダッシュボードを通じて、特定のAIクローラーに対し「Allow(許可)」「Charge(課金)」「Block(ブロック)」の3つの選択肢からポリシーを設定できる。これにより、信頼できるパートナーには無料でアクセスを許可し、それ以外のクローラーには料金を請求する、あるいは完全にアクセスを遮断するといった柔軟なコントロールが可能になる。

AIクローラー側とのやり取り:
課金対象のコンテンツにAIクローラーがアクセスすると、サイトは「402 Payment Required」レスポンスを返す。このレスポンスには、crawler-priceヘッダーで設定された料金情報が含まれる。

クローラー側は、提示された料金を支払う意思があれば、リクエストにcrawler-exact-price(提示額通り)やcrawler-max-price(上限額)といったヘッダーを付与して再度アクセスする。Cloudflareがこの意図を検知し、両者の条件が合致すればアクセスが許可され、課金が実行される。Cloudflare自身が「Merchant of Record(記録上の販売者)」として、決済の仲介役を担う。

なりすましを防ぐ認証技術:
このシステムの信頼性を担保するのが、「Web Bot Auth」と呼ばれる認証メカニズムだ。AI企業は、公開鍵暗号技術(Ed25519)を用いて自身のクローラーが正規のものであることを証明するデジタル署名をリクエストに含める。これにより、第三者が有名AI企業のクローラーになりすましてコンテンツにアクセスすることを防ぎ、安全な課金体系を実現する。

さらにCloudflareは、この動きを加速させるため、同社サービスに新規登録するドメインに対しては、AIクローラーをデフォルトでブロックするという大胆な方針転換も発表した。これにより、コンテンツ保護が「オプトイン(任意参加)」から「オプトアウト(任意解除)」へと大きく舵を切ることになる。

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業界の地殻変動:広がる支持と、距離を置く巨人

Cloudflareのこの提案は、即座に業界に大きな波紋を広げた。

Condé Nast、The Associated Press、TIME、Reddit、Pinterest、Stack Overflowといった名だたるパブリッシャーやプラットフォームが、この「許可に基づくアプローチ」への支持を表明。「公正な価値交換の実現に向けた重要な一歩だ」と期待を寄せている。彼らにとって、これは長年の懸案であったコンテンツのコントロールを取り戻し、新たな収益源を確保するための、またとない機会と映っている。

一方で、AI企業側の反応は一枚岩ではない。CNBCの報道によると、AI開発の最前線を走るOpenAIは、Cloudflareが仲介者としてシステムに入ることへの懸念を理由に、この計画への参加を辞退したという。AI企業からすれば、これまで実質的に無料でアクセスできていた学習データにコストが発生することは、開発競争における足かせになりかねない。Microsoft AIのCEO、Mustafa Suleyman氏がかつて「オープンWebのコンテンツはフェアユースだ」と主張したように、AI企業側にも独自の論理が存在する。

この構想が成功するか否かは、まさにこのAI企業側の参加に懸かっている。Cloudflareは、AI企業にとっても「高品質で信頼性の高いコンテンツへ安定的にアクセスできる」「クリエイターとの長期的な協力関係を築ける」といったメリットがあると説くが、今後、両者の間でどのような価格交渉や力学が働くのかは未知数だ。

「Webの再中央集権化」か、「持続可能な未来」への布石か?

今回のCloudflareの動きは、単なる技術的な解決策の提示に留まらない、より大きな戦略的意味合いを秘めている。

第一に、Cloudflareの「ゲートキーパー」化である。世界のWebトラフィックの約2割を処理するとされる同社が、コンテンツへのアクセス可否と価格設定のインフラを握ることは、Webの経済ルールを左右する強大な力を持つことを意味する。これは、Webの「再中央集権化」の流れを加速させる可能性もはらむ。

第二に、「オープンなWeb」の理念の変質だ。誰もが自由に情報を発信し、アクセスできるというWebの基本理念は、この課金システムの導入によって、ある種の変容を迫られるかもしれない。しかし見方を変えれば、これは無法地帯だったフロンティアに、持続可能な経済活動のための「法と秩序」を導入する試みとも言える。質の高いコンテンツが正当な対価を得られなければ、Webの生態系そのものが枯渇してしまうというPrince氏の警告は、決して無視できない。

そして最後に、このシステムが「エージェントの未来(agentic future)」への布石である可能性だ。将来、AIエージェントがユーザーの指示に基づき、自律的に予算内で情報を収集・交渉・購入する時代が来ると予測されている。Pay per Crawlのプログラム可能な課金メカニズムは、まさにそうした未来のデジタル経済圏の基盤となりうる。

もちろん、この新しいエコシステムが完全に機能するためには、AI企業側の積極的な参加と、適正な「価格発見」メカニズムの確立が不可欠だ。Cloudflareが「インターネットのゲートキーパー」として、この複雑なエコシステムをいかに管理し、すべてのステークホルダーにとって公平で持続可能なモデルを構築できるかが、今後注目される。

この動きは、コンテンツクリエイター、AI企業、そして検索エンジンの三者の関係性を根本から再構築する可能性を秘めている。もしCloudflareの試みが成功すれば、Webは新たな均衡点を見出し、AIの恩恵とコンテンツクリエイターへの正当な報酬が共存する、より持続可能な未来へと進化するだろう。まさにインターネットの根幹を揺るがす大きなうねりとなるかもしれない。


Sources

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