テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

D-Wave、量子コンピューティングの新たな地平を拓く「Advantage2」を一般提供開始

Y Kobayashi

2025年5月21日3:51PM

D-Waveは、同社第6世代となる最新鋭の量子アニーリングコンピュータ「Advantage2™」の一般提供を開始したと発表した。クラウド経由およびオンプレミスでの導入が可能となり、複雑な最適化問題やAI開発など、産業界の喫緊の課題解決に向けた強力なツールとして、その活用に大きな期待が寄せられている。

スポンサーリンク

Advantage2とは何か? – 量子アニーリングの最前線

Advantage2は、D-Waveが長年培ってきた量子アニーリング技術の集大成とも言えるシステムである。量子アニーリングとは、特定の問題、特に「組み合わせ最適化問題」と呼ばれる種類の計算を効率的に解くことに特化した量子計算の手法だ。これは、無数の選択肢の中から最も良い組み合わせを見つけ出す問題で、例えば物流ルートの最適化、金融ポートフォリオの最適化、新素材の開発、創薬における分子構造の探索など、実社会の様々な場面で登場する。

汎用的なゲート型量子コンピュータがまだ基礎研究や小規模な実験段階にあるものが多いのに対し、D-Waveのアニーリング方式は、特定の問題領域において既に実用的な性能を発揮し始めている点が大きな特徴と言えるだろう。Advantage2の登場は、この流れをさらに加速させるものと期待される。

D-WaveのCEOであるAlan Baratz博士は、「Advantage2は、世界最大級のGPUベースの古典的スーパーコンピュータでも解決困難な問題を解くことができるほど強力なシステムであり、D-Waveだけでなく量子コンピューティング業界全体にとって重要なマイルストーンです」と、その意義を強調している。

驚異的な進化を遂げたAdvantage2の核心技術

Advantage2は、前世代機であるAdvantageと比較して、性能と実用性の両面で大幅な進化を遂げている。その核心となる技術的進歩を具体的に見ていこう。

4,400超の量子ビットと進化したZephyr™トポロジー

Advantage2の心臓部である量子プロセッシングユニット(QPU)は、4,400を超える超伝導量子ビット(qubit)を搭載している。これは、現在の商用量子アニーリングシステムとしては最大級の規模だ。

さらに重要なのは、量子ビット間の接続性を示す「トポロジー」である。Advantage2では、「Zephyr™」と呼ばれる独自のトポロジーを採用し、各量子ビットが最大20個の他の量子ビットと接続(20-wayコネクティビティ)されている。これは前世代のPegasusトポロジー(15-way)から大幅に向上しており、より複雑な問題を、より少ない物理量子ビットで効率的に表現し、解くことが可能になる。これにより、より大規模で現実的な問題を扱えるようになった点は特筆すべきだろう。

D-Waveの最高開発責任者であるTrevor Lanting氏によれば、「Advantage2はAdvantageと比較して10,000倍の高速化と改善を達成し、より高品質なソリューションをはるかに高速に提供する」とのことで、この新しいトポロジーがその性能向上に大きく貢献していると考えられる。

コヒーレンス2倍、ノイズ75%削減 – 解の品質と速度を劇的に向上

量子コンピュータの性能を左右する重要な指標の一つに「コヒーレンス」がある。これは、量子ビットが量子的な状態(重ね合わせやもつれなど)をどれだけ長く保てるかを示すもので、コヒーレンス時間が長いほど、計算は安定し、より正確な解を得やすくなる。Advantage2では、このコヒーレンスが前世代比で2倍に向上した。

加えて、量子計算の障害となる「ノイズ」も大幅に低減されている。具体的には、ノイズを75%削減し、エネルギー規模(量子ビットが取りうるエネルギーの範囲)を40%向上させることに成功した。これらの改善は、より複雑な計算において、より高品質な解を、より短時間で導き出すことに直結する。特に、ノイズの低減は、量子ビットが外部環境からの擾乱(じょうらん)を受けにくくなることを意味し、計算の信頼性を高める上で極めて重要だ。

「高速アニーリング」機能と驚異のエネルギー効率

Advantage2には、「高速アニーリング(Fast Anneal)」と呼ばれる新機能が搭載された。これは、コヒーレントな量子アニーリングを大規模に実行可能にするもので、熱揺らぎなどの外部からの妨害の影響を大幅に低減し、計算速度と解の精度向上に貢献するという。

そして、驚くべきはそのエネルギー効率だ。D-Waveによれば、Advantage2を含む同社の量子コンピュータは、6世代にわたり、消費電力をわずか12.5キロワットに維持している。これは一般的なデータセンターのサーバーラック数台分にも満たない電力であり、計算能力が飛躍的に向上しているにもかかわらず、運用コストと環境負荷を低く抑えられる点は、企業や研究機関にとって大きな魅力となるだろう。

スポンサーリンク

クラウドとオンプレミス – 柔軟なアクセスと導入オプション

Advantage2の利用は、主にD-Waveのリアルタイム量子クラウドサービス「Leap™」を通じて行われる。Leapは現在40カ国以上で利用可能で、99.9%の可用性とアップタイム、サブ秒単位の応答時間を誇り、企業のセキュリティ要件を満たすSOC 2 Type 2コンプライアンスにも準拠している。

Leapを通じてアクセスできるハイブリッドソルバーは、古典コンピュータと量子コンピュータを連携させ、量子プロセッサ単体では扱いきれない大規模な問題に対応する。Advantage2との統合により、このハイブリッドソルバーは最大200万の変数と制約を持つ問題をサポートできるようになり、物流、製造、材料科学といった分野での実運用レベルのアプリケーション実行を可能にする。

さらに、高度なセキュリティや既存のハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)システムとの緊密な連携を求める顧客向けに、Advantage2システムのオンプレミスでの購入および設置オプションも提供される。これにより、ユーザーはシステムパラメータの調整や、将来的な新機能への早期アクセスといったメリットを享受できる。

すでに動き出している実用化の波 – 早期ユーザーの声と応用事例

Advantage2は、正式な一般提供開始前から、プロトタイプがLeapクラウドサービスを通じて一部の顧客に提供されてきた。D-Waveによると、2022年6月以降、プロトタイプ上で2,060万件以上の顧客問題が実行され、特に過去6ヶ月間で使用量は134%も増加したという。これは、量子コンピューティングへの関心と実用化への期待が急速に高まっていることの証左と言えるだろう。

具体的な早期ユーザーとその取り組みは以下の通りだ。

  • 日本たばこ産業(JT): 医薬品開発プロセスにおいて、Advantage2プロトタイプとAIを組み合わせた概念実証(PoC)を実施。同社中央医薬研究所のChief Scientific Officerである舘野賢博士は、「量子とAIの融合はライフサイエンスに新たなブレークスルーをもたらす可能性があり、我々のPoCでは、D-WaveのAdvantage2量子システムが高品質で低エネルギーのサンプルを提供し、生成AIアーキテクチャの性能向上に貢献できることが示されました。完全なAdvantage2システムを使用して、量子AI駆動型創薬の取り組みを加速させることを楽しみにしています」とコメントしている。
  • ロスアラモス国立研究所 (LANL): 上級科学者のCarleton Coffrin氏は、「LANLでは、物性理論や磁性材料における科学的発見のためにアナログ量子コンピュータの利用を探求する大規模な研究開発を進めている。現在Advantage2プロトタイプシステムを使用しており、査読準備中の興味深い技術的成果が多数得られています。完全なAdvantage2システムでこの研究をさらに進めることを楽しみにしている」と述べている。
  • Jülich Supercomputing Centre (JSC、ドイツ): 既存のD-WaveシステムがAdvantage2にアップグレードされる予定で、ヨーロッパ初のエクサスケールHPCであるJUPITERスーパーコンピュータと接続し、AIと量子最適化アプリケーションにおけるブレークスルーを促進することが期待されている。
  • Davidson Technologies(米国アラバマ州): Advantage2をオンプレミスで導入し、国家安全保障関連の量子研究拠点としての活用を目指す。同社社長兼CEOのDale Moore氏は、「このシステムは、ミッションクリティカルな課題や国家安全保障に焦点を当てた量子研究を支援するために設計された量子最適化アプリケーション開発の重要な新しい道筋を提供すると信じています」と語る。

これらの事例は、Advantage2が既に具体的な問題解決に向けて動き出していることを示しており、今後のさらなる応用展開が期待される。

スポンサーリンク

D-Waveの戦略と量子コンピューティング市場へのインパクト

D-Waveは、汎用ゲート型量子コンピュータの開発とは一線を画し、量子アニーリングという特定の手法に注力することで、「今すぐ使える量子コンピュータ」としての地位を確立しようとしている。同社の戦略は、量子コンピューティングを実験的なツールから、企業や政府機関の業務に組み込まれる実用的な技術へとシフトさせることに主眼を置いている。

近年、GoogleやMicrosoftといった巨大IT企業も量子コンピュータ開発の成果を相次いで発表しており、市場の関心は高まっている。一方で、NVIDIAのCEOであるJensen Huangが量子コンピュータの実用化にはまだ時間がかかるとの見解を示し(後に一部修正)、業界内で議論を呼んだことも記憶に新しい。これに対し、D-WaveのBaratz博士は「彼は完全に間違っている」と反論し、自社のアニーリング方式が既に実用段階にあることを強調してきた経緯がある。Advantage2の一般提供開始は、このD-Waveの主張を裏付けるものとなるかもしれない。

D-Waveは、Advantage2の先も見据えている。D-WaveのLanting氏は、「我々は10万量子ビットプロセッサへのロードマップについて話してきた」と語り、Advantage2がその道のりにおける重要なステップであるとの認識を示した。この目標達成には、プロセッサファブリックのスケーリングやマルチチップアーキテクチャの開発などが鍵となるだろう。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする