DeepSeekが進める新たな資金調達は、当初の目標を上回る800億元以上に達する見通しとなった。Bloombergが10月6日、CATLとTencentが最大級の出資を約束し、2027年初めの新規株式公開(IPO)を前に交渉が最終段階に入っていると報じた。低価格のAIで知られる同社に巨額の資金が集まる背景を理解するには、モデル側の工夫によって処理コストを下げることと、その処理を大規模に提供するための設備を整えることを分けて考える必要がある。最新モデルの設計やHuawei製AIチップ向けソフトウェアの公開からは、効率を高めると同時に、計算資源の供給能力も拡大しようとするDeepSeekの現在地が見えてくる。
調達額は800億元超へ、ただし交渉はまだ最終段階
今回の交渉では、当初約500億元だった調達目標に対し、800億元以上の資金確保が視野に入っているという。署名済みの投資条件書に基づけば、最終的な調達額が1000億元近くに達する可能性もある。一方、Bloombergは、最終協議の中で条件が変わる可能性があるとも伝えている。投資家から出資の意向を取り付けた段階と、実際に資金の払い込みまで完了した段階は区別して見る必要がある。
同社が当初想定していた約5000億元の企業価値も、調達額とは別の数字だ。資金調達後の企業価値として確定したわけではない。CATLはコメントを控え、TencentとDeepSeekからも回答は得られておらず、今回の案件は企業による正式発表ではなく、関係者への取材に基づく報道である。
低価格を支える、入力処理とキャッシュの効率化
DeepSeekが9月10日に公開した「V4.1-Flash」は、入力された文脈を処理する段階と、回答を生成する段階で、異なる規模のネットワークを使う。大量の文章を読み込んだ後に比較的短い回答を返す用途では、この設計の違いが効いてくる。コードや資料を読み、ツールから得た結果を受け取りながら作業を続けるAIエージェントも、出力より入力側の処理量が大きくなりやすい。
V4.1-Flashは中核モデルそのものを大型化する一方、入力処理で実際に使うパラメータ数を減らした。公式モデルカードの仕様を旧V4-Flashと比較すると、モデル全体の規模を拡大しながら、1トークンの処理時に有効になるパラメータ数を用途ごとに調整していることが分かる。
| 公式モデルカードの仕様 | V4-Flash | V4.1-Flash |
|---|---|---|
| 中核モデルのパラメータ数 | 2840億 | 5520億 |
| 入力処理で使う有効パラメータ数 | 130億 | 80億 |
| 出力生成で使う有効パラメータ数 | 130億 | 160億 |
出典はDeepSeekのV4.1-Flashモデルカードにある「Base Model」の比較表で、10月6日に確認した。原表記のBを10億として単位を統一し、有効パラメータ数は1トークン当たりの値を示している。中核モデルの数値には、別途用意される記憶機構などを含むすべての構成要素が含まれているわけではない。また、有効パラメータ数だけから処理速度や消費電力の改善率を直接算出することもできない。
もう一つの工夫が、読み込んだ文脈の中間計算結果を保存する「KVキャッシュ」の削減だ。長い会話や一連の作業を続ける際、過去の文脈を毎回最初から計算し直すと負担が大きくなる。V4.1-Flashでは、入力側で得た計算結果を出力側へ渡す構造に加え、キャッシュを層の間で共有・再利用する設計を採用した。DeepSeekは旧V4-Flashとの比較で、KVキャッシュに必要な高速メモリー(HBM)の容量を4分の1、SSD上の保存容量を8分の1に削減したと説明している。ただし、これはKVキャッシュ部分の比較であり、サーバー全体のメモリー容量や設備費まで同じ割合で減るという意味ではない。
料金にも、入力と出力、さらに文脈を再利用できるかどうかの違いが反映されている。10月6日時点の公式API料金は、V4.1-Flashの100万トークン当たりで次の通りだ。
| 課金対象 | ピーク時 | 閑散時 |
|---|---|---|
| キャッシュを再利用する入力 | 0.006ドル | 0.003ドル |
| キャッシュを再利用しない入力 | 0.30ドル | 0.15ドル |
| 出力 | 1.20ドル | 0.60ドル |
ピーク時間は、中国の祝日を除く平日のUTC午前1~4時と午前6~10時で、週末と中国の祝日は終日、閑散時の料金が適用される。過去の文脈をキャッシュから再利用できる入力は大幅に安くなる一方、新たに読み込む入力や回答の生成には別の単価が設定されている。したがって、AIエージェントの利用コストを比較するには、入力をどれだけ再利用できるかだけでなく、回答の長さや処理を何回繰り返すかまで見る必要がある。
Huawei対応がつなぐ、モデルと計算設備
DeepSeekは9月30日、計算処理用ライブラリ「TileKernels」にHuaweiのAscend対応を追加した。同じPythonインターフェースからNVIDIAのGPUとHuaweiのNPUを扱い、実行環境に応じて使い分けられる設計となっている。公開説明では、Ascend向け実装にあたりHuaweiから技術支援を受けたことにも謝意を示している。
同日に公開された「DeepGEMM-Ascend」は、Ascend 950向けに開発・検証された行列演算ライブラリだ。ニューラルネットワークでは、大量の数値をまとめて掛け合わせる行列演算が繰り返し実行されるため、こうした基盤ソフトウェアの性能がハードウェアの能力を引き出すうえで重要になる。モデルの重みを入手できたとしても、異なる半導体で効率よく動かすには、そのハードウェアに適した計算処理の実装が必要になる。
Bloombergは、内モンゴルで建設中のデータセンターにHuawei製AIアクセラレーターを少なくとも16万基導入する計画があるとも報じている。ただし、これはすでに稼働している設備の規模を示す数字ではない。一方、計算ライブラリの公開は、将来の設備計画とは切り離して確認できるソフトウェア面での進展だ。
もっとも、これらのライブラリがHuawei製ハードウェアに対応したからといって、モデルの学習から推論まで、すべての工程がHuawei製チップへ移行したとは言えない。半導体を確保すること、必要なソフトウェアを整備すること、そして大規模な計算設備を安定稼働させることは、それぞれ別の課題だ。資金だけで解決できる問題ではなく、ソフトウェアや供給体制の整備も同時に求められる。
TencentとCATL、それぞれが持つDeepSeekとの接点
TencentのWorkBuddyとCodeBuddyは、DeepSeekが9月10日に公開した告知の中で、V4.1-Flashを採用する提携製品として挙げられている。今回の出資報道以前から、DeepSeekのモデルを実際のユーザーへ届ける接点が存在していたことになる。低コストで繰り返し処理できるモデルは、AIエージェントや開発支援サービスを提供する企業にとって、サービス価格や利用量を設計するうえでも重要になる。
CATLは、データセンターを支える電力インフラとの接点を持つ。同社の2025年ESG報告書では、蓄電池の用途としてデータセンター向けの蓄電システムやエネルギー管理を明記している。AI向けデータセンターへの投資は、モデルを開発する企業だけで完結するものではない。大量の電力を安定して供給するための設備も必要になり、電池メーカーもその周辺産業を担っている。
こうした既存事業との接点を踏まえれば、TencentはAIモデルをサービスとして利用する側、CATLはデータセンターを支える電力インフラ側から、AI市場の拡大に関わる可能性がある。ただし、それが今回の出資そのものの目的だと確認されたわけではない。出資と引き換えに優先供給を受ける、あるいはDeepSeekにCATLが蓄電池を納入するといった関係まで想定するのは、公開済みの事業内容と非公開の投資条件を混同することになる。
IPOで問われる、公開モデルと収益の両立
V4.1-Flashのリポジトリとモデルの重みは、MITライセンスで公開されている。企業や開発者が自らモデルを運用できる一方、実際に安定して動かすには、利用者側でも相応の計算設備や運用環境を用意する必要がある。公開されたモデルの重みと、DeepSeek自身が運営する有料APIは、同じモデルを利用するための異なる選択肢となっている。
DeepSeek自身も、2000基規模のGPUとストレージ群を用意できる大規模導入希望者に対し、相談を呼びかけている。これはDeepSeekのモデルを導入するために必ず2000基のGPUが必要という意味ではなく、大規模な運用を想定した案内だ。モデル単体の効率を高めても、それを多数の利用者へ提供する段階では、大規模な計算設備が必要になる。
Bloombergによれば、資金調達の完了後にはIPOに向けた組織再編へ進む見込みだ。2027年初めという上場時期も、現時点で正式な申請や承認が完了していることを意味しない。公開モデルの開発を続けながら、大規模な計算設備を維持するための収益をどう確保するのかが、今後の事業を評価する重要な論点になる。
資金調達後のDeepSeekを見るうえでは、誰が出資したかだけでなく、計画している計算設備がどこまで実際に稼働し、利用者が増えても現在のAPI価格と供給能力を維持できるかが重要になる。入力処理やキャッシュの効率化を、安定した大規模サービスへ結び付けることができれば、開発者は長い文脈を扱う作業や、何度も処理を繰り返すAIエージェントをより低コストで利用しやすくなる。800億元を超える資金調達の先で問われるのは、その規模の需要を支えられる提供能力である。



