ドイツ・ドレスデンのマックス・プランク複雑系物理学研究所に所属するZuo Wang、Marios H. Michaelら4人の研究チームは2026年10月21日、時間結晶に似た新しい状態「離散時間液体(discrete time liquid)」を提案する査読前論文をarXivに公開した。研究チームは、100×100の正方格子に配置したスピンを古典的に扱い、熱浴に接した共振器と結合させた数値計算を実施した。外部から周期的な駆動を加えていないにもかかわらず、特定の温度範囲でスピンが共振器の振動周期の2倍の周期で振動する「周期倍化」が現れた。ただし、その振動の位相は不規則に切り替わり、長時間にわたって同じ位相を保つことはなかった。著者らはこの状態を離散時間液体と名付けたが、確認されたのは加熱によって最終的に崩壊する準安定状態であり、実験による実証には至っていない。この「液体」は従来の時間結晶と何が異なり、熱平衡でも存在しうるという著者らの見通しを、数値計算はどこまで裏付けているのだろうか。

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周期的な外部駆動なしで、熱ゆらぎから時間的な秩序が生まれる仕組み

従来の離散時間結晶では、外部から加える周期的な駆動が、時間的な秩序の基準となっていた。離散時間結晶とは、周期的な刺激を受けた多数の粒子やスピンが、その刺激よりも長い周期で規則正しく振動する状態である。例えば、隣り合うスピンが同じ向きを向こうとする相互作用を働かせながら、外部からの刺激によって1周期ごとに全スピンを反転させる場合を考える。スピンは上向きと下向きを交互に繰り返すため、元の状態に戻るには刺激の2周期分が必要になる。これが「周期倍化」と呼ばれる現象であり、外部駆動の周期に対する応答が2倍になることを意味する。こうした応答は、外部駆動が定める離散的な時間並進対称性を、スピンの集団が自発的に破った状態として理解される。

今回の研究が特徴的なのは、この周期的な外部駆動を使っていない点だ。著者らは100×100の正方格子にスピンを配置し、格子の端と反対側の端をつなぐ周期境界条件を採用した。長時間にわたる大規模な計算を可能にするため、スピンは量子的な性質を持つものではなく、古典的なベクトルとして扱っている。このスピン格子を単一の共振器モードに結合し、共振器を熱浴に接した減衰する調和振動子としてモデル化した。系全体に時間とともに変化する影響を与えるのは、熱浴から生じるランダムな熱ゆらぎだけである。

一見すると、ランダムな雑音から規則正しい振動が生まれるのは不思議に思える。しかし、ここでは共振器が重要な役割を果たす。熱浴から生じる白色雑音にはさまざまな周波数成分が含まれるが、減衰の小さい共振器は、自身の共振周波数に近い成分を選択的に強く応答する。その結果、もともとは不規則だった熱ゆらぎが、共振器を通ることで「ほぼ周期的な信号」に変わる。この信号は完全な周期性を持たないものの、限られた時間であれば規則的な振動として振る舞う。

研究チームの模型では、共振器の振動に合わせて、スピン同士を同じ向きにそろえようとするイジング相互作用と、スピンを回転させる横磁場の強さが逆方向に変化する。イジング相互作用が強くなると横磁場が弱くなり、反対に横磁場が強くなると相互作用が弱くなる仕組みだ。これにより、スピンの向きをそろえる過程と、スピンを回転させる過程が交互に現れ、従来の離散時間結晶で使われる周期的な操作を近似的に再現できる。ただし、外部から与える完全な周期駆動とは異なり、信号の振幅は熱浴の温度に左右され、位相がそろっている時間も有限である。この時間は共振器の「コヒーレンス時間」と呼ばれ、減衰率をγとすると2/γで表される。

数値計算では、温度によってスピンの振る舞いが大きく3つに分かれた。低温では熱ゆらぎが弱すぎてスピンの運動に十分な影響を与えられず、スピンはコマの首振りに似た自由歳差運動を続ける。中間の温度では、スピンが共振器の振動周波数の半分に同期し、明確な周期倍化が現れる。さらに温度を上げると、今度は熱ゆらぎが強すぎてスピンの運動が乱れ、周期倍化は数周期のうちに失われてしまう。つまり、この模型では適度な熱ゆらぎが時間的な秩序を生み出し、弱すぎても強すぎても秩序が成立しない。

周期倍化が現れるには、共振器の1周期の中でイジング相互作用と横磁場の強弱を十分に切り替えられるだけの熱ゆらぎが必要となる。そのため、秩序が生じ始める温度には一定の閾値がある。通常、熱は規則正しい構造を乱すものと考えられるが、この系では逆に、温度を上げることで時間的な秩序が生まれる点が興味深い。さらに、共振器の信号そのものには半分の周波数の成分がなく、周期倍化はスピン格子の応答として新たに生じている。著者らによれば、こうして生まれた周期倍化は多数のスピンの相互作用によって安定化し、一定の温度範囲で維持される。

時間結晶が「溶ける」とは何か――振動は続いても位相が乱れる

中間の温度で現れた周期倍化には、通常の時間結晶とは異なる特徴があった。スピンは共振器の2周期ごとに元の状態へ戻る規則的な振動を続けているのに、その振動の位相が長時間にわたって維持されないのである。個々の計算結果を詳しく調べると、周期倍化が続く途中で、二つの等価な振動パターンが不規則に入れ替わっていた。例えば「上、下、上、下」と振動していたスピンが、ある時点から「下、上、下、上」というパターンに切り替わる。どちらも周期倍化していることに変わりはないが、振動の位相は半周期ずれている。

研究チームは、この位相の切り替わりを「時間ソリトン(time-soliton)」と呼び、時間的な秩序に生じるトポロジカル欠陥として扱った。重要なのは、時間ソリトンが発生しても周期倍化そのものが直ちに消えるわけではない点だ。位相が切り替わった後も、スピンは新しい位相で規則的な振動を続ける。しかし、こうした切り替わりが繰り返されると、遠く離れた時刻の振動どうしは位相がそろわなくなり、長時間にわたる時間的なコヒーレンスが失われる。ここでいうコヒーレンスとは、振動の位相の関係がどれだけ長く保たれるかを表す性質である。

「離散時間液体」という名前は、空間的な結晶が融解する現象との類推から生まれた。通常の結晶では、原子が長い距離にわたって規則正しく並んでいるが、構造を乱す欠陥が増えると長距離秩序が失われ、液体のような状態に移る。論文は、トポロジカル欠陥の増殖によって2次元結晶の融解を説明したHalperinとNelsonの1978年の理論を引用し、その考え方を時間方向に拡張している。空間的な結晶で原子の配列が乱れるように、時間結晶では振動の位相が不規則に切り替わる。その結果、短い時間では周期的な振動が確認できる一方、長い時間では位相の規則性が失われる。著者らが離散時間液体と名付けたのは、まさにこのような状態である。

この解釈が数値計算と一致するかを確かめるため、研究チームは時間ソリトンの発生だけに注目した簡単な確率模型も作成した。通常の時間結晶では1周期ごとに全スピンを180度(π)回転させるが、この模型では一定の確率pで、回転角を360度(2π)に置き換える。360度回転したスピンは元の向きに戻るため、その周期では本来起こるはずだった反転が飛ばされ、以後の振動パターンの位相が切り替わる。つまり、確率pによって時間ソリトンがどれだけ頻繁に発生するかを制御できる仕組みだ。

研究チームは、この単純な模型と、共振器に結合したスピン格子の数値計算を比較した。その結果、個々の計算で位相の相関が続く時間の分布を、確率模型でも定量的に再現できた。確率模型にはスピン格子の計算で測定した熱化時間を入力し、時間ソリトンの密度は複数の計算結果を平均した相関時間から求めているため、結果に合わせて自由に調整するパラメーターはない。複雑なスピン格子の振る舞いを、時間ソリトンの発生によって説明できることを裏付ける結果である。

具体的には、共振器のコヒーレンス時間が振動周期の20倍という条件で、熱化時間内に生じる時間ソリトンの平均的な数に相当する値が約37となった。この条件では、スピン格子が熱化によって秩序を失うまでに、振動の位相が何度も切り替わることになる。また、共振器のコヒーレンス時間が熱化時間より十分短い場合、複数の計算結果を平均した相関時間は共振器のコヒーレンス時間とほぼ一致した。これは、時間ソリトンがおよそ共振器のコヒーレンス時間の2倍につき1回発生する関係に対応する。反対に、共振器のコヒーレンス時間が熱化時間より十分長ければ、時間ソリトンが発生する前にスピン格子が熱化するため、秩序が維持されている間は一つの位相が保たれる。このような振る舞いは「前熱化離散時間結晶」に対応し、時間ソリトンが寿命の間にどれだけ発生するかが、離散時間結晶と離散時間液体を区別する重要な指標となる。

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4つの状態を分ける相図――時間液体は短いコヒーレンス時間でも残る

研究チームは、熱浴の温度と共振器のコヒーレンス時間を変えながら計算を繰り返し、どの条件でどのような状態が現れるかを相図にまとめた。論文の図1cでは、スピンの振る舞いが「自由歳差」「離散時間結晶」「離散時間液体」「無秩序」の4つに分類されている。分類の鍵となるのは、位相の相関がどれだけ続くかを表す「相関時間」と、熱の吸収によってスピン格子の秩序が失われるまでの「熱化時間」である。両者を比較することで、周期倍化の振動が続いている間、位相の規則性も維持されているのかを調べられる。

状態 時間的な構造を生む入力 局所的な周期倍化 長時間にわたる位相の秩序 論文での判定・特徴
従来のフロケ型離散時間結晶(参考) 外部から加える、ほぼ完全に周期的な駆動 あり あり 周期駆動に対する安定した分数調波応答
自由歳差 熱ゆらぎが弱い共振器 なし 該当しない 歳差運動の指標で低温側の領域を判定
無秩序 熱ゆらぎが強すぎる共振器 数周期で失われる なし 平均した相関時間が共振器の10周期未満
離散時間結晶 中間の温度にある共振器 あり 熱化時間に近い長さまで維持 相関時間と熱化時間の比が0.418超
離散時間液体 中間の温度にある共振器 あり 時間ソリトンによって失われる 相関時間が10周期以上で、熱化時間との比が0.418以下

表の最初の行は比較用の従来型であり、今回の相図で分類された4領域には含まれない。また、離散時間結晶と離散時間液体の境界に使われた0.418は、自然界に普遍的に存在する定数ではなく、数値計算の結果を分類するために研究チームが設定した閾値である。

状態の分類は段階的に行われる。まず、歳差運動の特徴を表す指標を使って、低温側の自由歳差領域を特定する。残りの条件については、個々の計算から求めた相関時間を平均し、それが共振器の10周期未満なら無秩序と判定する。10周期以上の相関が残る場合は局所的な時間秩序があるとみなし、相関時間を熱化時間で割った比が0.418を超えれば離散時間結晶、それ以下なら離散時間液体に分類する。つまり、振動自体が長く続いていても、位相の相関がそれより大幅に短い時間で失われる場合は「液体」と判定される。

相図から読み取れる重要な結果は、共振器のコヒーレンス時間が短くなるにつれて、離散時間結晶の現れる温度範囲が狭くなることだ。今回の計算条件では、コヒーレンス時間が共振器の振動周期の約130倍を下回ると、離散時間結晶と判定される領域が消えた。一方、離散時間液体は、計算で調べたすべてのコヒーレンス時間で確認されている。共振器の位相が短時間で乱れても、スピン格子は周期倍化そのものを維持できるが、位相が長時間そろった状態は保てなくなる。著者らはこの結果を、共振器のコヒーレンス時間が短くなることで、離散時間結晶が離散時間液体に変わる現象として解釈している。

ただし、これらの状態を隔てる境界が、物理的に明確な相転移として確認されたわけではない。補足資料によると、離散時間結晶と離散時間液体を分ける相関時間の比の分布には谷があるものの、その谷は浅く、閾値の設定によって離散時間結晶に分類される点の数が変わる。また、離散時間液体と無秩序を分ける境界はさらに曖昧だ。相関時間の閾値を10周期から3〜30周期の範囲で変更すると、無秩序に分類される点の数は256から816へと変化する。著者らは、温度上昇とともに局所的な時間秩序が徐々に失われるためだと説明している。したがって、約130倍という値も今回の模型と判定方法に基づく目安であり、あらゆる物理系に共通する境界ではない。

時間結晶の研究史――2012年の提案から新たな「時間の液体」へ

時間結晶という概念は、2012年に物理学者Frank Wilczekが提案した。通常の結晶が空間方向に繰り返しの構造を持つように、時間方向にも自発的な周期構造を持つ状態が存在するのではないか、という発想である。しかし、この考えには理論的な制約があることが、その後の研究で明らかになった。2013年にはBrunoが、2015年には渡辺悠樹と押川正毅が、熱平衡における通常の時間結晶の存在を禁じる「ノーゴー定理」を示した。特に渡辺と押川の研究は、相互作用が遠方まで強く及びすぎない一般的なハミルトニアンについて、基底状態とカノニカル集団で時間結晶が存在しないことを証明している。

ただし、この定理が対象とするのは熱平衡にある系であり、外部から周期的な駆動を受け続ける非平衡系まで禁じているわけではない。そこで研究者たちは、周期駆動によって時間並進対称性が最初から離散的になっている系に注目した。こうした系では、スピンなどが外部刺激の整数倍の周期で応答することで、離散的な時間並進対称性を破ることができる。2016年にはこの仕組みに基づく離散時間結晶の理論が発展し、2017年には実験での観測が報告された。

年 主な研究成果 論文・掲載誌
2012年 Frank Wilczekが量子時間結晶を提案 Physical Review Letters 109, 160401
2015年 渡辺悠樹と押川正毅が、基底状態とカノニカル集団における時間結晶の不在を証明。arXivへの投稿は2014年10月 Physical Review Letters 114, 251603
2016年 Else、Bauer、Nayakが周期駆動系の離散時間結晶を理論化 Physical Review Letters 117, 090402
2017年 Zhangらが捕捉イオン鎖で、Choiらがダイヤモンド中の双極子スピン系で離散時間結晶を観測 Nature(Choiらは543, 221–225)
2021年 Kyprianidisらが捕捉イオン量子シミュレーターで前熱化離散時間結晶を観測 Science 372, 1192–1196
2022年 Kongkhambutらが連続的にポンプした原子と共振器の系で連続時間結晶を観測 Science 377, 670–673
2026年 Wangらが熱ゆらぎで駆動されるスピン格子の計算から離散時間液体を提案 arXiv:2610.30266(査読前)

この表は時間結晶研究の代表的な成果を抜粋したものであり、関連研究を網羅しているわけではない。また、2017年のZhangらの研究と2012年のWilczekの論文は、今回の論文の参考文献には含まれていない。

こうした研究の流れの中で、今回の離散時間液体は、時間的な秩序を生み出す仕組みをさらに広げる提案と位置づけられる。ただし、外部から完全に周期的な刺激を加えずに時間的な秩序を作った研究として、今回が初めてというわけではない。2022年に報告された連続時間結晶は、周期駆動ではなく連続的なポンプによって実現されている。今回の研究が新しいのは、周期性を持たない熱ゆらぎを共振器で選択的に増幅し、その結果としてスピン格子に周期倍化を生み出した点だ。さらに、その周期倍化が時間ソリトンによって部分的に乱れるという、従来の時間結晶とは異なる状態を提案している。

前熱化離散時間結晶との共通点も重要である。前熱化とは、外部駆動などによってエネルギーが最終的に全体へ行き渡る前に、長時間にわたって比較的安定した状態が続く現象を指す。2021年に観測された前熱化離散時間結晶では、高周波の周期駆動によって加熱が抑えられ、秩序の寿命が駆動周波数に応じて大きく伸びることが特徴だった。今回の数値計算でも、共振器のコヒーレンス時間が振動周期の20万倍と非常に長く、時間ソリトンがほとんど発生しない条件では、周期倍化の相関時間が共振器周波数に対して指数関数的に増加した。これは前熱化離散時間結晶に似た振る舞いである。一方、コヒーレンス時間が周期の20倍という離散時間液体の条件では、熱化時間は周波数の増加とともに伸びるものの、その伸び方は単一の指数関数より緩やかだった。

なお、XenoSpectrumが2026年7月28日に報じた上海交通大学による時空結晶の融解の研究も、時間的な秩序が崩れる現象を扱っている。ただし、こちらは振動するプレート上の円盤を用いた実験であり、共振器とスピン格子の数値計算を扱う今回の研究とは、対象も手法も異なる。両者は時間的な秩序の形成と崩壊を考えるうえで関連するものの、同じ物理現象を実証した研究ではない。

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熱平衡でも存在できるのか――理論の限界と実験に向けた課題

今回の論文で特に興味深いのは、離散時間液体が熱平衡でも存在しうるという著者らの見通しだ。従来の時間結晶には、熱平衡では通常の時間結晶が存在できないというノーゴー定理による制約がある。しかし、離散時間液体では時間ソリトンが不規則な時刻に発生するため、個々の振動には周期倍化が残っていても、多数の試行結果を平均すると特定の位相への偏りが消える。つまり、個々のスピンの運動には時間的な規則性がありながら、平均的には連続的な時間並進対称性が回復する可能性がある。著者らは、この性質によって従来のノーゴー定理との衝突を避けつつ、熱平衡における時間的な秩序の存在を考えられるのではないかと提案している。

ここで重要なのは、今回の数値計算が熱平衡にある離散時間液体を実証したわけではないという点だ。計算で確認されたのは、最終的には熱化によって秩序を失う準安定状態である。スピン格子は共振器からの影響を受けながら徐々にエネルギーを吸収し、一定の時間が経過すると空間的な秩序と周期倍化の両方を失う。著者らが示したのは、この熱化が起こるまでの間に、時間ソリトンによって長時間の位相相関が失われても、局所的な周期倍化は維持されるという現象だ。熱平衡での存在可能性は、こうした振る舞いから導かれた理論的な仮説であり、平衡状態で同じ秩序が持続することを直接示したものではない。

この違いは、数値計算で使われた相関の評価方法にも表れている。著者らは、異なる時刻の磁化の積を平均することで、振動の位相が不規則に切り替わった後も周期倍化が残っているかを調べた。その結果、共振器のコヒーレンス時間を大きく超える時刻でも周期倍化の特徴は維持され、熱化時間に近づいて初めて失われることが分かった。時間ソリトンは振動の位相を入れ替えるものの、振幅そのものはおおむね保たれるためである。したがって、位相の相関が失われる時間と、周期倍化そのものが消える時間は区別する必要がある。

さらに、今回の模型には重要な近似が含まれている。第一に、スピンを古典的に扱っているため、量子多体系でも同じ現象が生じることは直接確認されていない。第二に、主要な数値計算ではスピンが共振器に及ぼす「反作用」を無視している。つまり、共振器の信号はスピン格子の状態とは無関係に生成され、熱ゆらぎがスピンへ一方向に影響する仕組みになっている。補足資料では反作用を含めた計算も行われ、スピンの運動が共振器の信号の統計的な性質を変えることが確認されたが、それによって相図がどう変わるかまでは明らかになっていない。

反作用を取り入れると、共振器が過去のスピンの動きに影響され、時間ソリトン同士に相関が生じる可能性がある。現在の模型では時間ソリトンが独立に発生するが、相関が生まれれば、一定の間隔で並ぶようになったり、反対に発生しやすくなったりするかもしれない。その場合、時間的なコヒーレンスが強まることも弱まることも考えられる。著者らは、反作用や複数の周波数を含む準周期的なゆらぎによって、異なる種類の離散時間液体が現れる可能性も指摘している。ただし、これらはいずれも今後の研究課題である。

論文は2026年10月21日にarXivへ投稿された査読前の研究であり、実験的な確認も行われていない。関連するデータとコードはZenodoに登録されているが、自動アクセスには制限がある。論文によれば、学術研究や検証を目的とする研究者には、合理的な要請に応じてアクセス用の認証情報を提供する方針だ。現段階の成果は、あくまで著者らの理論と数値計算に基づくものである。

実験的な検証に向けて、研究チームは2つの候補を挙げている。1つは、光共振器に結合した極低温のボース気体で、2022年に連続時間結晶が観測された系と近い構成だ。通常はレーザーでボース=アインシュタイン凝縮体を直接励起するが、代わりに共振器を白色雑音で駆動する方法が考えられる。この場合、雑音の振幅が今回の数値計算における熱浴の温度に相当するため、実際の系を同じように加熱する必要はない。もう1つは、物質表面の格子振動と電磁波が結合して生じる「表面フォノンポラリトン」を利用する方法だ。表面付近に生じる強い電場ゆらぎを利用し、強誘電的な相互作用を持つ2次元の双極子配列に、今回の模型と似た作用を与えることを想定している。

どちらの実験でも、共振器からの影響によって、スピン間の相互作用とスピンを回転させる作用の両方を、適切な関係で変化させることが大きな技術的課題となる。観測の中心となるのは、ゆらぎの強さを変えたときに、スピン間の相関が共振器周波数の半分に同期するかどうかだ。特に共振器に結合した冷却原子気体では、個々の時間発展を撮像できる可能性があり、時間ソリトンが発生する瞬間や、その発生間隔の分布を直接調べられると著者らは考えている。実験でこうした位相の切り替わりが観測され、数値計算と同じ統計的な振る舞いが確認されれば、時間ソリトンによって離散時間液体が形成されるという解釈を、計算の外で検証できることになる。

今回の研究は、外部から規則正しい周期を与えなくても、熱ゆらぎを通じて時間的な秩序が形成されうることを数値計算で示した。さらに、周期倍化そのものは維持されながら、位相の規則性だけが失われる状態を「離散時間液体」として捉え、従来の時間結晶との違いを具体的に説明している。一方、熱平衡での存在や量子系への拡張は未検証であり、反作用を含む模型の解析や実験による再現が不可欠だ。今後は、時間ソリトンが実際の物理系で観測できるか、そしてこの状態が一時的な準安定状態を超えて存在しうるかが、研究の焦点となる。