Duolingoは言語学習アプリ市場で圧倒的な存在感を誇っている。同社はAI技術を駆使し、過去最多となる148の新言語コースを一挙投入したことを発表した。その裏で打ち出された「AIファースト」戦略と外部委託の縮小方針は、テクノロジーと人的資源との関係性に鋭い問いを突きつけるものだ。
AI導入が促進した爆発的拡張:1年で148コースを実現した背景
Duolingoは2025年4月30日、同社史上最大となる148の新言語コースをリリースすると発表した。従来は英語以外の人気上位7言語(スペイン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、日本語、韓国語、中国語)のみが対応していたが、今回の拡張によりこれらを含む28のインターフェース言語すべてで学習可能となり、潜在的受講者は10億人超へと拡大した。
最初の100コースの開発には約12年を要したが、現在は1年足らずで150近くをローンチできるようになったと、CEOのLuis von Ahn氏は指摘する。その原動力は、生成AIを中心とした自動化技術と「共有コンテンツシステム」と呼ばれる社内プラットフォームの連携にある。これにより、初級レベル(CEFR A1〜A2)向けの教材を、ストーリー形式の読解演習「Stories」やリスニング強化の「DuoRadio」など多様な機能と組み合わせつつ、短期間で生成・検証する体制が整ったのである。
「AIファースト」戦略の光と影:委託削減が示すもの
この大規模拡張と同時に、Duolingoは社内方針として「AIファースト」を掲げ、コンテンツ制作やプロセス自動化においてAI活用を最優先とする姿勢を明確にした。対応可能な業務は外部委託を打ち切り、採用や評価にもAIスキルの有無を加味するという。
実際、昨年からコンテンツ制作を担ってきた外部委託先の契約見直しが進み、新設ポジションでは「自動化できない価値」を証明することが採用条件となっている。この動きに対しオンライン上では「AI依存が教材の質を損なうのでは」「文化的ニュアンスの理解が浅くなるのでは」といった懸念が噴出し、雇用への影響を危惧する声も少なくない。
これに対しDuolingoは、「AI導入は従業員を排除するためではなく、作業のボトルネックを解消し、既存スタッフがより付加価値の高い業務に集中できる環境を構築するためだ」と説明している。学習デザイン担当のJessie Becker氏は「生成AIによる初稿と検証の自動化で、我々は専門性が求められる領域に注力できる」と語り、広報担当のSam Dalsimer氏も「AIがなければ、この量の教材を数十年かけてしか提供できなかったでしょう」とその必然性を強調している。
AI万能論の限界:人間の監督が果たす役割
とはいえ、今回の事例がAIによる完全自動化を意味するわけではない。生成AIのアウトプットには依然として精度や一貫性のばらつきがあり、最終的な品質担保には専門家のチェックと修正が不可欠である。Duolingo自身も「生成AIを活用しつつ、厳格な品質基準を満たすには人間による最終レビューが欠かせない」と明言している。
さらに、The Register誌が伝えた調査では、AIツール導入後の労働時間削減率はわずか2.8%にとどまり、導入準備や出力結果の修正に費やす時間を考慮すると実質的な効率化効果は限定的だという。こうした実態は、Duolingoが「品質への小幅な影響は許容範囲」とする背景にも重なり、AI万能論への過信に対する警鐘を鳴らすものだ。
協力なくして進化なし
最終的に、Duolingoの大規模コース展開は、教育コンテンツ制作におけるAI活用の可能性を示す一方で、人間の専門性と協働の価値を再確認させる出来事である。創造的業務や複雑な判断が求められる領域では、AIはあくまで補助的な役割を果たし、人間の知見や感性を補完するパートナーとして位置づけられるべきだろう。
von Ahn氏の言葉を借りれば、「AIの導入目的は反復的タスクから解放し、従業員が真の問題解決に集中できる環境を作ること」にある。今後、「AIファースト」戦略が品質維持とスタッフ能力向上に寄与するのか、あるいは効率化の名の下に人的要素が薄まるのか、その動向を注視する必要がある。確かなのは、AIと人間が互いの強みを生かして協調することこそが、より質の高い学習体験と豊かな未来を築く鍵であるという点である。
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