フランス血液機構(EFS)の3拠点で2026年11月2日、業務用冷蔵設備がサイバー攻撃を受け、温度や霜取りに関する設定が不正に変更された。EFSの11月3日付声明を引用したBleepingComputerの報道によると、監視・警報システムによる異常の検知と設備への対応、必要な血漿の移送によって、血液製剤の損失を回避したという。攻撃を受けたのは家庭用冷蔵庫ではなく、医療用の血液製剤を保管するための設備だ。今回の事件では、サイバー攻撃によって冷蔵設備の設定が改変された一方、保管製品への被害は防がれた。設備への侵入を防ぐセキュリティ対策と、侵入された後に製品を守るための安全対策を分けて考える必要がある。

AD

3拠点で冷蔵設備の設定が改変、血漿は移送などで保全

攻撃者が変更したのは、冷蔵室を監視・制御する設備の温度設定と霜取り設定だった。BleepingComputerと冷凍空調専門誌La Rpfが引用したEFSの声明によると、これらの設定は異常に高い値へ変更されていた。ただし、設定温度が引き上げられたからといって、庫内の実際の温度も同じ値まで上昇したとは限らない。庫内温度が実際に何度まで上昇したのか、保管条件を外れた時間がどの程度あったのかは公表されていない。

EFSによると、監視・警報システムが異常を迅速に検知し、被害の拡大を防ぐための対応が取られた。問題が発生した設備は制御下に戻すか無効化され、必要に応じて保管製品が別の設備へ予防的に移送された。対象には、輸血用の血漿と医薬品の製造に使用する血漿が含まれており、いずれも移送などによって安全が確保されたという。その結果、健康への影響は確認されず、血液製剤の損失も発生しなかったとEFSは説明している。血液の採取や供給も継続され、医療用血液製剤の供給に大きな支障が生じる事態は避けられた。

ここで重要なのは、設備への侵入と保管製品への被害を区別することだ。血液製剤の損失がなかったという結果は、冷蔵設備への不正アクセスを防げたことを意味しない。一方、温度や霜取りの設定が変更されたという事実だけで、保管されていた血漿が使用不能になったと判断することもできない。EFSの説明から確認できるのは、異常を検知した後に設備への対応と製品の移送が行われ、結果として血液製剤の損失を回避したという一連の対応である。

遠隔管理システムはなぜ冷蔵設備の温度設定を変更できるのか

業務用の冷蔵設備を集中管理するシステムは、単に温度を監視するだけの装置ではない。セキュリティ企業Clarotyの研究チームTeam82が2026年8月9日に公表した研究報告では、Danfoss製の集中管理装置「AK-SM 800A」を例に、複数の冷蔵制御機器から情報を収集し、まとめて管理する仕組みが解説されている。管理者はWebベースの画面を通じて温度の閾値や警報を設定できるほか、運転スケジュール、通知、利用者のアクセス権限なども管理できる。こうした機能によって、複数の冷蔵設備を遠隔から監視・保守できるようになっている。

しかし、遠隔管理機能が攻撃者に悪用されると、本来は設備を安全に運用するための機能が、保管条件を不正に変更する手段になり得る。管理システムへのアクセス権限を奪われれば、攻撃者は正規の設定項目を操作して温度や霜取りの条件を変更できるおそれがある。つまり、冷蔵設備の安全性を確保するには、冷却装置そのものだけでなく、その動作を指示する管理システムも保護しなければならない。

Team82はAK-SM 800Aについて、認証を回避できる脆弱性や、認証後に不正なコマンドを実行させる脆弱性などを報告している。対策を含むファームウェア「R4.3.1」も紹介されているが、この研究結果が今回のEFSへの攻撃手法を直接説明するわけではない。The Recordの報道によると、同メディアはEFSの広報担当者に攻撃対象となった制御機器のメーカーと型番を問い合わせたものの、回答は得られなかったという。したがって、EFSで使用されていた機器がDanfoss製だったのか、Team82が報告した脆弱性が悪用されたのかは確認できていない。

一方、冷蔵設備レンタル企業のCoolworldは11月4日、自社の発表で、遠隔監視ソフトウェアに関連するサイバーセキュリティ上の事件が発生したことを明らかにした。同社は、報道で指摘されている脆弱性が第三者から供給されたコンポーネントに関係するものだと説明している。影響を受けた機器は限定的であるとしながらも、個別の事例についてはコメントを控えている。EFSは関係する業者名を公表していないため、Coolworldが今回の事件に関与していたかどうかや、問題となったコンポーネントのメーカーを特定することはできない。

このように、遠隔管理システムを経由して冷蔵設備の設定が変更される技術的な仕組みは説明できるものの、EFSへの攻撃で実際に利用された侵入経路は明らかになっていない。既知の脆弱性が存在し、その公表時期と事件の発生時期が近いというだけでは、その脆弱性が攻撃に使われた証拠にはならない。

AD

血漿を守る対策と再侵入を防ぐ対策は異なる

フランスのコンピューター緊急対応チームCERT-FRは、EFSへの攻撃が発生する前の10月12日、業務用冷蔵設備の制御機器に対する侵害について警告を発表し、16日までに内容を更新していた。対象として挙げられたのは、Copelandのxweb、DanfossのAK-SCおよびAK-SM、Dixellのxwebだ。この警告はEFSで使用されていた機種を特定するものではないが、業務用冷蔵設備を安全に運用するための具体的な対策を示している。

CERT-FRが特に重視しているのは、管理画面をインターネットに直接公開しないことだ。侵害が確認されていない機器も含め、外部から管理画面に直接アクセスできる構成を解消し、遠隔接続にはVPNなどで保護されたネットワークを利用するよう求めている。送信元IPアドレスによるアクセス制限については、緊急時の暫定的な対策として位置づけている。

また、温度設定だけでなく、霜取りの時間帯を含むすべての設定を点検し、ファームウェアを更新することも推奨している。対応機種では「Strict」設定を有効にし、初期設定のパスワードを変更する必要がある。すでに侵害された機器については、まず管理画面のインターネット公開を停止し、Danfoss製機器では再起動を試みる。それでも正常な状態に戻らない場合は工場出荷時の設定に初期化し、再設定と更新を行ったうえで、VPNなどの保護された経路からのみ接続できるようにする。ただし、初期化によって機器が正常に動作するようになっても、脆弱性を修正しないまま再びインターネットに公開すれば、再侵入を許す危険が残る。

今回のEFSの対応とCERT-FRの勧告を整理すると、サイバー攻撃への対策には異なる目的を持つ複数の段階があることが分かる。管理画面の保護やファームウェアの更新は侵入経路を減らすための対策であり、設定の点検と復旧は設備を正常な状態に戻すための対応だ。一方、EFSが実施した監視・警報と血漿の移送は、設備が侵害された後に保管製品を守るための対策に当たる。以下の表は、CERT-FRの警告と、EFSの声明を引用したBleepingComputerおよびLa Rpfの報道を基に、それぞれの対応を目的別に整理したものだ。

対応の目的 公表されている対策 EFSの事件で確認できること 運用上の確認事項
侵入経路を減らす 管理画面の外部公開停止、VPNなどの保護された経路への限定、ファームウェア更新 侵入経路と個別の対策状況は未確定 外部公開の有無、遠隔保守の接続経路、更新・認証管理の責任者
設定を正常に戻す 設定全体と霜取り時間帯の点検、必要に応じた初期化・再設定・更新 EFSは設備を制御下に戻すか無効化したと説明 復旧後の設定確認、更新状況、未修正機器の再公開を防ぐ手順
保管製品を守る 監視・警報による異常検知、設備への対応、必要な製品の予防的移送 血液製剤の損失なし。ただし、監視システムの構成や対応に使えた時間は非公表 警報後の設備制御の担当者、移送の判断基準、移送先の確保

この表は各対策の目的を整理したものであり、防御の成功率や機器の安全性を比較するものではない。EFSが血液製剤の損失を回避できたとしても、それだけで侵入経路の遮断や脆弱性の修正まで完了しているとは判断できない。設備への侵入を防ぐ仕組み、侵害された設備を復旧する手順、保管製品を守るための対応は、それぞれ別の観点から検証する必要がある。

また、EFSの監視システムが制御システムから独立したネットワークに設置されていたのか、警報を受けてから血漿を移送するまでにどの程度の時間的余裕があったのかも明らかにされていない。CERT-FRは、ネットワーク接続を遮断する際に、保守業者へのデータ送信や保険契約上の条件も確認するよう注意を促している。外部との通信を遮断するセキュリティ上の判断が、設備の保守や現場の運用に影響する可能性もあるためだ。そのため、侵入経路を遮断する手順と、冷蔵設備の運転や保管製品の安全を維持する手順を整合させることが重要になる。

今回の事件は、医療用の冷蔵設備がサイバー攻撃を受けても、迅速な異常検知と現場の対応によって保管製品の損失を回避できることを示した。一方で、侵入経路や対象機器の詳細が明らかになっていない以上、同様の攻撃を防ぐための対策が十分だったかどうかは判断できない。今後は管理画面の公開状態や更新状況を確認するだけでなく、警報を誰が受け、誰が設備を制御し、どのような基準で血漿の移送を判断するのかを明確にする必要がある。サイバーセキュリティ対策と現場の保管・移送手順を連携させることが、医療用血液製剤の安定供給を守るうえで重要となる。