私たちの身の回りにある電子機器はすべて「電子の流れ」によって動いている。スマートフォンから巨大なデータセンターに至るまで、電子を回路内で動かすための基本原理は1つしかない。外部から電圧(電場)をかけて電子を押し流すことだ。しかし、ミシガン大学とトロント大学を中心とする研究チームが開発した新しいデバイスは、この半世紀以上変わらなかった常識を揺さぶる。
彼らが学術誌『Physical Review Letters』で発表したのは、外部電場を一切かけずに「光」だけで電子を特定の方向に狙い撃つことができる技術である。研究チームはこれを、光のビームを回転させて海を照らす様子になぞらえ「電子灯台(electron lighthouse)」と呼んでいる。
散乱しながら進む電子と、真っ直ぐ飛ぶ電子
電子回路の内部では、電圧をかけると電子は電場に背中を押されて移動し始める。ただ、電子は真っ直ぐに進むわけではない。材料の中に存在する不純物や欠陥、あるいは原子の熱振動に何度も衝突しながら、ピンボールのように跳ね返りを繰り返し、全体としてじわじわと流れていく。一般的な電子機器を支える「拡散電流」である。
ミシガン大学の物理学者Steven T. Cundiffらが実現したのは、これとは根本的に異なる電子の振る舞いだ。彼らのデバイス内部では、電子は不純物に散乱されることなく、弾丸のように真っ直ぐに飛んでいく「バリスティック電流」として生み出される。さらに、その発射方向を外部からの光の操作だけで自在に変えることができる。
この現象を引き起こす原動力となるのが「量子干渉(quantum interference)」だ。量子力学の世界では、粒子は波としての性質を持つ。水面で2つの波がぶつかると、波が高め合ったり打ち消し合ったりするように、電子の波も干渉を起こす。
量子干渉を用いて電流を制御する理論は1990年代から存在し、1光子吸収と2光子吸収の干渉(1+2 QuIC)として研究されてきた。光周波数コム技術(2005年のノーベル物理学賞にも関連する精密な光の定規)の発展により、この干渉を精密に制御する道が開かれた。しかし、1光子と2光子の組み合わせでは、電子の運動量を特定の一方向に鋭く絞り込むことまでは難しかった。
そこでトロント大学の理論物理学者John Sipeらは、より高次の干渉である「2光子吸収と3光子吸収の干渉(2+3 QuIC)」を用いれば、電子の運動量を極めて狭い範囲に集中させ、ビームのような電流を作れると予測した。ミシガン大学のチームは、この理論的予測を実験によって見事に実証したのである。この実証は、既存技術の延長線上にあるものではなく、光を用いたキャリアの運動量空間における分布制御の全く新しいステージへの到達を意味している。
2光子と3光子の干渉が描く軌道
研究チームは、アルミニウム・ガリウム・ヒ素()という半導体材料に対して、2つの異なる波長のレーザーパルスを同時に照射した。1つは波長1040 nmの光であり、もう1つは波長1560 nmの光である。パルス長はわずか約85フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)という極めて短いものだ。
電子が特定の高いエネルギー状態にジャンプするためには、1040 nmの光子を2個吸収するか、1560 nmの光子を3個吸収する必要がある。ここでの核心は、2光子吸収と3光子吸収という全く異なる経路が、全く同じ最終エネルギー状態に行き着くことだ。
複数の経路が同じ結果をもたらすとき、量子干渉が生じる。研究チームが2つのレーザー光の位相(波のタイミング)と偏光(波の揺れる方向)を精密に調整すると、ある特定の方向へ向かう電子の波は互いに強め合い、それ以外の方向へ向かう波は完全に打ち消し合った。結果として、電子は電圧に押し流されるのではなく、光の波に導かれて特定の方向へと束になって飛び出した。
実験材料として選ばれたアルミニウム・ガリウム・ヒ素は、アルミニウムの濃度を調整することでバンドギャップを精密に設計できる。このバンドギャップエンジニアリングにより、研究チームは目的とする2光子および3光子吸収プロセスを選択的に引き起こしつつ、ノイズとなる他の競合プロセスを抑制することに成功している。
見えない光の揺らぎが電流を変える
光を用いた電流制御で極めて独特なのは、光に対する異常なまでの敏感さだ。2つのレーザーの位相のずれが電流の発生を直接左右するため、実験室の空気の微細な揺らぎや、わずか数十ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の光路長の変化でさえ、出力される電流の変化としてはっきりと現れた。
当初、この過敏さゆえにノイズに悩まされた研究チームは、音響光学変調器(AOM)を用いてレーザーの周波数オフセットノイズを徹底的に抑制した。数百 kHz あった線幅を約 1 Hz まで低減した結果、ノイズに埋もれていた信号の中から、量子干渉の証拠である美しいサイン波状の波形が浮かび上がった。
光の偏光を90度回転させると、直交して配置された別の電極ペアで電流が検出され、電流の発生方向も正確に90度向きを変えた。単に電流の大きさが変わるのではなく、光の偏光ベクトルがそのまま電子の電流ベクトルに変換された決定的な証拠である。測定のためにデバイスには互いに直交する2対の電極が作り込まれており、これにより電流が試料の平面内でどのように回転するかを2次元ベクトルとして同時に捉えることができた。
オーミック電極が捉えたバリスティック電流
この実験を成功に導いた背景には、高度なデバイス作製技術がある。光で注入されたバリスティック電流だけを純粋に測定するには、材料内部に意図しない電場を生じさせない特殊な電極構造が必要だった。
既存の研究ではショットキー接合型の電極が使われることが多かったが、ミシガン大学のLurie Nanofabrication Facility(LNF)において、筆頭著者のYiming Gongらは独自の工夫を重ねた。金属層の構成や厚み、アニーリング温度の調整、さらにはプラズマエッチングによる表面酸化膜の除去など、試行錯誤の末に低抵抗なオーミックコンタクトを実現した。これによって初めて、内部電場に邪魔されることなく、光が射出した電子の軌道を電気信号として読み出すことに成功したのである。
スピンやトポロジカル材料への新たな視座
光の位相情報という、数百テラヘルツの超高速で振動するため通常の電子回路では直接読み取れない信号を、扱いやすい低周波の電流信号に直接変換できる。これは超高精度の光時計や、大容量の光通信システムを支える次世代の計測基盤となる。とりわけ、周波数コムのキャリア包絡オフセット周波数のような捉えどころのない微小な光学位相の変動を、直接的な電気信号としてフィードバック制御に使える利点は計り知れない。
電子の運動量を特定して電流を発生させるこの手法は、材料科学に新しいレンズを提供する。アルミニウム・ガリウム・ヒ素だけでなく、遷移金属ダイカルコゲナイドやトポロジカル材料といった他の量子材料に適用できるかが今後の重要な焦点となる。
材料内部の電子のスピンや、特殊なバレーダイナミクスを光で直接狙い撃ち、電流として読み出すことができるようになれば、未知の量子幾何学(ベリー曲率など)の振る舞いを解き明かす画期的な解析ツールが誕生する。外部電場に依存してきたエレクトロニクスの歴史において、光が電子の軌道を直接描き出す時代が始まろうとしている。



