米EnerVenueは2026年9月24日、水系電池「Aqueous Metal Cell(AMC)」の専用量産ラインを中国・江蘇省常州市の武進区で稼働させたと発表した。第1期の設計年産能力は250MWhで、同社はAMC専用として世界初の量産ラインとしている。

宇宙機で使われてきたニッケル・水素ガス電池の仕組みを地上の蓄電設備向けに応用し、3万回の充放電サイクルと30年の設計寿命を掲げる電池が、本格的な商用供給へ進むことになる。

実際に導入する企業にとって重要なのは、この長寿命によって電池の交換回数や維持費をどこまで減らせるかだ。

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250MWhの量産ラインが稼働、11MWhの商用案件も

常州の新ラインは11月までに本格稼働し、完全自動化後には第4世代AMCを1日約300セル生産する設計だ。

EnerVenueは年産能力を2027年に1GWh、2028年には複数GWhへ拡大する計画を示している。

ただし、250MWhという数字は工場の設計上の年間生産能力であり、すでに250MWh分の製品を生産・出荷したという意味ではない。同社の工場発表では、生産開始と今後の増産計画は分けて見る必要がある。

供給先も具体化し始めている。

前日の9月23日には、同社初となる複数MWh規模の商用受注を発表した。中国北部の油田へ、合計11MWh、26基の「Energy Prism」を設置する。

現地の太陽光発電で作った電気を蓄え、油田の操業で電力が必要な時間帯に利用する。最初の3基は2026年12月、残る23基は2027年3月に出荷する予定で、顧客企業の名前は公表されていない。

これ以前にも、常州の金壇では再生可能エネルギーと電動バスの充電を組み合わせた150kWhの設備が、2025年11月から稼働しているという。

受注発表から分かるのは、AMCが小規模な実証設備から、実際に稼働する産業施設へMWh単位で導入される段階に進み始めたことだ。ただし、油田向け設備はまだ出荷前である。

量産では、同じ品質のセルを大量に作り続けられるかも重要になる。

新ラインでは、電極の積層やガラス繊維の巻き付けなどを自動化し、工程間の搬送には無人搬送車を使う。すべてのセルが11カ所の検査ステーションを通り、溶接状態や気密性、性能など41項目の検査を受ける。

数十年使うことを前提とする電池では、設計上の寿命だけでなく、その性能を量産品でも安定して実現できる製造品質が重要になる。

水系電池なのに、水素ガスを使って電気を蓄える

AMCは、アルカリ性の水系電解液と、水酸化ニッケルを使った正極、ニッケル合金を使った負極で構成される。

充電するとセル内部で水素ガスが生じ、密閉された容器内に蓄えられる。放電時には逆向きの反応を起こして電気を取り出す。

EnerVenueの技術説明によると、この仕組みはNi-H2(ニッケル水素ガス)電池と呼ばれるものだ。燃料電池のように、外部から水素を補給し続ける仕組みではない。

ここでいう「水系」は、電解液に水を使うことを意味する。水そのものから電気を生み出すわけではなく、あらかじめ充電した電気エネルギーを化学反応として蓄え、必要なときに取り出す。

EnerVenueは、ハッブル宇宙望遠鏡や国際宇宙ステーションなどで使われてきたニッケル・水素ガス電池の仕組みを、地上の蓄電設備向けに低コスト化したものだと説明している。

宇宙用途で実績のある技術でも、発電所や工場へ大量に設置するにはコストを下げる必要がある。

その研究背景の一つが、Wei Chen氏らが2018年にPNASで発表した研究だ。スタンフォード大学が公開する要旨では、高価な白金触媒の代わりに、ニッケル・モリブデン・コバルト合金を使い、水素の発生と酸化の両方を促進する方法が示されている。

ただし、これは地上向け大型蓄電池を低コスト化するための研究であり、当時の試作電池の性能や原材料費を、現在の第4世代AMCの製品仕様としてそのまま扱うことはできない。

今回の量産開始は、こうした低コスト化の考え方を、品質検査や商用供給を含む実際の製品へ移す段階といえる。

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セル単体の性能と、蓄電設備全体の性能は違う

AMCセルの公開仕様では、公称容量3.0kWh、ピーク往復効率90%超、使用温度範囲マイナス20〜60℃を掲げている。

一方、セルを多数組み合わせ、制御装置などを加えた「Energy Rack」では仕様が異なる。

2026年9月27日に確認したセルの公開仕様とラックの仕様表を比較すると、次のようになる。

項目 AMCセル Energy Rack
公表容量 公称3.0kWh 定格150kWh
温度範囲 マイナス20〜60℃ マイナス10〜45℃、最大60℃との注記あり
往復効率 ピーク90%超 25℃で87%超
冷却・温度管理 能動的な温度管理は不要との説明 強制空冷
補機の消費電力 概要ページに数値なし 最大1,200W

セルについて「能動的な冷却が不要」と説明されていても、蓄電設備全体で冷却装置や補機が不要という意味ではない。

Energy Rackでは強制空冷を採用し、補機用の電力も仕様に含まれている。1,200Wは最大値であり、常にその電力を消費するわけではないが、設備全体の効率や運用コストを計算する際には考慮する必要がある。

往復効率にも同じ注意が必要だ。

往復効率は、充電時に投入した電力のうち、放電時にどれだけ取り戻せるかを示す。

ただし、セルの90%超はピーク値で、ラックの87%超は25℃という条件付きの数値だ。測定対象や条件が異なるため、単純に差し引いて「ラック化すると3ポイント損失が増える」と考えることはできない。

実際の設置環境での効率を評価するには、同じ運転条件で設備全体を測定した値を見る必要がある。

温度条件も同様だ。

ラックの仕様には最大60℃との注記があるものの、その温度で連続運転した場合に出力や効率をどこまで維持できるかまでは明示されていない。

水系電池そのものに高温や火災リスクを抑えやすい特徴があっても、実際に導入する際には完成した蓄電設備の仕様を確認する必要がある。

「3万サイクル」の長寿命はどこで価値を発揮するのか

Energy Rackは、3万回の充放電サイクル後でも80%以上の容量を維持するとの見込みを示している。

ただし、3万サイクルや30年という数字はEnerVenueが示す設計上の寿命であり、現在販売されているAMCが実際に30年間稼働した実績があるという意味ではない。また、30年間まったく劣化しないという意味でもない。

長寿命のメリットは、設備の運用途中で電池を交換したり、容量低下を補うために追加の電池を設置したりする回数を減らせる可能性があることだ。

例えば、太陽光発電で作った電気を毎日蓄えて夜に使う場合、1年間で約365サイクルになる。

単純計算では、

  • 1日1サイクルなら30年間で約1万950サイクル
  • 1日2サイクルなら30年間で約2万1900サイクル
  • 3万サイクルを30年間で使い切るなら平均約2.7サイクル/日

となる。

そのため、3万サイクルという性能は、1日に何度も充放電する用途ほど価値を生かしやすい。

反対に、非常用電源のようにほとんど充放電しない設備では、3万サイクルという性能を使い切らない可能性もある。

蓄電池の経済性を比べるには、初期の購入価格だけでなく、交換費用、充放電による損失、冷却などの補機電力を含め、設備の寿命全体でどれだけの電気を取り出せるかを見る必要がある。

今回の工場稼働や受注の発表では、設備全体の販売価格や、同じ条件で比較できる運用コストまでは公表されていない。

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水系電池の安全性も商用導入のポイント

油田向けの受注では、安全性もAMCを採用した理由として挙げられている。

水系の電解液は燃えにくく、EnerVenueはAMCについて、熱暴走による火災の危険性が低いと説明している。

ただし、9月23日の発表で紹介されたUL 9540Aの試験結果は、セル段階で延焼しなかったというものだ。

UL Solutionsの説明によると、UL 9540Aではセル段階で熱暴走の特性や放出ガスの可燃性などを調べる。その後、モジュールやユニット、設置設備と規模を広げながら、安全性を評価していく。

そのため、セル単体で良好な結果が出たからといって、実際に設置した蓄電設備についてすべての安全対策が不要になるわけではない。

EnerVenue自身も、消火設備を省略できるのは「現地の規則が認める場合」としている。同社の安全性に関する説明でも、電池そのものに必要な対策と、施設全体に求められる防火対策を分けている。

水系電池の安全性を設備コストの削減につなげられるかどうかは、実際の設置方法や地域の規制によって変わる。

2026年12月から始まる出荷と、その後の油田での稼働は、AMCが長寿命の蓄電設備として実際にどこまで経済性を示せるかを見る最初の機会になる。

量産段階でも品質を維持し、実際の稼働率や維持費が設計時の想定に近い水準で推移すれば、途中で何度も電池交換を行うことを前提としてきた産業用蓄電設備に、新たな選択肢が加わることになる。