Mozillaは2026年9月16日、Mistralとの提携を発表し、Mistral Small 4をFirefoxのAIブラウジング機能「Smart Window」ベータに採用した。米国とカナダでは新たなモデルとして選べるようになり、フランスではSmart Windowと公式フランス語対応の提供が始まる。
ただし、FirefoxのAIエンジンがMistralへ一本化されるわけではない。Mistral Small 4は3つの内蔵モデルのうち、個人に合わせた応答を重視する「パーソナライズ」枠を担う。今回の提携で見えてきたのは、モデルの開放性だけでなく、利用者の選択、推論を行う事業者、通信時の識別情報、会話の保持、端末に残るメモリーを別々に制御する設計である。
Mistralは3択の一つ、Firefoxはモデルを固定しない

Smart Windowは、通常ウィンドウやプライベートウィンドウとは別に開ける任意のウィンドウ種別だ。組み込みアシスタントは、利用者が許可した場合に開いているタブや閲覧履歴を参照し、ページの要約、複数タブの比較、過去に見たページの再発見、調査や計画を支援する。通常ウィンドウで第三者のチャットサービスを横に表示するAIサイドバーとは、扱えるブラウザー文脈が異なる。
Mozillaの現行サポート文書は、Smart Windowの内蔵モデルを次の3種類に分けている。
| 役割 | モデル | 開発元 | ホスト | 利用者が変えられる範囲 |
|---|---|---|---|---|
| 高速 | Gemini 3.1 Flash Lite | Google Cloud | 既定モデル、現在の会話 | |
| 柔軟 | Qwen3-235B | Alibaba | Google Cloud | 既定モデル、現在の会話 |
| パーソナライズ | Mistral Small 4 | Mistral AI | Mistral AI | 既定モデル、現在の会話 |
| 独自モデル | OpenAI API互換の任意モデル | 利用者が選択 | 利用者が指定 | 独自エンドポイントを設定 |
Mistral Small 4はFirefox Smart Windowを単独で動かす唯一のモデルではない。内蔵3モデルのうち『パーソナライズ』を担い、『高速』のGemini 3.1 Flash Lite、『柔軟』のQwen3-235Bと並ぶ。利用者は既定モデルも会話単位のモデルも変更でき、上級者は独自エンドポイントを接続できる。
この構成は、提携相手を増やしながらも利用者を一社のモデルへ固定しないというMozillaの主張を、製品の設定として実装したものだ。Smart Window自体を使わない場合は個別に無効化でき、FirefoxのAI機能をまとめてブロックする制御もある。
なぜMistral Small 4なのか
Mozillaが選定理由として明示したのは、Smart Window上での性能評価と多言語性能である。フランスは北米以外で最初の提供市場となり、Mistralは地域の言語、方言、文化的な文脈をモデルの調整へ取り込む方針を掲げる。英語中心の機能を後から翻訳するのではなく、複数言語での利用をモデル選定の段階から扱ったという説明だ。
Mistral Small 4は、一般的な指示応答、推論、画像入力、コーディング支援を一つにまとめたモデルである。Apache 2.0ライセンスで公開され、1190億の総パラメーターを持つ。専門家混合(MoE)構成を採用し、128の専門家ブロックからトークンごとに4つを使うため、有効になるパラメーターは60億だ。文脈窓は25万6000トークンで、テキストと画像を入力できる。
Mistralは前世代のSmall 3と比べ、遅延を抑える構成では処理完了までの時間を40%短縮し、処理量を優先する構成では1秒当たりの要求数を3倍にしたと説明している。ただし、これはMistral自身の環境で行った前世代比較だ。Smart Window上の待ち時間やGemini、Qwenとの同条件比較ではない。Mozillaも要約、ページへの質問、商品比較、安全性、運用費用などを内部評価したとしているが、点数やテスト件数は公開していない。
したがって、Firefox利用者が確認できるのは「多言語を含むSmart Window用途で採用基準を満たした」という結果までである。1190億パラメーターや25万6000トークンというモデル仕様が、そのままSmart Windowの利用上限や一回の会話で使える文脈量になるとも限らない。
オープンモデルでも推論はクラウド、保護は多層で考える
Mistral Small 4の重みをApache 2.0で利用できることと、Firefoxで使う際にモデルが端末内で動くことは別の話だ。Mozillaのサポート文書では、Smart Window版のMistral Small 4はMistral AIがホストすると記されている。今回の発表は、1190億パラメーターのモデルを利用者のPCで直接実行するものではない。
Smart Windowの保護は、通信と保持を分けて設計されている。Mozillaによると、モデルへの要求はMozillaのプロキシを経由する。そのためモデル提供者には利用者のIPアドレスと、Firefoxや端末を一意に識別する情報が渡らない。モデル提供者は応答を作るために要求を一時処理するが、会話を保持しない。Mistralも提携条件として、データを保持しないことに同意したと説明している。
一方、Mozillaは利用者が同意しない限り、会話を訓練や人手レビューのために収集・保存しないとしている。これは「データが端末から一切出ない」という説明ではない。応答生成にはクラウド処理があり、保護の中心は送信先から識別情報を切り離し、処理後に会話を残さないことにある。
さらに、モデルを切り替えてもデータの扱いがモデルごとに変わるわけではない。Mozillaは3モデルへ共通のプライバシー基準と安全性評価を課す。選択肢を増やしつつ、データ保護の最低条件はFirefox側で統一する構造だ。
それでも、大規模言語モデルの誤回答は消えない。Mozilla自身も、幻覚、有害な応答、ウェブページへ埋め込まれた命令によるプロンプトインジェクションを既知の危険として挙げている。入力できる情報を制限し、信頼できない内容と命令を区別する対策を講じるが、回答の正しさを保証するものではない。
メモリーは端末保存だが、作成時はサーバーを通る
Smart Windowの「パーソナライズ」を理解するには、モデルとメモリーを分ける必要がある。メモリーは、閲覧履歴やSmart Windowでの会話から作られる短い要約で、利用者が任意で有効にする。プライベートウィンドウの活動は材料に含まれない。
初回のメモリー作成では、最大60日分または3000件の閲覧データのうち、先に上限へ達した方までを利用できる。材料はMozillaのサーバーへ送られて一時的に処理され、完成したメモリーが端末へ戻る。Mozillaは処理後に材料を保持しないと説明し、メモリー自体は端末へ保存する。現時点で端末間の同期はない。
利用者は応答に使われたメモリーを確認し、個別に削除したり、その会話だけメモリーを使わずに再試行したりできる。ただし、新しいメモリーの作成を停止しても、すでに存在するメモリーは消えない。個人化を完全に止めるには、学習元の設定を切るだけでなく、保存済みメモリーも削除する必要がある。
端末保存という説明だけを読むと、個人化処理の全工程がローカルで完結するように見える。しかし実際には、作成時のサーバー処理、完成後の端末保存、応答時のモデルホスト処理という三つの段階がある。どのデータを送るか、どこに残るか、後から消せるかを分けて判断すべきだ。
フランスの次に何を確認するか
Smart Windowは現在もベータである。フランスはFirefox 155から公式対象となり、Mistralは英国とドイツも2026年中に続く見込みとしている。ただし、具体的な提供日は明らかにしていない。日本での提供時期と日本語対応も未発表だ。
モデル一覧は今後入れ替わる可能性があり、日次の利用上限も存在するが、利用者ごとの具体値は公開されていない。Smart WindowでMistral Small 4のどの推論設定を使うのか、最大文脈をどこまで開放するのかも分からない。
FirefoxのAI戦略を評価する材料は、Mistralを採用したという社名の組み合わせではない。利用者がモデルを選び直せること、AI機能を切れること、各データがどこで処理され何が残るかを確認できることだ。Mozillaが英国、ドイツ、さらに先の市場へ広げる際にも、この4点を崩さず運用できるかが問われる。


