6種類の遷移金属を一つの結晶格子へ混ぜた酸化物で、半導体的な電気輸送と低い熱伝導率が同時に観測された。Penn StateとCarnegie Mellon Universityなどの研究チームは、高エントロピー酸化物A6WO4で最大熱伝導率0.7 W/mKを測定し、電荷と熱の輸送を変える候補機構を計算と分光で調べた。査読済み論文は『Communications Materials』に2026年3月26日付で掲載され、7月27日にVersion of recordとなった(DOI: 10.1038/s43246-026-01103-2)。成果の意味は熱電素子の完成ではなく、絶縁性の材料から酸化物半導体を探す設計空間を広げた点にある。

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A6WO4と5つの親相を低温域で比べた

Robert A. Robinson、Tara Karimzadeh Sabet、Francisco Marques dos Santos Vieiraら21人が調べたのは、ウルフラマイト型のA6WO4である。Aサイトと呼ばれる同じ格子位置には、周期表で隣接するMnからZnまでの6元素が等モルで入る。内訳はMn/Fe/Co/Ni/Cu/Znだ。異種原子を等価な位置へ混ぜ、配置の乱雑さ、すなわち配置エントロピーを高めた材料である。

研究チームは各5 gの原料粉末を10時間ミリングし、925℃で12時間、続いて975℃で12時間焼結した。FeWO4だけは50 sccmのアルゴン気流中で焼結しており、全相の合成雰囲気が同一だったわけではない。X線回折と電子顕微鏡などでP2/c構造、相純度、6元素の分布を確認している。比較対象は、銅を除く5元素の単一カチオンWO4相とした(Mn/Fe/Co/Ni/Zn)。CuWO4は同じP2/c相を常圧で安定化できないため、熱輸送の比較から外している。

5〜300 Kの熱輸送実験では、A6WO4の熱伝導率は全温度域で低く、最大でも0.7 W/mKだった。5つの親相は50〜100 K付近で3〜12 W/mKのピークを示す。さらに12.38 mm×1.94 mmのA6WO4ペレットでは、300〜900 Kの熱拡散率から高温側の熱伝導率を算出した。低温側は物性測定装置による実測、高温側は熱容量にDulong–Petit近似を置いた算出値であり、測定法は同じではない。

0.24 eVは先行実験、0.5 eVは今回の計算

A6WO4の光学バンドギャップ0.24 eVは、Rowan Katzbaerらが2023年に『Inorganic Chemistry』で報告した測定値である(DOI: 10.1021/acs.inorgchem.3c00541)。今回の論文が新たに測った値ではない。対応する親相の実測値は2.5〜3.8 eVであり、A6WO4では半導体領域まで狭まっている。

今回加わったのは、電気輸送の測定と電子状態を狭める機構の検討だ。室温抵抗率は約2 Ωmで、88 Kでは1.0×10^5 Ωmまで上昇した。100〜265 Kの抵抗率は3次元可変範囲ホッピングのモデルとほぼ一致し、電荷が結晶全体を自由に動くというより、局在した状態の間を移る輸送を示唆する。ただし、温度範囲の端では適合から外れている。この適合から輸送機構を一意に確定することはできない。

電子構造の第一原理計算では、4成分と6成分に72原子の特殊擬似ランダム構造、2成分に48原子セルを使った。補足資料に記載された計算対象は、15通りの元素対に3組成を割り当てた45構造と、6つの多成分組成である。計算は、親相から受け継ぐ分離準位、鉄から銅への電荷移動、局所的な格子歪みによる軌道縮退の解消などがギャップを狭め得ると示した。

一方、全6成分を含む計算値は0.5 eVで、実験値0.24 eVを再現していない。X線吸収分光では鉄の価数が3価側へ移り、X線光電子分光では1価と2価の銅が共存した。X線光電子分光が調べたのは深さ3〜6 nm、直径200 μmの表面近傍である。分光結果は鉄と銅の間の電荷移動という計算予測と整合するが、複数の機構が0.24 eVを生んだ因果鎖を直接観察したものではない。著者らも、機構間の非線形な相乗は今回の計算範囲外だとしている。

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化学的な乱れが熱を遮るというモデル

低い熱伝導率は実験結果である。対して、その原因をどの散乱過程へ割り当てるかは、計算とモデル適合に基づく解釈だ。研究チームは5つの親相について、2×2×2スーパーセルと12×12×12のq点網を使う第一原理フォノン計算を行い、Debye–Klemens–Callawayモデルで実測曲線を解析した。

親相のフォノン特性を平均し、通常散乱とUmklapp散乱をそのままA6WO4へ移したモデルは、広い温度域で実測値から外れた。そこで、異種カチオンのランダム配置がフォノンを直接散乱する項と、結晶運動量を保存しない三フォノン散乱を表す一般化項を入れると、曲線への適合が改善した。ここでいう欠陥は空孔や格子間原子ではなく、同じ副格子に質量や結合の異なる原子が並ぶ化学的な乱れを指す。

ただし、波数を保存しない三フォノン散乱を直接観測したわけではない。A6WO4のフォノン周波数、群速度、熱容量は、化学的に秩序化した5つの親相の平均から推定している。論文もモデルの各項が一つの機構だけに由来するとは限らず、別の散乱過程を排除しないと明記した。実測とモデルの整合は候補機構を支持するが、唯一の原因を証明するものではない。

熱電素子より先に、組成と試料密度の検証

熱を通しにくいことは、熱電変換に有利な条件の一つである。しかしA6WO4の室温Seebeck係数は約−90 μV/Kにとどまり、抵抗率も高い。論文は現組成の熱電性能が良くないと明記しており、変換性能を表す無次元性能指数zTや発電効率も示していない。「高性能な熱電半導体」と呼べる段階ではない。

試料密度も残る制約だ。主測定に使ったA6WO4は理論密度の80%、親相は65〜80%であり、空隙は熱伝導率を下げる。研究チームは密度60%80%のA6WO4を1試料ずつ比較し、温度依存の形は同じだったと報告した。密度100%なら1.5 W/mK未満に収まるという値は、この2試料から著者らが置いた外挿であって実測値ではない。論文本文は各輸送測定の独立反復数や統計的な不確かさを示しておらず、2試料の密度比較を超える再現性は今後の検証対象となる。

2026年8月5日時点では、この輸送特性と散乱機構を別チームが独立に再現した報告は確認できない。次の判断材料は、緻密化した複数試料で熱伝導率と誤差を測り直し、組成を変えて室温のSeebeck係数と電気伝導率を同時に引き上げられるかである。さらに別の高エントロピー酸化物でも同じ機構が成り立てば、A6WO4で得た相関は再利用可能な材料設計則へ近づく。