AIデータセンターが電力を大量消費し、電力インフラの整備が急務となっている。太陽光や風力は出力が変動するため「24時間365日稼働するAIの電源」にはなりにくい。この問題に、半導体技術と地熱エネルギーをまたぐ異色の企業が名乗りを上げた。米商務省は2026年6月25日、CHIPS and Science Act(CHIPS法)の研究開発プログラムに基づき、I-Pulseとの確定合意に署名した。受賞額は2億5000万ドル(約375億円)。同社が開発するSiC(炭化ケイ素)製固体スイッチは、地熱掘削コストを現行の3分の1以下(同社発表)に引き下げる可能性を持ち、「AI電力問題を地熱で解く」という垂直統合戦略の核心に位置する。
CHIPS法がスタートアップを選んだ背景
CHIPS法はこれまで、インテルやTSMC、マイクロンなど大手半導体メーカーへの大規模補助金で注目されてきた。I-Pulseへの2億5000万ドル(約375億円)投資は、ディープテック・スタートアップへの分散投資という同法の新たな方向性を示す事例として注目に値する。
今回の合意の下、米商務省は少数・非支配的なエクイティ持分を取得する。商務長官Howard Lutnikは「トランプ政権はアメリカの能力を強化し、国家安全保障とエネルギー安全保障の目標を促進する」と声明を発表した。商務省の半導体投資イノベーション担当エグゼクティブディレクターBill Frauenhoferは「I-Pulseの高電力・高周波スイッチと封止技術は、苛烈な衝撃と高温に耐えるよう設計されている」と評価している。
I-Pulseは2007年設立の米国民間企業で、地熱エネルギー・鉱業・農業・産業製造向けにパルスパワー技術を展開する。拠点はアルバカーキ(ニューメキシコ州)、デトロイト(ミシガン州)、トゥールーズ(フランス)の3都市。サンディア国立研究所と米空軍研究所が近接するアルバカーキに研究開発の中心を置く。CEO兼共同創業者のRobert Friedlandは「米国政府と手を組み、独自のアメリカ産技術スイートを前進させられることを嬉しく思う」と述べた。
SiC半導体→パルスパワー→地熱掘削:3段階の技術連鎖
I-Pulseの技術戦略を理解するには、SiCチップが起点となる3段階の連鎖を把握する必要がある。
第1段階はSiC製固体スイッチだ。シリコンより高温・高電圧・高電流に耐えられるSiC(炭化ケイ素)の特性を生かし、I-PulseはナノSecond単位で高エネルギーパルスを発射できる固体スイッチを開発した。従来の半導体では熱や電圧に耐えられず実現できなかった動作領域を、SiCが切り開く。EV・産業機器・再生可能エネルギーインフラ向けにも需要が急拡大しているSiC市場で、I-Pulseはパルスパワー特化の異色プレーヤーとして位置する。
第2段階はパルスパワーシステムだ。このスイッチが生成する電気パルスを制御・増幅することで、瞬間的な超高エネルギー放電を実現する。NIST(米国標準技術研究所)の公式発表によれば、I-Pulseのシステムは「苛烈な衝撃と高温に耐えるよう設計された高電力・高周波スイッチ」と評され、医療機器・核融合炉・防衛システムへの応用も想定されている。
第3段階が**地熱掘削(G-Pulse)**だ。子会社のG-Pulseがこのパルス電力を掘削技術に転用する。従来の回転ドリルが花崗岩などの硬岩を「削る」のに対し、G-Pulseは掘削前に電気パルスで岩盤を破砕・軟化させる「電気衝撃先行方式」を採る。これによりドリルビットの摩耗が減り、掘削速度が上がる。G-Pulse公式サイトによれば、1キロメートルあたりの掘削コストを3倍以上削減できるとされる。深度3キロメートルで米国の電力需要の50%をカバーできる地熱資源へのアクセスが可能になり、さらに5キロメートル超の深度も技術的な視野に入っているという(いずれも同社発表、独立した第三者検証は未実施)。
AIの電力危機と地熱の交差点
AI開発の競争が激化する中、データセンターの電力消費量は急増している。問題は電力量だけでなく「電力の質」にある。AIは24時間365日、途切れなく電力を必要とするため、出力が天候に左右される太陽光・風力では対応しきれない。
Robert Friedlandはこの問題をシンプルに整理する。「AIの制約要因はクリーンエネルギーだ。太陽光・風力ではAIは動かせない。最善の答えは地熱だ」と語った(Benzingaによる報道)。地熱エネルギーは地球内部の熱を利用するため、天候に左右されない安定した「ベースロード電源」として機能する。
地熱が普及しなかった最大の理由は掘削コストだった。電力需要を賄える深度(3キロメートル以上)まで掘り進めるには、硬い花崗岩層を突破しなければならず、そのコストが採算性を阻んできた。G-Pulseの技術がこのボトルネックを解消できれば、地熱発電のコスト構造が変わり、AIデータセンターへの安定供給という需要と結びつく。半導体の製造自体も大量の電力を必要とするため、CHIPS法の目的(米国内の半導体製造基盤強化)と地熱電力の拡大は相互補完の関係にある。
Friedlandはさらに「鉱業界が圧縮力で岩石を砕き続けるやり方では、データセンターやAIインフラ建設、エネルギー転換に必要な膨大な銅や重要鉱物を供給できない」とも指摘する。G-Pulseの技術は地熱掘削だけでなく、鉱業向けのロックブレーキング(岩盤破砕)にも適用でき、AI関連インフラに不可欠な銅・重要鉱物の採掘効率化という文脈でも機能する。
鉱業大手が集う投資家連合とCodelcoの加入
I-Pulseの資本構成は、技術の応用範囲の広さを如実に物語る。BHP・リオ・ティント・ニューモント・イバノー・マインズ・テック・リソーシズといった世界有数の鉱業大手がすでに出資者として名を連ねている。
2025年10月には、世界最大の銅生産者であるチリ国営企業Codelcoが戦略的投資家として加わった。Codelco会長Maximo Pachecoは「世界はより多くの銅と重要鉱物を必要としている。従来の岩石破砕技術は膨大なエネルギーを要するため、より効果的・効率的な手法が不可欠だ」と参加理由を説明した。銅採掘の難易度が上がる中、パルスパワーによる岩盤破砕はCodelcoにとって採掘コスト削減の手段として直接的な意味を持つ。
I-PulseのアルバカーキR&D社長兼チーフサイエンティストRick Spielman博士は「I-Pulseは今日、パルスパワー技術を民需分野にブレークスルー製品として届ける」と述べた。今回のCHIPS法資金2億5000万ドル(約375億円)は、既存の鉱業大手による出資に加えて政府の信認を加えた形で、SiCスイッチの量産化と地熱・鉱業向け実証を加速させることになる。
SiC半導体×地熱という組み合わせが示す産業構造
I-Pulseのモデルは「半導体企業」と「エネルギー企業」の境界を意図的に跨ぐ。SiCスイッチの研究開発はCHIPS法の文脈(半導体国産化)に収まるが、その用途はEV向けインバーターや電力変換器ではなく、地熱掘削と鉱業という重工業領域に向けられている。
この垂直統合型アプローチは、既存のSiC半導体メーカー(STマイクロ、ウォルフスピード、インフィニオンなど)とは異なる競争軸を設定する。汎用パワー半導体市場での競争を避け、「SiCを使わなければ成立しない極限環境向けシステム」を自ら開発・販売することで、部品メーカーではなくシステムインテグレーターとして高い付加価値を狙う。
G-Pulseが示す「掘削コスト3倍以上削減」は同社発表に基づく数値であり、商業スケールでの独立した実証はまだ必要な段階にある。CHIPS法の資金はこの実証を促進するが、地熱市場への本格参入には地質条件・規制・送電網整備など複数の変数が絡む。2億5000万ドル(約375億円)という政府の賭けが実を結ぶかどうかは、今後数年間の実証フェーズにかかっている。