テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

Infleqtion、1億ドル調達で量子技術の防衛産業への展開を加速

Y Kobayashi

2025年6月3日

量子スタートアップのInfleqtionが、シリーズC資金調達ラウンドで1億ドル(約150億円超 ※1ドル150円換算)という巨額の資金を確保したことを発表した。この資金調達は、同社が開発を進める原子ベースの量子システム(量子コンピューティング、量子センシング、高精度タイミング技術)の展開を加速し、特に防衛、航空宇宙、重要インフラといった国家の根幹を支える分野での実用化を本格化させるものだ。今回のラウンドは、Glynn Capital、Counterpoint Global (Morgan Stanley)、S32、そして政府向け大手ITサービス企業SAICといった戦略的投資家が主導しており、Infleqtionの技術と市場戦略への高い期待がうかがえる。

スポンサーリンク

シリーズCで1億ドル調達:Infleqtionの躍進を支える強力な布陣

今回のシリーズCラウンドは、Infleqtionにとって量子技術の社会実装に向けた「離陸」を加速させる強力な燃料となる。主導したGlynn Capital、Counterpoint Global (Morgan Stanley)、S32、SAICに加え、In-Q-Tel (IQT)、Breakthrough Victoria、SentinelOneのS Ventures、National Security Strategic Investment Fund (NSSIF)など、既存および新規の錚々たる投資家が名を連ねている。J.P. Morganが単独のプレースメントエージェントを務めた。

InfleqtionのCEOであるMatthew Kinsella氏は、「我々は量子の力を活用して、世界で最も緊急かつ複雑な課題を解決している」と述べ、「この資金調達は我々の次の成長段階を後押しし、戦略的パートナーと共に変革的技術を拡大し、国家安全保障や次世代インテリジェントシステムの実現を支援するものだ」と力強く語る。

特筆すべきは、政府サービス請負大手のSAIC(Science Applications International Corp.)が戦略的投資家として参加し、さらに市場開拓パートナーシップを締結した点である。これにより、Infleqtionの量子センシング技術(原子時計、量子RF通信、慣性航法システムなど)が、米国の国家防衛や政府機関のミッションクリティカルな分野へより迅速に展開される道が開かれたと言えるだろう。

SAICのCINO(最高イノベーション責任者)兼マネージングディレクター・オブ・ベンチャーズであるLauren Knausenberger氏は、「Infleqtionとの提携により、国家防衛および政府の顧客全体への量子センシングとコンピューティングの提供を加速できることを嬉しく思う」とコメント。「Infleqtionの原子時計、慣性航法、量子通信における先見性のある進歩は、レジリエンス、精度を向上させ、最終的には最も要求の厳しい環境で兵士の安全を確保するために、新興技術を現役の重要な作戦に統合するという我々の使命と直接的に一致する」と、その期待の高さを表明している。

「原子」が鍵:Infleqtionの技術的優位性と実績

Infleqtionが量子技術のフロンティアを切り拓く上で核となるのが、「原子」、特に「中性原子」を用いたアプローチだ。多くの量子コンピュータが超電導素子を用い、極低温環境を必要とするのに対し、Infleqtionのシステムはレーザーで真空チェンバー内に浮遊させたルビジウム原子を操作することで量子ビット(情報の基本単位)を制御する。この方式は、室温での動作が可能という大きな利点を持ち、システムの小型化やコスト低減、そしてスケーラビリティの面で有望視されている。

同社は既に目覚ましい成果を上げている。

  • 中性原子量子コンピュータ「Sqale」: 英国の国立量子コンピューティングセンター(NQCC)に設置され、実用的な研究開発が進められている。
  • 日本の「量子ムーンショットプログラム」: 唯一の外国量子コンピューティングパートナーとして選定され、国際的な連携も深めている。
  • 量子対応原子時計: NASAや米国防総省(DoD)ですでに採用されており、従来のシステムと比較して100倍以上の精度向上を実現。この実績が評価され、国防総省から1100万ドルのAPFIT(Accelerate the Procurement and Fielding of Innovative Technologies)契約を獲得している。これは、同社の技術が実験室レベルを超え、実戦配備に値する革新性を持つと認められた証左である。
  • 材料科学シミュレーション: 自社のSuperstaqコンパイラとNvidiaのCUDA-Qプラットフォームを連携させ、画期的な材料科学シミュレーションを実証。スケーラブルでフォールトトレラント(誤り耐性のある)な量子コンピューティングへの道を切り拓いている。
  • Contextual Machine Learning (CML): 量子技術に着想を得た独自のAIフレームワークを発表。防衛やバイオテクノロジーといった高度な分野での応用を目指す。

Infleqtionは2028年までにクラウド経由でアクセス可能な汎用量子コンピュータの提供を目指している。しかし、同社の強みはコンピューティングだけに留まらない。前年度には約3000万ドルの収益を上げており、その顧客パイプラインは2億ドルを超えるという。この収益の多くは、原子時計などの量子センシング技術からもたらされていると見られる。キンセラCEOも、タイミングデバイスの研究が量子コンピュータ開発の取り組みにも直接的に貢献していると述べており、多角的な技術開発が相乗効果を生んでいるようだ。

スポンサーリンク

防衛からAIまで:広がるInfleqtion技術の応用範囲と市場の評価

今回の資金調達とSAICとの提携強化は、Infleqtionの技術が防衛・航空宇宙分野で新たな標準を打ち立てる可能性を示唆している。SAICのMichael Hauser副社長兼マネージングパートナーは、Infleqtionの原子レーザー技術が軍用車両や施設における多数のアンテナの役割を代替し、信号干渉の問題を解消できる潜在力に言及している。「アンテナ群が互いに干渉し合うことがあるが、この新しい形態のアンテナ(異なる信号を利用する)であれば、自己干渉を避けられるかもしれない」と、具体的なメリットを指摘している(SiliconANGLEより)。

Infleqtionの技術は、既に36以上(同社発表では3ダース以上)の政府および商業プロジェクトで稼働中であり、北米、英国、オーストラリアでの事業拡大も計画されている。

市場アナリストもInfleqtionの独自性を高く評価する。Constellation Research Inc.のアナリスト、Holger Mueller氏はSiliconANGLEに対し、「Infleqtionは、原子中心の量子デバイス開発を目指す他社向けの構成要素(UHV科学セル、冷原子源セル、イオントラップなど)を提供する広範な製品ポートフォリオで他社と一線を画す」と分析。さらに、「量子の短期的な未来はコンピューティングよりもセンシングとナビゲーションに関するものになるだろう。Infleqtionは初の垂直統合型量子コンピューティングベンダーと自称できるかもしれない」と述べ、今回の資金調達が同社をどこへ導くか注目している。

今回の1億ドルという資金は、Infleqtionが量子技術のメインストリームへと躍り出るための大きな推進力となることは間違いない。原子という根源的な要素を操ることで、国家安全保障の強化から次世代AIの進化、さらには宇宙開発に至るまで、その応用範囲は計り知れない広がりを見せている。我々が目の当たりにしているのは、単なる一企業の成長物語ではなく、量子技術が社会のあり方を根本から変革していく、その序章なのかもしれない。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする