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MetaとBooz Allenが共同開発した「Space Llama」、国際宇宙ステーションに配備され宇宙AI活用の新時代を開く

Y Kobayashi

2025年4月28日

MetaとBooz Allen Hamiltonが共同開発したAI技術スタック「Space Llama」が、国際宇宙ステーション(ISS)の米国国立研究所に配備された。オープンソースのAIモデルLlama 3.2を基盤とするこのシステムは、宇宙という極限環境での科学研究や運用を、地球からの通信に頼らずに支援することを目的としたもので、宇宙探査におけるAI活用の新たなマイルストーンとなるかもしれない。

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宇宙でのAI活用:なぜ今「Space Llama」なのか?

国際宇宙ステーション(ISS)は、地球低軌道上で運用される巨大な研究施設である。微小重力環境を利用した材料科学、医学、生物学など、地上では不可能な実験が行われている。しかし、ISSでの活動は常に地球との通信に依存してきた。データの送受信や指示の受け取りには遅延が生じ、利用できる帯域幅にも限りがある。緊急時の対応や複雑な作業において、この通信の制約は大きな課題であった。

この課題を解決するために開発されたのが「Space Llama」である。これは、AI処理をISS内で完結させる「エッジコンピューティング」のアプローチを採用している。

Space Llamaの核心:インターネット不要のAI

Space Llamaの基盤となっているのは、Metaが開発したオープンソースのAIモデル「Llama 3.2」である。オープンソースであることの最大の利点は、その「モデルウェイト」(AIが判断を下すための膨大な数値パラメータ群)が公開されている点にある。これにより、研究者や開発者はLlamaを自由にダウンロードし、インターネット接続のない閉じた環境(=ISS)のハードウェア上で直接実行できる。

なぜこれが重要なのか?

  1. データセキュリティの向上: 機密性の高い研究データを、処理のために地球のサーバーへ送る必要がない。ISS内で完結するため、情報漏洩のリスクを低減できる。
  2. 低遅延: 地球との往復通信が不要になるため、AIによる分析や応答にかかる時間が劇的に短縮される。Booz Allenによれば、特定のタスクにおける推論時間は、従来の数分からわずか1秒強にまで短縮されたという。これは、緊急時の迅速な判断や作業効率の向上に直結する。
  3. 通信帯域の節約: 限られたISSと地球間の通信帯域を圧迫しない。
  4. 柔軟性とコスト効率: オープンソースであるため、特定のニーズに合わせてAIモデルを調整(ファインチューニング)することが比較的容易であり、ライセンス費用も抑えられる。ISSのような予算とリソースが限られた環境では大きなメリットとなる。

Booz Allen Hamiltonの最高技術責任者(CTO)であるBill Vass氏は、「歴史的に、宇宙でのイノベーションは、計算や通信能力を地球との接続に依存していたため制限されてきました。Space Llamaは、ツールを宇宙のエッジに直接持ち込み、重要な修理を迅速に行い、ISS国立研究所を維持することを可能にします。これにより、宇宙ベースの科学、発見、そして最も遠いミッションエッジである宇宙で活動する能力の未来へと私たちを推進します」と述べている。

「Space Llama」を支える技術スタック

Space Llamaは、単一の技術ではなく、複数の最先端技術を組み合わせた「技術スタック」として構築されている。

  1. Meta Llama 3.2 (Vision AI Capabilities): 中核となるAIモデル。テキスト生成能力に加え、画像認識などの視覚情報処理(Vision AI)能力も持つ「マルチモーダルAI」である点が特徴。これにより、テキスト文書だけでなく、画像を含むマニュアルや指示書の理解、分析が可能になる。Llama 3.2シリーズは10億から900億のパラメータを持つモデル群で構成され、限られた処理能力のシステムでの動作に最適化されている。
  2. Booz Allen A2E2™ (AI for Edge Environments): Booz Allenが開発したモジュラー型のオープンアーキテクチャプラットフォーム。エッジ環境(通信が制限される場所)でAIを効率的に展開・運用するために設計されている。柔軟なソリューション設計を可能にし、将来的な拡張性も確保する。
  3. Hewlett Packard Enterprise (HPE) Spaceborne Computer-2: ISSに搭載されている高性能コンピューター。NASAとの協力で開発され、HPE製のサーバー、NVIDIA製のGPU(グラフィック処理ユニット)、約130テラバイトのフラッシュストレージ、そしてNASAが開発した電力管理装置で構成されている。宇宙空間の過酷な環境(放射線、電力制限など)に耐えうるように設計されており、高度な計算処理能力を提供する。
  4. NVIDIA Accelerated Computing: AIの計算処理を高速化するためのNVIDIA技術。具体的には、GPUによる並列処理基盤である「CUDA」、ニューラルネットワークの計算を最適化するライブラリ「cuDNN」、線形代数計算を高速化する「cuBLAS」が活用されている。これらにより、電力効率の良いコンパクトなシステムでありながら、AIの推論時間を大幅に短縮している。

これらの要素が組み合わさることで、Space Llamaは、衛星などで使用されるシステムと同様の、コンパクトでエネルギー効率の高いシステム上で動作し、ISS内で自己完結型の高度なAI機能を提供する。

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ISSでの具体的な応用と期待される効果

Space Llamaは、ISS国立研究所で行われる多様な科学研究や、ステーション自体の維持管理業務を支援することが期待されている。

主な応用例:

  • 技術文書への迅速なアクセス: 宇宙飛行士は、分厚い紙のマニュアルや手順書を持ち歩く代わりに、Space Llamaに質問することで、必要な情報を瞬時に引き出すことができる。例えば、「特定の機器の修理手順を教えて」と尋ねれば、関連するテキストや図をAIが提示してくれる。インターネット接続は不要である。
  • 異常検知とトラブルシューティング支援: センサーデータや機器の画像をSpace Llamaが分析し、異常の兆候を早期に検知したり、発生した問題の原因究明や対処法を提案したりすることが可能になる。これにより、地球からの指示を待つ時間を短縮し、迅速な対応を実現する。
  • 研究データのリアルタイム分析: 実験中に得られた画像やセンサーデータをその場で分析し、研究者にフィードバックを提供する。これにより、実験計画を臨機応変に修正したり、新たな発見のヒントを得たりする機会が増える。
  • 予測保全: 機器の状態データを継続的に分析し、故障の兆候を事前に予測することで、計画的なメンテナンスを可能にし、予期せぬトラブルを防ぐ。

MetaのGenAI担当バイスプレジデント兼責任者であるAhmad Al-Dahle氏は、「これは始まりに過ぎません。LlamaのようなオープンソースAIモデルが、宇宙探査と研究を推進する上で不可欠な役割を果たし、宇宙飛行士が複雑な科学的問題を解決し、まったく新しい方法でイノベーションを推進するための次のレベルの実験に着手できるようにする未来を思い描いています」と述べている。

期待される効果:

  • 研究効率の向上: データアクセスや分析の迅速化により、研究者がより本質的な作業に集中できる時間を増やす。
  • 運用コストの削減: 地球への通信依存度を減らすことで、通信コストや地上サポート人員の負担を軽減する。
  • 安全性の向上: 迅速な情報アクセスや異常検知により、緊急時の対応能力を高める。
  • 宇宙飛行士の自律性向上: 地球からの指示なしに実行できるタスクが増え、より自律的な活動が可能になる。

背景と今後の展望:宇宙AIの未来を切り拓く

Space Llamaの実現は、これまでの宇宙におけるAI活用の試みの積み重ねの上に成り立っている。Booz Allenは、2024年8月にHPE Spaceborne Computer-2を用いて、宇宙空間で初となる大規模言語モデル(LLM)のデモンストレーションに成功している。また、Metaは2024年11月に、ファインチューニングされたLlamaモデルを米国の政府機関や民間パートナーに提供することを発表しており、これがSpace Llamaの実現を後押しした。

今回のISSへの配備は、宇宙空間におけるAI活用の「実証実験(Proof of Concept)」としての意味合いが大きい。この実験から得られる知見は、今後のより野心的な宇宙ミッションに活かされることが期待されている。

将来への影響:

  • 月・火星探査: 地球との通信遅延がさらに大きくなる月や火星への有人・無人探査ミッションにおいて、探査機や基地内で自律的に判断・動作するAIシステムの重要性は飛躍的に高まる。Space Llamaの経験は、これらのミッションで必要とされるAI技術の基盤となるだろう。
  • 次世代の衛星・ドローン: 自律的に動作する衛星群や探査ドローンの開発にも貢献する。地球からの常時監視なしに、状況に応じて自ら判断し、タスクを実行する能力が向上する。
  • 地上の応用: 宇宙という極限環境で鍛えられたエッジAI技術は、地上における通信インフラが未整備な遠隔地や、災害現場、あるいは石油・ガスプラットフォーム、自動運転車など、リアルタイム性と信頼性が要求される様々な分野への応用が期待される。Booz Allenは、石油・ガス、自律性、政府、エネルギーといった産業への波及効果も指摘している。

Booz Allenの宇宙プログラム担当シニアバイスプレジデントであるMichael Johnston氏は、「これは月および火星探査にとって重要なステップであり、米国が自律システムで宇宙と空を増殖させるにつれて、現代の衛星およびドローン能力を可能にします。Metaと共にNVIDIAの支援を受けてこの技術スタックを構築することは、それぞれの先進技術目標を推進し、さらに重要なこととして、エッジで可能なことの舞台を設定します」と述べている。

MetaとBooz AllenによるSpace Llamaの取り組みは、オープンソースAIが、国家的な重要プロジェクトや最先端科学の領域でいかに貢献できるかを示す象徴的な事例と言えるだろう。宇宙という最も過酷な環境の一つでAIを実用化する挑戦は、人類の活動領域を拡大するだけでなく、地球上の様々な課題解決にも繋がる可能性を秘めているのである。


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