OpenAI共同創業者Ilya Sutskever氏が立ち上げた新たなAIスタートアップ、「Safe Superintelligence Inc. (SSI)」 が、具体的な製品を世に出す前に、最新の資金調達ラウンドで320億ドルという驚異的な評価額に達したことが明らかになった。安全な超知能の開発という壮大な目標を掲げる同社には、Google(Alphabet傘下)やNVIDIAといった巨大テック企業も戦略的な投資を行っており、次世代AIへの期待が集中していることを示している。
異例のスピード、巨額の資金調達と評価額
SSIの資金調達と評価額の急上昇は、現在のAI業界の熱狂ぶりを象徴している。Financial TimesやReutersが報じたところによると、同社は最近、著名なベンチャーキャピタルであるGreenoaksが主導する資金調達ラウンドで、新たに20億ドルを調達したとのことだ。このラウンドにより、SSIの評価額は320億ドルに達した。
驚くべきは、そのスピードだ。SSIはわずか数ヶ月前の2024年9月に10億ドルを調達しており、その際の評価額は50億ドルだった。つまり、製品リリースや明確な収益モデルがないにもかかわらず、短期間で評価額が6倍以上に跳ね上がったことになる。
今回のラウンドにはGreenoaks(5億ドルを投資)に加え、Lightspeed Venture PartnersやAndreessen Horowitzといったシリコンバレーの有力VCが参加。さらに、Reutersは関係者の話として、Googleの親会社Alphabetと、AIチップ市場を席巻するNVIDIAもSSIに出資したと報じている。ただし、両社の具体的な出資額は明らかになっていない。
SSIは2024年6月、Sutskever氏がOpenAIを去った直後に設立された。共同創業者には、元AppleのAI責任者であるDaniel Gross氏と、AI研究者のDaniel Levy氏が名を連ねる。拠点はパロアルトとテルアビブに置かれているが、現在のところ、同社のWebサイトはミッションステートメントが記載されたシンプルなページがあるのみだ。
SSIは何を目指すのか? – 「安全な超知能」への単一目標
SSIが掲げる目標は、その社名が示す通り、「安全な超知能」の開発、ただ一つである。これは、現在主流となっているChatGPTやClaudeのような大規模言語モデル(LLM)や生成AIを遥かに超える、人間を凌駕する知能を持つAIシステムの構築を目指すことを意味する。
Sutskever氏はOpenAI在籍時から、AIの長期的な可能性とリスクについて深く考察してきた人物として知られる。彼は2024年後半、AI分野が「ピークデータ」(モデル性能向上のためのデータが枯渇し始める時期)に近づいていると指摘し、単純なデータ量の拡大に頼るのではなく、より根本的なブレークスルーを目指す「発見の時代」への回帰が必要だと主張した。
また、「正しいもの」をスケールさせることの重要性を強調しており、SSIは言語モデルの開発とスケーリングにおいて、既存の枠組みを超える新しいアプローチを模索しているという。その具体的な研究内容は、投資家にさえ限定的にしか明かされていないとされ、謎に包まれている部分も多い。目指すのは、単なるデータ分析ツールではなく、真に自律的な思考や問題解決能力を持つ、あるいは新たな知識を創出できる可能性のあるシステムのようだ。
なぜ製品なしで320億ドル? 創業者への期待とAIの未来への賭け
製品も収益モデルもないスタートアップが、なぜこれほどまでに高い評価額を付けられるのか。その背景には、いくつかの要因が複合的に絡み合っている。
第一に、Ilya Sutskever氏自身の卓越した実績と評価がある。彼はDeep Learningのパイオニアの一人であり、OpenAIのチーフサイエンティストとして、GPTシリーズなどの開発を主導し、近年のAIの目覚ましい進歩に大きく貢献してきた。彼の技術的洞察力と未来を見通す能力に対する投資家の信頼は絶大であり、「Sutskever氏なら何かとてつもないことを成し遂げるはずだ」という期待が、評価額を押し上げる大きな要因となっている。
第二に、AI、特に超知能がもたらす変革への巨大な期待感がある。超知能が実現すれば、科学技術の進歩、経済、社会のあり方を根底から覆す可能性がある。その計り知れないポテンシャルを考えれば、たとえリスクが高くとも、早期に投資することで将来莫大なリターンを得られる可能性があると、投資家は考えているのだろう。OpenAIがかつてAGI(汎用人工知能)や超知能を目標に掲げていたのに対し、近年はより商業的な製品開発に軸足を移しているように見えることも、SSIのような「純粋な研究開発」を目指す企業への期待を高めている側面もあるかもしれない。
第三に、同様の傾向を持つ他のAIスタートアップの存在も挙げられる。元OpenAI CTOのMira Murati氏が設立したThinking Machines Lab (TML)も、製品未公開ながら20億ドルの資金調達と100億ドル以上の評価額を目指していると報じられている。また、超知能システムを直接構築しようとしているReflection AIも、著名な投資家から資金を集めている。これは、特定の企業だけでなく、トップクラスの人材が集まるAI研究開発企業全体に対する期待の表れと言える。投資家は、実績ある創業者と潤沢な資金があれば、いずれ画期的な技術が生まれると信じているのだ。
Google、Nvidiaも出資 – クラウド、チップ、戦略的連携の交差点
Alphabet (Google) とNVIDIAという、AIインフラを支える二大巨頭がSSIに出資したことは、単なる資金提供以上の戦略的な意味合いを持つ。
Google Cloud と TPU: Reutersによると、SSIは研究開発において、NVIDIA製のGPU(Graphics Processing Unit)よりも、Googleが自社開発するAIアクセラレータであるTPU(Tensor Processing Unit)を主に利用しているという。さらにGoogle Cloudは、SSIに対してTPUを「大量に」供給する契約を結んでいる。
Googleにとって、これは自社製AIチップTPUの性能と魅力をアピールする絶好の機会だ。歴史的にAI開発ではNvidiaのGPUが圧倒的なシェアを誇ってきたが、GoogleはTPUが特定のAIタスクにおいて、より効率的で高性能であると主張している。Anthropic(OpenAIの競合で、Googleも出資)のような他の有力AIスタートアップもTPUを利用しており、Googleはクラウド市場での競争力を高めるため、こうした最先端AI企業との連携を深めようとしている。Google Cloudの幹部は、「基盤モデル開発者たちにとって、我々への引力は劇的に増している」と述べている。
NVIDIAの戦略: 一方、GPU市場の支配者であるNVIDIAが、競合チップ(TPU)を主に利用するスタートアップに出資するのは興味深い動きだ。これは、特定の技術に固執するのではなく、AIエコシステム全体に影響力を及ぼし、将来有望なあらゆるプレイヤーとの関係を構築しようとするNvidiaの戦略の一環と見られる。NVIDIAは、OpenAIやElon Musk氏のxAIなど、他の多くのAIスタートアップにも投資を行っている。
クラウドプロバイダーとAIスタートアップの共生: このように、主要なクラウドプロバイダー(Google Cloud, AWS, Microsoft Azure)が、自社の計算資源の主要な顧客となりうる有力なAIスタートアップに巨額の投資を行うことは、近年一般的になっている。MicrosoftとOpenAI、Amazon/GoogleとAnthropic、そして今回のGoogle/NVIDIAとSSIの関係は、AI開発の最前線において、革新的な技術開発とそれを支えるインフラ提供が、相互依存的なエコシステムを形成していることを示している。
SSIの挑戦はまだ始まったばかりであり、その壮大な目標がいつ、どのように達成されるのかは未知数だ。しかし、製品なき段階での320億ドルという評価額は、AIの未来に対する期待がいかに大きいか、そしてIlya Sutskever氏という稀代の研究者への信頼がいかに厚いかを、雄弁に物語っている。今後のSSIの動向は、AI業界全体の未来を占う上で、引き続き大きな注目を集めることになるだろう。
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