非営利団体LAIONを含む研究チームは、大規模な動画研究基盤「LAION-BVD」を公開した。Common Crawlから抽出した13億件の動画URLを起点に、約8000万本、合計1000万時間を取得し、映像・音声・静止画の学習素材へ加工するコードもGitHubで提供する。論文の比較では、公開動画データとして最大級だったInternVidの760,300時間に対し、総時間は約13倍に達する。ただし、誰でも直ちに受け取れるのはURLとメタデータで、生動画と学習用サブセットは申請制だ。「オープン」が何を指し、1000万時間のうちどこまで品質を確かめたのかを分けて読む必要がある。
13億URLから1000万時間を作った
収集工程は、2024年3月までに公開されたCommon CrawlのWATファイルから始まる。研究チームは約4.7B件の候補URLを抽出し、YouTube、Vimeo、Dailymotionに対応するリンクへ絞って13億件の台帳を作った。そこから1億3千万本の取得を試み、約60%に当たる8000万本を保存した。2000台の仮想サーバーをCeleryで束ね、yt-dlpと住宅用プロキシ網を使っている。
量が大きい一方、収集元は均等ではない。動画の94%はYouTubeで、Vimeoが4%、Dailymotionが2%を占める。言語は英語が57%で最も多く、日本語は4%だった。平均時間は7.7分、中央値は3.7分で、約6%は30分以上ある。最新のアップロードは2024年初頭までだ。
研究チームは収集時に追加の安全フィルタを適用していない。配信プラットフォームが有害・危険コンテンツをモデレーションしていることを理由にしたが、3社の公開基準を通った映像が、そのまま学習データとして安全だと確認されたわけではない。データ量が大きくても、細かく選別されたとは限らない。
「公開」の中身は三層に分かれる
LAION-BVDという名称の下には、内容と入手条件が異なる配布物が並ぶ。URL台帳、加工済み媒体、生動画の三層である。
| 層 | 中身 | 取得条件 |
|---|---|---|
| 公開URL台帳 | BVD-URLsの1,352,648,614行。動画を含まず、URLとクロール時のメタデータで190GB | Hugging Faceから取得可能 |
| 加工済み媒体 | 55M映像クリップ、10M音声クリップ、300M静止画など | 中央フォームへ申請し、学術・非商用研究に限定 |
| 生動画 | BVD-RAWの8000万本、合計1000万時間 | 研究協力者として承認後、自分のS3互換バケットへ転送 |
即時に取得できるのはURLとメタデータであり、1000万時間の生動画と55Mクリップを含む媒体データは、学術・非商用研究者が申請し、個別承認を受けて使う。BVD-V-55MはHugging Face上で41.1TBと表示されるが、未承認の利用者はファイルへアクセスできない。BVD-RAWは利用者側のS3互換ストレージへGRASS経由で転送し、最大2.5米ドル/TBの送信費を求められる場合がある。無償提供は、保存先と転送費までLAIONが負担するという意味ではない。
2026年6月版の利用規約は、さらに強い境界を置く。生動画や注釈を「閉じた研究データ環境」で指名された利用者へ提供し、商用目的のAI学習、検証、微調整を禁じる。アクセスしても動画中の著作権利用権は移らず、ダウンロードや分析を正当化する法的根拠は各利用者が用意しなければならない。Hugging FaceでURL台帳に付くCC BY 4.0表示を、リンク先動画のライセンスと取り違えることはできない。
55Mクリップは全体の0.56%
論文のViCLIPとCLAPの検証に使われた55Mクリップは2.4M本、合計約5.6万時間で、1000万時間の生データ全体の約0.56%に当たる。これは時間ベースの比率であり、クリップ数や情報量の比率ではない。それでも、見出しの1000万時間と実際のモデル評価範囲を区別する目印になる。映像と音声の実験は、無作為抽出した2.4M本を場面分割した55Mクリップを親集合とする派生サブセットを使った。静止画は生動画プールから別工程で抽出した3億フレームを使い、評価もViCLIP、CLAP、CLIPによる別々の実験である。映像・音声・静止画を時間同期させた統合学習ではない。
加工では、10秒未満と30分超の動画を除き、PySceneDetectを閾値30で動かして場面ごとに分割した。低解像度でフレーム間の動きを測り、ほぼ静止した区間も落とす。映像の説明文はQwen3-VL-2B-Instructへ最大32フレームを渡して20語以下で生成し、音声はAudio Flamingo 3に10語以下で説明させた。これにより、同じ場面から映像と音の別々の教師データを作れる。
静止画側は別工程だ。ffmpegで黒いフレームを除き、場面変化の閾値0.1を超えたフレームを3億枚まで抽出した。DeepSeek-VL2-tinyで説明文を付けたフレームは、一般的なWeb画像とは異なる分布を持つ。CLIPの埋め込み上のFIDはReLAIONとの間で33.92、ReLAION内の独立2標本間では0.16だった。ただし、この差は分布が異なる証拠であり、画像品質や安全性が優れる証拠ではない。
2.1ポイントを性能全体へ広げない
「最大2.1ポイント」は、ViCLIP L/14にWiSE-FTを適用し、3分類指標と4検索指標を平均した集約値で、全ベンチマークの一律改善を意味しない。比較したのは、InternVid-10M-FLTで学習したモデルの集約平均60.2と、同じ1000万サンプル規模のBVD-V-10Mで学習した62.3である。WiSE-FTは学習済みモデルの重みを元のCLIPと混ぜる後処理で、論文はその条件をそろえて2.1ポイント差を得た。
データ量を増やす効果も、指標ごとに濃淡がある。50Mサンプルを見せる条件でBVD-V-10MとBVD-V-50Mを5回ずつ学習したところ、集約平均の差は0.58ポイント、95%信頼区間は0.40〜0.76だった。HMDBの行動認識テストと一部の検索指標では明確な改善が出た一方、Kinetics-400の差は0.06ポイント、UCF-101は0.14ポイントで、信頼区間がゼロをまたいだ。より多くの異なるクリップを与える効果は確認できるが、すべての課題で同じ幅を期待する根拠はない。
Web由来データでは、学習素材と評価データの重複も成績を押し上げうる。研究チームはYouTubeの動画IDを照合し、Kinetics-400で0.26%、MSR-VTTで5.5%、MSVDで6.3%の重複を見つけた。重複IDを除いた再評価でも性能はおおむね維持されたと報告している。とはいえ、論文は2026年8月25日提出のプレプリントであり、独立した追試はこれからだ。
安全性と権利は研究者が引き受ける
合成した説明文にも測定可能な誤りがある。研究チームが映像の説明文を134件監査した結果、正確は106件で79.1%、軽微な誤りは25件で18.7%、重大な誤りは3件で2.2%だった。音声の説明文も134件を調べ、正確は106件で79.1%だったが、重大な誤りは8件で6.0%に増えた。55M件に対して小さな標本であり、人物、地域、言語ごとの誤り率までは示していない。
利用者はデータの保管と廃棄にも責任を負う。規約はローカルコピーの暗号化、利用者本人に絞ったアクセス、第三者への提供禁止を求め、研究終了時にはデータセットのコピーを削除するよう定める。一方、適法に作られた学習済みモデル、重み、埋め込みは削除義務の対象外だ。人物の再識別、接触、プロファイリングや、禁止された生体識別・監視システムへの利用も認めない。
LAION-BVDが実証したのは、巨大なWeb動画を収集し、映像・音声・静止画の学習素材へ変換できる処理系と、限定した対照学習での有用性である。動画生成、拡散モデル、映像と音声を時間同期させる統合モデルはまだ評価していない。申請した研究者が実際に大規模部分へ到達できるか、より大きく層化した人手監査で説明文の品質を再現できるか、生成課題でも優位性が残るか。この三つが確認されて初めて、1000万時間という規模を、第三者が再現可能なモデル評価へ結び付けられる。



