リチウムイオン電池の電解液では、正の電荷を持つリチウムイオン()が溶媒分子に取り囲まれ、液体中を移動している。従来の代表的なモデルでは、個々のリチウムイオンが溶媒分子に囲まれた独立した構造として描かれてきた。同じ正電荷を持つイオン同士にはクーロン反発が働くため、リチウムイオンが陰イオンを介さずに接近し、安定した集合体を形成するとは考えにくかった。しかし、新たな研究によって、この従来の描像では説明できない溶媒和構造が存在する可能性が明らかになった。

2026年10月14日、米コロンビア大学のRichard Friesner教授、Alexander Urban准教授、Lauren Marbella准教授、Daniel Steingart教授らと、米Schrödingerの研究者による共同研究チームが、この成果を英科学誌『Nature』に発表した。研究チームは、機械学習力場を用いた分子動力学シミュレーションと極低温での固体核磁気共鳴(NMR)分光法を組み合わせ、エチレンカーボネート(EC)にヘキサフルオロリン酸リチウム()を溶解させた電解液の構造を解析した。論文はプレプリントサーバーChemRxivでの先行公開を経て、『Nature』に掲載されたものである。

その結果、1.2 M(mol/L)の電解液では、リチウムイオンの約40%が、対陰イオンを直接伴わず、溶媒分子を共有する「多核リチウムクラスター(multi- clusters)」に属するという計算結果が得られた。この条件では、単核錯体も含めた全リチウム錯体の平均リチウムイオン数は1.3個となる。研究チームは、この構造が負極表面に形成される保護被膜、固体電解質界面相(Solid Electrolyte Interphase:SEI)の初期形成に関わっている可能性も示した。ただし、クラスターの存在比率はシミュレーションから求めたものであり、NMRによる実験結果はその構造を間接的に支持するものだ。作動中の電池内部でクラスターを直接観察したわけではなく、電池の容量や寿命の改善を実証した研究でもない。

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従来の計算モデルが見落としていた溶媒和構造

電池の電解液では、リチウムイオンがどのような分子に取り囲まれ、互いにどの程度接近しているかという溶媒和構造が、電池の性能に大きく影響する。電解液内部の構造は、イオン伝導度や粘度、塩の解離状態に加え、電極界面の電気化学的安定性や電気二重層の組成にも関係している。特に重要なのが、初期の充放電時に負極表面で電解液が還元分解し、形成されるナノメートル規模の保護被膜であるSEIだ。適切なSEIが形成されれば、その後の電解液の過剰な分解を抑え、電池の長寿命化や安全性の向上に寄与する。リチウム金属を扱う系では、デンドライトと呼ばれる樹枝状の析出物の成長を抑えるうえでも重要になる。

しかし、SEIの形成に関与する溶媒和構造を原子レベルで特定することは容易ではなかった。過去の研究では、1個のリチウムイオンに直接配位する溶媒分子の数を表す「配位数」について、実験手法や条件によって異なる結果が報告されている。なかには、1個のあたり約2.3分子という、一般的な溶媒和構造の想定よりも少ない値もあった。また、粘度や移動度から見積もられるストークス半径と、分子の大きさに基づくファンデルワールス半径との比較でも、溶媒和構造の解釈が難しい事例が知られていた。研究チームは、こうした測定結果の食い違いを説明する手掛かりとして、複数のリチウムイオンが溶媒分子を共有するクラスターの存在に着目した。

研究チームの機械学習力場による計算では、の濃度を高めるほど、多核クラスターに属するリチウムイオンの割合が増加した。0.5 Mでは約23%、1.2 Mでは約40%、2.0 Mでは68%超となり、濃度によって電解液内部の構造が大きく変化することが示された。

  • 多核クラスター内Li+比率
  • 単独Li+比率
LiPF6濃度と多核リチウムクラスター存在比率(QRNN計算値)横棒グラフ。カテゴリ 3 件、系列: 多核クラスター内Li+比率, 単独Li+比率(単位: %)0.5 M0.5 M0.5 M — 多核クラスター内Li+比率: 23%230.5 M — 単独Li+比率: 77%771.2 M1.2 M1.2 M — 多核クラスター内Li+比率: 40%401.2 M — 単独Li+比率: 60%602.0 M2.0 M2.0 M — 多核クラスター内Li+比率: 68%682.0 M — 単独Li+比率: 32%32単位: %
データを表で見る
多核クラスター内Li+比率 (%)単独Li+比率 (%)
0.5 M2377
1.2 M4060
2.0 M6832
LiPF6濃度と多核リチウムクラスター存在比率(QRNN計算値)QRNN機械学習力場による全Li+中の存在比率。数値は概数。出典: Nature (2026), DOI: 10.1038/s41586-026-11138-7

注目すべきは、従来の計算化学で広く使われてきたOPLS4などの古典的な固定電荷力場では、こうした多核クラスターがほとんど再現されなかったことだ。固定電荷力場は原子の部分電荷を一定値として扱うため、イオン同士が接近した際の電子分布の変化や分極、周囲の溶媒による遮蔽効果を十分に表現できない場合がある。その結果、リチウムイオン同士が近づくことで生じる反発と、溶媒を介した安定化の釣り合いを正確に再現できず、単核の溶媒和構造が支配的になると考えられる。過去のシミュレーションで多核クラスターがほとんど見つからなかった背景には、実際の電解液にそうした構造が存在しないのではなく、計算モデルの表現能力に限界があった可能性がある。

機械学習力場が捉えた、従来モデルとは異なる電解液の構造

この問題に取り組むため、研究チームが採用したのが、Schrödingerの電荷再帰型ニューラルネットワーク力場(Charge-Recursive Neural Network Force Field:QRNN)である。QRNNは、量子化学計算で求めた原子間のエネルギー関係を機械学習によって再現し、分子動力学シミュレーションに利用する技術だ。従来の固定電荷モデルでは十分に表現できなかった複雑なイオン間相互作用を扱いながら、第一原理計算よりも大規模な系を長時間にわたって解析することを目指している。

今回の研究で重要なのは、QRNNの学習に電解液の液体状態に関する実験データを使っていない点だ。モデルの学習には、密度汎関数法(DFT)によって計算した気相分子クラスターのエネルギーデータが用いられた。計算条件はB97X-D3BJ/def2-TZVPDであり、量子化学計算による分子間相互作用の情報を基にモデルを構築している。したがって、液体電解液の密度や粘度、拡散係数などに関する実験値との一致は、これらの測定結果を直接学習させたことで得られたものではない。研究チームは、学習に使っていない凝縮相の実験データを用いて、モデルの予測能力を検証した。

評価項目 QRNN機械学習力場(本研究) OPLS4古典固定電荷力場(比較対象) 検証に用いたデータ
気相錯体の会合エネルギー DFT計算値に対する平均絶対誤差が1 kcal/mol未満 特に多核クラスターで誤差が大きく、QRNNの10〜100倍に達する例がある DFTによる基準計算値
1.2 M電解液中の多核クラスター 約40%のが多核クラスターに属する 錯体の約99%以上が単核構造 クラスター比率の直接的な実測値はない
Li–Li動径分布関数(RDF) 約3 Åに明瞭な近接ピークが現れる 約3 Åに対応する近接ピークが見られない 極低温固体NMRによる間接的な支持
液体物性(密度、粘度、拡散係数など) 多くの項目で実験値と良好に一致 一部の項目ではQRNNより大きな誤差がある 既報の電解液物性の実測値
計算コスト(エネルギー評価1回あたり) OPLS4より2〜3桁大きい 計算負荷が小さく、大規模・長時間の計算に適する 論文で報告された計算手法の比較

QRNNの精度は、量子化学計算との直接比較でも確認された。研究チームは、QRNNとOPLS4それぞれのシミュレーションから代表的な分子クラスターを抽出し、DFTで求めた会合エネルギーと比較した。その結果、QRNNの平均絶対誤差は、どちらのモデルから抽出した構造についても1 kcal/mol(約4.184 kJ/mol)未満に収まった。これは化学的精度と呼ばれる水準に相当する。一方、OPLS4では特に複数のリチウムイオンを含む錯体のエネルギー評価で誤差が大きくなり、QRNNとの差が明確になった。

研究チームはQRNNを使い、0.5 M、1.2 M、2.0 Mの/EC電解液について分子動力学シミュレーションを実施した。QRNNでは1ナノ秒の平衡化計算に続いて5ナノ秒の本計算を行い、イオンと溶媒分子の配置が時間とともにどう変わるかを追跡している。ここで多核リチウムクラスターとは、あるから4.5 Å(オングストローム、1 Å = $10^{-10}$ m)以内に別の$\mathrm{Li}^+$が存在する構造として定義される。解析の結果、リチウムイオン間の動径分布関数(Radial Distribution Function:RDF)に、約3 Åという短い距離で明瞭なピークが現れた。これは、複数のリチウムイオンがEC分子を介して近接する構造が、シミュレーション中に一定の割合で形成されていることを意味する。

ただし、この精度を得るには相応の計算コストがかかる。論文によると、QRNNによるエネルギー評価1回あたりの計算コストは、OPLS4などの古典力場に比べて2〜3桁大きい。具体的な実行時間や浮動小数点演算数の絶対値は示されていないが、計算負荷の差は無視できない。一方、原子間相互作用をその都度量子化学計算で求める第一原理分子動力学法(ab initio MD)では、大きな系を長時間計算すること自体が難しい。QRNNは、量子化学計算に近いエネルギー精度と、液体中の分子配置を統計的に調べるために必要な計算速度を両立させる手法として採用された。

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極低温固体NMRによる実験的な検証

計算によって多核クラスターが予測されても、その構造が実際の電解液中に存在するとは限らない。そこでコロンビア大学の実験グループは、固体核磁気共鳴(solid-state NMR:ssNMR)分光法を用い、シミュレーションが予測する溶媒和構造と実測結果が一致するかを調べた。NMRは原子核の周囲にある電子や原子の環境を反映するため、リチウムイオンと溶媒分子、陰イオンの相互作用を分析する手掛かりになる。

実験上の課題は、液体中で溶媒分子とイオンが絶えず移動し、溶媒和構造が短時間で入れ替わることだった。液体状態の313 K(約40℃)では、こうした速い交換によってNMR信号が時間平均化され、異なる局所構造を区別しにくくなる。そこで研究チームは試料を急速凍結し、低温下で固体NMR測定を行った。炭素13()の測定には14.1 T(テスラ)の磁場と116 Kの温度を、リチウム7()の測定には9.32 Tと210 Kの条件を使用した。試料の分子運動を抑えることで、液体中に存在していたと考えられる局所的な溶媒和環境を調べようとしたのである。

最初に注目したのは、フッ素19からリチウム7への交差分極( CP)信号だった。この測定では、フッ素原子とリチウム原子が近接しているほど、磁化の移動による信号が強く現れやすい。もしと対陰イオンのが直接接触するイオン対や凝集体が多ければ、両者の近接を反映した強い信号が期待される。しかし実際には信号が非常に弱く、スペクトルを確認するために強度を5倍に拡大する必要があった。この結果は、凍結試料中のリチウムイオンの多くが陰イオンと直接接触せず、溶媒分子によって隔てられているという解釈を支持する。ただし、それだけで単核錯体と多核クラスターの存在比率を決定できるわけではない。

さらに研究チームは、プロトンから炭素13への交差分極魔法角回転( CPMAS)測定によって、EC分子の局所環境を調べた。の濃度を0.5 Mから1.2 M、2.0 Mへと高めると、ECのカルボニル基に対応するNMRピークが広がり、ピークの肩に当たる部分が次第に明瞭になった。これは、塩濃度の増加に伴ってEC分子の配位環境が多様化し、リチウムイオンとの相互作用が変化していることを示唆する。

QRNNのシミュレーションから抽出した分子構造を使ってNMRスペクトルを計算すると、実測されたピークの広がりや、濃度上昇に伴って肩の部分が発達する傾向を良好に再現できた。一方、OPLS4の構造から計算したスペクトルは、単核錯体が多い0.5 Mでは実験結果をある程度説明できたものの、1.2 Mと2.0 Mでは一致度が低下した。特にリチウムイオンの近くに位置するカルボニル基の炭素について、化学シフトやピーク形状の違いが大きかった。こうした比較は、QRNNが予測する複雑な溶媒和構造の方が、従来モデルよりも実験結果をよく説明できることを裏付けている。

もっとも、NMRによる検証には重要な限界がある。今回測定したのは急速凍結した試料であり、電池内部で流動している液体電解液の構造を直接観察したわけではない。凍結時の局所構造の変化や相分離が、液体状態の分子配置をどこまで変えているかについても考慮が必要だ。研究チームは固体NMRを液体中の溶媒和構造を推定するための間接的な手段として用いており、計算と実験の一致が、多核クラスターの存在比率や動的挙動をそのまま実証するものではない。

多核クラスターがSEI形成の引き金になる可能性

なぜ同じ正電荷を持つリチウムイオン同士が、強い反発に逆らって接近できるのか。研究チームは、その理由としてEC分子の高い誘電率と分極率に注目している。ECのカルボニル基に含まれる酸素原子が複数のリチウムイオンに配位し、両者を橋渡しするような構造を取ることで、陽イオン間の静電反発が効果的に遮蔽されると考えられる。こうした局所的な溶媒和による安定化が、通常なら接近しにくいリチウムイオン同士の会合を可能にしている可能性がある。研究チームは、この性質が、ECを含む電解液がリチウムイオン電池で広く利用されてきた理由の一つではないかと考えている。

さらに研究チームは、多核クラスターが電極界面でどのような反応を起こし得るかを調べるため、量子化学計算によって各種リチウム錯体の還元電位を求めた。計算には、暗黙的溶媒モデルのSMDとB97X-D3BJ/def2-TZVPDの計算条件を用い、フェロセン/フェロセニウム酸化還元対を基準として、電位を基準に換算した。電池の初回充電時には、負極の電位が低下するにつれて電解液の成分が還元され、SEIの形成が始まる。研究チームが検証したのは、この初期の還元反応を起こしやすい分子種が何かという点だ。

計算の結果、代表的な単核リチウム錯体であるに比べ、2個のリチウムイオンを含む($x=4$〜$7$)の方が、1電子還元を受けやすいことが示された。特に、シミュレーション中で比較的多く見られた二核錯体$[\mathrm{Li}_2(\mathrm{EC})_7]^{2+}$の還元電位は、グラファイト負極やシリコン負極を用いたEC系電解液で報告されているSEI形成開始電位の約0.8 V(対$\mathrm{Li}/\mathrm{Li}^+$)と、0.1 V以内の差で一致した。この結果は、多核クラスターが単核錯体よりも早い段階で還元され、SEI形成に関与する可能性を示している。

著者らは論文で、多核リチウム錯体が初期SEI形成に「関与しているか、場合によっては支配している(participate in, if not govern)」との仮説を提示した。負に帯電した負極表面へ多核クラスターが引き寄せられ、単核錯体よりも高い電位で電子を受け取って還元分解し、保護被膜の形成を開始するという反応経路が考えられる。さらに論文の補足資料(Supplementary Table 13)では、一部の二核錯体について、最初の1電子還元後に続く2回目の還元も熱力学的に起こりやすいことが示された。これにより、初回の電子移動をきっかけとして、さらなる還元分解が進む可能性も浮かび上がった。

ただし、還元電位の計算結果が実験で報告されたSEI形成開始電位と一致することは、実際の反応経路が証明されたことを意味しない。 今回の研究では、作動中の電極表面で多核クラスターが電子を受け取り、化学結合を変化させながらSEIへと取り込まれる過程を直接追跡していない。また、熱力学的に還元されやすい構造が、実際の電極界面でも主要な反応物となるかどうかは、反応速度や界面での存在比率にも左右される。多核クラスターがSEI形成を左右するという説明は、計算結果と既存の電気化学実験との整合性に基づく有力な仮説であり、確立した反応機構ではない。

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電池の性能向上につながるかは、今後の検証次第

今回の研究は、電池の電解液に関する基礎的な理解を前進させるものだが、直ちに高容量化や急速充電、長寿命化につながるわけではない。一部の報道や大学の広報資料では、将来的な電池性能の改善への期待が強調されている。しかし、論文には今回の知見を利用して開発した試作電池の充放電サイクル試験や、容量・寿命が向上したことを示す実測データは含まれていない。研究の中心は、電解液内部に存在する分子集合体の構造と、SEI形成に関与する可能性を解明することにある。

研究対象となった電解液の組成にも制約がある。多核クラスターの存在比率や主要な溶媒和構造の解析は、EC単一溶媒にを溶解させた0.5 M、1.2 M、2.0 Mの系を中心に行われた。一方、実際の市販電池では、ECにジメチルカーボネート(DMC)やエチルメチルカーボネート(EMC)などの低粘度溶媒を混合した電解液が広く使われている。また、フルオロエチレンカーボネート(FEC)などの添加剤を加えることで、電極界面の反応やSEIの性質を調整する場合もある。

研究チームは、モデルの検証過程でEC/DMC混合系などの物性や分子間相互作用も調べている。ただし、実用的な混合溶媒において、多核リチウムクラスターが今回と同じ割合で形成されることまで確認したわけではない。さらに、、、など、以外のリチウム塩を使った電解液で同様の構造が形成されるかについても、今後の検証が必要となる。ECの高い誘電率や分極率がクラスターの安定化に重要であるなら、溶媒組成が変わることでクラスターの形成しやすさや構造も変化する可能性がある。

加えて、今回の主要な分子動力学シミュレーションには、実際の電極が含まれていない。電極に印加する電圧や、電極と電解液の間で起こる電子移動、化学結合の切断・形成を直接扱う反応モデルも組み込まれていない。そのため、計算で見つかったクラスターが電極界面までどのように移動し、そこで解離するのか、それとも集合体を保ったまま還元されるのかは分かっていない。研究チームは、今後の課題として電極モデルや反応化学、印加電圧を取り入れたシミュレーションへの発展を挙げている。

多核クラスターがリチウムイオンの輸送に及ぼす影響も未解明だ。著者らは、複数のリチウムイオンがクラスターとして電解液中を移動し、電極界面でイオンを放出する可能性についても論じている。しかし、クラスターの存在がリチウムイオンの輸率や電池の充電速度にどのような影響を与えるかは、今回の研究からは結論づけられない。多核クラスターが存在することと、その構造が電池の性能改善に有利に働くことは、分けて考える必要がある。

研究の資金提供と産業界との関係についても確認しておきたい。本研究はGates Venturesから資金提供を受け、実験の一部は米国エネルギー省(DOE)が支援するEnergy Storage Research Alliance(ESRA)の助成によって実施された。Richard Friesner教授は、研究の中心となったQRNN技術を開発・商用展開するSchrödingerの共同創業者であり、同社の取締役および科学顧問を務めている。論文の利益相反申告によると、同氏はSchrödingerに経済的利益を有し、共著者にも同社の現職従業員や研究当時の従業員が含まれている。こうした産学連携は高度な計算技術を基礎研究に活用するうえで重要だが、同時に、計算手法の有効性を判断する際には、独立した研究グループによる再現性の確認も重要になる。

今回の成果は、リチウムイオン電池の電解液を、独立したイオンと溶媒分子が集まった液体として捉えるだけでは不十分であることを示している。機械学習力場によって、従来の固定電荷モデルではほとんど再現できなかった多核リチウムクラスターが予測され、極低温NMRの測定結果もその構造を間接的に支持した。さらに、こうしたクラスターがSEIの初期形成に関与するという新たな仮説も得られた。ただし、実際の電池で使われる混合溶媒や電極界面でも同じ構造が形成されるのか、それが電池性能をどの程度左右するのかは、まだ明らかではない。今後、作動中の電池に近い条件でクラスターの形成と反応を検証できれば、電解液の組成を分子レベルから合理的に設計するための重要な手掛かりになる可能性がある。