アイルランドのメイヌース大学は2026年9月16日、DNA分子の結合で加算などを行う「足場型DNAコンピュータ(SDC)」を発表した。Tristan Stérin氏とAbeer Eshra氏を共同筆頭著者とする査読済み論文は、同日に学術誌Natureでオンライン公開されている。研究チームは、正しい答えを表す構造ほど安定になるようDNAを設計し、10種類のプログラムで700件を超える計算を検証した。ただし、短い計算の30秒という時間と、大きな計算の100ビットという規模は別々の実験で得られた値であり、何をどの条件で実証したかによって成果の意味は変わる。

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正答の構造が安定するようにDNAを設計する

SDCは、長いDNA鎖を足場にして、短い「計算鎖」を並べる仕組みだ。それぞれの計算鎖は足場の決められた位置に結合し、左右にある領域で隣の鎖とも結び付く。この隣同士の組み合わせに、入力の数字や計算の途中状態を持たせている。

例えば加算なら、各位置で2つの入力ビットと前の桁からの桁上がりを受け取り、次の桁へ渡す情報を決める。DNAの配列を選ぶことが、計算規則を組み込む作業に相当するわけだ。論文では4ビットの加算として「10+3=13」などを実行し、答えの各ビットを別々の実験で読み取った。

計算を正しく進めるため、研究チームは隣接する計算鎖の組み合わせが間違っていると、結合のエネルギーで不利になるよう設計した。鎖が結合したり別の鎖に置き換わったりする過程を通じ、正しい答えを表す構造へ向かうという考え方である。到達させたい答えを、一定の条件で系が落ち着く状態である「熱力学的平衡」に対応させている。

研究を率いたDamien Woods教授は、加熱と冷却によってDNAの構造ができる過程を、大学の発表で次のように説明した。

「分子が相互作用して構造を作り、その構造が答えになる」

DNAで計算する試みも、平衡を計算に利用する考え方も、今回が初めてではない。今回の論文が示したのは、足場を使う設計を、加算や3倍算、2での除算などの複数のプログラムとして実験で動かせることだ。入力中の1の個数が奇数か偶数かを調べる処理も含まれ、特定の構造を一つ作るだけに用途を限っていない。

30秒の計算と100ビットの計算は別条件

実験はDNAを混ぜた35マイクロリットルの溶液で行われた。緩衝液には12.5ミリモル毎リットルのマグネシウムイオンを含み、短い足場を使う系の足場濃度は100ナノモル毎リットル。通常の計算鎖の濃度は1,000ナノモル毎リットルで、足場に対して10倍になる。足場の各位置に鎖が結合しやすい条件を作るための配合である。

出力は、蛍光の強弱で0と1を区別した。蛍光測定には温度を制御できるリアルタイムPCR装置を用い、測定曲線は少なくとも2回の反復を平均している。10プログラムを調べた一連の実験では、対照と反復を含めて7枚のプレートを使用したという。

対照では各位置に結合できる鎖を1種類に絞り、計算に伴う競争をなくして、目的の構造を組み立てる。その対照の蛍光と比べることで、計算を行う試料が狙った出力にどれだけ近づいたかを評価した。したがって、論文の収率は蛍光から推定した構造の割合を指し、700件超の計算のうち何件が正解だったかという正答率ではない。

温度の下げ方を変えると、短い計算は速く進む。ただし、短い系と大きな系では足場の長さも濃度も異なるため、所要時間だけを横に並べて速度の優劣を決めることはできない。

実験の種類 規模と主な条件 報告された時間
標準的な短い系 4位置の足場。80℃から20℃へ冷却 冷却3時間、その後20℃で45分保持
高速に冷却する短い系 4位置以下。80℃から55℃へ1分未満で冷却 0と1を1分程度、場合によって30秒で識別
大きな加算 25位置で2つの25ビット数を加算。足場濃度10ナノモル毎リットル 複雑な入力の一例で14時間以内に良好な出力

表は論文の加算実験、高速実験、規模拡大の各節を、計算規模と温度条件ごとに分けたものだ。大学が30秒の例として挙げたのは「10+3」である。DNAの合成や試料調製までを含む総作業時間ではなく、シリコンのコンピュータを上回る演算速度を示した値でもない。

論文の「100ビット」は、2つの25ビット入力、25ビットの桁上がり、25ビットの出力を合わせた数だ。図6aの内訳を足すと、25+25+25+25=100になる。100ビットの一つの整数を入力したという意味とは異なり、この最大規模を30秒で処理したとも報告されていない。

大きな系では、生物由来のM13というDNAのうち624塩基の領域を計算に使った。こうした足場は入手しやすい一方、位置ごとの結合の強さがそろわず、計算を遅らせる要因になるという。足場を長くするだけで、短い系の速さをそのまま保てるわけではなかった。

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最大25回の再利用には入力鎖の追加が必要

最大25回という再利用の実験は、入力の0と1を切り替えるビットコピーで達成された。別の加算プログラムは9回、カウンターは24回の反復である。「25種類の計算を連続実行した」と一括りにすると、何を繰り返したのかが見えなくなる。

再利用するときには、新しい入力を表す鎖と、古い入力を封じる相補的な鎖を加える。そのうえで再び加熱して冷却し、新しい答えに対応する平衡へ移す仕組みだ。ビットコピーの実験では毎回0.2マイクロリットルを追加し、80℃から48℃へ12分かけて冷却した。入力を加える操作の時間は、この12分には含まれていない。

計算に使った分子の系を保ちながら、入力を更新して繰り返し使える点に意味がある。ただし、追加の試薬も温度操作も必要だ。新たな材料を一切加えずに何度でも動く装置が完成したわけではない。

省エネと細胞内応用は次の検証課題

研究チームは、DNAによるデータ保存や、DNA構造の形成を計算で制御する用途を視野に入れている。大学発表は、将来は細胞内で動いて疾患の兆候を検出する分子システムにもつながる可能性に言及した。いずれも今回の実験で実現した用途とは区別する必要がある。

今回の研究は、自然に見つかった相関から原因を推測する観察研究ではなく、DNAの組成や入力、温度を設定して出力を測った実験だ。対象は溶液中のDNAであり、人や動物、細胞内での動作を検証したものではない。指定した条件で演算できることと、その仕組みが体内でも働くことの間には、まだ検証すべき隔たりがある。

また、熱力学計算やシミュレーションが示すのは、設計した条件で正答構造が有利になるという予測である。実験で出力を確かめたことは、その答えに至る分子の反応経路をすべて観察したことを意味しない。著者らも、温度によって複数の経路があり得ると考えており、さらに大きな系では反応速度の設計が必要になる可能性を残している。

省エネについても、計算結果を平衡状態に対応させる原理と、装置全体で使う電力は分けて考える必要がある。実験にはDNAの準備、加熱と冷却、蛍光測定が伴う。論文はこれらを含めた消費電力や、シリコンに対する削減率を示しておらず、「電力ゼロのコンピュータ」と評価できる段階ではない。

論文のDOIは10.1038/s41586-026-10996-5で、著者らはデータと解析コードを公開している。同じ研究チーム内での反復は行われたが、今回確認できた公開資料では、第三者によるSDCの追試は確認できなかった。Stérin氏、Eshra氏、Woods氏は、関連する出願中の特許の発明者でもあると申告している。

計算規模を大きくしても、結合のばらつきを抑え、目的の答えへ十分な速さで到達できるかが今後の課題となる。著者らが見据えるDNA上のデータ処理へ進むには、演算そのものに加え、入力の更新と出力の読み取りを含む一連の操作で、この設計の利点を確かめる必要がある。