MediaTekは2026年9月15日、次世代モバイルプロセッサの最上位モデル「Dimensity 9600 Pro」と、普及型フラッグシップ「Dimensity 9600M」を正式発表した。製造にはTSMCの2nmプロセスを採用し、最先端ノードの利点を最大限に引き出す新設計を導入している。スマートフォンにおけるAI処理は、ユーザーの明示的な入力に応答する単発の生成処理から、バックグラウンドで状況を常時把握しながら自律的に行動するエージェント型AIへと移行の動きを見せる。Dimensity 9600 Proはこのパラダイムシフトを見据え、CPUコアの全数大型化、高速メモリ規格の先行採用、2基のNPUによる役割分担、ハードウェアレベルのプライバシー保護を統合した。単一の性能指標にとらわれず、電力あたりの実効処理能力を高めるアーキテクチャの全貌が明らかになった。

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2+3+3 オールビッグコアと34.5MBキャッシュがもたらす処理基盤

MediaTekが推進してきた高効率コアを廃するアプローチは、第4世代となるオールビッグコア設計において新たな段階に到達した。Dimensity 9600 ProのCPUクラスタは、新世代のArm C2アーキテクチャで統一された2+3+3の3クラスタ構成を採る。最高動作周波数4.55GHzで駆動する超大型コア「Arm C2-Ultra」を2基備え、これらに各2MBのL2キャッシュを専用配置した。中間層には動作周波数4.35GHzの高性能コア「Arm C2-Pro」を3基配置し、各1MBのL2キャッシュを割り当てている。さらにベースクロックを担うクラスタとして、動作周波数3.10GHzに設定されたArm C2-Proを3基搭載し、各512KBのL2キャッシュを接続した。高効率コアを排しながら動作周波数とキャッシュ規模に傾斜をつけることで、微細な負荷変動への即応性と省電力性を両立させる。

この変則的なクラスタ設計を支えるのが、総容量34.5MBに及ぶ巨大なキャッシュ階層である。CPUクラスタ全体で共有するL2キャッシュの総量は8.5MBに達し、前世代から大幅な容量拡充を果たした。さらに各コア群からの高速なデータアクセスを受け止める16MBのL3キャッシュを配置し、SoC全体のデータ転送を仲介するシステムレベルキャッシュ(SLC)として10MBを統合した。大容量キャッシュの拡充により、外部メモリへのアクセス頻度そのものを大幅に削減している。

外部インターフェースの刷新も処理能力の底上げに寄与する。メモリには次世代規格であるLPDDR6を採用し、最大10,667MT/sのデータ転送レートに対応した。従来のLPDDR5Xを大きく上回るメモリ帯域幅を確保し、大規模なニューラルネットワークの重み読み出しに伴うボトルネックを緩和する。ストレージ接続には次世代規格UFS 5.0をサポートし、データ読み書きの理論速度を従来の2倍に引き上げた。

これらの設計刷新とTSMC 2nmプロセスの物理特性が合致した結果、MediaTekの社内測定値において前世代フラッグシップ比でシングルコア性能は最大17%向上し、同一性能時の消費電力は37%低減した。マルチコア性能は最大15%向上を達成し、消費電力は最大61%の大幅な削減を記録した。瞬間的な最高スコアの更新を超えて、持続的な高負荷処理において熱暴走を抑え込み、実用的な処理能力を維持する姿勢が明確に現れている。

Dual-NPUとAISealが支える常時稼働型エージェントAI

Dimensity 9600 ProにおけるAIアーキテクチャの根幹は、役割の異なる2基のAIプロセッサを1チップに収めたDual-NPU構成にある。MediaTekは、重厚な推論処理を担う主系統と、環境変化を常時監視する待機系統を物理的に分離した。

高度な推論を担う「NPU 1090」は、量子化演算パイプラインの強化によりINT4演算性能を前世代の2倍へと高めた。大規模言語モデルの入力処理を司るLLMプリフィル性能は51%向上し、生成時の電力効率はトークンあたり55%の改善を記録した。これらの演算リソースとLPDDR6の広帯域が連携することで、最大30BパラメーターのMoE(Mixture of Experts)モデルをクラウドに頼らず端末内で完全に完結して実行できる。専門分野ごとに小規模なネットワークを切り替えるMoE構造を直接アクセラレートし、オンデバイスにおける複雑な文脈理解を実現する。

一方で、エージェントAIの実現に欠かせない常時認識機能を支えるのが、低消費電力に特化した「Super Efficient NPU 2.0」である。マイク音声、カメラ映像のプレビュー、各種センサーの情報を24時間体制で監視しながら、消費電力を前世代比で40%削減した。メインプロセッサや高出力NPUを完全に休止状態に保ったまま、ユーザーの状況変化を検知して即座に必要なエージェント処理を呼び出せる。

端末内で個人情報や行動履歴を扱う頻度が高まる現状を踏まえ、ハードウェアセキュリティ基盤も抜本的に強化された。システム根幹の正当性を検証するハードウェアルートオブトラスト(HWRoT)を備え、pKVM(Protected KVM)ハイパーバイザーによるメモリ分離技術「AISeal」を実装した。AIが処理する私的なデータをOSや通常アプリから完全に隔離された保護領域に封じ込め、外部への漏洩リスクを遮断する。さらに将来の暗号解読の脅威に備え、耐量子暗号(PQC)アクセラレーションを組み込み、通信およびデータ保存の長期的な安全性を確保した。

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185fpsゲーミングと世界初のH.266ハードウェアデコード

グラフィックス処理を司るGPUには、最新アーキテクチャの「Arm Mali-G2 Ultra NX」を採用した。ピーク時の描画性能は前世代比で27%向上し、高負荷環境下における電力効率も24%改善した。ゲーム描画の現実感を高めるハードウェアレイトレーシング性能は最大18%引き上げられ、半透明オブジェクトの描画負荷を低減するOMM(Opacity Micromap)レイトレーシングをサポートする。適切な熱設計を持つ端末と組み合わせることで、対応ゲームタイトルにおいて最大185fpsのハイフレームレート駆動を可能にした。

カメラおよび映像入力を統括するイメージシグナルプロセッサ(ISP)には「Imagiq 1290」を搭載した。秒間240コマのネイティブ超スローモーション撮影を実現する4K240キャプチャに対応し、激しい被写体の動きを細部まで記録できる。明暗差の激しい環境下でも階調を保持するため、LOFICおよびUFCC技術を統合した17EVの広いダイナミックレンジHDRをサポートした。映像制作向けには4K120のCinematic LOG記録を用意し、AIが毎秒60コマで色彩を動的に最適化する4K60 AI True Color Toneや、秒間60フレームの被写体追尾フォーカスを組み合わせることで、プロフェッショナル用途に耐える撮影環境を提供する。

メディア再生の分野では、スマートフォン向けSoCとして世界初となる次世代動画規格「H.266(VVC)」のハードウェアデコーダーを搭載した。従来世代の圧縮技術と比較して同等画質を半分のデータ量で再現できるため、高精細なストリーミング配信における通信データ量とバッテリー消費を大幅に抑制する。表示パイプラインは映画業界標準の広色域規格BT.2020(Rec. 2020)をフルサポートし、折りたたみ端末の多画面化を見据えたトライフォールド対応Tri-port MIPIインターフェースも装備した。

ネットワークモデムは3GPP Release 17準拠の5G-Advancedに対応する。Sub-6GHz帯において5搬送波を束ねる5CC-CAをサポートし、最大350MHzの帯域幅を活用して下り最大7.4Gbpsの通信速度を確保した。3枚のSIMで同時に通信待ち受けとデータ通信を成立させるTriple SIM Triple Active(TSTA)技術を盛り込み、Wi-Fi 7および最新規格Bluetooth 6.2をサポートしている。

アーキテクチャの対比:Proの2+3+3とMの1+3+4、メモリ・キャッシュ格差

MediaTekはフラッグシップの発表と足並みを揃え、同じTSMC 2nmプロセスで製造されるプレミアム向けSoC「Dimensity 9600M」の仕様を公開した。同一の先端製造プロセスを用いながら、両モデルの間には明確なアーキテクチャの境界線が引かれている。

Dimensity 9600 Proは2nm世代のAll Big Core 2+3+3構成と34.5MB総キャッシュを備える一方、Dimensity 9600Mは1+3+4構成で総キャッシュ約26MBに留まる。

Dimensity 9600MのCPUは、2MBのL2キャッシュを持つArm C1-Ultraを1基、各1MBのL2キャッシュを持つArm C1-Premiumを3基、各512KBのL2キャッシュを持つArm C1-Proを4基組み合わせた1+3+4の構成を採用した。キャッシュ階層はL3キャッシュ16MBとシステムレベルキャッシュ(SLC)10MBの計26MBキャッシュで構成され、上位モデルの34.5MBに対して8.5MBの規模縮小となる。

周辺コンポーネントにおいても仕様の区分けは厳格である。Dimensity 9600 Proが最先端のLPDDR6メモリとUFS 5.0ストレージ、Dual-NPU(NPU 1090とSuper Efficient NPU 2.0)、Bluetooth 6.2を装備するのに対し、Dimensity 9600Mは実績のあるLPDDR5Xメモリ、4レーン構成のUFS 4.1ストレージ、単一構成のNPU 990、GPUにはMali-G1 Ultra MC12、近距離無線にBluetooth 6.0を割り当てた。

この住み分けは、最先端の部材コスト高騰を吸収しつつ、エージェントAIの基盤を異なる価格帯の端末へ迅速に浸透させる狙いを反映している。LPDDR6やUFS 5.0などの新興規格は立ち上がり初期の調達コストが高止まりしやすく、最上位のプレミアムフラッグシップ以外への全面導入は難しい。MediaTekは最上位のProで技術的な到達点を示し、成熟したメモリ規格と高効率な1+3+4クラスタを組み合わせたMによって、幅広いフラッグシップ端末での採用を促す布陣を敷いた。

両SoCを搭載した最初の市販スマートフォンは、2026年第3〜第4四半期に各メーカーから市場へ投入される見通しである。ただし、発表された性能向上値や消費電力の削減率はMediaTekの社内評価環境に基づく数値であり、実際の製品における持続的なサーマル挙動やバッテリー持ちは端末メーカーの筐体設計に左右される。最先端プロセスと野心的なアーキテクチャが日常生活の実用体験をどこまで変革できるか、市販機の登場とともに真価が試される。