スマートグラスにしては高い、でも普通のスマートフォンより薄い——そんな中途半端なカテゴリに、誰が本気でコンピューティングの未来を見ていたかと問われれば、2年前なら首を傾げる人が多かっただろう。ところが2025年、Ray-Ban Metaスマートグラスは700万台超を売りさばき、前年比3倍という数字を叩き出した。VR/AR投資で21四半期835億ドル超(約8兆3500億円相当)の赤字を計上し続けてきたReality Labsにとって、これは初めて「市場で成立する証明」を手に入れた瞬間だった。
Metaは今、この実績を足がかりに次世代AIコンピューティングの主導権奪取に向かう。The Informationが入手したウェアラブルズ担当VP Alex Himelの内部メモから、AIペンダント・Supersensing Glasses・エンタープライズ向けツールの3本柱戦略が明らかになった。スマートグラスがすでに「デイリーユーズ」として市場に根付きつつある今、OpenAIやGoogleが同カテゴリを制する前に3本柱を揃えようとしているのが現在のMetaだ。
Limitless買収が生んだAIペンダントの技術基盤
MetaのAIペンダントは、2025年末に実施したスタートアップ「Limitless」の買収から始まる。Limitlessが開発していたのは、会話を録音しながらリアルタイムで書き起こし、検索可能なメモリとして蓄積するペンダント型デバイスだった。着用者が誰かと話した内容、聞いた情報、参加した会議——こうした「体験のログ」を自動的に整理し、後から「あの打ち合わせで出た予算の話は?」と問い合わせられる設計だ。
Limitless買収でMetaが手に入れたのは製品単体ではなく、常時装着デバイスで音声を処理しながらAIと連携するソフトウェアスタックとエンジニアチームだ。HumaneはオンデバイスAIに依存し、スマートフォンとの連携が限定的だったためAI Pinは市場から撤退した。Metaの場合、このスタックが内部AIモデル「Muse Spark」と未公開AIエージェント「Hatch」に接続され、Meta AIのユーザーベース・Instagram・WhatsAppとの連携がペンダントに最初から組み込まれる。
カメラ搭載の可能性も指摘されているが、Himelのメモにスペックの記載はなく、詳細は非公開だ。このAIペンダントは2027年春から社内での「ドッグフーディング(社内テスト)」を開始予定とされる。Ray-Ban Metaスマートグラスの開発でも採用されたアプローチで、コンシューマー向けリリース前に実使用データを積み上げる。
Supersensing Glassesが目指す「一日の記憶補助」
着用者が見たもの・訪れた場所・話した内容を自動でログし、「家の鍵どこに置いたっけ?」という日常の疑問に即座に答えるデバイスがSupersensing Glassesだ。カメラとセンサーを数時間連続稼働させながら、AIアシスタントが「外部記憶装置」として機能する。常時認識が前提の設計のため、スマートフォンを取り出す手間を省いた「アンビエントAI」体験をどこまで実現できるかが商品力の核になる。
顔認識機能については、Metaが実装の可否を検討中とされており、装着者がすれ違った人物を自動識別するこの機能は有用性と同時に深刻なプライバシー問題をはらむ。Metaはすでに過去のFacebook顔認識機能をめぐって巨額の和解金を支払った経緯があり、規制当局と市民団体の双方から注目を集めやすいテーマだ。この顔認識問題がクリアできない限り、Supersensing Glassesの企業導入は制限される可能性がある。
次世代グラスはコードネーム「Aperol」「Bellini」のほか、FCC(米連邦通信委員会)への申請でRay-Ban Meta ScirberとBlazerという製品名も確認されており、2026年中に複数モデルが投入される見通しだ。Zuckerbergは「すべてのグラスは最新のAIモデルと機能に簡単にアップデートできるよう設計されている」と述べており(原文:"All of our glasses are designed to easily update to use our newest AI models and features")、ハードウェアよりもソフトウェア更新サイクルを競争優位の軸に据えていることが読み取れる。
エンタープライズ展開で赤字構造は変わるか
ミーティングの自動記録・アンビエントノート(議論の流れをリアルタイムで整理)・CRM(顧客管理システム)との連携・ハンズフリー職場ツールを提供する「Wearables for Work」が、3本柱の中で最も早期に収益をもたらす可能性がある。内部目標として10社以上の法人契約を見込む計画で、Metaが今週ローンチした「Meta One Plus」(月額7.99ドル)と「Meta One Premium」(月額19.99ドル)のサブスクリプションサービスもスマートグラス対応を予定している。
10社以上の法人契約という目標が現実になれば、ハードウェア販売単価では回収できない赤字構造を、サブスクリプション&エンタープライズモデルで逆転できる計算だ。個人ユーザーのデバイス購入が1台あたりの単価で完結するのに対し、法人向けは複数台の一括導入にソフトウェアライセンスや管理機能の継続課金が乗る。ハードウェア販売単体から複合収益モデルへの転換を意図していることは、このプライシング体系から見えてくる。
Reality LabsはVR/ARへの投資を続けながら21四半期で835億ドル超の損失を計上し、2026年Q1だけでも40億ドル超の赤字だった。700万台という販売実績が生まれたいま、エンタープライズという新市場が加わることで、その方程式は変わり始めている。
Ray-Ban Metaの「史上最速」成長が示す次のプラットフォーム競争
2025年のRay-Ban Meta700万台超という数字は、EssilorLuxotticaが2026年2月に発表したデータだ。Zuckerbergはこれを「史上最速で成長するコンシューマーエレクトロニクスカテゴリの一つ」と評しており(原文:"one of the fastest-growing categories of consumer electronics ever")、Himelのメモでは2026年後半には1000万台の販売と月間アクティブユーザー680万人達成を目標に据えている。
スマートフォンが「ポケットのコンピュータ」として生活の基点になったように、スマートグラスがコンピューティングの新しい基点になるとすれば、そのOSとエコシステムを握る企業が次世代プラットフォームの覇者になる。Metaが「デイリーユーズ」の定着に成功しつつある今、OpenAIとGoogleの動きは本格化している。
OpenAIはJony Ive氏が共同設立したio Productsを65億ドルで買収し、200人超のAIデバイス開発チームが200〜300ドルのスマートスピーカーやスマートフォンなど複数のデバイスを開発中とされる。GoogleはSamsungとQualcommと提携し、Android XR(Androidの拡張現実版ともいえるOS)プラットフォームを基盤にしたスマートグラスを今秋発売予定だ。3社が異なるアプローチでウェアラブルAIを攻める中で、Metaの強みは製品の先行と量的な市場実績にある。
AIペンダント・Supersensing Glasses・エンタープライズの3本柱が揃うとき、Ray-Ban Metaはスタイリッシュなガジェットから「インフラ」に変わる可能性を持つ。2026年後半の1000万台という目標達成と、各製品の市場反応が、その答えを出すことになるだろう。