テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

Microsoft、数年かかる研究を200時間に短縮するAI「Discovery」発表:科学研究を一挙に加速する一手となるか?

Y Kobayashi

2025年5月20日

Microsoftが、科学研究開発のあり方を根底から覆す可能性を秘めた新たなAIプラットフォーム「Microsoft Discovery」を発表した。2025年5月20日(現地時間)に開催された同社の開発者向け年次カンファレンス「Build 2025」で明らかにされたこのプラットフォームは、いわゆる「AIエージェント」を活用し、従来数年を要していた研究開発プロセスを数週間、あるいは数日単位にまで劇的に短縮することを目指すという。この野心的な取り組みは、製薬から材料科学、半導体開発に至るまで、幅広い分野に革命をもたらすかもしれない。

スポンサーリンク

科学研究の常識を覆す「Microsoft Discovery」とは?

Microsoft Discovery platform overview

Microsoft Discoveryは、企業向けに設計されたAIプラットフォームであり、その核心には「AIエージェント」と呼ばれる自律的にタスクを実行するAI群が存在する。Microsoft戦略ミッション・テクノロジー担当コーポレートバイスプレジデントのJason Zander氏は、VentureBeatの独占インタビューに対し、「我々が行っているのは、AIエージェントとコンピューティング、そして将来的には量子コンピューティングの進歩を、科学という非常に重要な分野にどのように適用できるかということです」と語っている。

このプラットフォームの最大の特徴は、科学者やエンジニアがプログラミングの知識を必要とせず、自然言語を通じてスーパーコンピューターや複雑なシミュレーションを操作できる点にある。Zander氏自身、生物学の博士号を持つがコンピューターサイエンティストではないと述べ、「スーパーコンピューターの力を、プロンプトを入力するだけで解放できるのであれば、それは非常に強力です」とその意義を強調する。

驚異的なスピード:データセンター用冷却材を200時間で発見

Microsoft Discoveryの潜在能力は、すでにMicrosoft自身の研究で実証されている。データセンターの液浸冷却に使用する新しい冷却材の開発において、従来であれば数ヶ月から数年かかるとされたプロセスを、わずか200時間で完了させたというのだ。Zander氏によれば、「このフレームワークを使って200時間で、我々が考案した36万7000の潜在的な候補物質をスクリーニングすることができました。実際にパートナー企業に依頼し、合成も行いました」とのことだ。

この冷却材開発は、世界的に規制が強化されているPFAS(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)、いわゆる「永久化学物質」を含まない代替品を見つけるという喫緊の課題に対応するものだった。Microsoftは、このAIが発見した冷却材のプロトタイプを合成し、実際にPCのマザーボードをその液体に浸してGPUでビデオゲームを実行するというデモンストレーションも行った。これは、Microsoft Discoveryがいかに迅速に実用的な解決策を生み出せるかを示す好例と言えるだろう。

このデモンストレーションはBuild 2025の基調講演の最後に行われ、MicrosoftのプリンシパルプログラムマネージャーであるJohn Link氏が、PFASフリーの新しい液浸冷却技術をCopilot AIとMicrosoft Discoveryを用いて開発した様子を紹介ている。発見されたのはアルケン系の物質と見られている。

「AIポスドク」チームとグラフベースの知識エンジンが研究を加速

Microsoft Discoveryの内部では、Zander氏が「AIポスドク」と表現する専門的なAIエージェント群が活動する。これらのエージェントは、文献調査から計算シミュレーションまで、科学研究プロセスのさまざまな側面を実行する能力を持つ。

プラットフォームは主に2つの要素で構成される。計画を担当する基盤モデルと、物理学、化学、生物学といった特定の科学分野向けに訓練された専門モデルだ。Microsoft Discoveryは「グラフベースの知識エンジン」上に構築されており、独自データと外部の科学研究との間に微妙な関係性を構築するという。これにより、分野横断的な矛盾する理論や多様な実験結果を理解し、同時に情報源や推論プロセスを追跡することで透明性を維持する。

ユーザーは「Copilotインターフェース」を通じてこれらのAIエージェント群を操作する。研究者のプロンプトに基づき、Copilotが適切なエージェントを選択し、エンドツーエンドのワークフローを設定するという仕組みだ。

このグラフベースの知識エンジンが、矛盾する理論、多様な実験結果、さらには分野を超えた根底にある仮定まで深く理解することを可能にしている。 さらに、研究者がプロセスの各ステップを検証・理解し、必要に応じて変更を加えることも可能だという。

スポンサーリンク

広がる応用分野と強力なパートナーシップ

Microsoftは、このプラットフォームの広範な適用可能性を示すため、多様な業界のパートナー企業とのエコシステム構築を進めている。

  • 製薬・ヘルスケア: 製薬大手のGSKは、医薬品化学の変革を目指し、Microsoft Discoveryの可能性を探っている。 GSKは、新薬開発の速度と精度を向上させることを期待しているという。 また、Microsoftは、Azure AI Foundryの医療エージェントオーケストレーターコードサンプルの一部として、信頼性の高い医学雑誌から洞察を統合し情報検索を強化する医療研究エージェントもリリースする。
  • 化粧品・消費財: Estée Lauderは、スキンケア、メイクアップ、フレグランス製品の開発加速にMicrosoft Discoveryを活用する計画だ。 同社の研究開発・イノベーション技術担当バイスプレジデントであるKosmas Kretsos氏は、「Microsoft Discoveryプラットフォームは、当社のデータが持つ力を解き放ち、迅速かつアジャイルで画期的なイノベーションと、消費者に喜ばれる高品質でパーソナライズされた製品開発を推進するのに役立つでしょう」と述べている。
  • 半導体・材料科学: MicrosoftはNvidiaとのパートナーシップを拡大し、NvidiaのALCHEMIおよびBioNeMo NIMマイクロサービスをMicrosoft Discoveryと統合する計画だ。 これにより、材料科学や生命科学におけるブレークスルーが加速されることが期待される。 さらに、Synopsysの業界ソリューションを統合し、半導体設計開発の加速も目指す。 Synopsysの社長兼CEOであるSassine Ghazi氏は、半導体工学を「現代における最も複雑で、影響が大きく、ハイステークスな科学的取り組みの一つ」とし、AIの非常に魅力的なユースケースだと述べている。
  • その他: エネルギー、製造業、化学分野などでも顧客との協業が進んでいる。 また、PhysicsXとの協業により、同社の物理AI基盤モデルをMicrosoft Discoveryに統合し、エンジニアリングや製造業における自動化、最適化、パフォーマンス向上を目指す計画もある。

システムインテグレーターであるAccentureやCapgeminiも、顧客がMicrosoft Discoveryを導入・展開する際の支援を行うパートナーとして名を連ねている。

量子コンピューティングへの布石と倫理的配慮

Zander氏は、Microsoft Discoveryが同社のより広範な量子コンピューティング戦略への足がかりでもあると説明する。現在のプラットフォームは従来の高性能コンピューティング(HPC)を使用しているが、将来的な量子コンピューティングの能力を念頭に置いて設計されているという。 「量子コンピューターの得意なシナリオは科学です」とZander氏は語り、特に化学分野での応用が期待されるとしている。

これほど強力なツールの登場には、悪用の懸念も伴う。Zander氏は、Microsoft Discoveryが同社の責任あるAIフレームワークを組み込んでいることを強調。「我々には責任あるAIプログラムがあり、実際にそのようなフレームワークを導入した最初の企業の一つだと思います。Discoveryは、責任あるAIのガイドラインに完全に準拠しています」と述べている。 これには、倫理的使用ガイドラインや、科学的応用に合わせたコンテンツモデレーションが含まれるという。

スポンサーリンク

科学研究の未来はどう変わるのか?

Microsoft Discoveryの登場は、AIによる科学的発見の加速が現実のものとなりつつあることを示している。Googleも「AI co-scientist」といった同様の取り組みを発表しており、この分野での競争は激化しそうだ。

しかし、AIが科学プロセスを導くことについては、多くの研究者がその信頼性の問題から懐疑的であることもまた確かだ。 過去には、AIが発見したとされる新物質が実際には新しいものではなかった例や、AI創薬企業のExscientiaなどの臨床試験失敗例も報告されている。

それでも、Microsoft Discoveryが目指すのは、専門知識を持つ科学者が、プログラミングという障壁なしに最先端の計算能力を直接活用できるようにすることだ。これが実現すれば、研究開発のボトルネックが解消され、特にリソースの限られた小規模な研究機関にとっても大きな福音となる可能性がある。

Zander氏は、「重要なのは効率化です。科学者がコーディングを学ぶ代わりに、AIがそれを担い、科学者は自身の専門知識を活かして前進できるようになるのです」と語る。

Microsoft Discoveryは現在プライベートプレビュー段階にあり、価格詳細は未定だが、Azureの他のクラウドサービスと同様のコスト構造になる見込みだ。

このプラットフォームが成功すれば、気候変動対策やパンデミック予防といった地球規模の課題解決に向けたイノベーションのペースが、根本から変わるかもしれない。「私たちはもっと速く進む必要があるのです」というZander氏の言葉は、AIと人間の協調がもたらす未来への期待と、同時に我々が直面する課題の緊急性を示唆していると言えるだろう。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする