Microsoftが開発者会議「Build 2025」で、Webサイトのあり方を根底から変える可能性を秘めた新技術「NLWeb」を発表した。これは、あらゆるWebサイトにChatGPTのような高度な会話型AIインターフェースを容易に組み込むことを目指すオープンソースプロジェクトである。
Microsoftが描くWebの次章:NLWebとは何か?
NLWeb(Natural Language Web)は、Microsoftが主導し、同社のテクニカルフェローであるR.V. Guha氏が中心となって開発を進めているオープンプロジェクトである。その核心的な目標は、Webサイト運営者が、自身が保有するデータと好みのAIモデルを用いて、リッチな自然言語インターフェースを極めて簡単に構築できるようにすることにある。
Microsoftは、「NLWebは、あなたのWebサイトをAIアプリへと効果的に変貌させる、最も速く簡単な方法となることを目指しています」と述べる。これにより、ユーザーはまるでAIアシスタントやCopilotと対話するように、自然な言葉でWebサイトのコンテンツを問い合わせできるようになるのだ。
Webサイトが「AIアプリ」に変わる日
NLWebの登場は、単にWebサイトにチャットボットを追加するというレベルの話ではない。Microsoftが目指すのは、Webサイトそのものがインテリジェントなアプリケーションとして機能する未来だ。例えば、料理レシピサイトであれば、ユーザーが「冷蔵庫にある鶏肉と玉ねぎで作れる、30分以内のレシピを教えて」と尋ねるだけで、最適なレシピを提案してくれる、といったことがNLWebで実現可能になる。
仕掛け人はRSS、Schema.orgの父、R.V. Guha氏
この野心的なプロジェクトを牽引するのは、RSSフィード、RDF(Resource Description Framework)、そして検索エンジン最適化(SEO)にも不可欠なSchema.orgといった、今日のWebを支える数々の標準技術を生み出してきたR.V. Guha氏である。Guha氏は、現在のAIによる情報アクセスの多くが特定のチャットボット(ChatGPT、Claude、Bingなど)に集中し、Webサイトが持つ価値が十分に還元されていない状況に懸念を抱いており、NLWebをその解決策の一つとして位置づけている。
Guha氏は、NLWebがAIエージェントが活動する「エージェントウェブ(agentic web)」において、HTMLが果たしてきたような基盤的な役割を担う可能性があると述べている。
NLWebの心臓部:既存技術とLLMの融合
NLWebは、多くのWebサイトが既に公開しているSchema.orgのような構造化データやRSSフィード、その他の半構造化データを活用する。これらを大規模言語モデル(LLM)を活用したツールと組み合わせることで、人間だけでなくAIエージェントも利用可能な自然言語インターフェースを生成するのである。
特筆すべきは、NLWebシステムがこれらの構造化データに対し、基盤となるLLMが持つ外部知識を組み込むことで、よりリッチなユーザー体験を提供する点である。例えば、ユーザーがレストランに関する問い合わせをした際に、LLMが持つ地理的な情報を付加して回答を生成する、といったことが可能になる。
技術非依存の柔軟性:好きなモデル、好きなOSで
オープンプロジェクトであるNLWebは、特定の技術に縛られない「テクノロジーアグノスティック」な設計となっている。これにより、開発者はWindowsだけでなく、Android、iOS、Linuxといった主要なオペレーティングシステム上でNLWebを利用でき、さらに、使用するAIモデルやベクトルデータベースも、自身のニーズに合わせて自由に選択することが可能である。この柔軟性は、多くの開発者にとって大きなメリットとなるだろう。
Model Context Protocol (MCP) との連携:AIエージェント時代の標準へ
NLWebの各インスタンスは、「Model Context Protocol (MCP)」サーバーとしても機能する。MCPは、AIモデルが外部データソースと安全かつ標準化された方法でやり取りするためのオープンスタンダードである。NLWebがMCPサーバーとなることで、Webサイトは、その運営者が望むならば、自身のコンテンツをMCPエコシステム内のAIエージェントや他の参加者に対して発見可能かつアクセス可能にすることができる。
Microsoftは、GitHub、Copilot Studio、Azure AI Foundryなど、自社の様々な製品でMCPのファーストパーティサポートを提供することを発表しており、NLWebとMCPの連携は、来るべきAIエージェント時代におけるWebサイトのあり方を大きく左右する要素となりそうである。
なぜNLWebなのか?Webサイト運営者とユーザーのメリット
Microsoftは、NLWebによって、HTMLがWebサイト作成をほぼ誰にでも可能にしたように、あらゆるWebサイト運営者が自身のサイトにインテリジェントな自然言語体験を簡単に導入できるようにすることを目指している。これが実現すれば、ユーザーはより直感的かつ効率的に情報を探し、Webサイトと対話できるようになるだろう。
HTMLが起こした革命の再来? AI搭載サイトの民主化
かつてHTMLが登場し、専門知識がなくても誰もがWebページを作成できるようになったことで、インターネットは爆発的に普及した。NLWebは、これと同様のインパクトをAI搭載型Webサイトの世界にもたらそうとしている。これまで高度な専門知識や多大な開発コストが必要だった会話型AIインターフェースが、NLWebによってより身近なものになるのである。
「エージェントウェブ」時代の羅針盤
AIエージェント(自律的にタスクを実行するAIプログラム)によるインターネットトラフィックの増加が予想される中、NLWebはWebサイト運営者がこの「エージェントウェブ」の波に乗り、自身の条件で参加するための重要なツールとなる。自社サイトがAIエージェントによって適切に発見され、インタラクションや取引を行える状態を確保することは、今後のビジネスにおいて不可欠となるかもしれない。
検索エンジン依存からの脱却なるか?
The Vergeの取材に対し、Guha氏は現在のAIチャットボットがWebから知識を吸い上げる一方で、Webサイト側に十分な価値を還元していないという問題意識を示している。NLWebは、Webサイト自身がAIとの対話の主導権を持ち、ユーザーに直接的な価値を提供することで、巨大プラットフォーマーへの過度な情報依存から脱却する一助となる可能性も秘めていると言えるだろう。
すでに動き出した未来:NLWeb導入事例と広がるエコシステム
NLWebはまだ初期段階のプロジェクトであるが、既にMicrosoftは少数のアーリーアダプターと共にテストと改良を重ねている。初期導入およびエコシステム協力者として、以下の企業や組織が名を連ねている。
- 初期導入サイトの例: Eventbrite、Shopify、Tripadvisor
- エコシステム協力者の例: Chicago Public Media、Common Sense Media、DDM (Allrecipes/Serious Eats)、Hearst (Delish)、Inception Labs、Milvus、O’Reilly Media、Qdrant、Snowflake
TechCrunchによれば、このNLWebの構想は、以前OpenAIがCondé NastやRedfin、Eventbriteといった企業と進めていたプロジェクトにルーツを持つ可能性があると報じられている。当時は技術的なハードルから遅延していたものの、形を変えてMicrosoft主導のオープンプロジェクトとして再始動したのかもしれない。
NLWebを始めるには?開発者向け情報
NLWebに興味を持った開発者は、GitHub上のNLWebリポジトリから必要な情報を入手できる。リポジトリには以下のものが含まれている。
- 自然言語クエリを処理するコアサービスを制御する軽量なコードと、その拡張・カスタマイズに関するドキュメント。
- 主要なAIモデルやベクトルデータベースへのコネクタ、および独自のモデルを追加するためのドキュメント。
- Schema.org、JSONL、RSSなどの形式で自身のデータを任意のベクトルデータベースに追加するためのツール。
- NLWebサービス用のWebサーバーフロントエンドと、ユーザーがWebサーバーにクエリを送信できるシンプルなUI。
Microsoftは、NLWebの実装が可能な限り容易になるよう、軽量なコードベースと充実したドキュメントの提供に注力していると述べている。
NLWebはWebの未来をどう変えるのか?
NLWebの登場は、Webサイトのユーザーエクスペリエンスを劇的に向上させる可能性を秘めている。ユーザーは、まるで知識豊富な店員やコンシェルジュと会話するように、自然な言葉で目的の情報やサービスにたどり着けるようになるだろう。これは、特に情報量の多い大規模サイトや、複雑なナビゲーションを持つサイトにとって大きな福音となり得る。
また、AIエージェントによるコンテンツの発見と利用が進む「エージェントウェブ」時代において、NLWebとMCPの組み合わせは、WebサイトがAIエコシステムの中で確固たる地位を築くための鍵となるかもしれない。自身のデータをコントロールしつつ、AIエージェントを通じて新たなユーザー層にリーチしたり、新たなサービスを提供したりする道が開かれるからである。
一方で、NLWebが広く普及するためには、開発コミュニティの積極的な参加と、エコシステムの成熟が不可欠である。オープンソースプロジェクトとしての透明性と柔軟性が、その推進力となることに期待したい。
Webの歴史において、HTML、CSS、JavaScriptといった技術が大きな変革をもたらしてきたように、NLWebもまた、AI時代のWebにおける新たな標準の一つとなるポテンシャルを秘めていると言えるのではないだろうか。
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