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MicrosoftのAIチップ「Braga」開発遅延、NVIDIAの牙城崩せず

Y Kobayashi

2025年6月28日7:15AM

Microsoftが社運を賭ける自社製AIチップ開発が、深刻な壁にぶつかっている。次世代チップ「Braga」の量産は当初計画の2025年から2026年へと大幅に延期され、さらに性能面でもNVIDIAの現行モデルに及ばない可能性が報じられた。Microsoftの躓きは、AI時代の覇権を巡る巨大テック企業の野望と、その裏に潜む「技術」と「人材」という根深い課題を浮き彫りにする、象徴的な出来事と言えるだろう。

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巨艦を襲った「計画遅延」と「性能不足」という二重苦

The Informationが報じたところによると、MicrosoftがNVIDIAへの依存脱却の切り札として開発を進めてきた次世代AIチップ、コードネーム「Braga」の量産開始が、当初計画の2025年から少なくとも半年遅れ、2026年にずれ込む見通しとなった。

さらに衝撃的なのは、その性能に関する見立てだ。情報筋によれば、仮にBragaが2026年に市場投入されたとしても、その性能はNVIDIAが2024年末にリリースした「Blackwell」アーキテクチャにさえ及ばないと予測されている。2年先行するライバルの旧世代製品にすら追いつけないという現実は、MicrosoftのAI戦略にとって極めて大きな誤算と言わざるを得ない。

クラウドインフラのコストを押し上げるNVIDIA製GPUへの依存を減らし、自社のサービスに最適化されたカスタムシリコンを手にすることは、Microsoftにとって長年の悲願だった。しかし、その夢の実現は、またしても遠のいた格好だ。

開発現場の混乱:設計変更、人材流出、そしてOpenAIの影

なぜ、世界最高峰の技術と資金を持つはずのMicrosoftが、このような事態に陥ったのか。その背景には、技術的な障壁以上に、組織的な問題が存在する。

OpenAIの要求が招いた「不安定性」

The Informationの報道は、遅延の具体的な原因の一つとして、Microsoftの最重要パートナーであるOpenAIの存在を挙げている。開発の過程で、OpenAIからの要求に基づきBragaに新たな機能を追加したところ、シミュレーション段階でチップが不安定になるという問題が発生したというのだ。

AI業界をリードするパートナーシップが、皮肉にもハードウェア開発の足枷となった格好だ。この予期せぬ設計変更は、プロジェクト全体を数ヶ月単位で後退させる致命的な要因となった。

経営判断と現場の乖離が生んだ「人材流出」

問題はさらに深刻化する。チップが不安定な状態であるにもかかわらず、経営陣は当初のスケジュールに固執し、設計の凍結を強行したとされる。最高のAIモデルを開発するパートナーの要求と、半導体開発の物理的な制約との間で、プロジェクトが板挟みになった格好だ。この判断が開発現場に計り知れないプレッシャーを与え、高い離職率を招いた。一部のチームでは、実に2割もの人員がプロジェクトを去ったと報じられている。

これは単なる技術的な挑戦の失敗ではない。トップダウンの意思決定と、現場の実態との間に生じた巨大な溝が、最も重要な資産である優秀なエンジニアの流出という最悪の結果を招いたのだ。大手テクノロジー企業では野心的な目標と現実的な開発サイクルのバランスは常に課題となっているが、これほどの混乱は稀だろう。

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なぜ追いつけないのか?王者NVIDIAとの構造的な差

Microsoftの躓きは、競合であるGoogleやAmazonがそれぞれ「TPU」「Trainium」といった自社チップで着実に成果を上げていることと対照的だ。この差はどこから生まれるのか。

ソフトウェアという名の「見えざる要塞」

NVIDIAの強さは、半導体の性能そのものに留まらない。20年近くかけて築き上げてきたCUDAというソフトウェア・エコシステムこそが、他社の追随を許さない「見えざる要塞」となっている。世界中の開発者が慣れ親しんだこのプラットフォームから、ユーザーを乗り換えさせるのは至難の業だ。

NVIDIAのJensen Huang CEOが「我々が提供するものより優れたチップを作れないのなら、なぜ自社で開発する必要があるのか?」と公言して憚らないのは、この絶対的な自信の表れだろう。ハードウェアとソフトウェアが緊密に連携したエコシステム全体で、NVIDIAは圧倒的な価値を提供している。

熾烈を極める「半導体人材」争奪戦

もう一つの根深い問題が、業界全体を覆う深刻な人材不足だ。ある調査によれば、半導体業界では2030年までに100万人規模の熟練した技術者が必要になると予測されている。Microsoftの開発遅延と人材流出は、この世界的な人材争奪戦で苦戦を強いられていることの証左ではないだろうか。

特に、製造拠点をアジアから米国や欧州に戻す「リショアリング」の動きが加速する中、優秀な半導体エンジニアの価値は高まる一方だ。今回の事態は、Microsoftがこの競争において、必ずしも優位に立てていない現実を突きつけている。

追いつけない背中―NVIDIA「Blackwell」との性能差

そして最大の壁は、言うまでもなくNVIDIAの存在である。MicrosoftがBragaで追いかけようとしているのは、2024年に発表された「Blackwell」だ。しかし、NVIDIAはすでにその先、次世代アーキテクチャ「Rubin」を2026年に投入するロードマップを公表している。

つまり、MicrosoftがようやくBlackwell世代に追いつこうとする頃には、NVIDIAは2世代先を走っている可能性があるのだ。

焦る巨大テック、明暗分かれる自社チップ開発競争

NVIDIA依存からの脱却を目指すのはMicrosoftだけではない。Google、Amazonといったクラウドの競合も、同様に自社製AIチップの開発に心血を注いできた。しかし、その成果には明確な差が生じ始めている。

成功を収めるGoogleとAmazon

Googleは、自社のAIチップ「TPU(Tensor Processing Unit)」で早くから成功を収めてきた。2024年4月には第7世代となるモデルを発表し、自社のAIサービスのパフォーマンス向上とコスト削減に大きく貢献している。

Amazonもまた、学習用の「Trainium」と推論(インファレンス)用の「Inferentia」という2本柱で着実に実績を積み重ねている。2023年12月には次世代チップ「Trainium2」を発表するなど、その歩みは順調に見える。

なぜMicrosoftは出遅れたのか?

競合が成果を出す中で、なぜMicrosoftは遅れをとっているのか。一つの要因として、最初のチップ「Maia 100」の設計思想が挙げられる。2019年に開発が始まったこのチップは、ChatGPTが登場する以前の時代背景から、主に画像処理を念頭に置いて設計されていた。そのため、大規模言語モデル(LLM)の学習や推論が主流となった現在の生成AI時代においては、最適な性能を発揮できず、社内テストの域を出ていないのが実情のようだ。

この初期戦略のズレが、後継機であるBragaの開発にも影を落とし、競合との差を広げる一因となった可能性は否定できないだろう。

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AIチップ開発は「技術」と「人材」の総力戦

MicrosoftのAIチップ「Braga」の開発遅延は、単なる一企業の失敗談ではない。それは、AI時代の覇権を握るための鍵となる半導体開発が、莫大な資金力やブランド力だけでは乗り越えられない、極めて複雑な総力戦であることを示している。

最先端の技術動向を的確に予測する戦略眼、度重なる仕様変更にも耐えうる柔軟な設計能力、そして何よりも、それを実現するトップクラスの半導体エンジニアを惹きつけ、定着させる組織力。これら全てが揃わなければ、NVIDIAという巨大な牙城を崩すことはできない。

Microsoftは当面、NVIDIAから高価なGPUを大量に購入し続けるという、最も避けたかったであろうシナリオを甘受せざるを得ない。2027年に投入予定とされる「Clea(Maia 300)」でようやくNVIDIAに伍する性能を目指すというが、その頃には競争のルール自体が変わっている可能性すらある。

この一件は、すべてのテクノロジー企業、そして投資家に対し、AIの未来がソフトウェアだけでなく、それを支えるハードウェア、特に半導体チップの開発競争の行方に大きく左右されるという厳然たる事実を突きつけている。Microsoftの苦闘は、AIという名の巨大な潮流を乗りこなすことの難しさを示す、生々しいケーススタディとして記憶されることになるだろう。


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