米大統領府科学技術政策局(OSTP)のMichael Kratsios局長は2026年7月22日、中国のMoonshot AIがAnthropicのFableを蒸留し、Kimi K3の開発に使ったと名指しで主張した。さらに、同社がNVIDIA GB300搭載サーバーを取得し、タイでもGB300へアクセスしたと述べている。4月には中国を中心とする組織的な蒸留への警告が政府文書に盛り込まれていたが、今回は企業、モデル、半導体を特定した。ただし、Kratsios氏はFableの出力がK3へ取り込まれたことを示すログや、GB300の調達経路を公開していない。
告発が突きつけるのは、性能表の数字からは判定できないモデルの来歴である。蒸留自体は広く使われる開発手法だ。争われているのは、利用規約や地域制限を回避して競合モデルの能力を大量に抽出したのか、そして輸出規制の対象となる計算資源へどう接続したのかという二つの経路である。
Fableの蒸留とGB300、米政府が並べた二つの疑惑
Kratsios氏はXへの投稿で、Moonshot AIがK3の開発にFableを蒸留したと米政府は把握していると表明した。同氏によれば、Moonshot AIは米国製モデルを大規模に蒸留する社内基盤を構築し、検知を避けるため複数のアクセス方法を素早く切り替えられるようにしたという。ここでの「蒸留」は、強い教師モデルの出力を学習データとして使い、別のモデルへ能力を移す手法を指す。
同じ投稿は半導体の経路にも踏み込んだ。Kratsios氏は、Moonshot AIがGB300搭載サーバーを取得したほか、タイにあるGB300へアクセスし、AIモデルの訓練に使った可能性が高いと主張した。教師モデルの出力を別の大規模モデルへ反映する訓練や後学習には計算資源が要る。同氏は、モデル出力の取得方法とGPUへのアクセスという別々の疑惑を一つの投稿に並べた。
しかし、二つの主張は現時点で立証の段階に達していない。公開された投稿には、Anthropic側のアクセスログ、K3の訓練データに残る指標、サーバーの所有者や利用期間が示されていないからだ。米政府の告発は具体的になったが、第三者が追試できる証拠はまだ外に出ていない。
正規の蒸留と「攻撃」を分けるのはアクセスの仕方
Anthropic自身も、蒸留は小さく安価なモデルを作るために業界で日常的に使われる正当な手法だと説明している。同じ企業が保有する教師モデルから小型版を作る場合や、許諾された出力を学ばせる場合は、技術そのものが問題になるわけではない。同社が「蒸留攻撃」と呼ぶのは、偽アカウントとプロキシーを束ね、通常利用とは異なる量と反復パターンで特定能力を引き出す行為である。
Anthropicは2月23日、DeepSeek、Moonshot AI、MiniMaxの3社が約2万4,000件の不正アカウントを通じ、Claudeと合計1,600万回を超えるやり取りを行ったと発表した。このうちMoonshot AIには340万回超を帰属させ、数百の不正アカウントと複数のアクセス経路が使われたとしている。狙われた能力には、エージェント型の推論とツール利用、コーディングとデータ分析、コンピュータービジョンが含まれる。
同社が帰属の根拠として挙げたのは、IPアドレスの相関、リクエストのメタデータ、インフラ上の指標などだ。Moonshot AIについては、メタデータが同社幹部の公開プロフィールと一致したとも述べた。この説明は今回の告発に先立つ具体的な材料になる。一方、2月の発表はClaude全般とKimi系モデルを巡る活動を扱っており、7月に登場したFableとK3の間を直接結んだ報告ではない。340万回という数字だけで、K3がFableを蒸留したとの結論には進めない。
2.8兆パラメータK3の公開後に続いた告発
Moonshot AIは7月16日、Kimi K3を2.8兆パラメータ、100万トークンのコンテキスト長、画像を扱えるネイティブ視覚機能を備えたモデルとして発表した。896個のエキスパートから16個を有効にするMixture of Experts構成を採り、同社は「初のオープンな3兆級モデル」と説明している。Kimi K2の総パラメータ数は1兆だったため、公開モデルの規模を約2.8倍へ引き上げた計算になる。
K3の意味は規模だけでは決まらない。Moonshot AIは、自社評価ではFable 5とGPT-5.6 Solに総合性能で及ばないものの、他の評価対象を安定して上回ったと主張する。公式APIの料金は、キャッシュ非該当の入力100万トークン当たり3ドル、出力100万トークン当たり15ドルだ。この料金からAPI利用の費用は算定できるが、自社運用を含む総コストの比較には、全モデル重みと実測データの公開を待つ必要がある。
もっとも、ベンチマークの近さは訓練データの由来を証明しない。Moonshot AIの評価にはモデルごとに異なる実行環境が含まれ、Fable 5の一部評価ではフォールバックも発生したと注記されている。同社はK3の全モデル重みを7月27日までに公開し、アーキテクチャー、訓練、評価の詳細を技術報告で示す予定だ。公開後も訓練データそのものが開示されるとは限らないが、少なくとも外部研究者は重みと挙動を詳しく調べられるようになる。
制裁の前に必要になる検証可能な証拠
米政府は4月23日付の国家科学技術覚書で、外国組織、とりわけ中国を拠点とする組織が米国のフロンティアAIを産業規模で蒸留しているとの認識を示した。続く4月29日付の連邦議会委員会の書簡も、約2万4,000件のアカウントと1,600万回超のやり取りを引用し、中国製モデルを組み込む開発ツールの調査を始めている。7月22日の投稿は、その政策方針をK3という最新製品へ接続したものだ。
Scott Bessent財務長官は前日のFox Businessで、海外モデルが米企業の技術を盗んだと確認した場合、制裁を科す能力があると述べた。AFPによれば、同氏は蒸留に言及し、米国製大規模言語モデルの「ウォーターマーク」が多数の中国製モデルで見つかっていると主張したうえで、数日から数週間のうちに調べる意向を示した。制裁対象、法的根拠、認定手続きはまだ公表されていない。
次の政策判断には、疑惑を繰り返す以上の材料が要る。Fableへのアクセスを示す時刻付きログ、アカウント群とMoonshot AIを結ぶ帰属情報、抽出された出力とK3の学習過程を結ぶ技術的指標、GB300の所有・利用記録がそろえば、告発は検証可能になる。まず確認できる節目は7月27日だ。K3の全重みが予定どおり公開されるか、その後の技術報告が訓練と評価をどこまで説明するか、米政府が証拠や措置を示すかで、競争政策と執行の境界が見えてくる。



