ChatGPTの開発で知られるOpenAIが、かつての共同創設者であり、現在は競合xAIを率いるElon Musk氏を反訴した。OpenAIは、Musk氏による一連の行動を「嫌がらせ」であり、「見せかけの買収提案」を含む不当な妨害行為だと主張。両者の対立は法廷闘争へと発展し、AI業界の未来をも左右しかねない様相を呈している。
OpenAIがMusk氏を反訴、その主張の核心
OpenAIは2024年4月9日(現地時間)、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所にElon Musk氏に対する反訴状を提出した。訴状 [PDF] によれば、OpenAIはMusk氏が同社の事業運営を妨害するために、「嫌がらせ、干渉、誤情報」といった不法かつ不公正な戦術を用いていると非難している。
OpenAI側の主張の核心は、Musk氏が2025年2月に提示したとされる約974億ドル(約14兆円相当 ※提出文書では973.75億ドル)でのOpenAI資産買収提案が、真剣なものではなく「見せかけ(sham)」であったという点だ。OpenAIはこの提案について、「OpenAIが計画している企業再編を妨害するために設計されたもの」と断じている。
その根拠としてOpenAIは、以下の点を挙げている。
- 資金調達の証拠不備: 1000億ドル近い買収額を支払うための資金調達に関する証拠が提示されていない。
- 投資家の認識: 提案書に名を連ねた投資家の一人、Ron Baron氏は、CNBCのインタビューで買収の詳細を把握しておらず、提案の目的はOpenAIの内部情報にアクセスし「壁の内側に入る(get behind the wall)」ことだとMusk氏から説明された、と示唆する発言をしたとされる。
- 不自然な買収額: 買収額はOpenAIの財務予測や実績に基づいたものではなく、Musk氏が好むSF小説(Iain Banks著『Look to Windward』)への「喜劇的な言及」ではないかと示唆されている。
OpenAIはこの「見せかけの買収提案」に対し、真剣な検討と対応を余儀なくされ、多大なリソースを浪費したと主張。これが不公正で詐欺的な商慣行、および期待される経済的利益に対する不法妨害にあたるとしている。
さらにOpenAIは、Musk氏が自身のソーシャルメディアプラットフォーム「X」(旧Twitter)の2億人を超えるフォロワーに向けて、OpenAIに対する攻撃的な投稿を繰り返していることや、複数の訴訟提起、政府機関への調査要請なども、同社を害するための意図的なキャンペーンの一環であると訴えている。
OpenAIは裁判所に対し、Musk氏によるこれ以上の不法・不公正な行為を差し止めるための命令と、一連の行為によって生じた損害(特に「見せかけの買収提案」への対応費用)の賠償(Restitution)、そして悪意に基づいた行為に対する懲罰的損害賠償を求めている。
OpenAIはXへの投稿で、「Elon(Musk氏)の我々に対する絶え間ない行動は、OpenAIの進捗を遅らせ、主要なAIイノベーションを彼個人の利益のために掌握しようとする悪意ある戦術に過ぎない」とコメントしている。
対立の根源:AGI開発の方向性と経営権争い
今回の反訴は、OpenAIとMusk氏の間で長年にわたり燻ってきた対立の新たな局面である。両者の袂を分かったのは2018年。当時、OpenAIの方向性や経営権を巡って内部対立があったとされる。
OpenAI側の主張によれば、Musk氏はOpenAIを自身の電気自動車会社Teslaと合併させるか、あるいは自身がOpenAIの完全な支配権を握ることを提案したという。具体的には、新たに設立する営利企業のCEOに就任し、過半数の株式と取締役会の過半数を支配することを要求したとされる。
当時のメールからは、OpenAI共同創設者でありチーフサイエンティストのIlya Sutskever氏が、Musk氏の「絶対的な支配」への欲求を懸念し、「AGI(汎用人工知能)独裁者」の誕生を避けたいと考えていたことがうかがえる。Sutskever氏はMusk氏に対し、「あなたが最終的なAGIをコントロールしたくないと述べたが、この交渉中に、絶対的なコントロールがあなたにとって非常に重要であることを私たちに示した。(中略)OpenAIの目標は、未来を良くし、AGI独裁を避けることだ」と書き送ったという。
OpenAIの理事会がMusk氏の提案を拒否した結果、Musk氏はOpenAIを離脱した。OpenAIは、当初は友好的な別れだったが、OpenAIがChatGPTなどで予想外の成功を収めると、Musk氏の態度は敵対的なものに変わったと主張している。「Musk氏は、自身が見捨て、失敗すると断言した企業がこれほどの成功を収めるのを見るに耐えられなかった」と訴状で述べている。
一方、Musk氏はOpenAIが当初掲げた「人類全体の利益のためにAGIを開発する」という非営利の使命から逸脱し、利益追求に走り、Microsoftとの密接な連携や営利子会社の設立を進めたことが契約違反にあたるとして、2024年3月にOpenAIとSam Altman CEOを提訴した。この訴訟は同年6月に一度取り下げられたものの、数ヶ月後にほぼ同内容で再提訴されている。
OpenAIは、Musk氏の訴えを「支離滅裂」「根拠がない」と一蹴。そもそも法的拘束力のある「設立合意」のようなものは存在せず、過去のメールからはMusk氏自身が営利部門の設立を支持し、少なくとも10億ドルの資金調達を奨励していたことが示されている、と反論している。
OpenAIの構造転換と資金調達への影響は?
対立の焦点の一つとなっているのが、OpenAIが進める組織構造の転換だ。OpenAIは現在、非営利の親組織の下に、営利目的の子会社を持つというハイブリッドな構造をとっている。報道によれば、OpenAIはこの営利子会社を「公益法人(Public Benefit Corporation)」へと転換する計画を進めている。これは、利益追求と同時に社会的な便益の提供を使命とする企業形態であり、OpenAIは「人類の利益のためにAGIを開発するという使命を遂行する上で、より多くの資本を調達し、激化するAI開発競争に対応するために必要な措置」だと説明している。
OpenAIは、この構造転換によって非営利の核が失われるわけではないと強調。「我々の理事会は、非営利組織が長期的にその使命を果たせるよう強化する意向を明確にしている」と述べている。最近では、医療、科学、教育などの専門家からなる委員会を設置し、組織の進化に関する助言を求める方針も発表した。
しかし、一部報道では、OpenAIがSoftBankグループなどが主導する最大400億ドル(約6兆円相当)とされる大規模な資金調達ラウンドを完了するためには、2025年末までにこの営利企業への転換(公益法人化)を完了させる必要があるとも伝えられている。AFP通信は、この資金調達によりOpenAIの評価額は3000億ドル(約45兆円相当)に達したと報じている。
Musk氏との法廷闘争は、この重要な構造転換と資金調達のスケジュールに影響を与える可能性がある。裁判自体は、2026年春に陪審裁判が開始される予定となっており、長期化も予想される。
AI覇権争いの激化とMusk氏の次の一手
Musk氏側の弁護士、Marc Toberoff氏はOpenAIの反訴に対し、「OpenAIの理事会が買収提案を真剣に検討していれば、その真剣さが分かったはずだ。公正な市場価格で資産を評価されることが、彼らの事業計画を『妨害する』というのは示唆的だ」と反論する声明を発表している。
Musk氏はOpenAIを離脱後、2023年に自身のAI企業「xAI」を設立。最近では、自身が所有するXプラットフォームをxAIに統合(報道によればXを330億ドルと評価)し、Xの膨大なユーザーデータへの「前例のない直接アクセス」という、他のAI企業にはない強力な競争優位性を手に入れた。さらに、「Colossus」と呼ばれる世界最大級のスーパーコンピュータの構築を進めており、その規模を10倍に拡大する計画もあるとされる。
OpenAIは、Musk氏の一連の行動は、競合であるxAIのためにOpenAIの成長を妨害し、市場での優位性を確立しようとするものだと主張。「Musk氏がメディアに情報を流し、Xでの影響力を行使し、政府機関に調査を依頼し、複数の訴訟を起こしたのは、すべてOpenAIを潰し、自身のために道を切り開くための、計算された嫌がらせ、干渉、誤情報のキャンペーンだ」と訴えている。
また、OpenAIの訴状によれば、Musk氏のAIチャットボット「Grok」が誤情報や扇動的な政治的レトリックを拡散する主要な要因となっているという研究結果や、Grokが特定の質問に対し不適切な回答を生成した事例なども指摘されている。
シリコンバレーを揺るがすこのトップ同士の対立は、単なる個人的な確執を超え、AIという変革的技術の開発の方向性、そのガバナンス、そして誰がその恩恵を享受するのかという、より根源的な問いを投げかけている。AGIの実現が視野に入る中、その開発競争はますます激化しており、今回の法廷闘争はその象徴的な出来事と言えるだろう。今後の裁判の行方が注目されるところだ。
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