千葉大学先進科学センターの深川弘彦特任教授と、NHK放送技術研究所、京都大学などの共同研究チームが、有機薄膜太陽電池(OPV)で光電流を維持しながら電圧損失を抑えるためのエネルギー条件を明らかにした。ドナーとアクセプターの組み合わせを変えた約40種類の素子を作製し、固体状態のエネルギー準位を実測して分析した成果で、論文は2026年10月7日に学術誌『Advanced Materials』のオンライン版に掲載された。OPVでは、材料間のエネルギー差を大きくすれば電流を得やすくなる一方、取り出せる電圧が低下するという問題がある。千葉大学の発表によると、ドナー材料の光学ギャップと、電子と正孔が十分に分離した自由電荷状態のエネルギーがほぼ一致する条件が、光電流を維持できる「実用的な熱力学的境界」になるという。今回の成果は変換効率の記録を更新したものではなく、電流を減らさずに電圧損失を抑えるための設計指針を示したものであり、実用的な混合型素子への適用可能性はまだ検証されていない。
光を電流に変える3段階と、電圧損失が生まれる仕組み
千葉大学によると、OPVの光電変換効率はすでに20%に迫る水準に達している。しかし、光が持つエネルギーの一部を電圧として取り出せずに失う「電圧損失」は、さらなる高効率化を妨げる重要な課題だ。なぜ電圧損失が生じるのかを理解するには、吸収した光が電流に変わるまでの過程を知る必要がある。
OPVが光を吸収すると、まず電子と正孔(電子が抜けた穴)が互いに引き合った「励起子」が生じる。この励起子が、電子を与えるドナー材料と電子を受け取るアクセプター材料の界面に到達すると、電子がアクセプター側へ移動し、「電荷移動(CT)状態」が形成される。この段階では電子と正孔は別々の材料に存在するものの、まだ静電気的な引力によって結び付いている。さらに電子と正孔が十分に離れて「自由電荷」になると、それぞれが電極へ移動して電流として取り出される。
従来、電荷生成を左右する重要な要因と考えられてきたのは、励起子からCT状態へ移る際のエネルギー差だった。この差は電荷生成の「駆動力」と呼ばれ、大きいほど電荷生成には有利になる一方、その分だけ取り出せる電圧が低下する。逆にエネルギー差を小さくすれば電圧損失を抑えられるが、今度は光電流が減少するおそれがある。効率的な電荷生成にどの程度のエネルギー差が必要なのかについては、材料の組み合わせによって見解が分かれていた。
研究チームは、この問題をCT状態の形成だけでなく、その先にある自由電荷の生成まで含めて検討した。深川氏は千葉大学の英語版発表で、CT状態が形成されるかどうかだけでなく、電子と正孔が十分に離れた自由電荷状態まで到達できるかに着目したと説明している。つまり、従来重視されていたCT状態のエネルギーではなく、最終的に生成される自由電荷のエネルギーを基準に、光電流と電圧損失の関係を捉え直したのである。
約40種類の平面接合素子で特定した、光電流が低下する境界
高効率なOPVでは、ドナー材料とアクセプター材料を混ぜ合わせた「バルクヘテロ接合」と呼ばれる構造が一般的に使われる。しかし、この構造では2種類の材料が複雑に入り組んでおり、分子の配列や界面の形状なども発電特性に影響するため、エネルギー準位だけの影響を切り分けるのが難しい。
そこで研究チームは、ドナー層とアクセプター層を分けて積み重ねた、平面接合型のモデル素子を採用した。可視光を主にドナー層が吸収する構造とし、両層の膜厚をそれぞれ30 nmに統一することで、光吸収や膜の形態の違いによる影響をできるだけ抑えた。この構造は界面が明確なため、エネルギー準位と電荷生成の関係を調べるのに適している。平面接合型の有機太陽電池は、C. W. Tangが1986年に『Applied Physics Letters』で報告した二層型素子にさかのぼり、当時はAM2条件の模擬太陽光下で約1%の変換効率が得られていた。
今回の実験では、分子骨格の剛直さが異なる5種類のドナー材料と、電子親和力が2.0〜3.1 eVの範囲にある15種類のアクセプター材料を用意した。電子親和力は、材料が電子を受け取る際のエネルギー変化を表す量で、電子の受け取りやすさを評価する指標になる。研究チームはこれらの材料を組み合わせ、約40種類のOPV素子を作製して比較した。
エネルギー準位の評価では、実際の素子と同じ固体状態での測定を重視した。ドナー材料のイオン化エネルギー(電子を1個取り去るために必要なエネルギー)を紫外光電子分光(UPS)で測定し、アクセプター材料の電子親和力を低エネルギー逆光電子分光(LEIPS)で求めた。そして、両者の測定値から自由電荷状態のエネルギーを算出した。一般的な溶液中の電気化学測定では、固体内部の分極や界面環境を十分に反映できないため、固体状態の準位を直接測定することで、実際の素子に近い条件で比較できるようにした。
その結果、光電流の大きさとエネルギー差の間に明確な関係が見つかった。ドナーの光学ギャップ(光吸収に必要な最小エネルギーの目安)が自由電荷エネルギーより大きい場合には、比較的大きな光電流が得られた。一方、自由電荷エネルギーが光学ギャップを上回ると、光電流が低下する傾向が現れた。境界は両者の差がほぼ0 eVになる点で、特に分子骨格が剛直な4種類のドナー(ν-DABNA、PXZ-BN、DABNA-1、DABNA-2)で、この変化が明瞭に観測された。
千葉大学は、この条件を光電流を維持するための「実用的な熱力学的境界」と位置付けている。これは特定のCT状態の生成経路を前提とするものではなく、吸収した光のエネルギーによって、最終的に電子と正孔が十分に離れた自由電荷状態まで到達できるかを表す基準だ。光電変換効率もこの境界付近で高くなる傾向が見られたが、大学の発表は傾向の説明にとどまっており、効率の具体的な数値は示していない。重要なのは、大きなエネルギー差を設けなくても光電流を維持できる条件を、実測したエネルギー準位から特定したことにある。
自由電荷エネルギーが同じ2.60 eVでも、分子の剛直さで電圧が変わる
研究チームはさらに、分子骨格の剛直さがCT状態のエネルギーに与える影響を調べた。千葉大学の発表では、イオン化エネルギーが同じである剛直なドナー「ν-DABNA」と柔軟なドナー「HN-D2」に、同じアクセプター「A-6」を組み合わせた素子を比較している。どちらも自由電荷エネルギーは2.60 eVで一致しているが、CT状態のエネルギーには違いが見られた。
この違いを評価するために使われたのが「実効CT束縛エネルギー」である。これは自由電荷エネルギーから、発光スペクトルを用いて求めたCT状態の実効エネルギーを差し引いた値だ。CT状態が自由電荷状態に対してどの程度低いエネルギーまで安定化しているかを表す指標で、値が小さいほどCT状態のエネルギーが自由電荷状態に近いことを意味する。
千葉大学の発表資料(図3)に示された2つの素子の測定結果を比較すると、次のようになる。
| 項目 | ν-DABNA(剛直)+A-6 | HN-D2(柔軟)+A-6 |
|---|---|---|
| 自由電荷エネルギー | 2.60 eV | 2.60 eV |
| CT状態の実効エネルギー | 2.52 eV | 2.42 eV |
| 実効CT束縛エネルギー | 0.08 eV | 0.18 eV |
| 開放電圧 | 1.99 V | 1.94 V |
HN-D2の方が光学ギャップは大きいにもかかわらず、開放電圧はν-DABNAを使った素子より0.05 V低かった。柔軟なHN-D2では、CT状態が自由電荷状態より0.18 eV低いエネルギーまで安定化していたのに対し、剛直なν-DABNAではその差が0.08 eVにとどまった。つまり、この比較では、CT状態が過度に安定化しないν-DABNAの方が、同じ自由電荷エネルギーからより高い電圧を取り出せていた。ただし、1.99 Vという値は光学ギャップの大きなドナーを使った素子の開放電圧であり、太陽電池としての変換効率の高さを意味するものではない。
材料群全体でも、剛直なドナーはCT状態の緩和やエネルギー分布の広がりが小さい傾向と関連していた。実際、剛直なドナーを用いた複数の組み合わせで、実効CT束縛エネルギーが0.1 eV以下という小さな値が得られた。千葉大学は、この値が金属ハライドペロブスカイトで報告されている値に迫ると説明している。ただし、実効CT束縛エネルギーは分子骨格の剛直さだけで決まるわけではなく、電荷の非局在化、分子の詰まり方(パッキング)、ドナーとアクセプターの界面における静電環境なども関係する。今回の結果だけで、分子を剛直にすれば必ず束縛エネルギーが下がると断定することはできない。
今回使われたDABNA系の分子は、もともと有機ELディスプレイ向けの発光材料として開発されたものだ。京都大学の畠山琢次教授らは、2016年に多重共鳴効果を利用した青色の熱活性化遅延蛍光(TADF)材料を『Advanced Materials』で報告している。当時、畠山氏は関西学院大学に所属しており、2022年に京都大学へ移った。さらに2019年には、発光スペクトルの幅をより狭めたν-DABNAを『Nature Photonics』で報告した。ディスプレイの発光効率や色純度を改善するために開発された分子が、今回の研究では太陽電池のエネルギー条件を解明するための材料として活用されたことになる。
2019年の「0.2〜0.3 eV」と今回の「0 eV付近」は何が違うのか
今回の成果を理解するうえで重要なのが、2019年に理化学研究所と千葉大学などが発表した研究との違いだ。2019年6月7日に『Nature Communications』で発表された研究では、理化学研究所の中野恭兵氏、但馬敬介氏、千葉大学の吉田弘幸教授らの国際共同研究グループが、ドナー4種類とアクセプター4種類を組み合わせた16個の平面ヘテロ接合素子を調べた。その結果、励起状態とCT状態の間に0.2〜0.3 eVのエネルギー差があるとき、光を電流に最も効率よく変換できると見積もった。今回の千葉大学の日本語発表でも、従来の考え方を説明する参考文献として、この研究が挙げられている。
2019年の「0.2〜0.3 eV」と今回の「0 eV付近」をそのまま比較すると、電荷生成に必要なエネルギー差が大幅に縮小したように見える。しかし、両者では基準となるエネルギー準位が異なる。2019年の研究は光学ギャップとCT状態のエネルギー差を評価したのに対し、今回の研究は光学ギャップと自由電荷エネルギーの差を評価している。両研究の条件と主な結果を整理すると、次のようになる。
| 項目 | 2019年の研究(理研、千葉大学など) | 2026年の研究(千葉大学、NHK、京都大学など) |
|---|---|---|
| 素子構造 | 平面ヘテロ接合 | 平面接合(両層の膜厚は30 nm) |
| 材料と素子数 | ドナー4種類、アクセプター4種類、計16素子 | ドナー5種類、アクセプター15種類、約40種類の素子 |
| エネルギー準位の測定 | LEIPSなどによる実測 | UPSとLEIPSによる固体状態での実測 |
| 比較したエネルギー差 | 光学ギャップとCT状態の差(Eg,opt − ECT) | 光学ギャップと自由電荷エネルギーの差(Eg,opt − ECS) |
| 得られた目安 | 0.2〜0.3 eVの差で効率的な電荷生成 | 差が0 eV付近で光電流を維持できる境界 |
| CT束縛エネルギーに関する結果 | ECS − ECTと電荷生成効率に明確な相関なし | 剛直なドナーで実効値0.1 eV以下の組み合わせを複数確認 |
| 主な評価対象 | 電荷生成効率 | 光電流と電圧損失 |
両研究とも、ドナーとアクセプターを分離した平面接合型の素子を使用し、実測したエネルギー準位を基に評価している。LEIPSは千葉大学の吉田弘幸教授が開発した測定手法で、2019年の研究でも、自由電荷状態のエネルギーを高い精度で評価するために使われた。ただし、両研究が明らかにしようとした条件は異なる。2019年の研究は励起子からCT状態へ移る際のエネルギー差に着目したのに対し、今回の研究では励起子から自由電荷に至るまでを含めたエネルギー条件を検討している。深川氏がCT状態の形成だけでなく自由電荷への到達を重視したと説明するのも、この違いによるものだ。
また、今回の成果が2019年の結論を覆したと解釈することも適切ではない。2019年の研究では、CT状態と自由電荷状態のエネルギー差(ECS − ECT)は、電荷生成効率と明確な相関を示さなかった。一方、今回の研究で注目された実効CT束縛エネルギーは、発光スペクトルから求めたCT状態の実効エネルギーを使って算出しており、2019年に評価された量とは定義が異なる。さらに、2019年の研究は主に電荷生成効率を調べたのに対し、今回の研究は光電流と電圧損失の関係を重視している。測定対象と評価指標が異なる以上、2つの結果を単純な矛盾として扱うことはできない。
2019年から続く国内のOPV研究と、実用的な混合型素子で残る課題
今回の論文の参考文献には、2019年の理化学研究所と千葉大学の研究に加え、近年の国内研究機関による成果も含まれている。その一つが、NHK放送技術研究所の大野拓氏、東京理科大学などの研究者が参加した『Nature Communications』の論文だ。2025年12月7日にオンライン公開され、2026年1月20日に正式版が公開されたこの研究では、有機半導体を用いて発光と発電を一つの素子で両立する手法が報告された。千葉大学も2026年1月、これを「発電できる有機EL素子」として発表している。
2026年3月23日には、広島大学、京都大学、理化学研究所、筑波大学、東レリサーチセンターなどの共同研究チームが、剛直な分子骨格を持つ高分子半導体PTNT1-Fに関する研究成果を『Communications Materials』で発表した。この研究では、光を放出せずに電子と正孔が再結合する「無輻射再結合」による電圧損失を0.182 Vに抑え、高い電荷生成効率と両立させた。アクセプターY12と組み合わせた条件では、比較対象のD18が0.214 V、PM6が0.235 Vだった。剛直な分子骨格によって電荷が広がりやすくなることが、電荷分離の効率向上に関係していると考えられている。
さらに2026年4月には、東京科学大学の伊澤誠一郎准教授、Shui Qingjun(スイ・チンジュン)氏らの研究チームが、多重共鳴型の分子を利用した発光性の高いOPVを『Advanced Materials』で報告した。この研究では、無輻射再結合の速度を従来の最先端OPVと比べて5桁以上低減し、理論限界に近い高電圧を得ている。東京科学大学の発表によると、異なる発光分子を組み合わせ、発光に寄与しない励起三重項状態への遷移を抑えるエネルギー構造を採用したことが重要だったという。
こうした研究は、エネルギー準位の調整や分子骨格の設計によって、電荷生成と電圧損失のトレードオフを改善するという共通の課題に取り組んでいる。ただし、それぞれの研究で使用した素子構造や材料、評価指標は異なるため、報告された電圧や効率を直接比較して優劣を判断することはできない。今回の研究を率いた深川氏は、NHK放送技術研究所で10年以上研究を続けた後、2024年に千葉大学へ移っており、これらの研究にも継続して関わっている。なお、今回の研究は科学技術振興機構(JST)のCREST、日本学術振興会(JSPS)の科研費、JKAの競輪補助事業による支援を受けて実施された。
一方、今回明らかになった熱力学的境界が、あらゆるOPVに適用できるとは限らない。論文で示された枠組みは光学ギャップの大きな材料群を対象としており、光学ギャップの小さな材料でも同じ条件が成り立つかは、今回の研究だけでは判断できない。また、境界の特定に使われたのはドナー層とアクセプター層を分離したモデル素子であり、高効率OPVで一般的なバルクヘテロ接合型では検証されていない。変換効率が境界付近で高くなることや、分子の剛直さが実効CT束縛エネルギーの低減と関連することは示されたものの、それらが幅広い材料で再現されるかは今後の課題となる。
研究チームは今後、実用的な混合型OPVにも今回の設計指針を適用し、その一般性を検証する方針だ。深川氏は、今回明らかにした原理をバルクヘテロ接合材料に取り入れることができれば、効率的な電荷生成と低い電圧損失を両立した太陽電池の開発につながる可能性があると説明している。実測したエネルギー準位から光電流を維持できる境界を見いだした今回の成果は、OPVの材料設計を効率化する手掛かりとなるが、実用的な素子での有効性を確かめることが次の重要な段階となる。
