AIブームが引き起こした未曾有の電力需要を背景に、米国のエネルギー戦略が大きく舵を切ろうとしている。その象徴的な動きとして、データ分析の巨人Palantir Technologiesが、原子力スタートアップThe Nuclear Company(以下、TNC)との戦略的パートナーシップを発表した。両社は、原子力発電所の建設を根本から変革するAI駆動のプラットフォーム「Nuclear Operating System(NOS)」を共同開発する。これは米国のエネルギー安全保障、AI時代の産業基盤、そして中国との技術覇権争いの行方を占う、極めて戦略的な一手と言えるだろう。
AIが喰らう電力、その解決策もまたAIという逆説
現代社会の様相を一変させつつある生成AI。その頭脳であるデータセンターは、凄まจい勢いで電力を消費している。米国エネルギー情報局(EIA)によれば、米国の電力消費量は約20年間の停滞期を経て、2025年、2026年と記録的な水準に達する見込みだ。この需要増の主因が、AIと暗号資産マイニング用のデータセンターであることは疑いようがない。
この「電力の壁」を前に、太陽光や風力といった再生可能エネルギーだけでは、24時間365日安定した電力を供給する「ベースロード電源」としての役割を担うには限界がある。そこで再び脚光を浴びているのが、原子力だ。
この流れを決定づけたのが、2025年5月にDonald Trump大統領が発令した一連の大統領令である。2050年までに400GW(現在の約4倍)の原子力発電容量を確保し、2030年までに10基の大型原子炉を着工するという野心的な目標を掲げた。これは、AI時代の産業競争力を電力供給の面から支え、同時に、年間10GWという圧倒的なペースで原子力建設を進める中国に対抗するための、明確な国家戦略である。
しかし、理想と現実のギャップは大きい。米国では過去30年間で新設された原発はわずか2GW。プロジェクトは常に「予算超過」と「工期遅延」という悪夢に苛まれてきた。この構造的な課題に、ソフトウェアとデータの力で風穴を開けようというのが、今回のPalantirとTNCの狙いだ。
PalantirとTNCの野望:「NOS」は原子力建設の”ゲームチェンジャー”か?
今回の提携の核心は、Palantirの主力プラットフォーム「Foundry」を基盤に、原子力建設に特化した「NOS (Nuclear Operating System)」を共同開発することにある。契約規模は5年間で約1億ドルに上ると報じられている。
パートナーとなるTNCは、2023年に設立された新進気鋭の企業だ。多くのスタートアップが小型モジュール炉(SMR)に注目する中、TNCはあえて既存の認可済み設計を用いたギガワット級の大型炉を「フリート規模(艦隊のように複数基をまとめて)」で建設することを目指す、異色の存在である。CEOのJonathan Webb氏は「我々の使命は、かつてアメリカが偉大なインフラを建設した時のように、速く、安全に、そして大規模に原子力を建設することだ」と語り、その強い意志を示している。
NOSが解決しようとしているのは、まさに米国の原子力建設業界が長年抱えてきた根深い問題だ。その機能は主に4つの柱から構成される。
- スケジュールの確実性 (Schedule Certainty): 部品や資材の在庫状況から天候まで、リアルタイムの制約に適応し、現場チームが「待ち時間」なく作業に集中できる環境をAIが提供する。
- コスト削減 (Cost Savings): サプライチェーン全体を追跡・検証し、配送ミスや資材不足、書類の紛失を防ぐ。遅延が予測される場合は、AIが代替案を提示したり、他の作業を優先させたりする。
- 問題の未然防止 (Problem Prevention): 建設現場に配置されたセンサーがリアルタイムでデータを収集し、仮想空間上のモデル「デジタルツイン」に反映。計画と実際の進捗を精密に比較し、予測分析によって問題が深刻化する前に芽を摘む。
- 規制対応の信頼性 (Regulatory Confidence): 数万件にも及ぶ規制文書のレビューを大規模言語モデル(LLM)が瞬時に行い、規制要件を学習したAIエージェントが現場で自動記録されるデータの妥当性を検証する。
興味深いのは、NOSがターゲットとするのが、建設コストの中でも特に管理が難しいとされる「ソフトコスト」である点だ。マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によれば、原子力建設のコスト超過の主因は、資材費や人件費といった「ハードコスト」よりも、設計変更や規制対応の煩雑さ、プロジェクト管理の非効率性といったソフトコストにあると指摘されている。NOSは、まさにこの領域にデータ分析とAIでメスを入れることで、建設プロセス全体を「予測可能」なものに変えようとしているのだ。
ソフトウェアが国家インフラを動かす – Palantirの深謀遠慮
この提携は、Palantirにとっても極めて重要な戦略的意味を持つ。これまで同社は、政府、軍事、防衛といった分野でそのデータ分析能力を発揮してきた。今回の提携は、その中核技術を国家の根幹をなすエネルギーインフラへと展開し、事業領域を大きく拡大する試みである。
Palantirの防衛部門責任者であるMike Gallagher氏(元米下院議員)が「エネルギーの安全保障と主権の未来は、我々が先進技術を大規模に展開できるかにかかっている」と述べているように、同社はこのプロジェクトを単なる商業案件ではなく、国家安全保障に直結する重要任務と位置づけている。事実、このプロジェクトはPalantirの「Warp Speed initiative」の一環であり、技術を迅速に社会実装するという同社の強い意欲の表れでもある。
楽観論の裏にある厳しい現実と、成功への「三つの鍵」
だが、壮大な計画は素晴らしいが、一旦ここで冷静に見てみる必要もある。TNCはまだ具体的な建設プロジェクトに着手した実績はない。そのWebサイトを見ても、現段階では請負業者の関心を探るための情報収集が中心であり、計画はまだ「構想段階」の域を出ていない可能性が高い。
年間10GWを建設する中国に対し、米国は過去30年でわずか2GW。この圧倒的な差を埋める道のりは決して平坦ではない。この野心的な挑戦が成功するかどうかは、少なくとも三つの鍵にかかっているだろう。
第一に、技術的な実証だ。NOSが描くデジタルツインやAIによる予測分析は、複雑怪奇な現実の建設現場で本当に機能するのか。ソフトウェアが物理的な巨大インフラの非効率性を本当に解消できるのかを、実際のプロジェクトで証明する必要がある。
第二に、政策的な後押しである。トランプ政権が掲げる規制緩和が、NOSのような技術革新と両輪となって進むことが不可欠だ。許認可プロセスが従来通りの煩雑さであれば、せっかくの技術も宝の持ち腐れになりかねない。
そして第三に、物理的なサプライチェーンと人材の課題だ。仮にNOSが完璧に機能したとしても、原子炉の部品を製造し、それを運び、建設現場で組み立てるための物理的な供給網と、熟練した労働者がいなければ計画は進まない。
とは言え、この提携が、AIと原子力という二つの巨大なトレンドが交差する、まさに「ゲームチェンジャー」となる可能性を秘めていることもまた確かだ。Palantirの株価が発表当日に記録的高値を更新したことからも、市場の期待の高さがうかがえる。しかし、それは同時に、長年の産業課題、地政学的圧力、そして未知の技術的挑戦といった重いテーマを背負っている。この挑戦が、単なる「バズワード」と「期待」で終わるのか、それとも米国のエネルギー未来と国際的な技術覇権を真に変革する「現実」となるのか。今後数年のTNCのプロジェクトの進捗と、NOSの実証が、その答えを指し示すことになるだろう。
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