量子コンピューター同士を接続する量子ネットワークの実現には、環境からの雑音によって量子状態が容易に乱れるという大きな課題がある。特に、離れた場所にある光子同士の量子もつれ(エンタングルメント)は外乱に弱く、もつれが失われると、それを利用した量子状態の転送や量子通信プロトコルは機能しなくなる。しかし、量子もつれが消失した後も、量子状態に含まれるすべての非古典的な特徴が失われるとは限らない。

この問題に対し、ペンシルベニア大学のLiang Feng教授らによる国際研究チームは、トポロジー(位相幾何学)の性質を利用することで、光子間の量子もつれが消失した後も、特定の幾何学的な特徴が維持される現象を実験的に確認した。研究成果は2026年10月12日付で学術誌『Nature Physics』に掲載された論文「Chip-mediated manipulation of photonic quantum skyrmions」(DOI: 10.1038/s41567-026-03487-x)で報告され、10月30日にはペンシルベニア大学が研究内容を発表している。

研究チームは、窒化ケイ素(Si₃N₄)製のナノフォトニックチップを使い、単一光子に形成した「量子スキルミオン」と呼ばれる偏光構造のトポロジーを、もつれ合った2つの光子が共有する量子状態へ転写することに成功した。さらに、制御された雑音を加えて量子もつれを消失させても、偏光構造の巻き付き数を表すトポロジカル不変量が、一定の雑音強度まで維持されることを確認した。

ただし、この成果は「壊れない量子通信」が完成したことを意味しない。維持されたのは特定の量子状態に含まれるトポロジカルな特徴であり、任意の量子情報を誤りなく復元できることや、実用的な通信路で情報伝送性能が向上することを保証するものではない。今回の研究の重要性は、量子もつれとは異なる量子相関とトポロジーの関係を実験的に明らかにし、量子情報の保護に新たな可能性を示した点にある。

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光の偏光に刻まれる「量子スキルミオン」とトポロジー

スキルミオンは、もともと物性物理学で知られる特殊な構造で、磁性体の内部では電子スピンが渦状に配列した微小な磁気構造として現れる。隣り合うスピンの向きが少しずつ変化しながら、全体として一定の幾何学的なパターンを形成する。この構造は、個々のスピンの向きが多少変化しても、全体の巻き付き方が容易には変わらないという特徴を持つ。

今回の研究で扱う「量子スキルミオン」は、物質中のスピン配列や、光が実際に渦を巻いて進む現象そのものではない。光子の偏光状態が空間的にどのように分布しているかを表す「スピン・テクスチャ(偏光構造)」に、スキルミオンと同様の数学的な性質を持たせたものだ。偏光状態は、ストークスパラメーターと呼ばれる量を使って3次元のベクトルとして表現できる。このベクトルの向きが光の空間分布に沿って規則的に変化し、特定の巻き付き構造を形成するように設計されている。

この構造を特徴づけるのが、整数値をとるトポロジカル不変量「スキルミオン数」である。偏光状態を表すポアンカレ球の表面を、ストークスベクトルの分布が何回覆うかによって決まる。例えばスキルミオン数が2であれば、偏光構造がポアンカレ球を2回覆うことに対応する。ドーナツの穴の数が形を滑らかに変形しても変わらないのと同様に、偏光ベクトルの分布が連続的に変化しても、トポロジーが変わらない限りスキルミオン数は維持される。

ここで重要なのは、局所的な偏光状態の変化と、構造全体のトポロジーの変化は必ずしも一致しないという点だ。光子が外乱を受けて偏光状態の一部が変化しても、その変化が連続的な変形にとどまる限り、全体の巻き付き数は変わらない。一方、雑音が十分に強くなり、偏光構造を定義するベクトル場が特異な状態に達すると、トポロジーそのものが変化する可能性がある。したがって、スキルミオンの安定性は無制限ではなく、どのような雑音に対して、どの程度まで構造を維持できるかが問題となる。

量子情報処理では、離れた光子間の量子もつれが重要な資源となる。量子テレポーテーションなどの通信プロトコルでは、共有されたもつれが劣化すると状態転送の忠実度が低下し、もつれが完全に失われれば、その仕組みに基づく量子状態転送は成立しなくなる。しかし、量子状態にはもつれ以外の非古典的な相関も存在する。今回の研究は、光子間のもつれが消失する過程で、スキルミオンのトポロジーがどこまで維持されるかを検証した。

窒化ケイ素チップで単一光子から2光子へトポロジーを転写

実験に使用されたのは、ペンシルベニア大学のSinghナノテクノロジーセンターで製造された窒化ケイ素製の光集積回路である。厚さ310nmの窒化ケイ素層を酸化ケイ素基板上に形成し、光導波路やマイクロリング共振器、干渉計などを集積した。研究チームはこのチップに光子対の生成、経路制御、スキルミオン構造の形成という複数の機能を組み込んでいる。実験は制御された光学実験装置内で行われたものであり、屋外に敷設された通信事業者の光ファイバーを使った実証ではない。

光子対の生成には、自発的四光波混合(SFWM)と呼ばれる非線形光学効果を利用した。フェムト秒レーザーパルスをチップ上の2本のスパイラル導波路に入射させ、経路についてもつれ合った光子対を生成する。生成した光子は波長分割素子で分離され、熱光学効果を利用したマッハ・ツェンダー干渉計(MZI)のアレイによって異なる経路へ導かれる。これにより、光子対のもつれを制御しながら、一方の光子にスキルミオン構造を形成できる。

単一光子へのスキルミオン構造の書き込みには、スピンと軌道角運動量(OAM)を結び付ける特殊なマイクロリング共振器を使用した。共振器の内側と外側に設けた微細な周期構造によって、偏光状態と軌道角運動量が異なる光の成分を生成し、それらを重ね合わせる。この仕組みにより、光子の偏光と空間モードが結び付いた量子状態を形成する。研究で主に扱われたのは、理論上のスキルミオン数が2となる構造だ。

研究チームが実証した重要な機能は、この単一光子に形成した局所的なスキルミオンのトポロジーを、2つの光子が共有する非局所的な量子状態へ転写できることにある。具体的には、光子Aの偏光と運動量に対してベル状態測定(BSM)を行い、その測定結果に応じた量子状態の転写を実現した。転写後のスキルミオン構造は、光子Aの軌道角運動量と光子Bの偏光の間に成立する量子相関によって特徴づけられる。つまり、1つの光子に局在していたトポロジカルな特徴を、2光子間の相関として共有する構成へ移したことになる。

これまでにも、単一光子にスキルミオン構造を形成する研究や、もつれ光子対に非局所的なスキルミオン構造を持たせる研究は報告されていた。しかし、単一光子から2光子の共有状態へトポロジーを転写する仕組みを、再構成可能な光集積回路上で実証した点が今回の特徴だ。量子状態を生成するだけでなく、そのトポロジカルな性質を異なる量子状態間で操作できることを示している。

量子状態の評価には、複数の測定結果から密度行列を再構成する量子状態トモグラフィ(QST)を用いた。トモグラフィでは異なる測定基底の組み合わせを使い、光子の同時計数を蓄積することで量子状態を推定する。原稿に示された測定条件では、16種類の射影測定を行い、各条件で3分間の光子計数データを取得している。相補的な測定基底での計数は合計約500カウントで、光子の到着時刻の相関を調べるために時間相関単一光子計数(TCSPC)が使用された。

Nature Physicsの論文によると、最初に形成した単一光子のスキルミオン状態は、理想的な目標状態に対する忠実度が86% ± 2%、スキルミオン数が1.981 ± 0.002だった。もつれ光子対の準備段階でも、量子状態の忠実度は91% ± 2%に達している。さらに、トポロジーを転写した後の4種類のベル状態測定結果について、次の値が報告された。

測定した量子状態 忠実度(Fidelity) スキルミオン数
初期の単一光子スキルミオン 86% ± 2% 1.981 ± 0.002
転写後の2光子状態① 87% ± 3% 1.981 ± 0.001
転写後の2光子状態② 88% ± 3% 1.981 ± 0.001
転写後の2光子状態③ 89% ± 2% 1.979 ± 0.001
転写後の2光子状態④ 89% ± 2% 1.9798 ± 0.0009

スキルミオン数の理論値は2。転写後の4種類の状態は、ベル状態測定によって区別された結果を表す。数値は『Nature Physics』掲載論文の測定結果に基づく。

いずれの転写結果でも、スキルミオン数は理論値の2に極めて近い値を示した。忠実度には一定の誤差があるものの、トポロジカルな巻き付き構造は高い精度で維持されている。研究チームは、転写後の量子状態で得られたスキルミオン数が、古典的な光の偏光パターンではなく、2光子間の量子相関から再構成されている点を強調している。ただし、これらの忠実度は目標とする量子状態との一致度を表すものであり、通信路の伝送効率やデータ転送速度を直接示すものではない。

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雑音によって量子もつれが消失しても、スキルミオン数は維持された

単一光子から2光子へのトポロジー転写を確認した研究チームは、次に雑音を加えたときの量子状態の変化を調べた。実験では、背景光や強度を調整できる非コヒーレントな白色光雑音を導入し、理想的な脱分極チャンネルに近い環境を作り出した。脱分極チャンネルとは、量子状態が雑音によって次第に混合状態へ近づく過程を表すモデルである。実際の光ファイバー伝送路で起こるすべての外乱を再現したものではないが、雑音が量子相関とトポロジーに与える影響を比較するために利用できる。

雑音を強めるにつれて、2光子状態の忠実度は低下し、密度行列の非対角成分も減少した。量子もつれの強さを表す「コンカレンス(Concurrence)」も低下し、最終的にはゼロに達した。コンカレンスは、対象とする2量子ビット間のもつれを0から1の範囲で表す指標であり、0はもつれが存在しない状態、1は最大限にもつれた状態に対応する。この段階では、通常のもつれを利用した量子状態転送に必要な資源が失われている。

ところが、同じ量子状態からスキルミオン数を計算すると、コンカレンスがゼロになった後も、トポロジカルな特徴は維持されていた。論文では、量子状態の純度を表すパラメーターγが約0.34を下回るともつれが消失する一方、スキルミオン数はその後も一定の範囲で理論値の2に近い値を保つことが示されている。光子間のもつれが失われても、偏光構造の大域的な巻き付き数は直ちには消失しなかったのである。

実際に、雑音を変えながら測定した代表的な4つの状態では、スキルミオン数が1.981 ± 0.001、1.97 ± 0.01、1.93 ± 0.08、0.002 ± 0.001と変化した。初期段階から雑音が強まっても約2の値が維持される一方、最後の状態ではほぼゼロにまで低下している。雑音が一定の閾値を超えるとトポロジーも崩壊するため、この現象は無条件の耐性ではなく、閾値に依存したトポロジカルな安定性を表している。

評価指標 何を測定するか 雑音を強めたときの変化 保証されないこと
エンタングルメント(Concurrence) 2光子間の量子もつれ 雑音の増加とともに低下し、一定の閾値でゼロになる もつれが消失しても、すべての非古典的相関が失われるとは限らない
スキルミオン数 偏光構造の大域的な巻き付き回数 もつれ消失後も維持され、さらに強い雑音で急激に崩壊する 任意の量子情報の完全な伝送や復元
量子ディスコード もつれに限定されない非古典的な量子相関 もつれ消失後も非ゼロの値を保ち、雑音の増加とともに減少する 誤り訂正なしでの量子計算や量子通信の成功

理論モデルでは、γが約0.25に近づくと、雑音による混合が元の量子状態を圧倒し、スキルミオン数もゼロへと崩壊する。これは、ストークスベクトル場が縮退し、それまでの巻き付き構造を維持できなくなるためだ。量子もつれが消失する閾値とトポロジーが崩壊する閾値が異なることは、両者が同一の量子状態の性質を測っているわけではないことを示している。

研究チームは、実験で導入した雑音が理想的な脱分極モデルにどの程度近いかも検討した。雑音由来の同時計数だけから再構成した密度行列は、理論上の完全混合状態に対して98.4%の忠実度を示している。これは雑音がほぼ等方的に作用したことと整合する結果だが、完全に理想的な脱分極チャンネルが形成されたわけではない。実験では、忠実度やスキルミオン数の低下が理論上の予測よりもわずかに早く始まっており、研究チームは残留する異方的な雑音の影響が考えられるとしている。

また、論文では等方的な雑音だけでなく、位相反転やビット位相反転に相当する異方的な量子雑音に対しても耐性を調べている。これらの試験では、光チップ上の位相操作と測定結果の数値的な混合を組み合わせて雑音チャンネルを模擬した。位相反転確率やビット位相反転確率に対応するパラメーターが0.5に近づくまで、スキルミオン数が維持されることが示されている。したがって、耐性の検証は等方的な白色光雑音だけに限られていないものの、現実の通信路で生じる複雑な雑音をすべて評価したわけではない。

測定値の不確かさについても注意が必要だ。論文の誤差範囲は、光子計数がポアソン統計に従うと仮定し、100回のモンテカルロシミュレーションから求めた1標準偏差(1σ)に基づく。したがって、光学素子の微小な位置ずれや検出器のダークカウント、装置の長期的なドリフトなど、実験系に固有のすべての系統誤差を網羅したものではない。実用的な雑音耐性を評価するには、こうした統計誤差と装置由来の系統誤差を分けて検討する必要がある。

量子ディスコードが示す、もつれ以外の相関と実用化への課題

量子もつれが消失した後もスキルミオン数が維持された理由を探るため、研究チームは2光子の密度行列から「量子ディスコード(Quantum Discord)」を計算した。量子ディスコードは、量子もつれよりも広い範囲の量子相関を捉える指標であり、局所的な測定によって量子状態の相関がどの程度変化するかに関係する。もつれが存在しない分離可能な量子状態であっても、量子ディスコードがゼロになるとは限らない。この性質から、もつれだけでは捉えられない非古典的な相関を調べるために利用されている。

実験データを分析した結果、コンカレンスがゼロになった領域でも、量子ディスコードは非ゼロの値を維持していた。これは、もつれが失われた後も、量子状態に非古典的な相関が残っていることを意味する。研究チームは、この残存する相関がスキルミオンの巻き付き構造を維持するうえで重要な役割を果たしていると考えている。雑音によって量子状態が変化しても、元の状態とトポロジカルに同等な構造を保てる範囲では、スキルミオン数が保存されるという解釈だ。

さらに、研究チームが構築した量子チャンネルモデルの解析では、スキルミオンのトポロジーが維持されている状態には、非ゼロの量子ディスコードが伴うことが示されている。ただし、この関係は一方向であり、量子ディスコードが非ゼロであれば必ずスキルミオン数が維持されるわけではない。実際、トポロジーが崩壊しても量子ディスコードが残る領域が存在する。つまり、スキルミオン数の維持は、単に量子相関が存在するだけでなく、その相関が特定の空間的な構造を保っていることを意味する。

この結果は、量子もつれを唯一の指標として量子状態の耐雑音性を評価する方法に、新たな視点を加えるものだ。スキルミオン数は、もつれが消失した後にも残る非古典的な相関を捉える、トポロジカルな指標として利用できる可能性がある。ただし、量子ディスコードの残存が今回の現象と関連することは示されたものの、それだけで実用的な量子情報保護の仕組みが成立したわけではない。

研究チームは、こうしたトポロジカルな性質を将来の量子インターコネクトに応用できる可能性を指摘している。量子インターコネクトは、離れた量子プロセッサや量子コンピューターを光などで接続し、量子情報をやり取りするための技術だ。量子状態に含まれるトポロジカルな特徴が雑音に対して安定していれば、分散量子計算における情報の符号化や転送に新たな選択肢が生まれるかもしれない。しかし、今回の実験で実証されたのは特定のトポロジカル不変量の転写と保持であり、量子状態転送そのものの実用的な性能向上ではない。

実用化に向けては、少なくとも次の点を検証する必要がある。

  1. 実際の量子情報伝送への応用: スキルミオン数を単に測定するだけでなく、トポロジカルな構造を使って情報を符号化し、受信側で正しく読み出せるかを示す必要がある。量子鍵配送(QKD)などの暗号通信プロトコルが実際に動作したわけではなく、情報理論的な安全性も実証されていない。
  2. 長距離通信路での耐性: 数十km規模の光ファイバーや大気中の自由空間伝搬において、トポロジカルな特徴を維持できるかは未確認だ。実際の通信路では分散、偏光モード分散(PMD)、偏光依存損失(PDL)などが複合的に作用するため、実験室で模擬した雑音とは異なる影響が生じる可能性がある。
  3. 任意の量子状態の復元と誤り訂正: スキルミオン数の維持は、任意の量子ビットの振幅や位相情報を完全に保存できることを意味しない。失われた量子情報を復元できるか、既存の量子誤り訂正方式と組み合わせた際に具体的な利点があるかを確かめる必要がある。

今後は、異なる波長や基板材料を用いた独立した追試に加え、実際の通信路に近い複合的な雑音環境でトポロジカルな性質が再現されるかが重要となる。特に、もつれが失われる条件下で、トポロジカルな構造を利用した情報の符号化、伝送、復号が可能かどうかが大きな焦点だ。量子状態の一部の特徴が維持されることと、任意の量子情報を通信できることの間には、依然として大きな隔たりがある。

今回の研究は、その隔たりを埋めるための基礎的な知見をもたらした。量子もつれが消失しても、量子ディスコードに代表される非古典的な相関と、そこに結び付いたトポロジカルな構造が一定の条件下で維持されることを実験的に示した意義は大きい。この性質を実際の情報伝送で利用できるかが、今後の研究の重要な課題となる。