2025年12月19日、Samsung Electronicsは、同社のファウンドリ事業における最先端プロセス技術「2nm GAA(Gate-All-Around)」を採用した世界初のスマートフォン向けモバイルプロセッサ『Exynos 2600』を正式に発表した。

長らくライバルであるQualcommやAppleの後塵拝してきたExynosブランドにとって、そして微細化競争でTSMCを追うSamsungにとって、まさに社運を賭けた大勝負だ。

AD

世界初「2nm GAA」プロセスの採用

Exynos 2600最大の特徴は、何と言ってもその製造プロセスにある。Samsungは、業界で初めて2nm(ナノメートル)GAAプロセスを用いたモバイルSoC(System on Chip)の量産化に成功した。

微細化の壁を突破するGAA技術

従来のFinFET構造では限界とされていた微細化の壁を、SamsungはGAA(Gate-All-Around)技術によって突破した。トランジスタのゲートがチャネルを全方向から囲むこの構造は、電流の制御能力を飛躍的に高め、電力効率と性能を同時に向上させる。

公式発表によれば、Exynos 2600はこの新プロセス技術により、前世代(Exynos 2500)と比較して劇的な性能向上を果たしている。これは、単に数値上のスペックが上がっただけでなく、バッテリー持ちや発熱制御といったユーザー体験に直結する要素が根本から見直されたことを意味する。

CPUアーキテクチャの刷新:「高効率コア」の廃止という賭け

Exynos 2600のCPU構成は、従来の常識を覆す大胆な設計が採用された。それは、省電力効率コア(Littleコア)の完全撤廃である。

Arm v9.3アーキテクチャによる「全ビッグコア」構成

Exynos 2600は、Arm社の最新アーキテクチャ「Arm v9.3」に基づいた10コア構成のCPUを搭載している。その内訳は以下の通りだ。

  • プライムコア: 1 × C1-Ultra (3.8GHz)
  • 高性能コア: 3 × C1-Pro (3.25GHz)
  • ミドルコア: 6 × C1-Pro (2.75GHz)

特筆すべきは、これまでバックグラウンド処理や低負荷時の省電力化を担っていた「高効率コア(いわゆるA5xx系)」が一切搭載されていない点だ。代わりに、すべてのコアがパフォーマンス重視の「C1」系で統一されている。

なぜ「全ビッグコア」なのか?

この設計思想の背景には「2nmプロセスの自信」と「競合への対抗」があると見られる。

  1. プロセスの進化: 2nmプロセスの電力効率が高いため、あえて性能の低い省電力コアを使わずとも、クロックを抑えた高性能コア(C1-Pro @ 2.75GHz)で十分に省電力運用が可能になったと考えられる。
  2. 実効性能の最大化: すべてのコアが高性能であるため、マルチタスク処理や重量級のゲームにおいて、コア間の性能差によるボトルネックが発生しにくい。

Samsungは、この構成によりCPU全体のパフォーマンスが前世代比で39%向上したと謳っている。これはスマートフォン向けチップとしては異例のジャンプアップだ。(ただし、対象とするExynos 2400自体の性能がそこまで高くはなかったと言えなくもないが)

AD

アキレス腱の克服:新技術「Heat Path Block (HPB)」

過去のExynosシリーズ、特に近年のモデルにおいて、ユーザーからの最大の不満は「発熱」と、それに伴う「サーマルスロットリング(熱暴走を防ぐための性能制限)」だった。Exynos 2600では、この課題に対して物理的なエンジニアリングによる解決策が導入された。

放熱の新基準「HPB」とは

Samsungは今回、「Heat Path Block (HPB)」と呼ばれる新しい放熱技術を導入した。これは、チップパッケージ内に高誘電率(High-k)のEMC(Epoxy Molding Compound)材料を使用することで、熱伝導の経路を最適化する技術である。

  • 熱抵抗の低減: この技術により、チップ内部から外部への熱抵抗が最大16%低減された。
  • 持続的なパフォーマンス: 従来のチップでは高負荷時に数分で性能が低下していたが、Exynos 2600はHPBにより、長時間にわたってピーク性能を維持(サステインド・パフォーマンスの向上)できるとされる。

この技術革新は、ゲーミングスマートフォンとしてのGalaxy S26の評価を決定づける重要な要素となるだろう。Samsungが「熱問題」を過去のものにしようとしている姿勢が明確に見て取れる。

ゲーミングとAI:次世代の体験へ

GPU:Xclipse 960とAIフレーム生成

グラフィックス処理を担うGPUには、AMDとの協業の流れを汲むと推測される「Xclipse 960」が採用された。

  • 演算性能: 前モデル(Xclipse 950)比で2倍
  • レイトレーシング: 光の反射をリアルに計算するレイトレーシング性能は50%向上
  • Exynos Neural Super Sampling (ENSS): ここで注目すべきはAI技術の応用だ。ENSSは、AIを用いてフレーム生成とアップスケーリングを行う技術であり、消費電力を抑えつつ、滑らかな高フレームレートのゲーム体験を実現する。PCゲームにおけるDLSSやFSRに近い技術が、モバイル環境で標準実装されることになる。

NPU:オンデバイスAIの怪物

AI処理を担うNPU(Neural Processing Unit)も大幅に強化された。

  • AI性能: 前世代比で113%向上
  • セキュリティ: 世界で初めてハードウェアベースの「ハイブリッド・ポスト量子暗号(PQC)」をサポート。将来的な量子コンピュータによる攻撃にも耐えうるセキュリティを確保している。

この性能向上により、クラウドを介さない「オンデバイス生成AI」の処理速度が劇的に向上し、Galaxy AIの機能(リアルタイム翻訳や画像生成など)がよりスムーズに動作することになるだろう。

AD

カメラとISP:3億2000万画素の衝撃

画像処理プロセッサ(ISP)のスペックも、フラッグシップに相応しいものとなっている。

  • 最大画素数: 3億2000万画素(320MP)のカメラセンサーをサポート。
  • ゼロシャッターラグ: 1億800万画素(108MP)での撮影時でも遅延ゼロを実現。
  • 動画性能: 8K/30fpsのエンコード、および4K/120fpsのHDR録画に対応。さらに、サムスン独自のAPVコーデックをサポートし、プロフェッショナルレベルのビデオ編集に耐えうる画質を提供する。
  • AI視覚認識: 「Visual Perception System (VPS)」により、被写体の詳細(瞬きなど)をリアルタイムで検出し、画質を最適化する。

また、ISP自体の消費電力が50%削減されており、長時間の動画撮影でもバッテリー消費や発熱が抑えられることが期待される。

コネクティビティと構成の謎

興味深い点として、公開されたスペックシートから、5Gモデム、Wi-Fi、Bluetooth機能の統合に関する言及が薄い、あるいは「統合されていない」可能性が示唆されている点が挙げられる。

モデム分離型の可能性

従来のExynosは通信モデムを統合したSoCであったが、Exynos 2600ではこれらが別チップとして提供される可能性がある。
筆者はこれを「歩留まり(良品率)のリスクヘッジ」と分析する。2nmという最先端かつ高コストなプロセスで製造されるチップのダイサイズ(面積)を可能な限り小さくし、製造効率を上げるための戦略的判断である可能性が高い。あるいは、仕向け地によって異なるモデムチップを組み合わせる柔軟性を持たせる狙いもあるかもしれない。

Galaxy S26への期待と市場へのインパクト

Exynos 2600は、現在量産体制に入っており、2026年初頭に発売が予想される次期フラッグシップスマートフォン「Galaxy S26」および「Galaxy S26+」に搭載されることがほぼ確実視されている。

Exynosの「逆襲」は成功するか?

これまでのExynosは、スペック上は優秀でも、実利用環境(特に発熱とバッテリー効率)において競合に遅れをとることが多かった。しかし、今回のExynos 2600は、以下の3点においてパラダイムシフトを起こそうとしている。

  1. 2nm GAAプロセスによる物理的な効率化
  2. HPB技術による熱設計の根本的解決
  3. 全ビッグコア構成による妥協なきパフォーマンス追求

これは単なる「年次改良」ではなく、サムスンが半導体メーカーとしての威信を取り戻すための、極めて攻撃的な製品である。もしHPBが謳い文句通りに機能し、2nmプロセスの歩留まりが安定すれば、Exynos 2600は2026年のスマートフォン市場において「最強のチップ」の座を奪還するポテンシャルを秘めている。

Galaxy S26の登場により、この怪物の真価が問われることになるだろう。我々は今、モバイルコンピューティングの新たな時代の幕開けを目撃しているのかもしれない。


Sources