AIデータセンターは大量の電力と冷却水を消費し、広大な用地も必要とする。米国では新設の許可待ちが数年単位で滞留し、韓国でも陸上建設コストの高さが投資判断の足かせになっている。この制約を丸ごと迂回する手段として浮上したのが、海に浮かべるデータセンターだ。
造船最大手のSamsung Heavy Industries(サムスン重工業、造船や海洋事業を手掛ける企業。半導体やスマートフォンを手掛けるSamsung Electronicsとは別会社)は2026年7月、2028年第2四半期の商用化を目標に掲げ、海事業界大手2社との提携を発表した。だが同じ発想は過去にもある。Microsoftが2024年に撤退した海底データセンター事業の教訓に、この計画はどこまで応えているのだろうか。
造船最大手が2028年に見据える洋上データセンター計画
Samsung Heavy Industriesは2026年6月、ギリシャで開催された世界最大級の海事展示会Posidonia 2026で、洋上データセンター(Floating Data Center、FDC)の商用化目標を2028年第2四半期と公表した。同社はこの場で、ギリシャの船主Capital Clean Energy Carriers Corpと英国船級協会Lloyd's Register(LR)との3者間MOU(覚書)を締結している。
設計するFDCは出力50MW級で、既に米国船級協会(ABS)と英国Lloyd's Registerから基本承認(Approval in Principle、AiP)を取得済みだ。AiPは実際の建造に入る前段階で、設計が安全基準を満たしうるという船級協会の見立てを示すもので、量産設計に進む前の関門を通過したことを意味する。さらに2026年7月1日には台湾で開催された「Innovate APAC 2026」で、AIサーバー大手Supermicroとの共同開発契約(Joint Development Program、JDP)も締結し、河川や海洋の環境でのサーバー安定稼働の検証に入った。
陸上でデータセンターを建設する場合、1MWあたり80億〜100億ウォン(2026年7月6日時点のレートで換算すると約8.5億〜10.6億円)のコストがかかるとSedailyは報じている。Moody'sは2030年までの高性能AIデータセンター基盤への世界投資が3兆ドル規模に達すると推計しており、この数字はRegisterとSedaily双方が市場背景として引用している。Samsung Heavy IndustriesのCEO崔成安(Choi Sung-an)氏は、洋上データセンターを同社にとって「新たな大きな事業機会」だと述べたという。
LNG運搬船建造の技術がデータセンターに転用される仕組み
Samsung Heavy Industriesが洋上データセンターを短期間で設計できる背景には、同社が長年手掛けてきた浮体式LNG生産設備(FLNG)の技術がある。FLNGは海上でLNGを生産し、貯蔵し、出荷する巨大な浮体構造物だ。限られた甲板面積に発電設備を積み込みながら、貯蔵タンクと居住区画も同時に確保する設計思想を必要とする。FDCの基本設計は、この考え方を土台にしている。
FDCは既存船舶を改造せず、専用の新造バージとして建造される。船体内部にはサーバーを収める複数のデータホールと、電源や空調といった機電設備、そしてLNG貯蔵タンクを配置する。冷却には周囲の海水を利用したクローズドループの熱交換方式を採用し、海水を直接サーバーに触れさせずに熱だけを海へ逃がす。
電力は船内でLNGを燃料とする固体酸化物形燃料電池(SOFC)で発電するか、沿岸や港湾に係留する近海モデルの場合は海底ケーブルで陸上から給電する設計を想定している。つまりLNG貯蔵タンクの役割は冷却ではない。発電燃料を蓄えるための設備だ。
サーバーを冷やす手段を確保しながら発電と貯蔵の設備を同じ甲板に収める設計ノウハウは、FLNGで長年培われてきたものだ。Samsung Heavy Industriesはこの設計思想をそのままサーバー収容に転用しており、海洋データセンターの技術を一から開発したわけではない。造船会社が海洋工学の経験を欠いたままデータセンター事業に参入しようとすれば、こうしたノウハウの不在こそが最大の障壁になる。Samsung Heavy Industriesはその壁を、FLNG事業を通じてあらかじめ取り除いていた。
海中データセンターの故障率0.7%、それでもMicrosoftが撤退した理由
洋上のデータセンターという発想自体は目新しくない。Microsoftは2015年にProject Natickと呼ぶ実証実験に着手し、2018年には英国スコットランド沖のオークニー諸島に密閉カプセル型のサーバー群を沈め、2020年まで2年間運用した。結果はサーバー故障率が海中で0.7%、同時期の陸上データセンターの5.9%を大きく下回るというものだった。窒素を充填した密閉環境が酸素や湿気、人の出入りによる振動を遮断し、故障の主因を取り除いたためだとMicrosoftは説明していた。
技術実証は成功したにもかかわらず、Microsoftは2024年にこの事業から撤退した。Cloud Operations担当責任者のNoelle Walsh氏は、世界のどこにも海底データセンターは建設しないと述べたという。撤退の理由として同社が挙げたのは、密閉カプセル内のサーバーを交換するたびに引き揚げが必要になるコストと、AI向けGPUの世代交代速度の速さだった。GPUは1〜2年で性能が刷新されるのに対し、船体や海洋構造物は数十年単位の耐用年数を前提に設計される。この時間軸のずれが、海洋データセンターを「作れるが、作り続ける経済合理性がない」設備に変えてしまう。
Samsung Heavy Industriesが公表した計画は、AiP取得や提携先の確定という「建造できる」証明では先を行く。だがGPU更新サイクルと船体耐用年数のミスマッチにどう向き合うかについて、Register、Sedaily、Tom's Hardwareいずれの報道にも具体的な言及はない。近海係留モデルであれば海底ケーブル給電やサーバー交換時の航行コストを、沖合の密閉カプセル型より抑えられる可能性はある。ただしこれはFDCの設計から導ける推定であり、Samsung Heavy Industries自身がMicrosoftの撤退理由に触れて説明した内容ではない。
50MWの巨艦と4ラックの実証、商用化で先行するのはどちらか
日本でも洋上データセンターの実証は既に始まっている。日本郵船、NTTファシリティーズ、ユーラスエナジー、三菱UFJ銀行、横浜市などが参画する実証実験は2026年3月25日に横浜港大さん橋で稼働を始めた。規模はGPUサーバー4ラック分と小さいが、電力は100%再生可能エネルギーでまかない、2027年の商用化を目標に掲げている。
規模で比べればSamsung Heavy IndustriesのFDCが圧倒的に大きい。50MWという出力は、横浜の実証機に対して数百倍規模の電力を扱う設計であり、AIの学習需要をまとめて引き受けられる規模だ。一方で商用化の目標時期を見ると、横浜の実証グループが2027年、Samsungが2028年第2四半期と、規模で劣る日本側の計画が1年ほど先行する構図になっている。
小規模で始めれば電力調達や船体設計のリスクは小さく、実証から商用化までの距離を縮められる。大規模を狙えば需要を一度に取り込める一方、電力供給網の整備や船級認証の取得には数年単位の時間がかかり、量産体制を整えるまでの手戻りリスクも大きい。規模で劣る横浜側が先に商用化へ到達する構図は、このトレードオフが生んだ結果だ。
Hana Securitiesの研究員Yoo Jae-sun氏は、洋上データセンター事業について既存商船を上回る収益性の可能性があるとの見方を示している。Samsung Heavy Industriesが向き合う競争相手には、2023年に中国海南島で商用稼働した中国Highlander(China Telecom、Tencent、SenseTimeが利用)のような先行事業者が含まれる。規模で見劣りしても先に商用実績を積み上げる可能性のある日本勢も、同じ市場を争う相手になる。
公表資料が触れていない三つの課題
Samsung Heavy Industriesが公表した内容には、触れられていない論点が残っている。FDC単体の受注金額は、本稿執筆時点で明らかにされていない。同社は2026年5月に浮体式LNG生産設備(FLNG)で最大9兆ウォン規模の受注を見込むと報じられたが、これはFDCとは別事業の数字であり、洋上データセンター事業の受注実績についてはSedailyが「多数の引き合いを受けている段階」と伝えるにとどまる。
台風や高波などアジア太平洋地域特有の海象リスクへの具体的な対応策も示されていない。Posidonia 2026での発表はギリシャの船主やLloyd's Registerとの提携が中心で、アジア圏での係留や運用を前提にした耐候設計への言及は今のところない。
データ主権や海事法上の管轄をどう扱うかという制度面の課題も残る。洋上に浮かぶ設備がどの国の法域に属し、どの国の規制下でデータを扱うのかは、公表資料のいずれにも具体的な説明がなく、陸上のデータセンターにはない論点として残ったままだ。
なお2025年10月にはOpenAIのSam Altman氏訪韓に合わせ、Samsung物産とSamsung Heavy Industriesが洋上データセンターや浮体式発電設備の共同開発を進めるとの報道があった。今回Posidonia 2026で公表されたCapital Clean Energy CarriersとLloyd's Registerとの計画が同一案件かどうかは、報道各社のいずれも明言していない。OpenAIの旺盛なデータセンター需要が背景にある可能性はあるが、断定はできない。
AiP取得と提携先の確定は、Samsung Heavy Industriesが「造れる」ことを証明した段階に過ぎない。Microsoftが技術実証の成功後に撤退を選んだのは、造れることと事業として回し続けられることが別問題だったからだ。2028年第2四半期、あるいはそれ以前にSamsungが実際の受注や稼働実績を示せるかどうかが、この計画にとって最初の答え合わせになる。