2026年8月13日、New York。SanDiskのCEO David GoeckelerがInvestor Day「In Focus 2026」の壇上で、同社のAI推論向けメモリ戦略を高らかに語った。株価は当日15%以上急騰し、Goldman Sachsは目標株価2,200ドルを維持した。数字だけを見れば、完璧な投資家向けイベントだった。

ところが翌日から、プレゼンテーションのスライドがSNS上で拡散され、状況は一変する。メモリアーキテクチャに詳しいアナリストたちが、スライドの数値設定に次々と疑問を投げかけたのだ。発端となった投稿の一つは、HBFとHBMの比較において帯域幅が意図的に低く固定されていること、そして書き込み耐久性(ライトエンデュランス)が完全に省略されていることを指摘していた。

この騒動の核心は、SanDiskが嘘をついたかどうかではない。むしろ、どの前提を選び、何を語らなかったかという「フレーム設定」の問題だ。AI推論のメモリ階層という、数百億ドル規模の投資判断が下される領域で、その前提の選び方がどこまで許容されるのか。技術的ファクトを一つずつ検証する。

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「メモリの壁」がNANDにチャンスを与えた

AI大規模言語モデルの推論には、二種類の大容量データが存在する。一つはモデルの重み(weights)で、これはモデルの「知識」そのものを格納する。もう一つはKVキャッシュで、推論中に生成される文脈情報を蓄積する。前者は一度読み込めば基本的に読み取り専用だが、後者はトークンが生成されるたびに書き込まれ続ける。

現状、この両方がHBM(High Bandwidth Memory)に載る。HBMはDRAMダイをTSV(Through Silicon Via)で垂直に積み重ねたメモリで、GPUパッケージに直接実装される。NVIDIA B200の場合、8スタックのHBM3Eで192GBの容量と8TB/sの帯域幅を提供する。

問題は、この容量がモデルの肥大化に追いつかないことだ。Qwen3-480Bのような大規模モデルは、BF16精度で960GBの重みを持つ。192GBのHBMに収まらないため、GPUを増やす必要がある。GPU1台あたり数百万ドルのコストを考えると、これは深刻な経済的ボトルネックになる。

ここでSanDiskが提案するのがHBFだ。DRAMの代わりにNANDフラッシュダイを積み重ね、UCIeインターフェースでGPUに接続する。OCP(Open Compute Project)を通じて2026年8月3日に公開された仕様書(バージョン0.7.0)によると、HBFは最大512GiBの容量と最大3.072TB/sの帯域幅を、16チャネルの独立インターフェースで提供する。NANDの読み出し遅延はDRAMの約1,000倍(約100マイクロ秒対約100ナノ秒)だが、数千の並列読み出しを同時にスケジューリングすることで、集積帯域幅を確保する設計だ。

SanDiskとSK hynixはこの標準化を共同で進めており、GoogleとTenstorrentもコンソーシアムに参加している。商用化は2028年から2029年を目標としている。

批判の焦点1: HBMの帯域幅を「2世代前」に固定した比較

Investor Dayのスライドで最も多くの批判を集めたのは、HBMの帯域幅を12.8TB/sに固定した比較だ。8スタック構成で1スタックあたり1.6TB/sという計算になる。

この数値がどの世代に対応するかを確認しよう。JEDECが2025年4月に公開したHBM4標準(JESD270-4)は、2048ビットインターフェースでピンあたり最大8Gb/s、1スタックあたり2TB/sを規定する。8スタックで16TB/sだ。

一方、Rambusが発表したHBM4EコントローラIPは、ピンあたり16Gb/sをサポートし、1スタックあたり4.1TB/s、8スタック構成で32TB/s超の帯域幅を実現する。Samsungも2026年に12層HBM4Eサンプルを出荷しており、ピン速度14〜16Gb/sを仕様として掲げている。

項目 SanDiskが使用した値 2028/2029年時点の想定値(HBM4E)
HBM帯域幅(GPUあたり) 12.8 TB/s 32 TB/s 約2.5倍
1スタックあたり帯域幅 1.6 TB/s 4.1 TB/s 約2.6倍
対応世代 HBM3E相当 HBM4E 2世代差

HBFの商用化が2028/2029年である以上、比較対象はその時点で主流となっているHBM世代であるべきだ。HBM4Eの32TB/sに対してHBFの最大3.072TB/sを比較すれば、帯域幅の差は約10倍に広がる。SanDiskのスライドが示した12.8TB/sとの比較では、その差は約4倍に見える。比較基準の選び方だけで、HBFの相対的な魅力が大きく変わってしまう。

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批判の焦点2: BF16という「もう使われていない」前提

二つ目の批判は、量子化精度の選択に関わる。SanDiskのスライドは、モデル重みをBF16(16ビット浮動小数点)で格納すると仮定していた。

2026年現在の推論デプロイメントでは、BF16はすでに過去のものになりつつある。ACL 2025に発表された50万回以上の評価を含む大規模実証研究は、FP8(8ビット浮動小数点)による重みとアクティベーションの量子化が全モデルスケールで損失なし(lossless)であることを示した。NVIDIA BlackwellアーキテクチャはFP4をネイティブにサポートし、NVIDIAが公表したBlackwellアーキテクチャのベンチマーク資料では、DeepSeek-R1をB200上でNVFP4で動作させた場合のトークン処理速度が、H200上のFP8比で約3倍とされている(公表資料では倍率のみが示されており、比較元・比較先の絶対値となるtokens/sは本記事の参照ソースからは確認できない)。

vLLMプロジェクトも2026年4月の公式ブログで、FP8 KVキャッシュ量子化が本番環境のデフォルトになりつつあると明言している。

この差が意味するものを具体的に計算しよう。Qwen3-480Bモデルの場合:

量子化精度 1パラメータあたりバイト数 480Bパラメータの総容量
BF16 2バイト 960 GB
FP8 1バイト 480 GB
FP4 0.5バイト 240 GB

BF16を前提とすれば、480Bモデルは960GBを必要とし、192GBのHBMには到底収まらない。HBFの512GBでも足りない。しかしFP8なら480GBで、FP4なら240GBで済む。後者であれば、HBM単体、あるいはHBMとHBFの組み合わせで十分にカバーできる範囲に入る。

BF16という前提は、HBFの必要性を最大限に大きく見せる方向に働く。投資家向けプレゼンテーションとして「最も都合の良い前提」を選んだと批判される所以だ。

批判の焦点3: 書き込み耐久性という「部屋の中の象」

三つ目、そしておそらく最も本質的な批判は、書き込み耐久性の完全な省略だ。

NANDフラッシュのセルには、プログラム/消去(P/E)サイクルの上限がある。TLC NANDで一般的に3,000〜10,000回、SLCでも約100,000回が限界だ。一方、DRAM、すなわちHBMの書き込み耐久性は実質的に無制限である。

この差がなぜ致命的になりうるか。KVキャッシュは、推論のデコード段階でトークンが生成されるたびに新しいエントリが追加される、書き込み集約型のデータだ。しかもリクエストごとに内容が異なるため、再利用も難しい。

2026年8月12日にarXivに公開された論文「HBF Sucks! A Full-Stack Characterization of High-Bandwidth Flash for KV-Centric LLM Serving」(Zhuoran Liら、北京大学)は、この問題を定量的に検証した。研究チームは拡張版TokenSimシミュレータと、Qwen-Bailianの2時間分の本番トレース4種、5つのDense/MoEモデル、H100/B200プロファイルを用いて、HBFをSSD代替のKVキャッシュ層として使用した場合を評価した。

結果は厳しい。H100とB200の両方で、平均エンドツーエンド遅延は2〜5.5倍に増加し、SLO(サービスレベル目標)を満たす最大スループットは1.1〜2.7倍低下した。すべてのトレースで書き込みが読み出しを上回り、3D-ICE熱モデルはスタックがピーク帯域幅に達する前に熱限界に到達することを示した。TLC構成では、HBFが置き換えるSSDプールよりも早く寿命が尽きる。

論文の結論は明確だ。「HBFはSSD代替としての一時的KVキャッシュには不適切(Finding 6: Without SSD-style write management, HBF is limited by write bandwidth and endurance, making it unsuitable for transient KV)」。ただし、モデル重みのような読み取り専用データには有効であり、「選択的かつ再利用認識型、書き込み予算型、熱調整型の層としてなら、LLMサービングに居場所がある」とも述べている。

HotInfra 2026に発表された別の論文「Is High-Bandwidth Flash All You Need?」も同様の結論に達している。「HBFは容量を買うが、NANDはパッケージ上のデコード時間スケールで書き込み制限を受ける。デコード中にバッチとコンテキストが増大して溢れるKVを吸収できず、サービングの入れ替えが要求するエキスパートプールの再構成もできない」。

SanDisk自身も、HBFの用途をモデル重みに限定する方向性を示唆している。同社の技術ブログ的な位置づけの説明では「HBFはAIモデルの重み向け、HBMはKVキャッシュ向け」という住み分けが語られていた。にもかかわらず、Investor Dayのスライドではこの区別が明示されず、HBFがKVキャッシュの問題も解決するかのような印象を与える構成になっていた。

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HBFが本当に解決できる問題

公平を期すために、HBFの正当なユースケースも確認しておく。

モデル重みは、推論時に一度ロードすれば基本的に読み取り専用だ。書き込み耐久性の問題は生じない。しかも、MoE(Mixture of Experts)アーキテクチャの普及により、全パラメータのうち実際にアクティブになるのは一部(Qwen3-235B-A22Bの場合、235Bパラメータ中アクティブは22B)という構造が一般化している。非アクティブなエキスパートの重みをHBFにオフロードし、必要時にプリフェッチする設計は、帯域幅と容量の両面でHBFの強みと合致する。

HyperAccelの技術ブログが整理したように、HBFが機能する条件は三つある。(1)読み取り専用であること、(2)一度ロードして複数回読むこと、(3)アクセスパターンが予測可能でプリフェッチが効くこと。モデル重みはこの三条件をすべて満たす。KVキャッシュは三条件すべてに違反する。

OCP仕様書自体も、HBFを「非整合メモリセントリックなフラッシュデバイス(non-coherent memory-centric flash device)」と定義し、読み取り最適化の設計であることを明示している。書き込みについては4KiBアライメントのバースト長を規定するが、耐久性に関する数値目標は仕様書に含まれていない。

投資家と技術者の間で

SanDiskのInvestor Dayは、財務的には大成功だった。80%の粗利率目標、約940億ドルの長期契約、50%のフリーキャッシュフローマージン。株価は7月の安値から55%以上回復した。

しかし技術コミュニティの反発は、別の問題を照らしている。AI推論インフラへの投資判断が、技術的詳細を十分に検証しないまま下されるリスクだ。SanDiskのスライドが「誤り」だったかどうかは、同社の公式反論を待つ必要がある。2026年8月14日時点で、SanDiskはこれらの批判に対する公式見解を出していない。

確かなことがある。HBFはNANDの物理的制約、すなわち書き込み遅延と耐久性の限界を克服する万能薬ではない。読み取り集約型のワークロードにおいて、HBMでは経済的に賄えない容量を提供する補完技術だ。その位置づけを正確に伝えずに「メモリの壁を打破する」というナラティブを前面に出せば、2028年の商用化時点で期待との落差が表面化する。

arXiv論文のタイトルは「HBF Sucks!」だが、その副題はより正確だ。「A Full-Stack Characterization」、すなわち全スタックでの特性評価。技術の価値は、何を解決できるかだけでなく、何を解決できないかを明示したときに初めて正しく評価される。Investor Dayのスライドに欠けていたのは、まさにその後半だった。