ドイツのSAXON Qは2026年7月21日、ダイヤモンドの窒素空孔(NV)中心を使う量子コンピューター「SXQ128」と「SXQ512」の受注を始めた。総量子ビット数はそれぞれ128と512に達し、同社はダイヤモンドNV方式で10量子ビットを超える初の製品だとしている。ただし、量子ビットがすべて一つのレジスターとして絡み合うわけではない。完全にエンタングルできる範囲はSXQ128が1コア8量子ビット、SXQ512が同16量子ビットであり、発表された規模と実際に一体で計算できる規模を分けて読む必要がある。

SXQ128は注文から3カ月以内、SXQ512は2027年第2四半期からの納入を予定する。どちらも顧客ごとに構成する受注生産で、価格は公開していない。SAXON Qが2026年4月に披露した前世代機は、5量子ビットのプロセッサーを2基並列に動かす構成だった。わずか3カ月後に128と512を掲げた今回の発表は大きな跳躍だが、新型機の実機納入や第三者による性能確認はこれからである。

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128と512をどう数えるか

新製品の仕様で最も注意したいのは、総量子ビット数とコア内のエンタングルメント範囲が一致しない点だ。SAXON Qは独自のマルチコアOSにより複数の量子処理コアを同時に協調させると説明する一方、完全にエンタングルする量子ビット数はコア単位で示している。

モデル システム全体 完全にエンタングルする範囲 納入予定
SXQ128 128量子ビット 1コア当たり8量子ビット 注文から3カ月以内
SXQ512 512量子ビット 1コア当たり16量子ビット 2027年第2四半期から

この違いは、量子アルゴリズムをどこまで一つのコアに載せられるかを左右する。複数コアを並列に使えても、128または512量子ビットが一つの量子状態を共有する構成と同じではない。SAXON Qの発表は、コア間で仕事をどう分割するのか、コアをまたぐ量子操作が可能なのか、実行時にどの程度の負担が生じるのかを明らかにしていない。したがって、総量子ビット数だけを超伝導やイオントラップ方式のプロセッサーと並べても、計算能力の比較にはならない。

同社はSXQ128の用途として、変分アルゴリズム、量子化学シミュレーション、量子振幅推定を挙げる。SXQ512はNV中心を使うモジュールとコア当たりの容量を増やし、より重い研究・応用計算を狙うという。ただし、これらの用途で古典計算機を上回ったという結果は示されていない。エラー訂正と論理量子ビットも開発ロードマップ上にあり、今回の128と512は物理量子ビットの合計である。

NV中心の室温動作と硫黄共注入

NV中心は、ダイヤモンド結晶の炭素原子を窒素原子で置き換え、その隣に原子の空席を作った欠陥である。SAXON QはNV中心の電子スピンと周囲の原子核スピンを量子ビットとして制御する。この方式は希釈冷凍機で絶対零度近くまで冷やさず、室温で量子状態を扱える。DLRとFraunhofer IWUに納入された4量子ビット機も、通常の室内環境で稼働している。

製造上の難所は、注入した窒素から狙ったNV中心を高い歩留まりで作り、負に帯電した状態を安定させることだ。SAXON Qは窒素と硫黄をダイヤモンドへ共注入する独自工程を使う。2024年の技術講演要旨では、従来は10%未満だった変換歩留まりを90%近くまで高められると説明していた。今回の発表では、一般的な1〜10%に対して85%超を達成したとしている。

ただし、作れたNV中心の割合と、計算中に得られる精度は別の指標だ。SAXON Qは新型機の忠実度を最大99.92%とし、1,000回の操作当たりの誤りが1回未満になると説明するものの、1量子ビットゲートか2量子ビットゲートか、何個の量子ビットで測った値か、測定手順は公表していない。

室温動作は、設置面積や冷却設備、運転時の電力を抑えやすい。新製品は標準的なサーバーラックに収まり、通常の電源で連続運転できるという。同社はGPUを使う手法よりエネルギー性能が6〜10倍高いとも主張する。しかし、比較した処理、計算時間、システム境界が示されておらず、現段階では運用コストの優位を数値で確定できない。

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4量子ビット実証から受注製品までの距離

第三者が詳しく確認したSAXON Qの実績は、ドイツ航空宇宙センター(DLR)が2024年7月に受け入れた「SQ-RT with Princess QPU」である。この装置は1個のNV電子スピン量子ビットと3個の原子核スピン量子ビットで構成される。DLRは全4量子ビットを対象に、1量子ビットゲートで95%超、2量子ビットゲートで90%超という基準を設定した。数十種類の試験と数十万回のゲート操作を使い、レジスター全体の下限として検証している。

DLRは当時、次の段階を2個のNV中心を結合した8量子ビット、その後を最大32量子ビットとしていた。Fraunhofer IWUも2025年6月11日、製造業向け研究のためにSAXON Qの4量子ビット機を稼働させた。さらにSAXON Qは2026年4月、各5量子ビットの2コアを独立制御して並列動作させる「QC2026 DUAL CORE」を公開した。ここまでは、少数の量子ビットを室温環境で製品として動かす道筋を確認できる。

一方、SXQ128とSXQ512の忠実度99.92%は「最大値」であり、DLRが採ったレジスター全体の下限とは性質が異なる。測定対象と手順がそろわないため、90%台から99.92%へ精度が上がったとは比較できない。SAXON Qの現在の技術ページには標準の80量子ビット・マルチコア構成も掲載されているが、DLRの計算資源一覧に載る同社機は今も4量子ビットである。新製品の価値を決めるのは、発表上の合計値を実機で再現し、コア内外の操作精度を第三者が測れるかどうかだ。

出荷後に揃うべき性能表

受注開始は、ダイヤモンドNV方式が研究用の少数量子ビット機からサーバーラック向け製品へ移ろうとする節目になる。SAXON Qによると、両モデルはダイヤモンドチップの交換やコア追加で拡張できる。冷却設備を必要としない点と組み合わせれば、企業や研究機関は小さな構成から導入しやすくなる。Qiskit、OpenQASM、独自の量子ゲート言語に対応するため、既存の開発環境から試せる点も実務的だ。

ただし、購入判断に必要な情報はまだ揃っていない。公開されていない価格に加え、新型機を導入する顧客名も明らかになっていない。性能面では、8または16量子ビットのコア全体に対する1量子ビット・2量子ビットゲートの忠実度と、コア間で計算を分けた際の実効性能が要る。エネルギー比較には、同じ問題を同じ精度で解くまでの時間と、周辺装置を含む消費電力量が欠かせない。

SXQ128は注文後3カ月以内、SXQ512は2027年第2四半期以降という納期が最初の確認点になる。納入機に対するDLR型の第三者試験がコア全体とマルチコア動作を測れば、ダイヤモンド量子コンピューターは「室温で動く小型機」から、規模を増やしても性能を保てる計算基盤へ進める。