米Photon Queueは2026年7月21日、Playground Globalが主導する400万ドルのシードラウンドを完了したと発表した。同社はすでに、自由空間を使う量子メモリーの最初の商用機をサンディア国立研究所とメリーランド大学に配備している。資金は製品開発と製造能力、顧客への配備拡大に充てる。
ここで室温動作するのは量子プロセッサーではない。光子を必要な時刻まで待たせ、量子計算や量子ネットワークの別工程と同期させる装置である。研究室の光学系が二つの顧客先へ移ったことで、評価軸は原理の成立から、長い光路を現場で安定させながら損失を抑えられるかへ移った。
光子を止めずに待たせる自由空間ループ
光を使う量子情報処理では、必要な光子が毎回同じ時刻に生まれるとは限らない。複数の光子を同時に使う処理や、離れた量子系を結ぶ通信では、先に来た光子を一時保持して到着時刻をそろえる必要がある。Photon Queueの量子メモリーは、光子を高反射率ミラーで囲んだ経路へ光スイッチで入れ、放出時刻まで周回させる。
仕組みは、光子の量子状態を原子集団の電子状態やスピン状態へ移す物質メモリーと異なる。変換を挟まないため、対応できる波長帯と帯域を光学部品側で設計しやすく、保存・読出し時に生じる変換損失や雑音も避けられる。冷却装置、加熱炉、真空系を保存機構に持ち込まず、室温で動かせるのはこのためだ。
固定長の光ファイバーも光子を遅らせられるが、遅延時間を大きく変えにくい。Photon Queueの基礎となったイリノイ大学アーバナシャンペーン校の装置は、偏光ビームスプリッターとPockels cellをスイッチとして使い、長さの異なる三つのループを切り替える。125ナノ秒と1.25マイクロ秒の経路には、2枚以上のミラー間で光を何度も反射させるHerriott cellを採用した。改良型では、Herriott cellの共振器長に対して340倍の光路を折り畳んでいる。
この違いは、何を「記憶」と呼ぶかにも表れる。物質メモリーは光子の状態を別の媒体へ移して保持するのに対し、自由空間ループでは光子が飛び続ける。保持時間は光路長と周回数で決まり、光子がいつ必要になるかを原則として入射前に決めておく。量子ネットワークの中で使う短時間のバッファーには向くが、情報を長期間置いておく記憶装置とは役割が違う。
発表が室温化したと述べる範囲も、この保存機構までである。接続先の量子プロセッサー、単一光子源、光子検出器を含むシステム全体が室温で動くという意味ではない。フォトニック、イオントラップ、中性原子方式に応用できるとの同社の説明は、それらのQPUを置き換えるのではなく、光による接続部分へ組み込めるという設計上の主張だ。
12.5マイクロ秒で端間効率5%という現実
2023年に公表された実験装置は、12.5ナノ秒、125ナノ秒、1.25マイクロ秒の三つのループを組み合わせ、12.5ナノ秒刻みで保持時間を選べた。各ループの1周当たりの単一モードファイバーへの効率は、短い順に96.5%、88%、72%だった。12.5マイクロ秒まで光を保持できた一方、その時点で装置全体の端間効率は5%まで下がった。
光子は周回するたびにミラーとスイッチを通る。損失が小さくても回数分だけ積み上がるため、保持時間と取り出せる確率を同時に最大化することはできない。研究チームは、ミラー1枚当たりの損失を0.05%未満に抑え、スイッチ側の損失より小さくすることを多重化の成立条件に挙げていた。
量子状態の保存にも差がある。偏光と時間ビンを相互変換する部分の平均プロセス忠実度は99.12%、三つのループはそれぞれ99.35%、99.0%、97.8%だった。長いループほど光学損失と偏光部品の消光比が効く。室温動作は冷却設備を外せるが、長い光路そのものを扱いやすくするわけではない。
実験装置は温度変化による光軸ずれを抑えるため、筐体に加えて補助レーザー、圧電制御ミラー、四分割受光器を使う二つの能動安定化系を備えた。冷凍機を不要にした代わりに、反射を重ねる光学系の精密制御が製品の中核になる。
帯域にも部品ごとの境界がある。2023年の装置は5ピコ秒の光パルスを保存したが、メモリー全体の動作速度はPockels cellに制約され、繰り返し周波数は2メガヘルツを超えられなかった。ミラーの反射帯域が広くても、スイッチの透過損失、消光比、駆動速度が装置全体の上限を決める。自由空間方式の価値は制約が消えることではなく、どの光学部品を改良すれば性能が上がるかを切り分けやすい点にある。
研究室の100個の調整ノブを製品へ変える
UIUCは2024年、当時の実験系に「100個程度」の調整ノブがあり、誰かが二つ動かせば原因究明が難しい状態だと紹介していた。共同創業者は、光軸調整用レーザーと長時間維持する制御系を組み込み、信頼性を試す必要があると説明している。2024年の初期設計から商用機の配備まで進んだことが、今回の発表で確認できる変化である。
同社サイトが示す現行の設計目安は次の通りだ。数値は一般的な計画用で、実機性能は顧客仕様によって変わり得るとの注記がある。
| 項目 | 公開された設計目安 |
|---|---|
| 保持時間 | 10〜1万ナノ秒 |
| メモリー帯域 | 1テラヘルツ超 |
| 中心波長 | 顧客指定で350〜2000ナノメートル |
| 繰り返し | 平均1メガヘルツ、バースト時最大5メガヘルツ |
| 雑音・忠実度 | 1パルス当たり10のマイナス4乗未満、0.99超 |
この表はサンディア国立研究所やメリーランド大学で検収された値ではない。製品名、価格、外形寸法は公開されていない。消費電力や連続稼働時間、顧客先で測った端間効率も不明だ。商用配備は研究装置からの前進を示すが、量産性や運用実績は今後の数字で判断する必要がある。
8光子を1キロヘルツで作る構想はどこまで進んだか
サンディアとPhoton Queueの研究者が2026年3月に公開したプレプリントは、量子メモリーの具体的な使い道を示している。確率的に生まれる異なる周波数の単一光子を、自由空間の可変遅延ループと固定の光ファイバー回折格子で時間的に重ね、同じ時刻に多光子状態を作る構想だ。
論文は市販部品で実現可能とみなした損失を計算に入れ、8光子の周波数ビン状態を平均1キロヘルツで生成できると見積もった。論文内の条件では、多重化しない場合のおよそ2000倍になる。ただし、これは装置を使った生成実験の結果ではなく、損失モデルに基づく提案である。配備されたメモリーが計算通りの多光子生成へ結びつくかは、まだ測定で確かめる段階だ。
Photon Queueは同じ7月、ニューメキシコ州とRoadrunner Venture Studiosから合計50万ドルの支援も得た。州のQuantum Technologies Awardは20万ドルで、州内拠点と少なくとも1人の雇用を設け、受給後2年間維持する条件がある。Albuquerqueでは組立、試験、検証を行う計画だ。
400万ドルが解くべき課題は、ミラーを増やすことではない。異なる波長と保持時間で、端間効率、忠実度、光軸の安定性を顧客先でも再現し、同じ品質の装置を何台作れるかである。その数字が揃えば、室温量子メモリーは実験用の遅延線から、分散量子システムを組むための調達可能な部品へ近づく。
