生物の脳回路をそのまま模倣したシミュレーションに、現実の金融市場を渡すと何が起きるのか。2026年9月、オープンソース開発者のAlex Wormuthは、公開された昆虫の全脳配線図を仮想の市場環境へ直接接続する実験的ソフトウェア「Stonkfly」を公開した。神経科学のデータベースから抽出された約16万個の仮想ニューロンが、ビットコインの価格チャートを見せられ、売買の判断を下すという試みである。
この実験は、ソーシャルメディア上で「ハエの脳が暗号資産でデイトレードを行う」という文脈で急速に拡散した。しかし、派手な話題性の裏側で公開されたコードベースと技術文書を精査すると、そこにあるのは無謀な自動売買アルゴリズムではなく、大規模コネクトームデータを取引所APIへ接続するための実験的なソフトウェアブリッジである。さらに開発者自身がドキュメントの至る所で「利益を生み出す学習能力は何一つ実証されていない」と極めて厳密な自己否定の注記を重ねている。
神経回路の模倣は、果たして市場のノイズから意味のあるパターンを抽出できるのか。Stonkflyが依拠する生物学的データセットの出所、ローソク足チャートを神経発火へ変換する信号チェーンの工学的構造、そして開発ドキュメントが課している客観的検証基準を読み解く。
誇大広告とオープンソース実装の境界線
Stonkflyの存在が公に知られた契機は、英IT系ニュースサイトのThe Registerが2026年9月11日付で掲載した記事だった。記事は、暗号資産取引所Coinbaseに勤務するソフトウェアエンジニアのAlex Wormuthが、シミュレートされた昆虫の神経系に100ドルを与えてビットコイン取引を行わせるプロジェクトを立ち上げたと報じた。
Wormuth本人は自身のX(旧Twitter)アカウントにおいて、実験の開始を次のように告知していた。「ハエの脳にビットコインを取引させるために100ドルを渡した。ハエが利益を出したときにはドーパミン作動性ニューロンが刺激される。ニューロンの活動が売買の決定を制御し、Coinbase上で取引を実行する。ハエは金持ちになるだろうか?」
この投稿文面だけを切り取ると、まるで生物学的な知能が市場の非効率性を突いて自己増殖的な富を築くかのような印象を与える。だが、プロジェクトのリポジトリ(GitHub上のnftechie/stonkfly)および一般公開されているダッシュボード(stonkfly-three.vercel.app)を直接確認すると、開発者が設けた前置きは極めて冷静かつ防御的である。
ダッシュボードの目立つ位置には、大文字で「CHANGING CONNECTIONS ≠ PROVEN SKILL(シナプス結合の変化は、証明されたスキルを意味しない)」という警告が掲げられている。その直下には「Profitable learning hasn't been demonstrated(利益をもたらす学習は実証されていない)」との明文が添えられている。
The Registerの記事は風刺を交えたユーモラスな文体で書かれており、中央銀行の政策判断を仮想昆虫の脳に委ねる日が来るかもしれないといった皮肉を並べている。しかし、技術的な実態としてStonkflyは、物理的な身体モデルを持たない「切り離された神経系」である。2026年3月に同じくThe Registerが報じたEon Systemsの研究(ショウジョウバエの全身モデルを仮想空間で歩行・毛づくろいさせた実験)とは異なり、運動筋肉や外界の物理演算環境は一切接続されていない。あるのは、画面上のチャートをニューロンの興奮に変換し、出力層の発火頻度を集計してAPIへ投げる純粋なソフトウェアインターフェースだけだ。
MaleCNS v1.0が提供した1億2,000万のシナプス構造
Stonkflyが計算基盤として採用しているのは、架空のニューラルネットワークではなく、現実の生物学研究から得られた精密な配線図(コネクトーム)である。具体的には、ハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI)のJanelia Research CampusにおいてFlyEMプロジェクトが公開した「MaleCNS v1.0」データセットを利用している。
Janeliaの公表ログによると、MaleCNSは2025年10月3日に公開されたプレビュー版「v0.9」を経て、2026年6月8日に「v1.0」として正式リリースされた。これは成体の雄のキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の全身中枢神経系、すなわち中央脳、視覚葉、そして胸部・腹部の筋肉を制御する腹部神経索(ventral nerve cord)までを網羅した、同種では初となる雄の完全なコネクトームである。先行して広く研究されてきた「FlyWire」などのデータセットが雌の成体脳を対象としていたのに対し、MaleCNSは雌雄間の神経構造の差異をシナプス解像度で比較検証できる画期的な生物学的資産として提供された。
Stonkflyの技術文書およびThe Registerの報道が示す、このネットワークのグラフ構造上の規模は以下の通りである。
- 構成ノード(仮想ニューロン)数: 166,700
- 有向接続(directed connections)数: 25,582,938
- シナプス接触(synaptic contacts)数: 124,177,617
約16万6,700個の細胞が、1億2,400万箇所を超えるシナプス接合によって網の目状に結ばれている。この数字はグラフアーキテクチャの規模として極めて膨大である。しかし、プロジェクトのドキュメントとダッシュボードは、この数値を「生きている生体の精密な再現」と同一視することに対して明示的な釘を刺している。
ダッシュボード上には、各ニューロンの膜電位計算が「approximate electrical dynamics(近似的な電気力学)」に基づいていると明記されており、システム全体を「SIMPLIFIED WIRING DIAGRAM(単純化された配線図)」と位置づけている。実際のショウジョウバエの脳内では、多様な神経伝達物質の局所濃度、受容体のサブタイプ分布、グリア細胞との相互作用、ペプチドホルモンによる大域的な修飾など、単なるグラフの接続関係を超えた膨大な生化学的変数が同時に作用している。Stonkflyが計算機上に展開しているのは、静止した電子顕微鏡画像から再構築された接続行列の骨格に、数理モデルとしての簡略化された発火ダイナミクスを適用したシミュレーションに過ぎない。
ローソク足から注文発注へ至る4段階の信号チェーン
Stonkflyのシステム内部において、暗号資産の価格変動はどのようにして神経活動へ変換され、注文へと出力されるのか。プロジェクトのアーキテクチャは、データ取得、視覚投影、ネットワーク伝搬、行動決定という4つの明確なフェーズに分離されている。
第1段階は「視覚入力の構築」である。Stonkflyは取引所APIから数値としての価格データ(例えば「BTC = 62,500 USDC」といった浮動小数点数)をニューロンに直接注入することはしない。Coinbaseの公開データフィードからBTC-USDCの市場価格を取得し、これをローカル環境でRGBのローソク足チャート画像としてレンダリングする。ハエの脳は、人間がディスプレイを見るのと同様に、レンダリングされた二次元の画像パターンを通じて間接的に市場を観察する。
この視覚情報の受容面に関して、公開資料には2通りの説明が存在する点に留意する必要がある。ダッシュボードの仕様説明では、感覚インターフェースとして3,335個の明度入力と811個のR8光受容細胞入力が割り当てられているとされ、このマッピング自体が「an approximation(近似)」であると但し書きがなされている。一方で、Tom's Hardwareの技術報道では、ローソク足チャートは左右の複眼に分割され、中央に重複視野を持つ320×180ピクセルのディスプレイ領域として提示されると描写されている。これらはインターフェースの解像度と受容野への割り当てを異なる抽象度で表現したものであり、ピクセルと個々の受容細胞が厳密に1対1で物理対応しているわけではない。
第2段階は「神経網内部のダイナミクス」である。観察対象となる市場は、ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、ソラナ(SOL)の3銘柄であり、システムはこれらをラウンドロビン方式(順次巡回)で切り替えて仮想の複眼に提示する。入力された光刺激は視覚葉のニューロンを発火させ、シナプス結合を通じて網内を連鎖的に伝播する。Tom's Hardwareが報じたタイミング設定によれば、市場データの取得は60秒に1回の間隔で行われるのに対し、脳モデル内部の思考および発火状態の更新はデフォルトで500ミリ秒ごと(1秒に2回)に実行される。なお、ダッシュボード側の記述によれば、ブラウザ上で1秒ごとに描画更新されるチャート表示それ自体は、学習や取引を誘発するトリガーではない。
第3段階は「行動の読み出しとリスク管理」である。出力側の特定領域にあるニューロン群の発火頻度を集計する固定の読み出し層が設けられており、システムが提案できる行動は「買い(Buy)」「売り(Sell)」「静観(Hold)」の3種類に絞られている。ここで決定的なのは、大規模言語モデル(LLM)のような推論層は取引判断に一切関与していないという点だ。
さらに、ニューロンが「買い」を発火させたとしても、それが無条件で市場に流れるわけではない。独立したソフトウェアモジュールであるポジションマネージャーが介在し、現在保有している現金残高、保有暗号資産の数量、そして厳格なリスク上限パラメータと照合して注文サイズを計算する。条件を満たさない提案は却下される。許可された注文のみが、Coinbase AgentKitを介して取引所API(Coinbase Advanced)へルーティングされる。
第4段階として、システム全体の整合性を保つための「単一ワーカー構造」が採用されている。ダッシュボードの解説によると、台帳の更新と脳の内部状態の管理はバックエンドの単一プロセス(ワーカー)が排他的に保持している。Webブラウザ上に表示されるダッシュボードは、バックエンドが定期的に書き出すスナップショットを読み込んでいるだけである。したがって、世界中のユーザーがどれほど同時にブラウザのタブを開いてダッシュボードを閲覧したとしても、取引を行う仮想の脳が増殖したり、並列に注文を発注したりすることはない。
利益と損失を疑似ドーパミンへ変換する強化学習ループ
Stonkflyが「学習」を試みるための基盤として実装しているのが、ポートフォリオの損益に連動した人工的な報酬付与メカニズムである。メディアの一部では「利益が出るとハエが快感を覚える」といった情緒的な表現が散見されたが、コード上で動作しているのは極めて機械的なソフトウェアルールに過ぎない。
ダッシュボードおよびGitHubドキュメントに記されたフィードバックの基本規則は、以下の通りである。
- ポートフォリオ全体の純資産価値が直近の判定基準から+0.01 USDC以上増加した場合、利益と判定される。
- 純資産価値が-0.01 USDC以上減少した場合、損失と判定される。
- いずれかの閾値を超えた瞬間、シミュレーション内の特定のドーパミン作動性ニューロン群に対して、200ミリ秒間の興奮パルス信号が注入される。
注入先となるニューロンは、実生物の脳内で報酬学習や嫌悪学習に関与することが知られている細胞群に対応づけられている。利益が生じた際には同定済みの「PAM11」細胞群(15個)に正の刺激が送られ、損失が生じた際には「PPL101」細胞群(2個)に刺激が送られる。
このパルス入力を受けて、システム内に組み込まれた「候補メモリールール(candidate memory rule)」が作動し、直前に活動していた関連シナプスの伝達効率(重み)を変更する。Wormuth本人がThe RegisterやTom's Hardwareに対して明確に回答しているように、この仕組みはソフトウェア的に設計された強化信号であり、生物の苦痛や快楽、あるいは恐怖といった情動をモデル化したものではない。痛覚受容体はコード内に存在しない。
データを表で見る
| 純資産変動 (USDC) | |
|---|---|
| T0 (基準) | 0 |
| T1 (+0.005) | 0.005 |
| T2 (+0.012) | 0.01 |
| T3 (+0.008) | 0.008 |
| T4 (-0.015) | -0.02 |
この学習ループの設計には、工学的および統計学的な観点から重大な制約が存在する。第1に、シグナルの基準となる損益計算には、保有資産の未実現損益(含み損益)が含まれ、取引所へ支払う売買手数料は直接的な損失としてカウントされる。
第2に、極めて深刻なのが「信用割当問題(credit-assignment problem)」である。プロジェクトのドキュメント自体が率直に指摘している通り、フィードバック信号は単一の取引の成否ではなく、ポートフォリオ全体の価値変動に基づいて生成される。たとえば、ハエが直前に「買い」を実行した直後、市場全体の突発的な上昇によって資産価値が0.01 USDC増えたとしても、それがその売買判断の妥当性によるものか、単なる地合いの上昇によるものかをモデルは区別できない。過去に行った誤った判断に対して誤って正の報酬が与えられる可能性が構造的に排除されていないのだ。
結果として、リポジトリの解説文書は明確な結論を突きつけている。「シナプス結合の変化が生じたとしても、それによって利益を生み出す取引方法を学習したことにはならない」。さらにドキュメントは「本リポジトリのテストにおいて、収益性の高い学習、戦略の改善、生物学的再現性、あるいは実資金による運用実績は何一つ実証されていない」と断言している。
暗号資産市場はボラティリティが高く、相場全体が上昇している局面では、完全にランダムな売買を繰り返すだけでも一時的に資産が増加することがある。プロジェクト側は、真に学習が成立したと判定するための基準として、単なるドルベースの損益ではなく、現金を保有し続けた場合(Cash baseline)や、単純に資産を買い持ちし続けた場合(Buy-and-Hold exposure baseline)との比較が必要であると警告している。「暗号資産の価格が上昇しているという事実だけで、どんな買い手も優秀なトレーダーに見えてしまう」からである。
運用モードの分離と安全設計の実際
Stonkflyを実際に動かすためのアーキテクチャは、予期せぬ金銭的損失を防ぐための多層的な防御策が講じられている。コード上には、シミュレーション環境で仮想資金を動かす「ペーパートレード(Paper Trading)モード」と、実際の取引所APIへ署名済み注文を送信する「ライブトレード(Live Trading)モード」が実装されている。
システムのデフォルト動作はペーパートレードである。このモードでは、Coinbaseの公開フィードから実時間のBTC-USDC価格を取得しつつ、100ドルの仮想初期残高に対して架空の約定をシミュレートする。公開ダッシュボードに表示されるグラフや残高も、基本的にはこのペーパートレードの結果を反映するよう設計されており、本物の市場注文とシミュレーション上の約定が混同されないよう明瞭に区別されている。ダッシュボード上の金額表記はすべてUSDC建てであり、Coinbaseの共通USD/USDCレートを参照して1秒ごとに評価額が更新される。
一方、ライブモードを実行する場合には、取引所APIを保護するための厳格な制約(ダッシュボード上で「ANTI-REKT LIMITS」と呼称されている)がハードコードされている。
- 1回あたりの注文金額上限は10ドルに制限されている。
- 24時間あたりの取引試行回数は最大24回までに制限されている。
- レバレッジ取引や空売り(ショートポジション)を行う機能は存在せず、現物の買いと売りのみ(Long-only, Spot-constrained)に限定されている。
- ポジションマネージャーは、神経系が発火したとしても条件が合致しなければ取引を強制執行しない(「Trades are never forced」)。
ローカルマシンでこのシステムをビルドし稼働させるための動作要件としては、macOSまたはLinux環境、Python 3.11、C++17対応のコンパイラ、そして16GB以上の推奨RAMがドキュメントに指定されている。16万ノードを超える結合行列と発火計算をCPUまたはGPU上で連続処理するためには、一般的なPC環境の上位に近いリソースが求められる。
では、世界に向けて公開されたパブリックなダッシュボードにおいて、このハエの脳は実際にどれほどの取引を実行したのか。報道時点における観測事実は、過熱した期待とは対照的なものだった。The Registerが報じ、同時期に暗号資産メディアのBeInCryptoが追認した調査時点において、公開ダッシュボードの約定履歴には「No fills yet(約定なし)」と表示されており、完了した取引数はゼロであった。
市場データが更新され、神経網の中で電位が波打っていたとしても、出力層が設定された閾値を超えて有効な注文コマンドを生成し、かつポジションマネージャーの検査を通過する水準には達していなかったことを示している。パブリックな実働環境の状態は刻一刻と変化し得るが、少なくともプロジェクト公開直後の段階において「ハエの脳が市場で利益を上げた」という客観的事実はどこにも存在していなかった。
先行研究との比較に見るStonkflyの工学的本質
生物のコネクトームをコンピューター上で再構成する試みは、近年急速に進展している計算神経科学の最前線である。Stonkflyの特異性と限界を客観的に評価するためには、同分野における先行研究との差異を整理しなければならない。
代表的な比較対象となるのが、2026年3月に成果が報じられたEon Systemsによる仮想ショウジョウバエのエミュレーション実験である。両プロジェクトは、生物学的な神経配線図を出発点としている点では共通しているが、その目的とシステム構成は根本的に異なっている。
| 比較項目 | Eon Systemsの身体化エミュレーション | Stonkfly(Alex Wormuth) |
|---|---|---|
| 主な目的 | 生物学的妥当性の検証、行動生成(歩行、毛づくろい等) | コネクトームと金融APIを接続するインターフェース実験 |
| 採用コネクトーム | FlyWire(成体雌ショウジョウバエ全脳)ベース | MaleCNS v1.0(成体雄ショウジョウバエ全中枢神経系) |
| 神経系規模 | 約140,000ニューロン、約5,000万シナプス結合 | 166,700ノード、約1億2,400万シナプス接触 |
| 身体モデルの有無 | あり(NeuroMechFly v2をMuJoCo物理エンジン上で駆動) | なし(身体を持たない切り離された神経系) |
| 時間同期間隔 | 脳と身体の物理演算を15ミリ秒ごとに同期 | 思考500ミリ秒、市場データ更新60秒 |
| 入出力対象 | 仮想空間内の物理接触、視覚、関節運動 | レンダリングされた価格チャート画像と取引所注文API |
| 学習・適応モデル | 漏れ積分発火(LIF)モデル、生体行動の再現 | PAM11/PPL101への損益パルス、ヒューリスティックな可塑性 |
| 公式の検証状況 | 「多くの単純化を含む初期の第一歩」と明記 | 「利益を生む学習は実証されていない」と明記 |
Eon Systemsのプロジェクトは、約14万個のニューロンと約5,000万のシナプス結合を持つ雌の脳モデルを用い、これを物理エンジン「MuJoCo」上で動作する昆虫の生体力学モデル「NeuroMechFly v2」に接続した。脳と身体は15ミリ秒という微小なタイムステップで相互にフィードバックを返し、物理的な脚の接地や触角の動きを再現することを目的としていた。それでもなお、Eon Systemsの研究チームは自らの成果を「多くの重大な単純化を含む作業途上の第一歩(a work-in-progress with many significant simplifications)」と表現し、生体の完全な再現には程遠いことを強調していた。
対照的に、Stonkflyは雄の完全な中枢神経系(脳および腹部神経索)という最新のデータセットを用いながらも、身体のシミュレーションを完全に削ぎ落としている。その代わりに構築されたのが、金融市場の時系列データを画像化して網膜へ流し込み、運動出力のパターンを買い・売り・ホールドという離散的なAPIリクエストへ変換する特異な変換ブリッジである。
このプロジェクトの真の新規性は、金融取引で勝ったことではなく、本来は生体内での生存や交尾行動のために進化した昆虫の神経ネットワークを、全く異質な現代の金融プロトコルへ結びつけるアダプターコードをオープンソースとして実装した点にある。生物の配線図をある種の計算資源として捉え、人工的な強化学習環境へ放り込むという試み自体は、学術的な興味を惹くアプローチと言える。
しかし、それが知的な取引判断として役割を果たすかどうかは完全に別の問題だ。ショウジョウバエの視覚系は、天敵の接近を感知したり、空間内での自己の飛行運動を安定させたりするために最適化されている。二次元平面に描画された緑と赤のローソク足チャートの幾何学的パターンから、価格形成の背後にある人間心理や流動性の歪みを読み取る能力が、進化の過程で刻まれた配線構造の中に備わっていると考える論理的根拠はない。
今後、もしStonkflyやその後継プロジェクトが「ハエの脳が市場を攻略した」と主張する日が来るとすれば、読者や投資家は以下の厳密な基準をもってその真偽を判断しなければならない。
第1に、その取引実績が、単なる暗号資産の市場平均(バイ・アンド・ホールド)や無リスク資産(現金保有)のリターンを統計的に有意な試行回数において上回っているか。第2に、得られた利益が市場の上昇トレンドによる偶然の産物ではなく、可塑性ルールによる重みの更新と因果関係を持っていることがアブレーション実験(学習機能を停止させた対照群との比較)によって証明されているか。そして第3に、実資金を用いた環境において、取引手数料とスリッページを差し引いた後でも再現可能なプラスのリターンを維持できているか。
現時点において、Stonkflyのリポジトリ自身が表明している通り、これらの条件を満たす証拠は一つとして存在しない。1億2,000万のシナプスを持つ仮想の昆虫は、市場の激流の中に放り込まれ、ただ電気的なパルスを明滅させている。その姿を「未来の知能」と呼ぶか、あるいは「精巧な乱数発生器」と呼ぶかの答えは、すでに入念に書かれたプロジェクトの免責事項の中に示されている。
