韓国政府が国家スーパーコンピューターの世代交代を進めている。科学技術情報通信部と韓国科学技術情報研究院(KISTI)は2026年11月2日、大田広域市のKISTI本部で、国家スーパーコンピューター第6号機「漢江(ハンガン)」の稼働式を開催した。新システムは8,496基のGPUを搭載し、理論演算性能614ペタフロップス、ストレージ容量205ペタバイト、ネットワーク帯域400Gbpsを掲げる。従来の第5号機「ヌリオン」と比較すると、理論演算性能は24倍に達するという。
今回の刷新で重要なのは、計算能力の増強だけではない。CPUを中心に構成された従来のスーパーコンピューターから、GPUを大量に搭載し、AIと従来型の科学シミュレーションを組み合わせて実行する計算基盤へと設計思想を転換した点にある。ただし、11月2日に行われたのは稼働式であり、一般の研究者向けの正式サービス開始は12月14日を予定している。また、公表された614ペタフロップスはハードウェアの理論ピーク性能であり、実際の科学計算プログラムの処理速度や、TOP500ランキングで使われるベンチマークの実測値ではない。
稼働式は11月2日、正式サービスは12月14日に開始予定
11月2日にKISTI本部で開催された稼働式は、新システムの構築と試運転の進展を記念する公式行事だ。すべての国内研究者に計算資源が開放されたことを意味するわけではない。科学技術情報通信部とKISTIの発表によると、新システムでは2026年9月から利用研究者の募集が始まり、正式運用に先立つベータサービスが進められている。
KISTIが9月9日に公開した募集案内では、ベータサービスを、新しい計算環境の動作や研究プログラムの適用可能性を確認するための予備運用と位置づけている。利用できるのは事前募集によって選定された研究グループであり、研究者は正式な資源提供が始まる前に、自身のプログラムを新システムへ移行して動作を検証できる。正式サービスの開始日は2026年12月14日を予定している。
| 段階 | 時期 | 運用内容 | 利用条件 |
|---|---|---|---|
| ベータサービス | 2026年9月〜12月前半 | 新システムの動作検証、研究プログラムの移行・適応 | 事前募集で選定された研究グループに限定 |
| 稼働式 | 2026年11月2日 | 新システムの構築を記念する公式式典 | 一般利用者への全面開放ではない |
| 正式サービス開始(予定) | 2026年12月14日 | 本格的な計算資源の配分と運用 | 定期公募などを通じて利用枠を付与 |
研究者にとって重要なのは、理論演算性能の大きさだけでなく、正式サービス開始後にどの程度の計算資源を利用できるかという点だ。例えば、ジョブキューの待ち時間、1つの計算ジョブで同時使用できる最大ノード数、GPUの割り当て方法などは、実際の研究計画を左右する。また、既存の科学計算プログラムを安定して動かすには、コンパイラや通信ライブラリ、ジョブスケジューラなどのソフトウェア環境も整備しなければならない。
KISTIはベータサービスについて、新しい計算資源を先行利用し、研究プログラムの適用可能性を検証する機会だと説明している。ハードウェアの設置が完了していても、従来のプログラムをそのまま移行して高い性能を引き出せるとは限らない。12月14日の正式サービス開始時に公開される利用規程や計算資源の配分条件が、研究現場における新システムの使いやすさを判断する最初の材料となる。
CPU中心の構成からGPU統合型へ、国家計算基盤を刷新
「漢江」の最大の特徴は、理論演算性能の大幅な向上に加え、GPUを中心とするヘテロジニアス(異種混載)構成を採用したことだ。従来の第5号機「ヌリオン」が多数のCPUを並列動作させる構成を中心としていたのに対し、新システムはGPUアクセラレーターを大量に搭載し、従来型の科学計算とAI処理の双方を担う設計となっている。
韓国政府の発表によると、「漢江」はNVIDIAのCPU・GPU統合型プロセッサ「GH200 Grace Hopper Superchip」を含むGPU 8,496基と、CPU 9,936基を搭載する。ストレージ容量は205ペタバイトで、ネットワーク帯域は400Gbpsとされる。政府は第5号機との比較で、理論演算性能が24倍、ストレージ容量が10倍、ネットワーク性能が4倍になったと説明している。
- 第5号機 ヌリオン
- 第6号機 漢江
データを表で見る
| 第5号機 ヌリオン (倍率(第5号機を1とした場合)) | 第6号機 漢江 (倍率(第5号機を1とした場合)) | |
|---|---|---|
| 理論演算性能 | 1 | 24 |
| ストレージ容量 | 1 | 10 |
| ネットワーク帯域 | 1 | 4 |
ただし、これらは公表された仕様上の比較であり、実際の研究プログラムが24倍速く動くことを意味するものではない。また、今回参照した公表資料では、比較対象となる第5号機の各仕様の絶対値まで確認できないため、政府が示した倍率をそのまま掲載している。理論演算性能、ストレージ容量、ネットワーク帯域はいずれもシステムの能力を表す重要な指標だが、それぞれ測定対象が異なる。
| 項目 | 第5号機「ヌリオン」 | 第6号機「漢江」 | 比較上の注意点 |
|---|---|---|---|
| 主な計算アーキテクチャ | CPU中心の構成 | NVIDIA GH200を含むGPU統合型 | GPUの性能を引き出すにはプログラムの対応が必要 |
| プロセッサ構成 | CPU中心の並列クラスタ | GPU 8,496基、CPU 9,936基 | 計算処理の多くをGPU側へ分担できる構成 |
| 理論演算性能 | 比較基準 | 614ペタフロップス(24倍) | 実際の科学計算やHPLの実測性能ではない |
| ストレージ容量 | 比較基準 | 205ペタバイト(10倍) | ストレージの総容量であり、主記憶容量とは異なる |
| ネットワーク帯域 | 比較基準 | 400Gbps(4倍) | 大規模並列計算における通信性能を左右する |
従来の「ヌリオン」は、物理シミュレーションや格子量子色力学(格子QCD)、流体力学といった計算科学の研究を支えるため、多数のCPUを使った並列計算に重点を置いていた。一方、「漢江」はこうした科学シミュレーションに加え、ディープラーニングモデルの学習や推論を科学研究へ取り入れる「AI for Science(AI駆動型科学研究)」を主要な用途として想定している。
この違いは、韓国が国家計算基盤の重点を、従来型の数値シミュレーション中心の構成から、AI処理と科学計算を組み合わせる構成へ移そうとしていることを意味する。例えば、シミュレーションで生成したデータをAIモデルの学習に利用したり、学習済みモデルを使って計算負荷の高い処理を近似したりする研究では、GPUの性能を直接活用できる可能性がある。従来の科学計算を置き換えるのではなく、AIを新たな研究手法として組み合わせることが狙いだ。
ただし、GPUを大量に導入しただけで計算性能を十分に活用できるわけではない。従来のFortranやC++で書かれたCPU向けのMPI並列プログラムを、そのままGPU上で効率よく動かせるとは限らず、アルゴリズムやデータ配置、通信処理の見直しが必要になる場合もある。GPU対応が進まなければ、理論上の演算能力に対して実際の利用効率が低い状態にとどまる可能性がある。
また、公表された614ペタフロップスはハードウェアの仕様に基づく理論ピーク性能であり、実際のアプリケーションにおける処理速度を示すものではない。スーパーコンピューターの性能評価では、理論演算性能を表すRpeakと、HPL(High Performance Linpack)ベンチマークで測定した実効性能Rmaxを区別する必要がある。今回の公表値を実際の演算性能と同一視することはできず、TOP500における正式な評価にはベンチマーク結果の確認が必要となる。
AI創薬や気候予測などを重点支援、課題はソフトウェアのGPU対応
韓国政府は「漢江」を、国家戦略研究開発事業「K-ムーンショット」などを支える計算基盤として活用する方針だ。利用対象には国内大学や政府出資研究機関だけでなく、民間企業の研究開発も含まれる。従来の大規模シミュレーションに加え、AIを活用した科学研究や産業分野の技術開発を支援することを目指している。
重点的な支援分野として挙げられているのは、次のような研究だ。
- 大規模言語モデルや科学基盤モデルを含む先端AI研究
- 新薬候補物質のスクリーニングや分子動力学シミュレーション
- 二次電池や半導体材料などの先端材料設計
- 気候変動シミュレーション、局地的な気象予測、災害予測
- 流体解析や構造解析を組み合わせた製造業向け研究開発
KISTIが公表した2026年度の計算資源支援事業の案内では、応募資格を計算資源の利用を希望する国内機関所属の研究者としている。大学や公的研究機関だけでなく、産業界も含めた幅広い研究コミュニティに計算資源を提供する方針だ。ただし、これらは今後の利用計画や重点支援分野を示したものであり、新システムによって各分野の研究効率がすでに向上したことを証明するものではない。
特に創薬や気候予測などの分野では、長年にわたって開発・改良されてきた科学計算プログラムがCPU向けに最適化されている場合が多い。これらをGPU環境へ移行するには、単にプログラムを再コンパイルするだけでは不十分なケースもある。計算処理をGPU向けに再構成し、CPUとGPUの間のデータ転送やメモリアクセス、並列処理の効率を改善する必要がある。
NVIDIA GH200は、Grace CPUとHopper GPUを高速かつキャッシュコヒーレントなNVLink-C2Cで接続する構成を採用している。CPUとGPUのメモリを協調して利用できる設計は、大規模な科学計算やAI処理に適しているが、その性能を十分に引き出すにはプログラム側の対応が必要だ。特に、大量のデータを扱うシミュレーションでは、GPUの演算性能だけでなく、メモリ帯域や通信処理、データ配置の最適化が実行速度を大きく左右する。
したがって、国家スーパーコンピューターの刷新による研究生産性の向上は、ハードウェアの性能だけでは決まらない。研究者が既存のプログラムを新しい環境へどれだけ円滑に移行できるか、GPU向けのライブラリや開発支援環境がどこまで整備されるかも重要となる。ベータサービスでの検証結果や、正式運用開始後のGPU利用率、代表的な科学計算プログラムの実行時間が、国家計算基盤への投資効果を判断する材料になる。
TOP500「世界10位圏」の見通し、正式順位と実測性能は未確定
韓国政府が今回の発表で強調したもう一つの点が、世界のスーパーコンピューターランキング「TOP500」における順位の見通しだ。科学技術情報通信部は、2026年11月に米国で開催される国際会議「SC2026」に合わせて公表されるTOP500ランキングで、「漢江」が世界10位圏内に入ると予想している。
ただし、これは政府が示した見通しであり、TOP500の正式順位が確定したことを意味するものではない。ランキングは各システムのHPLベンチマーク測定結果に基づいて決定されるため、ハードウェアの理論演算性能だけで順位を判断することはできない。実際の順位は、「漢江」の測定結果に加え、同じ時期に登録される他国のスーパーコンピューターの性能によっても変わる。
TOP500の正式リストで確認すべき主な指標は、HPLの実測演算性能を示すRmaxと、理論ピーク性能を示すRpeakだ。両者の比率であるRmax ÷ Rpeakは、ハードウェアの理論性能に対してHPLベンチマークがどの程度の性能を引き出せたかを表す。仮に理論演算性能が614ペタフロップスであっても、実行効率が低ければHPLの実測性能は大きく下回る。さらに、計算に使用されたシステム規模や消費電力なども確認することで、単純な演算性能以外の特性を把握できる。
もっとも、TOP500で高い順位を獲得しても、あらゆる科学計算が高速化するとは限らない。HPLは密行列の線形方程式を解く処理を中心としたベンチマークであり、流体力学や気候予測、分子動力学、AIモデルの学習など、実際の研究で使われる計算処理とは負荷の特性が異なる。例えば、メモリアクセスやノード間通信が性能を制約するプログラムでは、HPLの実行効率が高くても同じ水準の性能を引き出せるとは限らない。
今回の政府発表には、代表的な科学計算プログラムを用いた実効性能の測定結果は含まれていない。そのため、世界10位圏という見通しは韓国の計算基盤拡充を示す材料にはなるものの、研究機関や企業が実際に利用する際の処理性能を保証するものではない。研究現場にとっては、TOP500の順位に加え、対象となるプログラムのGPU対応状況や、並列処理のスケーリング性能を確認することが欠かせない。
「漢江」は、韓国の国家計算基盤を従来のCPU中心の科学シミュレーションから、GPUを活用したAI駆動型の科学研究へと拡張する重要な転換点となる。ただし、その効果が実際の研究成果に結びつくかどうかは、ハードウェアの理論性能だけでは判断できない。今後はSC2026でのTOP500正式順位、12月14日に予定されるサービス開始後の利用条件、そして研究プログラムを用いた実効性能の検証結果が注目される。
