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Speedata、革新的「APU」でデータ分析市場に新風:4,400万ドル調達でNVIDIAの牙城に挑む

Y Kobayashi

2025年6月5日

ビッグデータとAIの時代が本格化する中、その根幹を支えるデータ分析処理の高速化は、あらゆる産業にとって喫緊の課題である。そんな中、イスラエルの半導体スタートアップSpeedataが、データ分析に特化した革新的なプロセッサ「Analytics Processing Unit (APU)」を引っ提げ、市場に名乗りを上げた。同社はシリーズBラウンドで4,400万ドル(約68億円)の資金調達を完了したことを発表。累計調達額は1億1,400万ドル(約177億円)に達し、その技術と将来性に大きな期待が寄せられている。

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巨額資金調達の背景と期待される成長

Speedataが2025年6月3日に発表した今回のシリーズB資金調達は、Walden Catalyst Ventures、83North、Koch Disruptive Technologies、Pitango First、Viola Venturesといった既存の主要投資家が引き続き支援を表明した形だ。 さらに、戦略的投資家として、IntelのCEOでありWalden Catalyst VenturesのマネージングパートナーでもあるLip-Bu Tan氏や、Mellanox Technologiesの共同創業者であるEyal Waldman氏といった半導体業界の重鎮が名を連ねている点は特筆に値する。 これほどの顔ぶれが支援するという事実は、Speedataの技術が持つポテンシャルと、データ分析市場における変革への期待がいかに大きいかを物語っていると言えるだろう。

調達した資金は、主に市場投入戦略(go-to-market initiatives)の推進に充てられる。 同社はすでに、テルアビブを拠点に、データ分析処理の高速化という明確なミッションを掲げて活動しており、その成果物であるAPUは、特にApache Sparkのようなビッグデータ処理フレームワークをターゲットとしている。

SpeedataのCEOに新たに就任したAdi Gelvan氏は、「AIの推論が私たちの生活を変えることは誰もが知っていますが、そのどれもがまずデータ分析なしには実現しません」と語る。 彼の言葉は、AI開発の成否が、いかに質の高いデータを迅速に処理できるかにかかっているかを示唆している。Gelvan氏は、以前Speedb社のCEOを務め、2024年にRedis社による買収を成功させた実績を持つ、データインフラ分野のベテランだ。 彼のリーダーシップのもと、Speedataがどのように市場を切り拓いていくのか注目される。

Speedataとは? なぜ今、専用プロセッサなのか

Speedataは2019年に6人の研究者によって設立された。 その創業者の中には、後に詳述するCGRA(Coarse-Grained Reconfigurable Architecture)技術を最初に開発した研究者たちも含まれているという。 彼らは、汎用プロセッサでデータ分析を行う際の限界、特にワークロードが複雑化した場合に数百台ものサーバーが必要になる現状を問題視し、単一の専用プロセッサでより高速かつ省エネルギーに処理できると考えたのだ。

現代のデータ処理は、CPU(中央処理装置)や、近年ではAI処理やグラフィックス処理でその名を知られるGPU(グラフィックス処理ユニット)が担うことが多い。しかし、SpeedataのGelvan CEOは、「これらは汎用プロセッサか、他のワークロード向けに設計されたプロセッサであり、データ分析のためにゼロから構築されたチップではありません」と指摘する。 実際、GPUは元々グラフィック描画のために設計され、後にその並列処理能力がAIやデータ処理に応用されてきた経緯がある。

ここにSpeedataのAPUが登場する意義がある。APUは、データ処理、特にビッグデータ分析のボトルネックをコンピューティングレベルで解消することに特化して設計されているのだ。 Gelvan氏は、「我々のAPUはデータ処理専用に作られており、単一のAPUがサーバーラック群を置き換え、劇的に優れたパフォーマンスを提供します」と自信を見せる。

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革新的APU「Callisto」の技術的詳細

Speedataの核心技術は、カスタム設計されたチップ「Callisto」を搭載したアクセラレータカード「C200」である。 このカードは、標準的なPCIeポートを介してサーバーに接続され、既存のインフラやアプリケーションコードに大きな変更を加えることなく導入できる点が特徴だ。 まさに、既存システムへのアドオンで飛躍的な性能向上を実現しようというアプローチである。

では、Callistoチップはなぜこれほどまでにデータ分析処理を高速化できるのだろうか?その秘密は、いくつかの革新的な技術的特徴にある。

CGRAアーキテクチャ:柔軟性と効率性の両立

Callistoチップの根幹を成すのは、CGRA(Coarse-Grained Reconfigurable Architecture:粗粒度再構成可能アーキテクチャ)と呼ばれる比較的新しいチップアーキテクチャだ。 これは、Speedataの創業者たちが開発に貢献した技術でもある。 CGRAは、FPGA(Field-Programmable Gate Array:現場でプログラム可能なゲートアレイ)と同様に、特定のタスクに合わせてチップの回路構成をある程度プログラム(再構成)できる柔軟性を持つ。これにより、実行するタスクに最適化された処理が可能となり、速度向上に寄与する。

分岐ロジック処理の克服:GPUの弱点を狙い撃ち

データ分析クエリ、例えばSQLクエリなどを考えてみると、処理するデータの内容によって実行される計算が変化する「分岐ロジック」が頻繁に含まれる。 例えば、「もしAという条件を満たせばXの計算を、そうでなければYの計算を行う」といった具合だ。

実は、GPUはこの分岐ロジックの効率的な処理を苦手とする場合がある。GPUの並列処理は、多くのスレッド(計算ユニット)が同じような処理を同時に行うことで高い性能を発揮するが、分岐ロジックが多いと、一部のスレッドが待機状態(アイドル)となり、処理能力を十分に活かせなくなることがあるのだ。 SpeedataのCallistoチップはこの制限を共有せず、スレッドの処理能力をより完全に活用できるため、分岐ロジックを多用する分析クエリにおいて高いパフォーマンスを発揮すると考えられる。

連携オーバーヘッドの削減とオンチップ処理

Callistoチップは、他にもいくつかのパフォーマンス最適化が施されている。

GPUがデータ分析タスクを実行する際、内部の多数のコンピューティングモジュール間の連携を調整するために、かなりの処理能力を割かなければならない。 Callistoが採用するCGRAアーキテクチャでは、この連携タスクを各コンピューティングモジュール自身に委ねることで、調整にかかるオーバーヘッドを削減。その結果、より多くの処理能力を実際のクエリ実行に振り向けることができる。

さらに、多くの分析アプリケーションで標準的に使用されるデータフォーマットであるApache Parquetファイルの処理方法もユニークだ。通常、Parquetファイルを処理する前には、その内容を抽出するために複数ステップのプロセスが必要で、この過程でファイルがメモリとの間で繰り返し移動され、時間がかかる。 Callistoは、Parquetファイルの内容をチップ外の遠隔メモリデバイスに移動させることなくオンチップで抽出処理を行うことで、この時間を大幅に短縮するという。 これは、データ移動のオーバーヘッドを極小化するという、現代のプロセッサ設計における重要なトレンドとも合致する。

驚異的な性能向上:製薬業界での実証

Speedataは、そのチップが従来のシリコンよりも大幅に高速であると主張しており、具体的なテスト結果も公表している。ある製薬会社のワークロードにおいて、Callistoは競合するプロセッサ(具体的な種類は非公開)と比較して約280倍高速に処理を完了したという。 具体的には、従来90時間かかっていた処理が、わずか19分で完了したとのことだ。 この数値は衝撃的であり、もし同様の性能向上が他の分野でも再現可能であれば、データ分析のあり方を根本から変える可能性を秘めている。

同社によれば、このチップはヘルスケア分野以外にも、金融、保険、広告テクノロジー市場の組織によってもテストが進められているという。

市場へのインパクトと将来展望:「AIの触媒」としてのAPU

Speedataの登場は、ビッグデータとAIが爆発的に普及する現代において、極めて重要な意味を持つ。同社の新CEOであるAdi Gelvan氏は、「よく知られた格言を言い換えれば、『ダイヤモンドが入れば、ダイヤモンドが出てくる』ということです。つまり、AIの価値を最大限に引き出す前に、データが準備されていなければなりません。SpeedataのAPUは、その失われた環であり、ビジネスインテリジェンスから医療のブレークスルー、次世代AIアプリケーションに至るまで、あらゆるものを動かすスケーラブルなリアルタイム分析を解き放ちます。これは、AIが次の時代に進むために必要としていた触媒なのです」と述べている。

IntelのCEOであり、Walden Catalyst VenturesのマネージングパートナーでもあるLip-Bu Tan氏は、「データの量と複雑さが前例のないペースで増大し続ける中、既存のコンピュートアーキテクチャを補完する新しいアプローチが必要であることは明らかです」とコメント。 「SpeedataのAPUは時宜を得たイノベーションであり、ビッグデータ分析の増大する要求に大規模に対応するために専用設計されています。重要なパフォーマンス向上を解き放ち、データインフラの未来を定義する手助けとなる企業を支援できることを嬉しく思います」と期待を寄せている。

また、Mellanox Technologiesの共同創業者であり、Speedataの取締役でもあるEyal Waldman氏は、「データ分析はもはや『あれば良いもの』ではなく、特にAI時代においては現代コンピューティングの重要なレイヤーです」と強調。 「SpeedataのAPUは、GPUがAIにもたらしたのと同じような飛躍をデータ分析にもたらします。このプロセッサの登場により、Speedataはデータ駆動型ワークロードの実行方法を再定義し、業界全体で新たな効率性、スケール、節約、そしてインパクトを解き放つでしょう」と述べている。

Speedataは現在、Apache Sparkワークロードをターゲットとしているが、将来的にはあらゆる主要なデータ分析プラットフォームをサポートすることを目指しているという。 Gelvan CEOは、「GPUがAIトレーニングのデフォルトになったように、APUがあらゆるデータベースと分析プラットフォームにおけるデータ分析のデフォルトになることを目指しています」と、その野心的な目標を語っている。

同社は、2025年6月の第2週に開催されるDatabricksのData & AI Summitで、APUを初めて公に展示する予定だ。 そこでどのようなデモンストレーションが行われ、市場からどのような反応が得られるのか、大いに注目されるところである。

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データ中心時代の新たな選択肢となるか

SpeedataのAPU「Callisto」は、データ分析という特定のワークロードに焦点を絞り、CGRAという新しいアーキテクチャと数々の最適化技術を組み合わせることで、既存のCPUやGPUでは達成困難だったレベルの性能向上と効率化を実現しようとしている。特に、分岐ロジック処理の効率化やApache Parquetファイルのオンチップ処理といった特徴は、実際のデータ分析業務におけるボトルネックを的確に捉えたものと言えるだろう。

もちろん、NVIDIAのGPUはAI分野で圧倒的な地位を築いており、そのエコシステムも強力だ。Speedataがこれにどこまで食い込めるかは未知数である。しかし、データ分析に特化することで、特定の領域においてはGPUを凌駕する性能を発揮できる可能性は十分にあり、市場に新たな選択肢をもたらすことは間違いない。

「データは新しい石油である」としばしば言われるが、その石油を精製し、価値ある製品へと変える「製油所」の役割を担うのがデータ分析基盤である。SpeedataのAPUが、この製油所の効率を劇的に向上させる「革新的プラント技術」となるのか。AIとビッグデータの波がますます高まる中、Speedataの動向は、今後のテクノロジー業界全体の勢力図にも影響を与える可能性を秘めていると言えるだろう。


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