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TSMC、欧州初の設計拠点ミュンヘンに25年後半にも開設:AI・自動車シフト鮮明、ドレスデン工場との連携で「欧州半導体」復権の鍵となるか?

Y Kobayashi

2025年6月2日10:43AM

半導体受託製造(ファウンドリ)世界最大手のTSMCが、ヨーロッパにおける事業展開を加速させている。同社は2025年5月末、オランダ・アムステルダムで開催された「TSMCヨーロッパ技術シンポジウム」において、ドイツ・ミュンヘンに同社にとってヨーロッパ初となるチップ設計センターを2025年第3四半期に開設する計画を明らかにした。この動きは、建設が進むドイツ・ドレスデンの半導体工場(ESMC)との連携を深め、自動車や人工知能(AI)分野を中心にヨーロッパ顧客へのサポート体制を強化する戦略的な一手と見られ、欧州半導体エコシステムの再構築にも大きな影響を与える可能性を秘めている。

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TSMCがミュンヘンに白羽の矢 – 欧州初の設計拠点が担う戦略的役割

TSMCヨーロッパの社長、Paul de Bot氏が明らかにしたところによると、ミュンヘンの新設計センターは、ヨーロッパの顧客企業が高密度、高性能、かつエネルギー効率に優れた半導体チップを設計できるよう支援することを目的とする。特に、ヨーロッパが強みを持つ自動車産業や産業機器分野に加え、成長著しいAI、IoT(モノのインターネット)アプリケーションに注力するという。

これまでTSMCは、カナダ、中国、日本、台湾、そしてアメリカに合計9つの設計センターを構えてきたが、ヨーロッパでの設計拠点開設は今回が初めてとなる。この背景には、いくつかの要因が考えられる。

第一に、ヨーロッパ市場、特にドイツにおける自動車産業の重要性だ。ミュンヘンはBMWの本拠地であり、AudiやMercedes-Benzといった他の大手自動車メーカーや関連サプライヤーも近隣に集積している。次世代自動車に不可欠な高性能半導体の需要が高まる中、設計段階から顧客と緊密に連携できる拠点の意義は大きい。工商時報(台湾)は、スマートカーの進化に伴い車載MCU(マイクロコントローラユニット)が従来の40nm(ナノメートル、1nmは10億分の1メートル)プロセスから16nmといったより微細なプロセスへ移行していると指摘しており、TSMCの参画は欧州車メーカーの電子化を加速させるだろう。

第二に、eeNews Europeが指摘するように、ヨーロッパにおける先端半導体の設計ノウハウを持つ専門人材の不足である。TSMCは伝統的にチップ製造に特化してきたが、ミュンヘンに設計センターを置くことで、顧客企業への技術サポートを強化し、ドレスデンで建設中の工場(ESMC)を最大限に活用するための「手引き」を行う狙いがあるのかもしれない。特に、ESMCは中小企業や大学にも門戸を開くことが期待されており、これらの組織が先端プロセスを活用するには、TSMC側のきめ細かい設計支援が不可欠となるだろう。

そして第三に、現在建設中のドレスデン工場との強力なシナジー効果だ。

ドレスデン工場「ESMC」との連携強化 – 製造と設計の両輪で欧州市場を深耕

TSMCは、ドイツ東部のドレスデンにおいて、オランダのNXPセミコンダクターズ、ドイツのInfineon Technologies、そして同じくドイツのRobert Boschという欧州半導体大手3社と合弁で、ヨーロッパ半導体製造会社(ESMC: European Semiconductor Manufacturing Company)を設立し、新工場の建設を進めている。

このプロジェクトの総投資額は100億ユーロ(約1兆7000億円)を超えるとされ、TSMCが70%、他の3社がそれぞれ10%を出資する。工場は2024年に着工し、2027年末までの稼働と量産開始を目指しており、完成すれば月産4万枚の300mmウェハー(半導体の基板)の生産能力を持つことになる。

ただし、TSMCは当初、このESMCでは同社の最先端プロセスではなく、主に自動車や産業機器向けの28nm、22nm、そして16/12nmといった比較的成熟したプロセスノードの半導体を製造する方針を示している。これに対し、eeNews Europeは、ヨーロッパの政治家やAI・高性能コンピューティング(HPC)関連企業からは、国産の先端チップ供給能力を確保するため、ESMCが早期に6nmや3nmといったより微細なプロセスへ移行することへの期待感があると報じている。工商時報のサプライチェーン情報筋も、将来的により高度なノードへの拡張を否定していない。

ミュンヘンの設計センターは、このESMCで製造されるチップの設計をサポートする上で中心的な役割を果たすことになるだろう。顧客企業は、設計段階からTSMCの製造プロセスに最適化されたチップ開発を進めることができ、開発期間の短縮や性能向上、コスト効率の改善が期待できる。これは、ヨーロッパにおける半導体サプライチェーンの強化、ひいては「欧州チップ法(EU Chips Act)」が目指す域内半導体生産能力の向上にも寄与する動きと言えよう。

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TSMCのグローバル戦略における「次の一手」 – 欧州での設計サービス本格化の意味

今回のミュンヘン設計センター開設は、TSMCのグローバル戦略における重要な布石である。同社は、台湾に本社を置きつつも、アメリカ(アリゾナ州)、日本(熊本県)でも新たな製造拠点の建設を進めており、地政学的リスクの分散と主要市場への接近を図っている。

eeNews Europeは、TSMCが設計サービスに乗り出すことは、同社にとって戦略的な転換を意味する可能性に言及している。台湾では、TSMCの周辺にグローバル・ユニチップ(GUC)のような設計サービス企業が数多く存在し、ファブレス企業(自社工場を持たない半導体企業)をサポートしている。しかし、ヨーロッパには同様の先端設計サービスを提供できる企業が不足しているのが現状だ。ミュンヘンの設計センターは、このギャップを埋め、ヨーロッパの顧客に対してより包括的な設計プロセスと迅速なチップ供給を実現する狙いがあると考えられる。

また、この動きはTSMCのグローバル展開加速の一環と位置付けられるだろう。特にAIと自動車分野への注力は、これらの市場が今後も高い成長を見込めること、そしてヨーロッパがこれらの分野で依然として強い競争力を持っていることを反映しているのだろう。

欧州半導体エコシステムへの貢献と残された課題

TSMCによるミュンヘン設計センターの開設とドレスデン工場の稼働は、ヨーロッパの半導体エコシステムに大きな変化をもたらす可能性を秘めている。最先端の製造技術と設計ノウハウがヨーロッパにもたらされることで、域内企業の国際競争力向上や、新たなイノベーションの創出が期待される。

一方で、課題も存在する。優秀な設計エンジニアの確保と育成は急務であり、ヨーロッパの大学や研究機関との連携強化が求められるだろう。また、TSMCがヨーロッパ固有のビジネス文化や規制環境にどう適応していくかも注目される。

今回のTSMCの発表は、単なる一企業の拠点開設に留まらず、世界の半導体勢力図やサプライチェーンのあり方にも影響を及ぼす大きな動きであると言える。ミュンヘンとドレスデンが、ヨーロッパにおける半導体産業復権の起爆剤となるのだろうか?


Sources

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