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台湾「N-1」規制法が可決:TSMC最先端技術は国外持ち出し禁止となるか?

Y Kobayashi

2025年4月30日

半導体受託製造(ファウンドリ)で世界最大手のTSMCを擁する台湾が、その技術的優位性を守るための新たな一手を打った。最先端半導体プロセス技術の国外への移転を制限する「N-1」ポリシーを含む法改正案が可決されたのだ。これは、台湾が誇る「シリコンシールド(半導体を盾にした安全保障戦略)」を一層強化する動きであり、TSMCのグローバル戦略、特に巨額投資が進む米国への影響も避けられない。この規制強化は何を意味し、世界の半導体地図にどのような変化をもたらすのだろうか?

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台湾、半導体技術の「門番」強化へ – 新法可決の背景

台湾の立法院(国会に相当)は、産業イノベーション法(產創條例)第22条の改正案を三読会(最終審議)で可決した。この改正は、台湾が持つ核心的な半導体技術の保護と、国家安全保障に関わる海外投資の管理を強化することを主な目的としている。

具体的には、台湾企業の海外投資について、以下のいずれかに該当する場合、政府がその投資申請を一部または全部不承認としたり、条件を付けたりする権限を持つことが法律に明記された。

  1. 国家安全保障に影響を及ぼす場合
  2. 国家の経済発展に不利な影響を与える場合
  3. 政府が締結した国際条約や協定の遵守に影響を及ぼす場合
  4. 関連労働法規に違反し、重大な労使紛争が未解決の場合

従来も同様の規定は下位の規則(公司國外投資處理辦法)に存在したが、今回の改正で法律レベルに引き上げられ、より強力な法的根拠を持つことになった。さらに、承認後にこれらの問題が発生した場合、政府は是正を命じることができ、事態が深刻であれば投資承認を撤回することも可能となる。

この法改正の背景には、米中技術覇権争いの激化や台湾海峡をめぐる地政学的リスクの高まりがあることは想像に難くない。台湾にとって半導体産業は経済の生命線であると同時に、国際社会における影響力を維持するための重要な「盾」でもある。TSMCのような企業の技術的優位性を国内に留め置くことは、この「シリコンシールド」戦略の根幹に関わる問題なのだ。

経済部によると、関連する下位規則の改正には最大6ヶ月を要するため、新法の施行は早くとも2025年末になる見込みだという。

「N-1」規制とは何か? TSMCの最先端プロセスはどうなる?

今回の法改正で特に注目されるのが、「N-1」ポリシーの導入だ。これは、台湾の行政院長(首相に相当)である卓栄泰氏も言及しており、TSMCが海外(特に米国など)で半導体工場を稼働させる際、台湾国内で稼働している最新鋭の製造プロセス技術(N世代)の導入を認めず、その1世代前(N-1世代)までの技術に限定するというものだ。

これまで台湾の法律では、半導体製造プロセス技術の輸出に関して、このような明確な制限は設けられていなかった。今回の改正は、事実上、TSMCの最先端技術の国外流出に「待った」をかけることを意味する。

しかし、ここで一つ、興味深い問題が浮上する。どのプロセスが「最先端(N)」と見なされるのか、という点だ。

現在のTSMCの最先端ノードはN3P(3nm改良版)である。しかし、2025年末までには次世代のN2(2nm)プロセスでの生産が開始され、これが新たなフラッグシップとなる予定だ。ここまでは比較的単純かもしれない。

問題はその後だ。TSMCは2026年末以降、異なる用途に向けた2つのフラッグシップノードを持つ計画を発表している。一つはクライアント向け(スマートフォンやPCなど)のN2P、もう一つは高性能コンピューティング(HPC)向けのA16(1.6nm相当)で、後者はチップ裏面から電力を供給する「スーパーパワーレール(SPR)」と呼ばれる新技術を採用する。

この状況で、台湾当局はN2PとA16のどちらを「N世代」として輸出規制の対象とするのだろうか?あるいは、両方とも規制対象となるのだろうか?さらに将来、これらに続くA14(1.4nm相当)やA16Pが登場した際、規制はどのように適用されるのか?現時点では不透明感が残る。

なお、TSMCが米国アリゾナ工場で現在4nmプロセスを生産しており、2030年までにはA16プロセスでの生産を目指していると報じられている。この計画が「N-1」規制によってどのような影響を受けるのか、今後の動向が注視される。

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海外投資への監視強化 – 国家安全保障を盾に

N-1規制と並んで重要なのが、海外投資に対する審査・管理体制の強化だ。前述の通り、国家安全保障や経済発展への影響などを理由に、政府が企業の海外投資を差し止めたり、条件を付けたり、承認を取り消したりする権限が法的に強化された。

これは、TSMCが米国アリゾナ州への投資額を当初の計画から大幅に増額し、総額1,650億ドル(期間未定)に達する可能性があると報じられているタイミングと重なる。一部報道では、Trump大統領の意向もあって、TSMCが米国への投資を拡大しているとの見方もある。

台湾政府としては、国内企業の巨大な海外投資が、結果的に台湾の技術的優位性や経済安全保障を損なう事態を避けたいという思惑があるのだろう。特に、最先端技術が集中する半導体分野においては、その懸念が一層強いと考えられる。以前より、国内企業の海外展開や技術移転には非常に慎重、あるいは否定的ですらあった台湾だが、現在は一定の柔軟性を見せつつも、最先端技術の国内維持には固執しているようだ。

新設された罰則 – 実効性への疑問符?

今回の法改正では、新たに罰則規定も設けられた。これは、従来の規制にはなかった点だ。

具体的には、事前の承認を得ずに海外投資を行った企業に対しては、5万台湾ドル(約25万円)以上、100万台湾ドル(約500万円)以下の罰金が科される可能性がある。また、承認された投資であっても、後に国家安全保障や経済発展を損なうなどの問題が指摘され、期限内に是正措置を講じなかった場合、50万台湾ドル(約250万円)以上、1,000万台湾ドル(約5,000万円)以下の罰金が繰り返し科される可能性がある。

しかし、TSMCが米国に計画している1,650億ドル(約26兆円!)もの巨額投資と比較すれば、最大でも1,000万台湾ドル程度の罰金は、同社の経営判断に大きな影響を与えるとは考えにくい。罰則が設けられたこと自体の意義は大きいものの、その実効性については疑問が残るものとなりそうだ。

規制強化の狙いと今後の展望

今回の台湾の動きは、単なる国内法改正に留まらない、より大きな地政学的・経済的な文脈の中で捉える必要がありそうだ。

台湾政府の狙いは明白だ。世界をリードする半導体製造技術、特にTSMCが持つ最先端プロセス技術を可能な限り国内に留め置き、技術的優位性を維持すること。そして、それを外交・安全保障上の交渉カード、すなわち「シリコンシールド」として最大限活用することだろう。米国からの投資誘致圧力や、中国からの技術窃取リスクなど、内外からのプレッシャーが高まる中で、法的なガードレールを設ける必要性が増したと言える。

しかし、この規制強化は諸刃の剣にもなり得る。過度な規制は、TSMCのようなグローバル企業の事業展開を阻害し、かえって国際競争力を削ぐ可能性も否定できない。また、最大の投資先であり、安全保障上のパートナーでもある米国との関係にも微妙な影響を与える可能性がある。米国は自国内での先端半導体製造能力の強化を国策として進めており、TSMCの協力は不可欠だ。台湾のN-1規制が、米国の期待とどのように折り合いをつけていくのかは、今後の大きな焦点となるだろう。

さらに、「N」世代の定義が曖昧な点は、企業にとって予見可能性を損なう要因となり得る。TSMCが将来的に複数の最先端ノードを並行して展開する場合、どの技術が輸出可能で、どれが不可能なのか、明確な基準が示されなければ、長期的な投資計画や研究開発戦略にも影響が出かねない。

今後の注目点は、まず、2025年末までとされる施行時期までに策定される下位規則の具体的な内容だ。ここで「N」世代の定義や運用ルールがより明確になる可能性がある。そして、実際に法律が施行された後、台湾当局がどのようにこの権限を行使していくのか、特にTSMCの米国投資案件に対してどのような判断を下すのか。罰則規定がどの程度厳格に適用されるのかも、その実効性を測る上で重要になるだろう。

今回の法改正は、半導体サプライチェーンにおける台湾の戦略的な立ち位置を改めて浮き彫りにした。技術覇権をめぐる国家間の神経戦が続く中、台湾が放った次の一手が、世界のハイテク産業にどのような波紋を広げていくのか、注意深く見守る必要がある。


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