世界最大の音楽企業であるUniversal Music Group(UMG)と、AI音声・音響技術を手がけるElevenLabsは2026年9月10日、複数年にわたる戦略的ライセンス契約を締結したと発表した。提携の柱となるのは、ファンが正規の許諾音源を使ってリミックスやマッシュアップ、新しい楽曲解釈を制作できる公認AI音楽プラットフォームの立ち上げである。さらに両社は、所属アーティストやソングライターが自らの制作現場で用いるプロ向けAI音響ツールの共同開発にも乗り出す。
今回の合意は、ElevenLabsにとってメジャーレコード会社と結ぶ初めての包括的パートナーシップとなる。これまで生成AI企業による著作物の無許諾学習や音声クローンに対し、法的手続きを含めて厳格に対峙してきた音楽産業が、公式な許諾基盤を通じて技術を自らのエコシステムへ組み入れる動きが加速してきた。
法廷闘争から公認サンドボックスへ:UMGが敷くAI音楽の新たな防衛線
音楽産業と生成AIを巡る関係は、対決と排除から、厳密な管理下での商業化へと舵を切った。発端となったのは2023年春、DrakeとThe Weekndの音声を無許諾で模倣した楽曲「Heart on My Sleeve」がソーシャルメディア上で拡散した事件である。このときUMGはストリーミング各社へ即座に楽曲の削除を求め、アーティストの権利を侵害する不正生成物に対して強い対決姿勢を鮮明にした。
続く2024年6月には、全米レコード協会(RIAA)が主導し、UMG、Sony Music、Warner Musicのメジャー3社が、無許諾で商用音源を学習データに用いたとして生成AIスタートアップのSunoおよびUdioを一斉に提訴した。権利者の許諾を得ないまま基底モデルを訓練する行為は著作権侵害に当たるという主張である。
今回発表されたプラットフォームは、こうした対立関係の延長線上に位置しながらも、アプローチを転換させた成果といえる。無許諾のAI生成物を市場から排除し続けるだけでは、ファンが能動的に楽曲を加工して楽しむ二次創作の需要を吸収しきれない。UMGが選んだのは、参加アーティストの許諾を得た音源だけを隔離された環境へ投入し、ファンが自由に創作を楽しみつつ権利者へ確実に収益が還元される「公認の創作サンドボックス」を自ら提供する道であった。
UMG会長兼CEOのSir Lucian Graingeは、公式発表において「AIと音楽の最も刺激的な可能性は、アーティスト、作詞作曲家、ファンを中心に据えることにある。責任あるAIは発見を促し、アーティストとファンの関わりを深め、クリエイティブコミュニティに新たな収益機会をもたらす」と強調している。
ElevenMusicとは完全分離:権利保護と生成自由度を分かつアーキテクチャ
新プラットフォームの中核機能として予告されているのは、公認音源を用いたリミックスやマッシュアップ、原曲の構造を組み替える新しい楽曲解釈、そしてパーソナライズされたボーカル体験である。ユーザーはテキスト指示からゼロベースで楽曲を立ち上げる方式とは異なり、正規のボーカルトラックや楽器パート(ステム)を素材として扱いながら、AIの補助を得て独自の表現を組み立てられる。
ここで注目すべきは、運用の枠組みである。ElevenLabsはすでに、外部の開発者や企業に向けてスタジオ品質の楽曲生成モデルを提供する「Music API」や、ボーカルや楽器構成、曲のアレンジを細かく制御できる一般ユーザー向け楽曲生成アプリ「ElevenMusic」を展開している。しかし公式発表によると、今回のUMG提携プラットフォームは、これら既存の「Music API」および「ElevenMusic」とは明確に分離され、別個の製品として提供される。
既存のオープンな生成環境にメジャーレーベルの保護音源を混在させれば、音源データの流出やモデルによる無制限な追加学習を招きかねない。音源の利用許諾を管理された閉鎖環境内に限定し、権利処理と生成インターフェースを一体化した専用基盤を仕立てることで、著作権の安全性を担保する設計思想が採られている。
ElevenLabsの共同創業者兼CEOを務めるMati Staniszewskiは、「UMGのグローバルなコミュニティおよび権利管理の専門知と、当社のAIモデル・製品を融合させることで、アーティストがファンに向けて強力な新体験を創出できるようにし、公正な対価を保証する」と述べている。
訴訟と提携の二面作戦:メジャー3社の覇権争いとSuno・Udioの分岐点
UMGの動きは単独の実験ではなく、音楽業界全体で進行するAI再編の縮図である。UMGは強硬な権利主張を緩めることなく、提携と訴訟を戦略的に使い分けてきた。2025年10月には、かつて提訴したUdioとの間で和解を成立させ、正規許諾データを用いた新たな商用音楽制作・配信プラットフォームの共同開発で合意した。同年11月にはWarner MusicもUdioと和解を結んでいる。
一方、競合のSunoを巡っては対応が割れている。2026年9月9日、SunoはWarner Music Group、BMG、Believeの公認カタログで学習した新世代モデル「v6」を発表し、著作権紛争の対象となっていた旧モデルの退役を宣言した。しかし、この合意にUMGとSony Musicは加わっておらず、両社は現在もSunoに対する著作権侵害訴訟を法廷で継続している。
自社の音源をどのAI企業に、どのような条件で託すのかという点において、メジャーレーベル間の駆け引きは熱を帯びている。UMGはYouTubeの「Dream Track」やAI Music Incubator、Spotify、さらには権利配慮型AIモデルを開発するKlay Visionや、アーティスト向け公認ボーカルプラグインを展開するSoundLabs(MicDrop)、ウェルネス向け音響のEndel、そしてNvidiaに至るまで、多層的な提携網を構築してきた。今回のElevenLabsとの契約は、音声合成分野で高い技術力を持つプレイヤーをこの公認網に引き入れ、ファン体験の主導権を握る布石となる。
オプトインが残す未確定領域:セッション演奏家と収益分配の透明性
公認プラットフォームの構想が前進する一方で、実用化と普及に向けては複数の課題が残されている。
最大の前提条件は、アーティストの参加が「オプトイン(任意参加)」に委ねられている点である。UMGが保有する膨大なカタログが無条件にすべて開放されるわけではない。AIによる加工やマッシュアップを歓迎するクリエイターがいる一方で、自らの歌声や楽曲の再構成に慎重な姿勢を示すトップアーティストも少なくない。プラットフォームがサービス開始を迎えた際、実際にどれほど魅力的な楽曲ライブラリが揃うかは、個々のアーティストや権利者の判断に左右される。
加えて、収益分配スキームの透明性も今後の検証対象となる。今回の発表では、正式なサービス開始時期や利用料金、具体的な配分比率などの金銭的条件は開示されていない。メインアーティストや作詞作曲家への対価還元が強調される一方で、原盤の録音に参加したスタジオミュージシャンやエンジニアへの手当てがどう扱われるかは明示されていない。
折しも2026年9月現在、全米音楽家連盟(AFM)はメジャー各社に対し、レコーディング音源をAI学習や製品にライセンス供与する際、スタジオ演奏家へのクレジットや報酬が適切に支払われていないとして連邦地裁で異議を申し立てている。AIが生み出す新たな収益を、音楽制作に携わる生態系全体へいかに公平に行き渡らせるかという制度設計は、技術的な実装以上に複雑な合意形成を迫られる。



