あなたのSteamライブラリには、いくつのゲームが眠っているだろうか。購入したものの、一度も起動していない、あるいは数分しかプレイしていない「積みゲー」の山を見て、かすかな罪悪感を覚えた経験は多くのゲーマーが共有する感覚かもしれない。この現象こそが、世界最大のPCゲームプラットフォームであるSteamの成功を支える、逆説的でありながらも極めて強力なエンジンなのだと、業界アナリストのChris Zukowski氏は指摘する。彼の分析は、単なるユーザーの行動観察に留まらず、Valveが築き上げた巨大なビジネスモデルの核心、そしてデジタル時代における「所有」と「消費」の新しい関係性を鋭くえぐり出している。
「プレイヤー」ではなく「コレクター」:Zukowski氏が暴いたSteamユーザーの正体
「Steamとそのプレイヤーベースの驚くべき点は、彼らがプレイするつもりのないゲームを買うことだ」。Zukowski氏が自身のブログで投じたこの一石が、業界で大きく話題になっている。彼によれば、開発者がゲームを販売する相手は、そのゲームを熱心にプレイする「プレイヤー」であるとは限らない。むしろ、その多くは「収集家(コレクター)」としての側面を強く持つ「ホビイスト(愛好家)」なのだという。
この指摘を裏付けるデータは以前から存在した。2014年頃から指摘され、アナリストのSimon Carless氏の調査によっても、Steamユーザーのライブラリの中央値で、実に半分以上のゲーム(51.5%)が未プレイであることが示されている。Zukowski氏自身も、自己のライブラリの3分の2が未プレイであると告白しており、この現象が一部の特異なユーザーのものではないことを示唆している。(かくいう筆者もライブラリの半分以上のゲームをプレイ出来ていない)
Zukowski氏は、この行動を他の趣味の領域に見られる「Pile of Shame(恥の山)」と比較する。未開封のLEGOセット、未塗装のWarhammerミニチュア、使われていない毛糸の束。これらと同様に、ゲーマーはプレイする時間を確保できるか否かとは無関係に、ゲームというデジタル資産を収集すること自体に満足感を見出しているというのだ。日本語で言うところの「積読(つんどく)」が、ゲームの世界で「積みゲー」として大規模に発生しているのである。
この分析が興味深いのは、ゲーマーの行動を単なる「浪費」や「計画性のなさ」として切り捨てるのではなく、趣味に深く没頭する人々に共通する心理的欲求として捉え直した点にある。彼らはゲームを「消費」するためだけでなく、「所有」し、自身のコレクションの一部として棚に並べるために購入する。その棚が物理的なものではなく、デジタルのライブラリであるというだけのことだ。
Valveの天才的戦略:なぜ30%の手数料は正当化されるのか
では、なぜこの「収集」という行動が、Valveのビジネスモデルにとってそれほど重要なのか。Zukowski氏は、Netflixの元CEO、Reed Hastings氏の有名な言葉を引用して対比させる。Netflixは自社の競合をHBOのような他の配信サービスだけでなく、『フォートナイト』や、究極的には「睡眠」そのものであると定義した。これは、ユーザーの「可処分時間」という有限なパイを奪い合う、熾烈なゼロサムゲームを戦っていることを意味する。
しかし、Valveはこの問題を見事に回避した、とZukowski氏は喝破する。
「Valveは、Netflixが苦闘した問題を解決した。つまり、娯楽の選択肢に圧倒され、すべてを体験する時間がない人々にどう売るかという問題だ。Valveは基本的に、ゲーマーの一日に無限の時間を追加した。それは、いつか将来、ゲーマーがあなたのゲームを何時間もプレイするかもしれないという『理論上の未来の日』なのだ」
Steamユーザーは、「いつか時間ができたらプレイする」という未来の可能性に対して投資する。その「いつか」が永遠に来ない可能性が高いと心のどこかで分かっていたとしても、セールで安くなった魅力的なゲームをカートに入れる行為は、「良い買い物をした」という即時の満足感をもたらす。この心理的メカニズムこそが、Valveが開発者から売上の30%という決して安くはない手数料を徴収できる根拠だとZukowski氏は断言する。
「ゲーム開発者がValveに収益の30%を渡すことを厭わない理由は、Steamマーケットプレイスが、プレイする意図のないゲームに金を投じるスーパーゲーマーで満ちているからだ」
彼はさらに踏み込み、この顧客層を「無責任にお金を使う酔っ払いの船乗り(a bunch of drunken sailors who spend money irresponsibly)」と比喩する。これはユーザーを揶揄しているのではなく、Valveが作り上げた「衝動買いが許容され、むしろ推奨される文化圏」へのアクセス権こそが、開発者が30%を支払ってでも得たい価値なのだという、極めて的確な表現であろう。Epic Gamesが12%という低い手数料を提示してもなお多くの開発者がSteamを離れないのは、この「質の高い(=購買意欲の高い)顧客基盤」の存在が大きいと考えられる。
開発者への戦略的示唆:「曖昧さ」を捨て「ジャンル」に徹せよ
Zukowski氏の分析は、ゲーム開発者にとっても重要な戦略的示唆に満ちている。自身のゲームが購入されてもプレイされないかもしれないという事実は、一見すると開発者を落胆させるかもしれない。しかし、氏はこれを「完全に正常なこと」であり、むしろビジネスチャンスだと捉えるべきだと説く。
この「収集家」市場で成功するためには、何が必要か。Zukowski氏は以下の点を強調する。
- 明確なジャンル定義: 収集家は、一目でそのゲームがどのような体験を提供するかを理解したいと考える。「ああ、これは私が好きなオープンワールド・サバイバル・クラフトゲームだ。他の20本を終えたら絶対にプレイしよう」。このような即時判断を促すためには、ジャンルの「お約束」に忠実であることが重要になる。逆に、ジャンルが曖昧で、説明に時間がかかるゲームは、衝動的なコレクションの対象になりにくい。
- フックの明確化: タイトルやサムネイルで、ゲームの核心的な魅力を「ネタバレ」を恐れずに提示することが求められる。『Slay the Princess』が、同デベロッパーの過去作『Scarlet Hollow』より大きな成功を収めたのは、その明確な命題(「お姫様を殺せ」)ゆえだと分析されている。
- 積極的なディスカウント: Steamセールは、「積みゲー」を増やす最大のイベントだ。ウィッシュリストに登録されたゲームのセール通知メールは、収集家の購買意欲を直接的に刺激する強力なトリガーとなる。衝動買いを誘発するために、セールへの参加は不可欠だ。
Zukowski氏の調査では、Steam Nextフェスに参加したゲームのデモを、ウィッシュリストに登録したユーザーの過半数がプレイしていないというデータも示されている。無料のデモすらプレイせずに「欲しいものリスト」に入れるという行動は、「今は時間がないが、面白そうだから後でチェックするために保存しておく」という収集家の心理を如実に物語っている。デモが無意味だということではない。デモは、そのゲームがコレクションに値するかどうかを判断させるための、ショーケースとしての役割を果たしているのだ。
デジタル時代特有の「所有」と「消費」の関係性のあり方
Zukowski氏の分析は、Steamという一プラットフォームの成功要因を解き明かすだけでなく、より大きな文脈、すなわちデジタル時代における「所有」と「消費」の関係性が根本的に変容していることを示している。
物理的なモノであれば、所有は保管スペースという制約を伴う。本棚は満杯になり、部屋はモノで溢れる。しかし、デジタルの世界では、この物理的制約はほぼ存在しない。ストレージ容量は安価になり、クラウド上に無限に近い「棚」を誰もが持てるようになった。この制約からの解放が、「消費する能力」を「所有する欲望」が大きく上回ることを可能にした。
ゲームはもはや、単に「プレイする(消費する)」ためのエンターテインメントではなく、自己のアイデンティティや好みを表現するための「収集品(コレクション)」としての価値を併せ持つようになったのではないだろうか。Steamライブラリは、その人がどのような物語を愛し、どのような挑戦を好み、どのような世界に憧れるかを示す、一種のデジタルな肖像画となりつつある。
Valveが提供しているのは、単なるゲーム販売の場ではない。それは、世界中のゲーマーが自身の肖像画を描き、他者と共有し、コレクションを豊かにするための、巨大で洗練されたエコシステムそのものだ。このエコシステムの中では、「プレイしないゲームを買う」という行動は非合理的などころか、自己表現と満足感を得るための、極めて合理的な行為として機能している。
あなたのライブラリに眠るゲームたちは、単なる「積みゲー」ではない。それは、あなたが投資した「未来の楽しみの可能性」であり、あなたという人間を物語るコレクションの一部なのだ。そしてその集合体が、今日もValveに巨大な利益をもたらし続けているのである。
Sources
- How To Market a Game: Most people who buy your game won’t play it
- via Wccftech: Steam Users Buy Games They’re Never Going to Play, Says Analyst