宇宙の根源的な謎である「重力」。Albert Einsteinの一般相対性理論がその姿を明らかにしてから1世紀以上が経過したが、ミクロの世界を記述する量子力学との間には、いまだ深い溝が横たわっている。この長年の課題に終止符を打ち、「万物の理論」への扉を開く可能性を秘めた新たな重力理論が、フィンランド・アールト大学の研究者、Mikko Partanen氏とJukka Tulkki氏によって提唱された。その名は「統一重力(Unified Gravity)」。彼らの論文は学術誌「Reports on Progress in Physics」に掲載され、物理学界に静かな衝撃を与えようとしている。
長年の謎、ついに解明の糸口か? ― 量子重力理論への新たな挑戦
現代物理学は、私たちの宇宙を記述する2つの偉大な柱、すなわち極微の世界を支配する「量子論」と、星々や銀河の運行を司る「一般相対性理論」によって成り立っている。しかし、この2つの理論は、互いに相容れない根本的な問題を抱えてきた。特に、4つの基本的な力(電磁気力、強い核力、弱い核力、重力)のうち、重力だけを量子論の枠組みで記述する「量子重力理論」の構築は、物理学最大の難問の一つとされてきたのだ。
素粒子物理学の標準模型は、電磁気力、強い核力、弱い核力を驚くべき精度で記述することに成功している。これらの力は、「ゲージ理論」という統一的な枠組みで記述され、力を媒介する粒子(光子、グルーオン、ウィークボソン)の存在を予言し、実験によって確認されてきた。
しかし、Einsteinが提唱した一般相対性理論における重力は、空間と時間の幾何学的な歪みとして記述され、標準模型のゲージ理論とは根本的に異なるアプローチを取る。この「溝」を埋めようとする試みは数多く行われてきたが、弦理論やループ量子重力理論といった既存の理論も、いまだ決定的な成功には至っていない。多くの場合、計算過程で無限大が生じたり、実験による検証が極めて困難だったりといった壁に直面してきたのだ。
だが「万物の理論」とは、文字通り、宇宙のすべての現象を記述できる究極の理論を指す。もし量子重力理論が完成すれば、それは万物の理論の最有力候補となるだろう。ブラックホールの中心(特異点)で何が起きているのか、宇宙はどのように始まったのか(ビッグバン)といった、既存の理論では手も足も出ない謎の解明に繋がると期待されている。
アールト大学発「統一重力理論」:8次元スピノル空間からの啓示
Mikko Partanen氏とJukka Tulkki氏が提唱する「統一重力理論」は、この困難な問題に対し、新たな視点からアプローチする。彼らは、2024年に発表した先行研究(Physical Review A, 109, 032224)で提示した「8スピノル形式」と呼ばれる数学的枠組みを拡張し、重力を記述するゲージ理論を構築した。
この理論の核心は、「時空次元場(space-time dimension field)」という新たな概念の導入にある。これは、8次元のスピノル空間で定義される情報を、私たちが認識する4次元の時空へと橋渡しする役割を担う。そして、この時空次元場の成分が持つ4つの「U(1)ゲージ対称性」こそが、統一重力理論における重力の起源となる。
Partanen氏は「主なアイデアは、一般相対性理論の大きく異なる時空対称性に基づかずに、標準模型の対称性に類似した対称性を持つ重力ゲージ理論を構築することです」と語る。このアプローチにより、重力は電磁気力などと同様に、ゲージ場の相互作用として記述されることになる。その結果、重力の源となる「ストレス・エネルギー・運動量テンソル」が、これらの対称性から直接的に導き出されるという。
相対性理論との接続と、その先へ
統一重力理論は、Albert Einsteinの一般相対性理論と無関係ではない。特定の条件下(ヴァイツェンベックゲージと呼ばれる設定)では、「テレパラレル等価一般相対性理論(TEGR)」と呼ばれる、一般相対性理論と等価な理論を再現することが示されている。TEGRは、時空の曲率ではなく「ねじれ」を用いて重力を記述する理論であり、ゲージ理論的な側面を理解する上で自然な枠組みと考えられている。
さらに重要なのは、統一重力理論がミンコフスキー計量(特殊相対性理論で用いられる平坦な時空の記述)の中で重力を厳密に記述できる可能性を示している点だ。これは、一般相対性理論では時空の計量が重力場そのものによって定義されるのとは対照的だ。統一重力理論では、ミンコフスキー計量を基本的な構造として保持しつつ、その上で重力を含む全ての基本的な力を単一の首尾一貫した数学的枠組みで記述することを目指す。
この違いは、量子化への道筋において決定的な意味を持つかもしれない。一般相対性理論を量子化しようとすると、通常、平坦な時空の周りでの摂動展開が必要となり、無限個の項が現れてしまう。統一重力理論は、この問題を回避できる可能性があるのだ。
量子重力の聖杯:「繰り込み可能性」と「BRST対称性」への期待
どんな量子的な場の理論も、計算過程で現れる「無限大」を適切に取り除く「繰り込み」という操作が可能でなければ、物理的な予言能力を持たない。従来の重力理論の量子化が困難だった大きな理由の一つが、この繰り込みが不可能だったことだ。
しかし、統一重力理論は、この難関を突破する可能性を秘めている。論文によれば、この理論は「1ループオーダー」と呼ばれる近似計算の範囲内で繰り込み可能であることが示されている。さらに、ゲージ理論が物理的に意味を持つために不可欠な「BRST対称性」と呼ばれる性質も満たしているという。
この理論のもう一つの注目点は、力の強さを表す「結合定数」が無次元であることだ。これは、標準模型のゲージ理論と共通する特徴であり、理論が繰り込み可能であるための強力な根拠となる。従来の重力理論の多くが、負の質量次元を持つ結合定数(繰り込み不可能性を示唆する)を持っていたのとは対照的である。
これらの性質は、統一重力理論が、これまでの試みとは一線を画す、真に繰り込み可能な量子重力理論である可能性を強く示唆している。
研究者らが語る未来:究極の謎への挑戦と残された課題
「もしこれが完全な重力の量子場理論につながるのであれば、最終的にはブラックホールの特異点やビッグバンといった非常に困難な問題を理解するための答えを与えてくれるでしょう」とPartanen氏は期待を込める。Jukka Tulkki氏も「繰り込みが高次の項で機能しなければ、無限の結果が得られてしまいます。だから、この繰り込みが機能し続けることを示すことが不可欠です」と、今後の課題を指摘しつつも、「我々は成功する可能性が非常に高いと信じています」と自信を覗かせる。
研究者らは、彼らの理論がまだ証明の途上にあることを認めつつも、科学コミュニティによる検証とさらなる発展を期待して論文を公開した。Partanen氏は、「いつとは言えないが、数年後にはもっと多くのことが分かるでしょう」と語る。
「統一重力理論」のインパクト
Albert Einsteinの一般相対性理論は、GPS衛星の正確な運用に不可欠な技術基盤となっている。同様に、もしこの「統一重力理論」が真実を捉えているとすれば、それは単に宇宙の謎を解き明かすだけでなく、私たちの想像もつかない新たな技術革新への道を開くかもしれない。
もちろん、道のりは平坦ではない。高次のループ計算における繰り込み可能性の完全な証明、そして何よりも実験による検証という高いハードルが待ち受けている。重力の量子効果は極めて微弱であり、現在の技術でそれを直接捉えることは困難を極める。しかし、研究者らが指摘するように、この理論は既知の物理定数以外の自由パラメータ(調整可能な未知の定数)を含まないため、将来的に量子重力効果を観測できる実験が登場すれば、理論の真偽を直接的に検証できる可能性がある。
「統一重力理論」は、長年停滞していた量子重力研究に、新たな突破口を開く一石となるかもしれない。Albert EinsteinがIsaac Newtonの力学を乗り越えたように、この理論がAlbert Einsteinの重力理論を超える日が来るのか。物理学者にとって夢であった理論が完成する瞬間を、まもなく私たちは目撃することになるのかもしれない。
論文
- Reports on Progress in Physics: Gravity generated by four one-dimensional unitary gauge symmetries and the Standard Model
参考文献