ポータブルゲーミングPC市場の勢力図を、AMDが再び大きく塗り替えようとしている。同社はXbox Games Showcaseにて、AI処理に特化したNPUを搭載するハイエンドチップ「Ryzen AI Z2 Extreme」と、徹底した省電力設計で低価格機をターゲットとする「Ryzen Z2 A」の2製品を電撃発表した。高性能化と低価格化という二極化する市場のニーズに完璧に応えるこの一手は、競合Intelを突き放し、AMDの覇権を決定づけるものとなるのだろうか。
二極化する市場への回答、AMDが投じる二つの新戦力
ポータブルゲーミングデバイス市場は、かつてないほどの熱狂に包まれている。Steam Deckの成功以降、ASUS ROG AllyやLenovo Legion Goなど、各社がこぞって新製品を投入し、市場は急速に拡大した。この活況の中で、ユーザーの要求は二つの方向に先鋭化している。一つはデスクトップに匹敵する最高のパフォーマンスを求める声、もう一つは、より手軽に、より長時間遊べる、価格を抑えたデバイスを求める声だ。
AMDは、この二極化する需要を見事に捉え、二つの全く異なる個性を持つプロセッサを市場に送り込む。Microsoftとの強い連携を示すXbox Games Showcaseという舞台で発表された今回の新チップは、AMDのハンドヘルド市場に対する揺るぎないコミットメントの証左と言えるだろう。ハイエンドにはAIという新たな武器を、エントリーには省電力という確かな価値を提供する。この戦略的な布石が、今後の市場をどう動かしていくのか、実に興味深い。
AIがゲーム体験を進化させる「Ryzen AI Z2 Extreme」

今回の発表で最も注目を集めているのが、フラッグシップモデルとなる「Ryzen AI Z2 Extreme」だ。その名が示す通り、このチップの最大の特徴は、強力なAI処理能力を持つNPU(Neural Processing Unit)を統合した点にある。
最新Zen 5とRDNA 3.5による圧倒的パフォーマンス
まず、基本的なゲーミング性能の土台となる部分から見ていこう。Ryzen AI Z2 Extremeは、AMDの最新CPUアーキテクチャ「Zen 5」を採用した8コア/16スレッドのCPUを搭載する。これは、同社の次世代デスクトップCPUにも採用される最新鋭のアーキテクチャであり、ハンドヘルドデバイスに前例のないレベルの処理能力をもたらすことが期待される。
グラフィックスには、こちらも最新の「RDNA 3.5」アーキテクチャに基づく16基のコンピュートユニット(CU)を内蔵。高速なLPDDR5X-8000メモリに対応し、TDP(熱設計電力)は15Wから35Wの範囲で設定可能だ。これは既存のハイエンドモデルであるRyzen Z1 Extremeに匹敵、あるいはそれを上回るポテンシャルを秘めており、AAAタイトルのゲームも快適にプレイできる性能を、この小さなチップ一つで実現する。
50TOPSのNPUがもたらす「Copilot+」時代のゲーム体験
このチップを真に特別な存在にしているのは、最大50TOPS(Trillion Operations Per Second)という驚異的な性能を誇るNPUの存在だ。この数値は、Microsoftが提唱する次世代AI PC「Copilot+ PC」の要件(40TOPS以上)を余裕でクリアするものであり、ハンドヘルドデバイスを本格的なAIデバイスへと昇華させる。
では、このNPUはゲーム体験に何をもたらすのか。一つは、Xboxで発表された「Gaming Copilot」のようなAIアシスタント機能との連携だ。ゲームの攻略法をリアルタイムで提示したり、複雑な操作をAIが補助したりといった、これまで想像もできなかったプレイスタイルが現実のものとなるかもしれない。
さらに、AIはゲームパフォーマンスそのものを向上させる可能性も秘めている。例えば、AIによる超解像技術(FSRなど)のさらなる高度化、AIがプレイヤーの行動を予測してリソースを最適配分することによるフレームレートの安定化、あるいはシステム全体の電力効率をインテリジェントに管理し、バッテリー寿命を延ばすといった応用も考えられる。Ryzen AI Z2 Extremeは、単なる高性能チップではなく、ハンドヘルドゲーミングにおける「AI革命」の幕開けを告げる存在なのだ。
バッテリー持続時間と価格を重視する「Ryzen Z2 A」

Ryzen AI Z2 Extremeが未来を示すチップだとすれば、もう一方の「Ryzen Z2 A」は、現在の市場が抱える最も切実な課題に応えるチップと言えるだろう。その設計思想は「割り切り」と「最適化」にある。
Zen 2とRDNA 2採用の現実的な選択
Ryzen Z2 Aは、CPUに「Zen 2」アーキテクチャ(4コア/8スレッド)、GPUに「RDNA 2」アーキテクチャ(8 CU)を採用している。これは数世代前の技術であり、一見すると時代遅れに感じるかもしれない。しかし、この選択には明確な狙いがある。
Zen 2とRDNA 2は、いずれもValveのSteam Deckに搭載されているカスタムAPUで採用され、その電力効率と安定したパフォーマンスで絶大な評価を得た実績のあるアーキテクチャだ。製造コストを抑えつつ、膨大な数のインディーゲームや少し前のAAAタイトルを快適にプレイするには十分な性能を確保できる。これは、10万円を超える高価なモデルばかりが目立つ現在の市場において、より多くの人が手に取れる価格帯のデバイスを実現するための、極めて現実的かつ戦略的な選択なのである。
6Wからの低TDPが実現する「長時間プレイ」
このチップの真価は、その驚異的な電力効率にある。TDPはわずか6Wから20Wの範囲で動作するよう設計されており、これは現行の多くのハンドヘルドデバイスと比較して大幅に低い。
コンセントに繋がずに遊ぶことが多いハンドヘルドデバイスにとって、バッテリー寿命は性能と同じくらい、あるいはそれ以上に重要な要素だ。Ryzen Z2 Aの低TDPは、デバイスの小型化・軽量化を可能にすると同時に、長時間の連続プレイというユーザーにとって最も分かりやすい価値を提供する。すでにASUSが発表した新型の廉価版ハンドヘルド「ROG Xbox Ally」での採用が報じられており、今後、このチップを搭載した低価格でロングライフなデバイスが市場に次々と登場することになるだろう。
盤石となるAMDのZシリーズ・ラインナップと市場への影響

今回の2製品の追加により、AMDのハンドヘルド向けプロセッサ「Zシリーズ」のラインナップは、かつてないほど強固で多層的なものとなった。
5つの選択肢でOEMを強力にサポート
以下の簡易的なスペック比較表を見れば、AMDの戦略が一目瞭然だろう。
プロセッサ名 | CPUアーキテクチャ | CPUコア/スレッド | GPUアーキテクチャ | GPUコア | NPU性能 | TDP (W) |
---|---|---|---|---|---|---|
Ryzen AI Z2 Extreme | Zen 5 | 8コア/16スレッド | RDNA 3.5 | 16 CU | 50 TOPS | 15-35 |
Ryzen Z2 Extreme | Zen 5 | 8コア/16スレッド | RDNA 3.5 | 16 CU | N/A | 15-35 |
Ryzen Z2 | Zen 4 | 8コア/16スレッド | RDNA 3 | 12 CU | N/A | 15-35 |
Ryzen Z2 Go | Zen 3+ | 4コア/8スレッド | RDNA 2 | 12 CU | N/A | 15-35 |
Ryzen Z2 A | Zen 2 | 4コア/8スレッド | RDNA 2 | 8 CU | N/A | 6-20 |
最先端のAI性能を誇る「AI Z2 Extreme」から、コストパフォーマンスに優れた「Z2 A」まで。デバイスメーカー(OEM)は、製品のターゲット層や価格帯に応じて、最適なチップを自由に選択できるようになった。この幅広い選択肢は、メーカーの開発意欲を刺激し、これまで以上に多様で魅力的なハンドヘルドデバイスの登場を促すことは間違いない。
Intel「Lunar Lake」との競争激化は必至
AMDが着々と牙城を固める一方、長年のライバルであるIntelも「Lunar Lake」プロセッサでハンドヘルド市場への本格参入を狙っている。Lunar Lakeもまた、高いグラフィックス性能と強力なNPUを武器としており、両社の激突は避けられない。
しかし、すでに市場で圧倒的な採用実績を誇り、今回さらにラインナップを拡充したAMDが一歩リードしている感は否めない。この熾烈な競争は、技術革新を加速させ、製品価格の低下を促すだろう。
新時代の幕開けを告げる搭載デバイスたち

AMDがどれほど画期的なプロセッサを発表したとしても、それが実際に我々の手元に届く「製品」という形にならなければ意味がない。幸いなことに、今回の発表は単なる技術ショーケースではなく、すでに具体的な搭載デバイスの姿が見え始めている。先陣を切るのは、ハンドヘルド市場で確固たる地位を築いたASUSだ。
ASUSが両輪で仕掛ける「ROG Xbox Ally」ファミリー
ASUSはMicrosoft、AMDとの緊密な連携を武器に、今回の新プロセッサ2種をそれぞれ搭載した「Xbox」ブランドのROG Xbox Allyで、市場のハイエンドからエントリーまでを一気に刈り取ろうという野心的な戦略を見せている。
低価格市場を揺るがす「ROG Xbox Ally」(Ryzen Z2 A搭載)
まず、エントリー市場のゲームチェンジャーとなりうるのが、Ryzen Z2 Aを搭載する新しい「ROG Xbox Ally」だ。
Steam Deckが切り開いた「低価格でも遊べる」市場に対し、MicrosoftとASUS、そしてAMDが出した答えがこのモデルと言えるだろう。Ryzen Z2 Aの持つ優れた電力効率は、長時間のバッテリー駆動と安定したパフォーマンスを両立させ、これまで価格を理由に購入をためらっていた層に強くアピールするはずだ。まさに、ポータブルゲーミングの裾野を大きく広げる可能性を秘めた一台である。
AI体験をその手に「ROG Xbox Ally X」(Ryzen AI Z2 Extreme搭載)
一方、フラッグシップモデルとして期待されるのが、Ryzen AI Z2 Extremeを搭載する「ROG Xbox Ally X」だ。こちらは単なる性能向上版に留まらない。50TOPSのNPUパワーをフルに活用し、Microsoftが提唱する「Gaming Copilot」をはじめとした、最先端のAI機能を体験できる初のポータブルゲーミングPCとなる可能性が高い。
ゲームプレイ中にAIが最適な設定を提案したり、リアルタイムで攻略のヒントを与えたりする。そんなSF映画のような体験が、このデバイスで現実のものとなるかもしれない。パフォーマンスを追求するコアゲーマーはもちろん、新しいテクノロジーに心躍らせるすべてのユーザーにとって、魅力的なデバイスとなることは間違いないだろう。
Lenovo、MSI… 追随するメーカーと広がる選択肢
ASUSが先鞭をつけたことで、他のメーカーも黙ってはいない。水面下では、すでに激しい開発競争が繰り広げられているに違いない。
Lenovoは、着脱式コントローラーというユニークな機構を持つ「Legion Go」シリーズで独自のファン層を築いている。「Legion Go S」や「Legion Go 2 Prototype」といった次世代機が、これらの新しいZ2シリーズプロセッサを採用して登場することは、十分に考えられるシナリオだ。
また、Intel製プロセッサを搭載した「Claw」で市場に参入したMSIや、AYANEO、GPDといった専業メーカーにとっても、今回のAMDの発表は大きなビジネスチャンスだ。彼らが持つ独自のノウハウとAMDの新チップが融合した時、我々の想像を超えるユニークなデバイスが生まれる可能性もある。
2025年の後半から2026年にかけて、ハンドヘルドゲーミングPC市場は、かつてないほどの活況を呈することになるだろう。AIという新たな翼を得たハイエンド機と、価格とバッテリー性能を突き詰めたエントリー機。果たして、どのメーカーが最も魅力的な”Z2世代”のデバイスを生み出し、この戦国時代の覇者となるのだろうか。我々消費者は、胸を高鳴らせながら、その登場を待つばかりだ。