長年にわたりテクノロジー業界の噂として囁かれ続けてきた「Xbox携帯ゲーミング機」が、ついにそのベールを脱いだ。Microsoftは2025年6月9日に開催された「Xbox Games Showcase」にて、PCパーツ・ゲーミングデバイスの雄であるASUS(エイスース)と共同開発した2つの携帯ゲーミングPC、「ROG Xbox Ally」および「ROG Xbox Ally X」を正式に発表した。
しかし、発表の核心はこれに留まらない。Microsoftはこれに合わせて、これまで携帯ゲーミングPCが抱えてきた最大の課題、すなわち「Windowsの煩雑さ」を根本から解決し、Windows搭載携帯ゲーミングデバイスにおける”体験そのもの”を再発明する、野心的な試みも明らかにしている。
性能と効率で選ぶ2つの選択肢:「Xbox Ally」と「Xbox Ally X」
今回発表されたのは、異なるニーズに応える2つのモデルだ。プレミアムモデルの「Xbox Ally X」は最高のパフォーマンスを追求し、スタンダードモデルの「Xbox Ally」は電力効率とコストパフォーマンスのバランスを重視している。両機ともに2025年のホリデーシーズンに発売予定で、価格は後日発表される。
スペック | ROG Xbox Ally (スタンダードモデル) | ROG Xbox Ally X (プレミアムモデル) |
---|---|---|
OS | Windows 11 Home (新Xboxフルスクリーン体験対応) | Windows 11 Home (新Xboxフルスクリーン体験対応) |
プロセッサ | AMD Ryzen™ Z2 A Processor | AMD Ryzen™ AI Z2 Extreme Processor |
メモリ | 16GB LPDDR5X-6400 | 24GB LPDDR5X-8000 |
ストレージ | 512GB M.2 2280 SSD | 1TB M.2 2280 SSD |
ディスプレイ | 7インチ FHD (1080p), IPS, 120Hz, FreeSync Premium, 500 nits | 7インチ FHD (1080p), IPS, 120Hz, FreeSync Premium, 500 nits |
バッテリー | 60Wh | 80Wh |
主要ポート | 2x USB 3.2 Gen 2 Type-C | 1x USB4 (Thunderbolt 4互換), 1x USB 3.2 Gen 2 Type-C |
重量 | 670g | 715g |
特徴 | 電力効率を重視した設計 | インパルストリガー搭載, 高速メモリ, 大容量バッテリー |
プレミアムモデル「Xbox Ally X」:妥協なきパフォーマンスの追求

黒い筐体が印象的な「Xbox Ally X」は、携帯ゲーミングの頂点を目指すモデルだ。心臓部にはAMDの次世代APU「Ryzen AI Z2 Extreme」を搭載。これに24GBという大容量かつ超高速なLPDDR5X-8000メモリを組み合わせることで、900pから1080p解像度での快適なゲーミング体験をターゲットとする。
特筆すべきは、現行の携帯ゲーミングPCで最大級となる80Whの大容量バッテリーと、Xboxコントローラーでお馴染みの「インパルストリガー」の搭載だろう。これにより、レースゲームの路面状況やシューターの銃撃の衝撃を指先でリアルに感じることができ、没入感を格段に高める。さらに、eGPU(外付けGPU)接続も可能なUSB4(Thunderbolt 4互換)ポートを備え、デスクトップ級の性能拡張も視野に入れている。
スタンダードモデル「Xbox Ally」:効率こそが新たなスーパーパワー

一方、白い筐体の「Xbox Ally」は、電力効率を最優先に設計されている。搭載される「Ryzen Z2 A」は、ValveのSteam Deckに採用されているAPUに近い、省電力性に優れたチップであると噂されている。ASUSの担当者が「効率性が我々の新しいスーパーパワーだ」と語るように、このモデルはより静かで、より低温で、そしてより長いバッテリー駆動時間を実現することを目指している。
ターゲットは720pでの快適なゲーミング。バッテリー容量は60Whと、初代ROG Allyの40Whから50%も増量されており、実用性が大幅に向上していることが期待される。
Windows 11を「ゲーム専用OS」へと変貌させる革新的な最適化
今回の発表で最も注目すべきは、ハードウェアのスペック以上に、Microsoftが主導するソフトウェア、つまりOSレベルでの大きな改善だ。これまで多くのWindows携帯機は、Steam Deckの独自OS「SteamOS」と比較して、操作の煩雑さ、パフォーマンスの不安定さ、そしてアイドル時の過大なバッテリー消費という弱点を抱えてきた。MicrosoftとASUSは、この根深い問題を解決するために「Windowsを隠す」という大胆なアプローチを取った。
起動からゲームまでをシームレスに
新しい「ROG Xbox Ally」シリーズは、専用のXboxカスタムブートスクリーンから直接「フルスクリーンXbox体験」に起動する。これは、まるでXboxコンソールを起動するような感覚で、複雑なWindowsデスクトップはデフォルトでは表示されない。Xboxエクスペリエンス担当バイスプレジデントのJason Beaumont氏は、「プレイヤーがフルスクリーン体験で起動すると、Windowsの多くの要素がロードされません。デスクトップの壁紙、タスクバー、そしてWindowsの生産性シナリオのために設計された多くのプロセスはロードされません」と説明している。

これにより、Windowsの煩雑さが排除され、ゲーミングに集中できる環境が提供される。もちろん、必要であればフルバージョンのWindowsデスクトップに切り替えることも可能だが、それがデフォルトではないことが重要だ。Xboxのデバイスおよびエコシステム担当コーポレートバイスプレジデントであるRoanne Sones氏は、「通知やポップアップも多く削減しました」と述べ、プレイヤーからのフィードバックに基づいて継続的に改善していく姿勢を示している。
飛躍的なメモリ解放と電力効率の向上
この「フルスクリーンXbox体験」は、パフォーマンスとバッテリー持続時間に劇的な恩恵をもたらす。XboxのプリンシパルソフトウェアエンジニアリングリードであるBrianna Potvin氏は、「これは表面的な変更ではありません。私たちは大幅な改善を行いました」と強調する。初期テストの結果、Windowsのコンポーネントをオフにすることで、フルスクリーン体験では最大2GBものメモリをゲームに解放できることが判明している。
さらに、アイドル時の電力消費も大幅に削減される。Potvin氏の主張によれば、フルスクリーン体験でデバイスを起動し、スリープ状態にした場合、アイドル時の電力消費は従来のWindowsデスクトップ体験と比較して「3分の1」にまで減少するという。これは、Steam DeckのSteamOSがWindows 11よりも電力効率に優れているという長年の批判に対し、Microsoftが本気で応えようとしている証拠だろう。
コントローラー操作の徹底強化と統合されたゲームライブラリ
Windowsハンドヘルドの使いにくさの根源であったコントローラー操作の課題も、徹底的に見直された。新しい「ROG Xbox Ally」シリーズでは、コントローラーを使ってWindowsロック画面にログインできるようになった。PINコードの入力もタッチスクリーンなしで可能だ。
さらに、Xboxボタンを短く押すことで、改良されたGame Barインターフェースが呼び出される。ここからWi-FiやBluetoothなどのデバイス設定、Asus独自のCommand Center、さらにはMicrosoftの新しい「Gaming Copilot」にもアクセスできる。Xboxボタンを長押しすれば、iOSやAndroidのタスクスイッチャーのように、コントローラーでアプリやゲーム間を簡単に切り替えられる、ハンドヘルドフレンドリーなタスクスイッチャーも利用可能だ。DiscordやYouTubeなど、ゲーム以外のアプリもコントローラーでシームレスに操作できるのである。
Xboxアプリ自体も進化を遂げた。SteamのBig Picture Modeのようにフルスクリーンで動作し、Xbox PCアプリ、Game Passのゲームだけでなく、Steam、Epic Games Store、Battle.netなど、あらゆるPCゲームストアのタイトルを単一のライブラリに統合表示する。これにより、複数のランチャーを行き来する手間が省かれ、GOG Galaxyのような統合されたゲーム体験がハンドヘルド上で実現される。また、Xbox Cloud GamingやXboxコンソールからのRemote Playを通じて、Xboxコンソールライブラリのゲームにもアクセスできるため、実質的にあらゆるXboxゲームをプレイできる環境が提供されることになる。ーム機」として使えるようにするための、細やかで、しかし決定的に重要な改善と言えるだろう。
Windows陣営の逆襲なるか
「ROG Xbox Ally」と「ROG Xbox Ally X」は、2025年のホリデーシーズンに全世界で発売される予定だ。しかし、現時点では価格に関する情報は明らかになっていない。高性能な新世代チップの搭載や、Windowsの抜本的な最適化にかかるコストを考慮すると、決して安価なデバイスにはならないだろう。特に「ROG Xbox Ally X」は、既存のROG Ally Xの価格帯(1TBモデルで899.99ドル、2TBモデルで999.99ドル)を上回る可能性も指摘されている。
だが、このROG Xbox Allyの登場は、携帯ゲーミングPC市場の勢力図を大きく塗り替える可能性を秘めたものだ。
これまで、最適化されたOSによる優れたユーザー体験で市場をリードしてきたのはValveのSteam Deckだった。Windows陣営は高い性能と互換性を持ちながらも、「使い勝手」という点で常に後塵を拝してきた。しかし、今回のMicrosoftによるOSレベルでの大改革は、その弱点を克服し、Windows陣営が本格的な逆襲に転じる狼煙となるかもしれない。
この新しいXbox体験は、まずROG Xbox Allyシリーズに独占的に提供された後、2025年末にかけて既存のROG Allyシリーズへ、そして2026年初頭にはLenovo Legion Goなど他のWindows携帯機へも展開される予定だ。これは、Microsoftが特定のハードウェアだけでなく、Windows携帯ゲーミングというエコシステム全体の底上げを図っていることを意味する。
今回の発表は、単なる「Xboxブランドの携帯機」の登場ではない。それは、MicrosoftがPCゲーミング、とりわけ携帯型デバイスというフォームファクタに本気でコミットしたという力強い宣言と言えるだろう。ハードウェアの競争が激化する中で、OSという最も得意な土俵でゲームチェンジを図るMicrosoft。ROG Xbox Allyは、その壮大な戦略の第一歩であり、Windowsプラットフォームの新たな進化の始まりを告げる、記念碑的な製品となるに違いない。
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