Microsoftがゴリ押しする物はことごとく失敗に終わるが、その最新の事例に「AI PC」(Microsoft風に言うならばCopilot+ PC)が加わった。Intelの最新の決算発表で同社は、高価なAI対応の新型CPUよりも、前世代の安価なプロセッサが予想を大幅に上回る需要を見せていることを認めた。この予想外の展開は、消費者のAI機能への無関心と、米中貿易摩擦による経済不安が主な要因のようだ。
AI PCは時期尚早? 見向きされない最新チップ
Intelが社運を賭けて推進するAI PC戦略だが、現実は厳しいようだ。同社の最新プロセッサ「Lunar Lake」や「Meteor Lake」は、AI処理能力を強化した「AI PC」の中核として位置づけられている。しかし、Intelの最高財務責任者(CFO)であるDavid Zinsner氏が認めるように、実際には一つ前の世代である「Raptor Lake」の方が販売数量で上回っている。
この背景には複数の要因が考えられる。まず、価格の問題だ。Intelの製品部門責任者Michelle Johnston Holthaus氏は、「Meteor LakeとLunar Lakeは素晴らしい製品だが、我々だけでなくOEM(相手先ブランドによる生産)にとっても、システム価格の点で非常に高いコスト構造になっている」と指摘する。消費者は、まだ「キラーアプリ」と呼べるほどの決定的な応用が登場していないAI機能のために、高価な最新PCへの投資を躊躇しているのが実情だろう。20000人以上を対象とした以前の調査では、実に84%のハイテク愛好家がAI機能のために追加費用を払うことに消極的であるという結果も出ている。
さらに、最新世代チップの性能面でのアドバンテージが限定的である可能性も否めない。Arrow Lake(デスクトップ向け最新世代)に関する各方面でのレビューでは、性能がRaptor Lake世代と同等レベルであったり、Arrow Lake搭載デスクトップPCがゲーミング性能において13世代(Raptor Lake)や14世代(Raptor Lake Refresh)を下回る可能性も示されており、消費者が敢えて高価な最新モデルを選ぶ動機は薄いと言わざるを得ない。
Intelのクライアント・コンピューティング・グループ(CCG)の第1四半期収益が前年同期比8%減の76億ドルにとどまったことからも、コンシューマー市場におけるAI PCへの需要が期待を下回っていることは明らかだ。
旧世代「Raptor Lake」に異例の需要集中、生産逼迫へ
最新チップが苦戦する一方で、旧世代、特に「Raptor Lake」への需要が予想外に高まっている。Holthaus氏は、「顧客からはN-1(1世代前)やN-2(2世代前)製品への需要がはるかに大きい。これは、消費者が本当に求めているシステム価格帯を実現するためです」と語る。「N-1」は主にRaptor Lake(13世代および14世代Refresh)、「N-2」はAlder Lake(12世代)を指す。
この旧世代チップへの需要急増により、Intelの「Intel 7」プロセスノード(主にAlder LakeとRaptor Lakeの製造に使用される10nmクラスの製造技術)の生産能力が逼迫しているという異常事態が発生している。Intelは通常、生産能力計画に長けているため、この事態は旧世代チップの売上が予測を大幅に上回ったことを示唆するものだ。この生産能力不足は「当面の間続くと予想される」とIntelは述べている。
なぜ旧世代チップがこれほどまでに求められるのか? Holthaus氏が指摘するように、OEMメーカーはRaptor Lakeのような旧世代チップを使うことで、コストを抑え、より魅力的な価格でPCを提供できる。性能面でも、前述の通り最新世代と比較しても遜色ない、あるいは特定の用途では上回る場面もあるため、「価格性能比」で考えれば非常に合理的な選択となる。
また、Tom’s Hardwareは、Intel 7プロセスで製造されたチップ(Alder Lake, Raptor Lake)で報告されている信頼性の問題が、交換需要を生み出し、生産逼迫の一因となっている可能性も指摘している。これはあくまで推測の域を出ないが、考慮すべき点ではある。
関税と経済不安が消費者の財布の紐を固くする
旧世代チップへの需要シフトの背景には、単なる価格や性能の問題だけでなく、マクロ経済の不確実性と関税への懸念が存在する。Zinsner CFOは、「米国およびその他の地域における非常に流動的な貿易政策、ならびに規制リスクにより、景気後退の確率が高まり、経済減速の可能性が増している」と述べ、業績予測の難しさを認めている。
特に、Trump政権によって発動され、今後の動向が注目される対中関税は、PC部品を含む多くの製品の価格上昇懸念につながっている。チップ自体は関税対象から除外されているものの、中国が米国からの輸入品に対して報復関税を課す可能性があり、米国で製造されたチップには85%以上の関税がかかる恐れもあるという。
こうした状況下で、消費者も企業も将来の価格上昇リスクに備え、「ヘッジ」として、あるいは単純な節約志向から、より安価な製品を選択する傾向が強まっている。Holthaus氏も、「マクロ経済の懸念と関税により、誰もが在庫の観点から必要なものについて賭けをヘッジしている」と述べている。
Running Point Capitalの最高投資責任者であるMichael Ashley Schulman氏は、「旧世代チップへの需要はマクロ経済の点滅信号だ。不安定な経済状況では、『十分に良い』ものが『最先端』のものに勝る」とReutersに語っているように、AIという付加価値よりも、まずは基本的な性能と手の届く価格が優先されているのだ。
Intelの苦境と再建への道、Panther Lakeへの影響は?
一連の状況は、Intelの経営にも影を落としている。同社は2025年第1四半期に8億ドル(約1115億円)のGAAPベースでの純損失を計上し、売上高は前年同期比横ばいの127億ドル(約1兆8200億円)だった。この業績は市場予想を下回り、株価は時間外取引で5%以上下落した。
この厳しい状況を受け、新たにCEOに就任したLip-Bu Tan氏は、リストラを含む組織改革とコスト削減(営業費用5億ドル、設備投資約20億ドル削減)を発表。従業員に対しては、オフィスへの出社日数を週4日以上に増やす方針も示された。Tan氏は「簡単な解決策はない」と述べ、再建には時間がかかるとの見方を示している。
では、年末に投入が予定されている次世代チップ「Panther Lake」はどうなるのだろうか? 顧客が最新のAIチップを2世代連続で見送った後、Panther Lakeを購入するのかという問いに対し、Holthaus氏は「Panther Lakeは性能と価格の両面で顧客にとって素晴らしい製品だ」と述べ、特に企業向け(コマーシャル)市場での強い需要に期待を示した。企業はPCの更新サイクルにおいて、将来のAI活用を見据えて「将来性を確保」したいと考える傾向があるためだ。
しかし、コンシューマー市場でのAI PCの普及については、Holthaus氏は明言を避けており、依然として不透明感が漂う。Intelは開発者エコシステムの育成を通じてAI機能の魅力を高めようとしているが、消費者の心を掴む「キラーアプリ」が登場しない限り、高価なAI PCへの買い替え需要を喚起するのは難しい状況が続きそうだ。
Intelの苦戦は、PC市場全体の動向、特にAI機能へのユーザーの真の関心度を測る上で重要な指標となる。ライバルであるAMDの動向も含め、今後のCPU市場の動向を注視していきたいところだ。
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