Armは、Game Developer Conference (GDC) 2025において、AMDのFidelityFX Super Resolution 2(FSR 2)を基にした新技術「Accuracy Super Resolution(ASR)」を正式公開した。このオープンソースのアップスケーリングソリューションは、視覚品質を維持しながらフレームレートを最大53%向上させ、消費電力を20%削減。モバイルゲームの性能と電力効率の新しい基準を確立する可能性を秘めている。
「視覚品質」と「性能」のジレンマを解消するASRの技術的特徴
これまでモバイルゲーム開発者は長年、高解像度による視覚的リッチさと、滑らかな動作を実現するパフォーマンスのバランスという困難な選択を強いられてきた。高解像度でレンダリングすればフレームレートが低下し、逆に視覚品質を犠牲にすればサーマルスロットリング(熱による性能低下)を軽減できるものの、ゲーム体験の質が低下する。
「まさにこれが、Arm Accuracy Super Resolution(ASR)が開発者に提供するものです。開発者のモバイルゲームがバッテリー寿命を犠牲にすることなく、高解像度の視覚効果を維持しながら、より長く、よりスムーズなゲームプレイを高いパフォーマンスで実現できるようにします」とArmは公式発表で述べている。
ASRの基本的なアプローチは、フレームの特定段階を低解像度でレンダリングし、その後、高度なアルゴリズムでアップスケーリングするというものだ。これにより、GPUワークロードと電力消費を削減しながら、高品質な視覚表現を維持できる。
ASRはAMDのFidelityFX Super Resolution 2(FSR 2)をベースに開発されている。FSR 2はPCとコンソールゲームの格差を埋めるためのポータブルソリューションを提供することを目的としており、Armはこの技術をモバイルプラットフォーム向けに特別に最適化した。特に、GPUの負荷とバンド幅要件を削減する高効率シェーダーを実装しており、メモリバンド幅に制限のあるモバイルデバイスでも大幅なパフォーマンス向上を実現できる。
ASRが採用している「時間的アップスケーリング方式(temporal upscaling)」は、現在のフレームだけでなく、直前の複数フレームからの情報も活用して画像を生成する先進的手法だ。簡単に言えば「前後の動きを考慮した上で細部を補完する」という方法で、これにより動きのある細かい部分でも自然な見た目を維持できる。
これに対し、QualcommのGame Super Resolution(GSR)などが採用している「空間的アップスケーリング方式(spatial upscaling)」は、単一フレームの情報のみを使用するため、特に樹木の枝などの細い特徴やエッジの表現で劣る傾向がある。ASRはこの点で明確な優位性を持ち、より自然でディテールの豊かな視覚体験を提供できる。
驚異的なパフォーマンス向上と電力効率改善の実績
Armが行ったベンチマークテストでは、ASRの効果が具体的な数値で示されている。Immortalis-G720 GPUを搭載したデバイスで2800×1260の解像度の複雑なシーンをレンダリングした場合、ASRはネイティブ解像度レンダリングと比較して驚異的な53%のフレームレート向上を達成した。

「この性能向上は、よりスムーズなゲームプレイとバッテリー寿命の延長に直結します」とArmは強調する。モバイルゲーマーにとって最も重要な課題の一つであるバッテリー持続時間と性能のバランスに対応する重要な進歩だ。
さらに、品質プリセットを使用した2倍アップスケーリングでは、電力消費を20%削減できることが確認されている。MediaTekとの共同テストでは、最新のDimensity 9300チップセットにおいて顕著な省電力効果が実証され、モバイルゲーマーのバッテリー寿命への懸念に直接対応している。
ASRの重要な利点のもう一つは、サーマルスロットリング対策だ。複雑なゲームシーンを長時間プレイすると、モバイルデバイスは発熱により性能を自動的に制限する「サーマルスロットリング」が発生しやすい。ベンチマークテストでは、ASRが全体的な処理負荷を軽減することで、デバイスの温度を安定させ、ユーザーエクスペリエンスを損なう可能性のあるこの現象を防止できることが示されている。
主要ゲームエンジンとの統合を加速
ASRの普及のカギを握るのが、主要ゲームエンジンとの統合のしやすさだ。Armはこの点に注力しており、すでにUnreal Engine 5.3、5.4、5.5用のプラグインがEpicのFabストアで利用可能となっている。また、Unity向けプラグインも開発中で、2025年内にリリース予定だ。
GDCでのデモンストレーションでは、「Mori」と呼ばれるデモがUnreal Engine 5のデスクトップレンダラーを使用してモバイルで実行され、ASRが視覚的妥協なしに30%のパフォーマンス向上を提供することが示された。デモ映像では、ASRをオンにすることで、フレームレートが向上し、パフォーマンスと電力効率が改善される一方、視覚的品質には目立った違いが見られないことが確認できる。
「Unreal EngineでのASRセットアップは非常にシンプルです」とArmは説明する。ゲーム開発者はASRプラグインを有効にし、Temporal Anti-Aliasing(TAA)を使用するようにプロジェクト設定を構成し、コンソールコマンドを介して統合を確認するだけでよい。
開発者支援のため、包括的なドキュメント、サンプルコード、および統合ガイドがArmの学習パスとチュートリアルビデオとして提供されており、ASRを効果的に実装するために必要なリソースにアクセスできる。
すでにEnduring Games、Infold Games、Sumo Digitalなどの著名なゲームスタジオが開発プロセスにASRを統合しており、同じ視覚品質でゲームパフォーマンスの向上を実現している。
モバイルゲームの未来を形作る潜在力とエコシステムへの影響
ASRはAndroidゲーム環境において、これまで不足していたオープンソースのアップスケーリングソリューションを提供し、AppleのMetalFXに対抗する技術として業界に重要な一石を投じている。
注目すべきは、ASRの適用範囲が従来のスマートフォンを超える可能性が高いことだ。近年、ArmアーキテクチャのチップはQualcommのSnapdragon X SeriesのSoCを搭載したラップトップなどにも採用され始めており、ASRの恩恵はモバイルだけでなくPCプラットフォームにも広がる可能性がある。
「ASRはMITライセンスの下でオープンソースとして提供されます」とArmは強調している。これにより開発者は必要に応じてカスタマイズが可能で、幅広いデバイスでの採用が促進される見込みだ。ベンダーに関係なく、Armデバイスの大部分でサポートされる可能性が高い。
理論的には、QualcommのSnapdragon、MediaTekのDimensity、GoogleのTensor、SamsungのExynos、さらにはAppleのA-series/M-seriesチップなど、ほぼすべてのArmベースのSoCでASRが動作する可能性がある。AMDのFSR 2と同様にスケーラブルな設計であれば、現代のArmハードウェアの大部分をカバーできるはずだ。
QualcommとArmの訴訟とASRの将来
一方で、QualcommとArmの間では予期せぬIP訴訟が展開されており、QualcommがArmのASR技術にアクセスできるかどうかは不明確な状況だ。先週、QualcommはArmに対する戦いで2つの追加ブリーフを提出したと発表した。これは、ArmがQualcommのIPライセンスを予期せず取り消そうとした後、主にQualcommに有利に解決された問題に関するものだ。
この状況についてArmの開発者プラットフォーム部門の副社長Geraint North氏は、「特定のパートナーについてはコメントしませんが、Arm ASRは現在オープンソースであり、すべての開発者がモバイルゲームやグラフィックスプロジェクトでのARM ASRの利点を体験できるようになっています」と述べるにとどまっている。
訴訟問題はあるものの、Armは今後もモバイルゲーム技術の継続的な革新に取り組む姿勢を示しており、他のプラットフォームとの互換性拡大を計画している。コミュニティのフィードバックや技術の進歩に基づいて、パフォーマンスをさらに最適化し、新機能を導入する更新も予定されている。
ASRは、オープンソース技術を活用することで、開発者がイマーシブで滑らかなゲーム体験を提供できるようにし、モバイルデバイスでのサーマルスロットリングの問題を回避しつつ、視覚的品質と性能のバランスにおける新基準を確立することが期待されている。
特に『原神』(Unity)、『鳴潮』(Unreal Engine)、『Fortnite』(Unreal Engine)といった人気タイトルでの採用が進めば、モバイルゲーム体験は大きく向上する可能性があり、業界全体に波及効果をもたらすだろう。
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