PCハードウェア業界、特にゲーミンググラフィックボード市場において、衝撃的なニュースとそれに続く混乱が波紋を広げている。人気のミドルハイレンジモデルであるGeForce RTX 5070 TiおよびRTX 5060 Ti 16GBについて、「生産終了(End-of-Life: EOL)」されるとの噂が報じられた直後、ASUSがこれを公式に否定する異例の事態となった。
本記事では、ASUSの公式声明の内容、混乱の発端となった経緯、そして背景にある深刻な「メモリ供給制約」の実態についてを見ていきたい。
ASUSによる公式声明:「生産終了ではない」
2026年1月16日、ASUSは一部メディアで報じられた「RTX 5070 TiおよびRTX 5060 Ti 16GBの生産終了」という噂について、明確に否定する公式声明を発表した。この声明は、テック系YouTuberであるHardware Unboxedなどが報じた「ASUSがこれらのモデルをEOL(生産終了)ステータスに指定した」というニュースに対する直接的な反論である。
「不完全な情報」に起因する誤報
ASUSのプレスリリースによると、今回の騒動の原因は社内コミュニケーションの不備にあると説明されている。
「ASUS GeForce RTX 5070 TiおよびRTX 5060 Ti 16 GBに関する最近の報道について説明したい。一部のメディアは、ASUSのPR担当者からこれらの製品に関する『不完全な情報』を受け取った可能性がある」
ASUS
ASUSは、これら2つのモデルについて「生産中止や生産終了(EOL)の指定はしていない」と断言しており、今後も販売を継続する計画であることを強調した。これは、市場から製品が完全に消滅するという最悪のシナリオをメーカーとして公式に打ち消した形となる。
供給変動の主因は「メモリ制約」
しかし、ASUSは同時に、市場で製品が入手困難になっている現状そのものを否定しているわけではない。声明の中では、供給不足の根本的な原因について次のように述べている。
「両製品の現在の供給変動は、主にメモリ供給の制約によるものであり、これが一時的に生産量と再入荷サイクルに影響を与えている。その結果、特定の市場では入手可能性が限られているように見えるかもしれないが、これを生産停止や製品の引退と解釈すべきではない」
ASUS
つまり、ASUSの主張を要約すれば、「製品ラインナップとしては存続しているが、部品(メモリ)が足りないために十分な数を作れず、市場に出回っていないだけである」ということになる。
混乱の発端とHardware Unboxedの指摘
この一連の騒動は、信頼性の高いハードウェアレビューチャンネルである「Hardware Unboxed」から始まった。彼らは当初、ASUSを含む複数のボードパートナーに対し、RTX 5070 Tiのレビュー用サンプルの提供を求めた。その際、ASUSの担当者から「当該モデルはEOL(生産終了)であるためサンプルを提供できない」という趣旨の回答を得たとされている。
EOLか、それとも実質的な供給停止か
ASUSの否定声明を受けてなお、Hardware Unboxedは懐疑的な見方を崩していない。彼らはYouTubeのコメントやX(旧Twitter)において、「供給が証拠になる(The proof will be in the supply)」と述べている。
「ASUSのどの声明が本当に正確であるかを判断することはできないため、供給が証拠になります。 RTX 5070 Ti は供給が大幅に制限されており、事実上製造中止になる可能性が高いと考えています。しかし、実際にそうなるかどうかは今後数か月でわかるでしょう」
彼らの主張は、メーカーが公式に「生産終了」を認めようが認めまいが、小売店に在庫が入らず、ユーザーが購入できない状態が続くのであれば、それは実質的な「死」と同じであるという鋭い指摘である。実際、彼らが小売店や代理店に取材したところ、RTX 5070 Tiの在庫確保は数週間にわたって困難な状況が続いており、入荷の見通しも立っていないという証言が得られている。
背景にある「メモリ供給危機」の構造
今回の問題の本質は、単なるASUS一社の生産計画の変更ではなく、NVIDIAのGPUエコシステム全体を揺るがすメモリ(DRAM/GDDR)の供給不足にある。複数のソースが、この問題の深刻さを裏付けている。
AI需要とコンシューマー向けGPUの競合
近年、AIデータセンター向けの需要が爆発的に増加しており、メモリメーカーの生産能力の多くがそちらに割かれている。VRAM(ビデオメモリ)の供給が逼迫する中、限られたメモリチップをどのGPUに割り当てるかという「アロケーション(配分)戦略」が、NVIDIAおよびボードパートナーにとって最重要課題となっている。
NVIDIAの割り当て戦略の変更
最近の報道では、NVIDIAはメモリ不足に対応するため、生産の優先順位を変更したと見られている。
- ハイエンドへの集中: 16GB以上の大容量メモリを必要とするラインについては、利益率の高いRTX 5080やRTX 5090にリソースを集中させる。
- 8GBモデルの維持: メモリ消費の少ないRTX 5060やRTX 5060 Ti(8GB版)については、相対的に供給を維持する。
- ミドルハイ(16GB)の犠牲: 結果として、中間の価格帯でありながら16GBのメモリを搭載するRTX 5070 TiやRTX 5060 Ti(16GB版)が、割を食う形で供給の優先順位を下げられている可能性が高い。
この構造的な要因により、ASUSが「作りたくても作れない」状況、すなわち「公式には継続中だが、実態としては生産が停滞している」という現状が生まれていると考えられる。
市場への影響:価格高騰と入手難
ASUSの「生産終了否定」にかかわらず、市場は既に供給不足に反応している。需要と供給のバランスが崩れたことで、流通価格は上昇の一途をたどっている。
驚異的な価格上昇
VideoCardz等のレポートによると、RTX 5070 Tiの実売価格は以下のように高騰している。
- 米国市場: 11月時点で約730ドルだった最安値モデルが、現在では830ドル以上に上昇。多くのモデルが在庫切れとなっている。
- オーストラリア市場: 1,200豪ドルから1,400豪ドルへと急騰。
- RTX 5060 Ti 16GB: こちらも同様に、400ドルから460ドル、一部では500ドルを超える価格で取引されている。
小売店側も再入荷の見込みが立たないため、残存在庫の価格を引き上げざるを得ない状況だ。Windows Centralの報道では、一部の小売業者が「今後の入荷分については約20%の価格上昇が見込まれる」と予測していることにも触れている。
RTX 50 SUPERシリーズへの波及
このメモリ不足の影響は、既存製品だけでなく、将来の製品ロードマップにも暗い影を落としている。CES 2026での発表が期待されていた「RTX 50 SUPER」シリーズについて、計画が無期限延期、あるいは中止されたとの情報が浮上している。
Hardware Unboxedによると、NVIDIAは当初CESでの発表を示唆していたものの、メモリ価格の高騰と供給不足を受け、急遽計画を変更したとされる。もしメモリ市場が安定すれば2026年後半に再考される可能性はあるが、2027年に次世代アーキテクチャの登場が控えていることを考慮すると、このままSUPERシリーズがスキップされる可能性も否定できない。
ユーザーにとっての意味
ASUSの声明により、RTX 5070 TiとRTX 5060 Ti 16GBは「公式には」生き残った。しかし、ユーザーが直面する現実は厳しいままである。
- 入手性の悪化: ASUSが認めた通り、供給の変動(事実上の不足)は続くため、店頭で見かける機会は減少し続けるだろう。
- 実質的な値上げ: 希少性が高まることで、定価での購入は極めて困難となり、プレミアム価格を受け入れざるを得なくなる。
- 「言葉の定義」の問題: ユーザーにとって重要なのは、メーカーがそれを「EOL」と呼ぶか「供給制約」と呼ぶかではなく、「適正な価格で買えるか否か」である。その意味で、Hardware Unboxedが警鐘を鳴らした「実質的な死」という表現は、市場の実態を的確に捉えていると言えるかもしれない。
今後、NVIDIAおよびパートナー各社がメモリ供給の問題をどのように解決し、供給を安定化させるかが注目される。しかし現時点では、これらのモデルを検討しているユーザーは、在庫があるうちに確保するか、あるいは厳しい価格競争を静観するかの二択を迫られている状況だ。
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