高級車メーカーAudiが中国・長春市の最新EV工場に、UBTech製ヒューマノイドロボット「Walker S1」を導入した。空調冷媒漏れの検査など、品質検査工程の一部を自動化し、作業員の安全確保と生産効率向上を目指す。これはAudiのグローバル生産システムにおける初のヒューマノイドロボット活用事例となる。
高級EV製造における革新的なロボット導入

独自動車大手Audiは、中国第一汽車集団(FAW)との合弁会社であるAudi FAW NEV Companyの最新鋭EV(電気自動車)工場(吉林省長春市)において、中国のロボティクス企業UBTech Robotics(優必選科技)が開発したヒューマノイドロボット「Walker S1」を導入したことを明らかにした。
この導入は、AudiとUBTechが2023年8月に締結した、スマート製造戦略におけるヒューマノイドロボット活用に関する覚書に基づくものだ。Walker S1は、Audiのグローバルな生産拠点網において初めて実運用されるヒューマノイドロボットであり、特に高級車ブランドの生産ラインへの導入は世界初となる。
この導入は自動車産業における重要課題—空調冷媒の漏れ検出—に対応するものだ。従来、この作業は人間の労働力に依存していた。リスク分類としては低いものの、揮発性ガスへの曝露は作業者に呼吸器系のリスクをもたらす可能性があった。Walker S1の導入により、この潜在的なリスクを排除し、作業環境の安全性を向上させている。
エアコン検査を担うWalker S1、その能力とは
Walker S1に割り当てられた主な任務は、完成車両の品質検査工程におけるエアコンシステムの冷媒漏れ検知である。この作業は従来、人間の作業員が担当してきたが、冷媒として使用される揮発性ガスへの曝露リスクが伴う。低リスクとは分類されるものの、潜在的な呼吸器系への影響が懸念されており、ロボットによる自動化が安全性向上の観点から理想的と判断された。
身長172cm、体重76kgのWalker S1は、安定した動きを維持しながら最大15kgまでの重量を運搬することが可能だ。このロボットは以下の3つの核心技術領域で優れた性能を発揮する:
- 適応型モーション制御:複雑な地形をナビゲートする能力
- マルチモーダルセンシング:過酷な環境下での安定した運用
- 軍用グレードの構造信頼性:24時間365日の連続運用を実現
カスタマイズされたエンドエフェクタと精密な動作制御技術により、Walker S1はミリメートルレベルの操作精度と70ミリ秒未満の視覚認識速度を実現している。これにより従来の品質検査プロセスを革新し、高い精度で作業を遂行する。
UBTech製ロボット、他社工場でも活躍
Walker S1をはじめとするUBTechのWalker Sシリーズは、Audi以外にも多くの大手製造業で導入が進んでいる。中国のEV大手BYD(比亜迪)や吉利汽車(Geely Auto)、その傘下のLynk & Co(領克)、電子機器受託製造サービス(EMS)世界最大手のFoxconn(鴻海精密工業)などが名を連ねる。UBTechによれば、既に500台以上の受注があるという。
各社工場での導入効果も報告されている。
- BYD深圳工場: 部品の仕分け効率を120%向上させた。
- Lynk & Co成都工場: 自動搬送フォークリフト(AGF)と連携し、倉庫内の処理時間を40%短縮、人件費を65%削減した。
- Zeekr(極氪)5Gインテリジェント工場: 数十台のWalker S1が品質検査、車両組立、部品供給(SPS: Set Parts Supply)、最終組立などの工程で稼働。UBTechが開発した「Swarm Intelligence(群知能)」システムにより、ロボット同士が連携し、仕分け、搬送、精密組立といった複雑なタスクを協調して実行している。
ロボット協働技術の進化
UBTechは最近、複数のヒューマノイドロボットの連携を強化する「BrainNet」フレームワークを開発した。このシステムはクラウドデバイス推論ノードとスキルノードを使用し、集団知能システム内に「スーパーブレイン」と「インテリジェントサブブレイン」を構築している。
スーパーブレインは大規模マルチモーダル推論モデルを通じて複雑な生産ライン任務を管理し、サブブレインはTransformerモデルに基づきマルチロボット制御と分野横断的な認識をサポートする。DeepSeek-R1ディープ推論技術によるAI搭載のスーパーブレインが膨大なデータを分析し、人間に匹敵する推論を提供することで、より効率的な運用を実現している。
このシステムにより、個々のロボットが単独でタスクをこなすだけでなく、より複雑な作業を協調して実行できるようになる。例えば、Zeekr工場では、視覚情報に基づいて動く目標物を追跡しながら、ロボット間で情報を共有し、最適な仕分け作業を行うといった高度な連携が実現されている。
中国で加速するヒューマノイドロボット開発
今回のAudiの事例は、中国におけるヒューマノイドロボット開発と実用化が急速に進んでいることを示す一例である。中国政府は産業政策としてロボット開発を強力に後押ししており、2023年11月には工業情報化部(MIIT)がガイドラインを発表。2025年までに国内のヒューマノイドロボット技術を世界レベルに引き上げ、量産体制を確立するという目標を掲げた。さらに2027年までには、信頼性の高いサプライチェーンシステムを構築することを目指している。
こうした政策を受け、北京市や浙江省など、多くの地方政府も独自の行動計画を発表し、研究開発や企業育成を加速させている。
市場調査会社のGGIIによると、2024年1月から10月にかけて、世界のヒューマノイドロボット関連企業への投資は少なくとも69件、総額約110億元(約2270億円)に達し、そのうち56件は中国国内で行われたという。
AI、特に大規模言語モデル(LLM)の進化も、ロボットの知能化とコスト低減を後押ししている。専門家は、中国の強力な製造基盤、AI分野での継続的な技術革新、そして政府の支援により、同国が世界のヒューマノイドロボット市場で無視できない存在になっていると指摘する。市場予測によれば、中国のヒューマノイドロボット市場規模は2029年までに750億元(世界市場の約3分の1)、2035年までには3000億元に達すると見込まれている。
AudiによるWalker S1の導入は、製造業におけるヒューマノイドロボット活用の新たなマイルストーンであり、今後の普及拡大に向けた重要な一歩と言えるだろう。
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